第55話 紫電の魔女
「魔女様ですって!」
メリダは目を見開き、サラを見つめた。
ほとんどの人族は魔法が使えない。使える人族女性は魔女と呼ばれ、その数は指で数えられるくらいだろうと言われている。
「わたくし、初めて魔女様にお会いしましたわ」
メリダは目を輝かせた。
「そうかっ!あたしは紫電の魔女だ」
サラは鼻を高くした。そしてメリダをひと睨みしたあと手を握った。
「お前、ちょっと来い!」
「お待ちくださいませ。わたくしはただの旅の者ですわ」
「そんなことはどうでもええ」
サラは強引にメリダを幕舎の中へ連れて行った。幕舎の中には一通りの調理道具が揃っていた。
メリダは高級士官専用の野外調理設備であることを即理解した。
まな板には、高級魚マーグロが捌きの途中で放置されていた。
そして————白衣の男が気絶して横たわっていた。その周りで数人がサラを見て怯えていた。
サラは男を指差し吐き捨てた。
「こいつがあたしの大嫌いな魚料理を作りよったからなぁ、ビリビリ制裁したんや」
サラは周りの者を睨みつけると喚いた。
「おい、お前ら、今すぐ、こいつをじじぃのところに突き返せ!」
「は、畏まりました」
気絶した男は数人に抱えられて幕舎の外へ運び出された。
幕舎の中はサラとメリダだけとなった。そして————誰も入ってくる気配がなかった。
幕舎の中は静まり返った。
サラはメリダに近づくと催促した。
「お前メイドやろ。あたしに飯を作ってや」
メリダは少し考えたものの逃げる手がない。
観念したメリダは頬を緩めて言った。
「わかりましたわ。サラ様はお肉が好きですか?」
「当たり前や」
「食材があるか探してみますわ」
メリダは慎重に調理場を調べた。
野菜、香辛料、ソース、蜂蜜、茶葉など一通りのものが揃っていた。
そして、氷華石がたくさん入っている金属製の箱の中に新鮮な肉が入っていた。
「ありましたわ」
メリダは二種類の肉を取り出すと華麗な包丁捌きでひき肉をつくった。ひき肉と合わせる食材も下ごしらえした。
「お前、なかなかやるな」
横で見ていたサラは手で顎を触った。
ひき肉に食材を加えて混ぜる。混ぜ終えると肉塊を作りそれを鉄板に乗せて焼く。
ジューーーーーッ
肉肉しい匂いが幕舎の中に広がった。
メリダは焼きながら肉塊にかける紅天楼の秘伝ソースも手早く作った。
「うまそうやなぁ…」
サラは肉塊が焼ける様子に目を輝かせた。
そして、サラの目の前に料理が並んだ。お皿に乗った紅天楼風ハンバーグとバスケットに入っている白パン、そして少し蜂蜜を多めに入れた紅茶が並べられた。
「サラ様専用の特製ハンバーグですわ。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
メリダはサラに一礼した。
サラはナイフとフォークでハンバーグを切る。
ハンバーグから肉汁があふれる。
小さな口が開くとフォークで刺して口の中に入れる。
パク、モグ…モグッ————
サラはしばらく黙り込んだ。そして叫んだ。
「めちゃうまいやんけー!」
サラは夢中でハンバーグを平らげた。
「上品な甘みの茶もええなぁ」
サラはコップ片手にメリダをじーっと見つめた。そして命じた。
「お前、あたしのメイドになれ!」
「わたくしはお前ではありません、わたくしはメリダですわ。それにわたくしにはご主人様がいますわ」
「そんなことは関係ない。民はすべてじじぃのものだ。だからメリダはあたしのものだ」
「まぁ、ところでおじいさまとは誰のことでしょうか?」
「カイゼルのじじぃや」
「皇帝陛下!」
メリダは口に手を当てた。
「陛下とサラ様はどのようなご関係でしょうか?」
「母様からの腐れ縁や」
「そうでしたか…」
メリダはしばらく目をつぶり考える。そして告げた。
「わかりました。サラ様のメイドになりますわ。一度帰りご主人様に事情を説明します。そして明日の昼にはお伺いいたしますわ」
「待ってるで。紫電の魔女との約束を違えるなよ、メリダ」
メリダは一礼すると幕舎を出た。
兵士たちに会釈をしながらゆっくりと馬車のところへ歩いていった。
「おかえりなさい、メリダさん」
「メリダ、おかえりなの」
「少し遅かったですね、なにかありましたか?」
アリアは聞いた。
「たいへんなことになりましたわ。事情はあとで説明しますわ」
メリダが素早く御者台に乗るとアキトに出発を促した。
蒼き月レイズが東から昇り始め、星々が輝き始めた。
続く




