第56話 くのいち
馬車は速度を上げて夜の海岸街道を北へ進む。
荷台の中でメリダは経緯を説明した。
「帝国に与する魔女がいたとは、少し厄介なことになりました。そしてメリダが魔女に目をつけられるとは…」
アリアは頬に手を当てた。
「アンナも魔女を知っているの。ねえねに読んでもらった本の中にいたの…」
ルナはエリナを思い出し俯いた。
「わたくしも初めて見ましたわ。指先が輝くのも見ましたわ」
そしてメリダは紫電の魔女の物真似を面白おかしくルナに見せた。
「明日の昼までにロアダルギア廃鉱山へ向かいますわ。ガルドアの法など守る必要はありませんわ!」
メリダは拳を握った。
「ジョン、人気のないところに馬車を止めてくださいませ」
「わかりました。メリダさん」
アキトは木々に囲まれた窪地に馬車を止めた。
メリダは御者台の板を外し、袋をどけてさらに隠し板を外した。
サネユキと剣帯、そしてメリダの装備一式を取り出す。サネユキと剣帯をアキトに素早く渡す。
「もう、検問はありませんわ。ロアダルギア廃鉱山を抜ければアルデ州ですわ」
メリダは軽く咳払いをする。
「ですから、ここから先は偽名は不要ですわ。アキトさんはアキトさん、ルナちゃんはルナちゃん、姫様は姫様ですわ」
そしてアキトに目線を移した。
「わたくしは今から着替えますのでアキトさんは前を向いていてくださいませ」
アキトは頷いて前を向くと剣帯にサネユキを取り付けた。アキトは剣帯に染み込んだ懐かしい汗の匂いを嗅いだ。しばし目を閉じ大きく息を吐くと剣帯を装着した。
「わたくしも準備できましたわ」
メリダは御者台に戻ってきた。
メリダは紺色の軽装備一式に着替えていた。アキトは目を見開いた。メリダがゲームの中で見たことがあるくのいちに見えた。
「アキトさん、どうかなされました?」
メリダが尋ねた。
「メリダさんがくのいちに見えたので…」
「くのいち?」
「僕がいた世界ではメリダさんのような格好をしている人はくのいちと呼ばれていたので、つい…」
アキトは苦笑いをした。
「そうでしたか。わかりましたわ、これからはくのいちのメリダとお呼びくださいませ」
メリダは微笑んだ。
人気のない夜の街道を進む。馬の荒い鼻息と車輪の回転する音が響く。
蒼き月レイズは天上に昇っていた。
その時、風切り音に混じって違和感のある音が聞こえてきた。獣の遠吠えだ。獣の鳴き声は次第に大きくなってくる。
メリダは目を閉じ聞き耳を立てていた。そして目を開けると叫んだ。
「バルフの群れが後ろからこちらに近づいて来ていますわ。アキトさん、できる限り飛ばしてくださいませ。わたくしは荷台に移りますわ」
アキトは頷くと手綱を振った。メリダは素早く荷台の後ろに移動すると目を閉じ耳を澄ました。
メリダは目を開けたあと、袋に入っていた乾燥ソーセージなどを荷台から後ろへ次々と投げた。
月明かりに照らされたどす黒い狼に似た獣の群れが姿を現した。その数、13。
遠吠えで感じた数より少ないことにメリダは口元を緩める。
「姫様とルナちゃんは、背を屈めて頭を押さえてくださいませ」
アリアは頷くとルナに覆いかぶさり身を屈める。
「このメリダ、命に代えても姫様とルナちゃんをお守りいたしますわ!」
続く




