第68話 カトレフ
アルデ州はガルドア帝国の首都クロノスからもっとも離れている州である。
旧アルディア王国の王都州でもあり水の都アルカンティアを擁していた。
10年前、ガルドア帝国に滅ぼされてからも同州での抵抗運動は途絶えることはなかった。
ガルドア帝国は今日に至ってもなおアルデ州を平定できていない。
一行は草原地帯を北上していた。かつてアリア達が逃げた道を遡っていた。
アリアの髪の毛が風に揺れて左右に動く。
「わたくしたちはアルデ州に帰ってきましたわ。ついにアルディア王国が復活するのですわ」
メリダはアリアの横に並んだ。
「メリダ、私は国を捨てた女です。今の私にはそんな力はありません」
「否ですわ、セザールを斬ったアルディア一の剣士が姫様と一緒にいますわ」
「アキトは確かに強い。しかし、個の力のみでなんとかできるものではありません」
「否、否ですわ、姫様とアキトさんがあんなことやこんなことをすれば王国の再建は約束されたようなものですわ」
「メリダ、あんなことやこんなこととは?」
メリダは口に手を当てる。
「わたくしとしたことがつい妄想を————語ってしまいましたわ。今のは忘れてくださいませ、姫様」
メリダは手綱を振ると先行した。
アリアがアキトをちらりと見た。アキトの頬は少し赤かった。
アキトの様子を見たアリアの口元がほんの少し緩んだ。
やがて道は北と東に分岐する。
「東へ向かいますわ。北へ向かえばアルカンティアですが、今はまだその時ではありませんわ」
一行は東の林道へ向かった。途中で一度休憩をしたあと数時間駆け続けた。
夕日が辺り一帯を赤く染め上げていた。
遠くに集落が見えてきた。
「あれがポルタ村ですわ」
メリダが指さす。
「わたくしが先行し様子を見てきますわ。しばらくここでお待ちくださいませ」
メリダはそう言うとルナをアキトに預けた。その後、一人ポルタ村へ駆けていった。
半時ほどでメリダは一人の騎士を連れて帰ってきた。
傷だらけの鉄の鎧を着た銀髪の男は馬から降りると一同に礼をした。
「私はカトレフと申します」
カトレフはアリアに目線を移す。
「あなた様がアルテシア姫殿下ですか?」
「昔はそう呼ばれていました」
アリアは頷く。
カトレフはアリアの顔をじっと見つめる。
そして、しばし目を閉じた。
カトレフは王族の前で准騎士として誓いを立てた日のことを思い出していた。
やがて静かに目を開けた。
「似ている…あの日見た姫殿下に」
「まさか生きておられたとは…」
そう言うと膝を地につけて頭を下げた。
「姫殿下、我が主————」
「准騎士のカトレフは再び誓います」
カトレフは鞘に入った剣を両手で差し出した。
「この剣、この命、アルディアに捧げます」
夕日に照らされたアリアの髪がキラキラと煌めく。
アキトはその光景に目を見開いた。
「きれいなの…」
ルナはポツリと呟いた。
アリアはしゃがむとカトレフの手を取った。
「カトレフさん、顔を上げてください。私は10年前、国を捨てた女です」
カトレフは顔を上げた。
「今はアリアと名乗っています。どうかその名で呼んでください」
「しかし、それでは姫殿下…」
カトレフが言いかけたところにメリダが割って入った。
「カトレフさん、いずれわたくしが姫様をアルディアの美姫にして差し上げますわ。今しばらくは姫様の言うことを聞いてあげてくださいませ」
「姫様ですか…」
カトレフはメリダを見て頬を緩めた。
「分かりました。姫殿下の願いを叶えるのも臣下の務め、今は“アリア様”と呼ばせていただきます」
「ありがとう、カトレフさん」
アリアは軽く頭を下げた。
カトレフは立ち上がるとアキトを見た。
「こちらの方がアキトさんですか?」
「そうですわ、セザールを斬ったアルディア一の剣士アキトさんですわ」
メリダは胸を張った。
カトレフはアキトをじっと見つめた。
「それにしてもお若い…」
「改めて、はじめましてカトレフです」
カトレフは右手を差し出した。
「アキトです。よろしくお願いします」
アキトはカトレフと握手をした。
「では、そちらのお嬢さんがルナさんかな?」
「ルナなの。よろしくなの」
ルナはアキトの後ろに隠れた。
「カトレフです。よろしくお願いします」
カトレフは微笑んだ。
「では、みなさんをポルタ村へ案内します。村は我々の勢力圏にあるのでご安心ください」
こうして一行はポルタ村へ向かった。
続く




