第43話 初敗
「にいにが勝ったの!」
「アキトさんがわたくしの仇をとってくれましたわ!」
メリダとルナが歓声を上げる一方————
アキトとアリアは戦術盤を挟んで盤上を呆然と見つめていた。
アキトに勝利の高揚感はなかった。
張りつめていた緊張感から解放されると四肢の力が抜けていく。いつもなら感じることがない自重の重さが、体にのしかかっていた。
アリアは目を潤ませ、その涙は頬を流れやがて床に落ちた。
アリアの涙に気づいたメリダとルナは騒ぐのをやめて二人を見つめている。
場は静まり返り、アリアの涙の落ちる音が不自然なくらい石床に反響する。
しばしの間、誰もなにも言わなかった。
そして、沈黙をやぶりアリアがつぶやいた。
「見事です。少年…私の負けです」
アリアの涙は止まらない。
「負けるとこんな気持ちになるのですね…」
「いえ、アリアさん。僕が勝てたのは————」
アキトの言葉を遮るようにアリアは話を続けた。
「少年、いやアキト。勝者は敗者の話を慈悲をもって聞くものですよ」
「わかりました、アリアさん」
アキトは沈黙しアリアの話に耳を傾けた。
アリアはレースのハンカチを取り出すと涙を拭い、戦術盤を手で軽く撫でたあと話を続けた。
「私はこの戦術盤で一度も負けたことがありませんでした。お父様にもお兄様達にも————もちろんメリダにもです」
「まぁ、わたくしなんて対戦相手にもならなかったでしょうけどね」
メリダは毒づく。
「私は戦術盤での勝負をもって説得すればアキトを流血の道から救えると思いました」
「しかし、今日、私はアキトに負けました。生まれて初めて戦術盤で敗北————」
「私が至らぬばかりにアキトを止めることができなかった」
アリアは口を閉じた。
アキトはアリアの想いに胸が熱くなった。
「アリアさん、僕一人ではアリアさんには勝てなかった。サネユキが助けてくれたから勝てたのです」
アキトはようやくサネユキのことを伝えた。
「サネユキ?アキトが持っている不思議な剣のことですか?」
「そうです。サネユキが思念で海での戦い方を教えてくれたのです」
アリアはサネユキを見つめた。サネユキからはなんの反応もなかった。
「なるほど」
アリアはしばし思考をめぐらす。
「しかし、知能剣の力を使ってでも勝ってみせよと言ったのは私です。だから、私の負けです。それにしてもサネユキには私も興味があります。私もお話ししてみたいものです」
「わかりました。サネユキと意思疎通ができたらそのことを伝えておきます」
「ありがとう、アキト」
アリアは微笑んだ。そして————
アリアはメリダとルナを見つめた。
「みんなの敵になるのはとてもつらいことでした。よってたかって私のことを悪者にしましたね!」
「メリダはともかくとしてルナちゃんはすこしくらい私のことを応援してくれてもよかったのに…」
アリアはルナをちらっと見つめたあと、手を目にあてて嘘泣きを始めた。
「ぅあ、アリア姉、ごめんなさいなの」
心配そうな顔でルナはアリアのほうへ歩み寄る。アリアは手の隙間からルナを見つめたあと少し頬を緩めた。
「ルナちゃんは今から私を慰めてもよいのですよ?」
「ルナ、アリアねえを慰めるの」
「ルナちゃんと一緒に寝ると元気がでるんだけどなぁ」
アリアの幼女懐柔策をアキトはきょとんとして見ている。
「わかったの。一緒に寝るの」
幼いルナは真剣な表情で頷く。
「じゃあ、私はルナちゃんに慰めてもらいます。もう、今日は遅いので明日お話ししましょう」
そう言うとアリアは駆け寄ってきたルナの手をやさしく握り寝室へ向かっていった————
「アキトさん、申し訳ありませんわ」
メリダはアキトに頭を下げる。
「アリアさんはいままで一人だったので妹が出来たみたいで嬉しいのですわ」
「さあ、アキトさんもお疲れでしょう。あちらの部屋に寝所を用意していますわ。どうかおやすみくださいませ」
「ありがとうございます。メリダさん」
アキトはお辞儀をした。
こうして、長い長い一日が終わった。
続く




