第二十二話「悪役の謝罪は、能力にならない」
第二十二話 悪役の謝罪は、能力にならない
逃げ道を開く条件は、バンの裏切りだった。
《悪役・犬飼バンが仲間を売れば、非常口を開放》
「分かりやすい!」
バンは笑った。
「俺が零を殴って、捕まったふりを――」
「演じた時点で役の勝ちだ」
俺が止める。
「ではどうする」
「悪役役を降りろ」
バンの顔から笑いが消えた。
「降りたら《汚名代行》もなくなる。俺が引き受けてる違反記録が、全員へ戻る」
「戻せ」
「お前も逮捕されるぞ」
「自分の分は自分で持つ」
ミオ、凪、救助隊も頷く。
バンは震える手で、胸の《悪役》をつかんだ。
「俺は、零を置いて帰った」
全世界へ公開中の回線へ言う。
「カイトへ反対した。でも最後は怖くて従った。後から救助申請を出した。そんなもん、置いていった事実を消さねえ」
汚名代行で隠されていた記録が戻る。
俺の配役改変。
ミオの公演妨害。
凪の舞台裏破壊。
「俺が全部悪い方が、分かりやすかった」
バンは役札を引き裂く。
「でも分かりやすさのために、他人の選択まで奪うのをやめる」
《悪役補正 消失》
《汚名代行 停止》
非常口は開かなかった。
代わりに壁へ、無数の扉が現れる。
各自の違反記録に対応した出口。
罰も行き先も違う。
「全員一緒には行けない」
キューが言う。
「自分の責任へ戻る扉です」
バンの扉は、裁判所だった。
「行くのか」
「逃げたら、謝った言葉まで演技になる」
「判決が出るまで仲間を外す気はない」
「仮契約じゃなかったか?」
「試用期間は合格だ」
バンが大声で笑う。
「給料は!」
「まだない」
「ブラック!」
扉へ入る直前、舞台獣が追いついた。
盾補正のないバンが、一人で前へ立つ。
「能力はないぞ」
「腕と盾は残ってる!」
最初の一撃で膝をつく。
俺たちが隣へ並ぶ。
「一人で受けるな」
「俺の見せ場!」
「全員の場面だ」
元観客の協力者たちが、それぞれの画面越しに舞台装置を操作する。
照明。
防火扉。
非常ベル。
一千万人の小さな操作で、舞台獣を足止めする。
俺たちは各自の扉へ飛び込んだ。
最後にバンが裁判所へ着地する。
待っていた検察官が告げる。
「犬飼バン。あなたを公演妨害、証拠隠匿、無許可救助の容疑で――」
「最後、犯罪なのか?」
「現行規則では」
「なら堂々と裁かれてやる!」
バンの謝罪は、防御力にならない。
それでも彼は、逃げなかった。
◇
バンの裁判は、世界で最初の《役を理由にしない裁判》になった。
検察は悪役役を証拠に使おうとした。
「被告は固定役《悪役》であり、将来の再犯可能性が――」
裁判官が止める。
「役ではなく、実際にした行為を示してください」
証拠隠匿。
無許可侵入。
公演設備の破壊。
一方で、救助した人数。
命令へ反対した記録。
被害を引き受けた行為。
善人か悪人かを決めるのではない。
一つずつの行動を分ける。
零を置き去りにした件は、刑事事件にならなかった。
当時の規則では、攻略隊の判断として合法だったからだ。
「合法なら無罪か」
バンが俺へ聞く。
「裁判では」
「お前には」
「許すかは、まだ途中だ」
「途中でいい」
判決前、被害者意見を求められた。
俺は壇上へ立つ。
「犬飼バンを英雄だと思いません。悪役だとも思いません」
バンが小声で言う。
「少しくらい褒めろ」
「うるさい」
法廷に笑いが起きる。
「俺を置いて帰った。その後、救助を求め続けた。今は仲間として盾を持っている。全部同じ人です」
役名を判決にしないよう求める。
次に証言台へ立ったのは、元の救護員、久保田真帆だった。
「三年前の第七公演で、非常扉を閉め忘れたのは私です」
法廷がざわめく。
公式記録では、扉を開けたままにしたのはバンだった。
そのせいで魔物が避難区画へ入り、三人が重傷を負った。
「犬飼さんが《汚名代行》で、私の失敗を引き受けました。私は処分を受けず、次の公演にも出ました」
「本人へ頼まれたのですか」
裁判官が尋ねる。
「違います。私が泣いていたら、勝手に」
「勝手とは何だ!」
バンが被告席から立つ。
「お前、あの時は手が震えて――」
「座ってください」
「はい」
即座に座った。
真帆はバンを見ず、重傷者の家族へ頭を下げた。
