第63話 アルデ州
メリダは取っ手を右に左に動かす。コトッという音が聞こえた。
「これで石壁が動かせますわ」
慎重に石壁を押す。石壁は右方向に開いた。
ランタンをかざし向こう側の様子を観察する。そこは木の柱と石で囲われた地下室になっていた。さらに上へ向かう石階段があり階段の先を木の板が覆っていた。
メリダは石階段を忍び足で上ると聞き耳を立てた。
「誰もいませんわ」
木の板を取り外すと這い上がった。しばらくして、上から顔を出して手招きをする。
「みなさま、上がってきてくださいませ」
一行は石階段を上った。
そこは山小屋だった。埃が古びた木のテーブルに積もっていた。いくつかの戸板は壊れていた。
陽光が板の割れ目から差し込み山小屋を照らしていた。
「戻ってきましたね」
アリアが呟いた。
「あのときの姫様はずっと泣いていましたわ————————ダイスさまと姫様とわたくし……10年ぶりですわね」
メリダが戸板の隙間から外を見つめた。
「ダイス…彼がいなければ、私は今、生きていなかった…」
アリアは俯く。
「アリアねえもいっぱい泣くの?」
ルナがアリアを見つめる。
「はい、泣きます」
「じゃあ、ルナと同じなの」
ルナはアリアの腰に抱きついた。
アキトはその様子をただ静かに見ていた。
「今日はここで休みましょう。わたくしは麓にあるニルス村でいろいろと調達してきますわ。みなさまは山小屋の掃除をお願いしますわ」
メリダは素早く準備をすると背負い袋を手に外へ出ていった。
三人は舞い上がる埃に顔をしかめながら山小屋の掃除を始めた。
◆ ◆ ◆
日が沈む頃、商人風の服を着たメリダが馬を引いて帰ってきた。馬にはたくさんの革袋が吊り下がっている。
「おかえり、メリダ」
「おかえりなの。あっ、お馬さんなの!」
「おかえりなさい、メリダさん。ところで、服は…」
アキトが尋ねる。
「流石にくのいち装備だと怪しまれますので、途中で着替えましたわ。それよりアキトさん、荷下ろしを手伝ってくださいませ」
「あ、はい」
アキトはメリダから革袋を受け取ると順に山小屋へ運んだ。革袋の中には食材が詰まっていた。
すべてを山小屋へ入れると続けてメリダは言った。
「近くに沢がありますので、水汲みをお願いしますわ。わたくしは夕食の仕込みをいたしますわ」
「わかりました」
アキトは山小屋にあった桶を二つ持つと水音がする方向へ歩いていった。
『お姉ちゃんはアキトにこの世界で初めての仕事を与えます』
歩きながらエリナ姉さんの言葉を思い出す。
三年か。僕はナガトに助けられて、エリナ姉さん、カイト兄さんに守られて生きてきた。
姉さんも兄さんも守れなかった。
僕が弱かったから————
アキトは唇を噛み締めた。
もう、僕を守ってくれる人はいない。いや…今は僕が守らないと————
もう、姉さんや兄さんのような悲劇を起こさせない!
僕はもう、誰も失いたくない!
アキトは桶の取っ手を強く握った。少し歩くと沢が見えてきた。
アキトは水を汲むと桶を両手に握り山小屋へ歩いた。
昔は桶一つ持つのもたいへんだった。今はもっと持っても大丈夫かな?
アキトは剣帯をやさしく撫でた。
「ただいま」
「おかえりなの、にいに」
「おかえり、アキト」
ルナとアリアが微笑む。
「おかえりなさいませ、アキトさん。桶はこちらに置いてくださいませ」
アキトは頷くと言われた場所に桶を置いた。
「今日は久しぶりにちゃんとしたお料理をつくりますわ」
メリダが拳を上げた。
続く