「謝るのが遅れました。悪役がやった事故だと思われている方が、私は楽でした」
家族の一人が答える。
「犬飼さんが代わりに罰を受けたから、あなたのしたことが消えたわけじゃない」
「はい」
「でも、今ここで話したことまで無意味にはしない。治療費の残りと、再発防止の訓練へ参加してください」
「必ず――」
真帆は言いかけて、口を閉じた。
「今月から参加します。勤務先にも申請しました」
抽象的な誓いではなく、次にすることを言う。
汚名が元へ戻った結果、同じように名乗り出た者は二十七人いた。
全員が犯罪者になったわけではない。
注意で済む者。損害を分担する者。もう時効になった者。
逆に、バンが自分でやったことまで「誰かの汚名を引き受けただけだ」と擁護する人も現れた。
「それも違う!」
休廷中、バンは法廷前の配信カメラへ怒鳴った。
「俺がやったことは俺がやった! 実は全部いい人でした、で終わらせるな!」
『では、あなたは善人ですか、悪人ですか』
記者が聞く。
「腹が減ってる人間だ!」
昼休みだった。
「質問へ答えろ」
俺が言う。
「どっちもある。今日の俺は朝飯を人の分まで食った。昨日は知らない子を助けた。別々に数えろ」
短い切り抜きだけ見れば、また格好いい言葉に聞こえる。
だが直後、売店の弁当を三個買って裁判官に注意されたところまで、今回は編集せず公開された。
役を剥がすとは、悪評を美談へ裏返すことではない。
都合の悪い場面も、間抜けな場面も、同じ名前の下へ戻すことだった。
バンは証拠隠匿で有罪。
無許可救助については、緊急避難が認められた。
拘束ではなく、監督つき活動と被害弁償。
「活動を続けられる?」
「裁判所の許可と報告が必要です」
「悪役の外出届!」
「元悪役」
「格好がつかん!」
法廷を出ると、子どもたちが待っていた。
英雄と呼ばず、壊れた盾の修理代を集めている。
「受け取れない」
「どうして」
「俺が壊した」
「僕たちも使った防壁だった」
全額ではなく、材料費の一部だけ受け取る。
残りはバンが働いて払う。
責任を全部引き受けることも、全部拒むこともやめた。
その夜、チームの各自へ違う扉が現れた。
凪は舞台裏へ。
バンは監督施設へ。
キューは設備室へ。
俺とミオの扉だけ、同じ何もない部屋へつながる。
「違反項目」
ミオが表示を読む。
《鳴海零への過剰な協力》
「過剰?」
「肩を刺してまで命令へ逆らった」
「適量が分からない」
「次から相談しろ」
「はい」
部屋には、主役も悪役もない。
ただ一つ、役割を決めなければ出られないと書かれていた。
◇
何もない部屋の壁には、俺とミオの過去の役が並んだ。
《犠牲者と主役》
《敵役とヒロイン》
《守る者と守られる者》
「一つ選べば、出口を出せます」
案内音声が告げる。
ミオは《ヒロイン》の札を裏返した。
裏には、理想の行動が書かれている。
主役を信じる。
敵役を恐れる。
物語の最後に恋を成就させる。
「恋まで順番がある」
「便利では」
「嫌」
《守られる者》も裏返す。
怪我をし、助けを求め、守る者の成長を証明する。
「助けを求めるのは悪くない」
「でも誰かを成長させるために怪我したくない」
俺の《守る者》には、最後に一人で残るとある。
二人で同時に札を破った。
新しい候補が出る。
《同僚》
《相棒》
《友人》
《恋人》
「最後」
ミオが言う。
「即決?」
「ずっと考えてた」
「俺は」
「考えて」
彼女は急かさなかった。
俺が黙る間、床へ座る。
肩のリハビリ用に指を動かす。
「主役だった頃、告白の演出案が十二種類あった」
「多い」
「夜景、花火、攻略直後。どれも視聴率予測つき」
「使いたい?」
「今は、この何もない部屋がいい」
カメラも観客もいない。
成功率もない。
俺は《恋人》の札へ触れず、本人へ聞く。
「天城ミオ。俺と付き合いたい?」
「はい」
「俺も」
役札が自動で光る。
「まだ触ってない」
「言葉だけで関係を認識したようです」
「便利だけど腹が立つ」
ミオが《一時関係》の文字へ指を立てた。
「外へ出たら、これは私たちで決め直す」
部屋の中央に、崩れかけた橋が現れた。
告白だけで出られるほど、舞台は甘くないらしい。




