スイート・ハニー
悶々とした夜は、結構夢を見るもんだ。気が付くと俺の前には、紗奈がいた。それは……脳波が作り出したただの幻。そう、何故か黒い髪も、やけに白い肌も、どこか寂しそうな顔も。全てただの幻だ。
「あのさ」
香織に告白されたことも。
「覚えてないんだよね」
香織にキスされたことも。
「……じゃ、さよなら」
何も知らない、幻のはずなのに。
どこか見覚えがある、そんな気がした。
「お兄ちゃん、おはよう!」
ハッとした。やけにリアルな夢だった。うむ、悪夢ってやつだな……。とりあえず、起こしに来た香織に挨拶する。もう7時を回っていて、香織は既に制服に着替えていた。
「……おはよう、香織」
「元気ないね~。おはようのキス、する?」
「しないよ……先に行っててくれ。着替えてから行くから」
「うん♡」
体を起こす。制服に腕を通す。とんとん階段を下りていく音が聞こえる。……ごく普通の、日常だ。
今日も香織とふんふん登校し、授業を受けた。放課後になったので、図書館へ。
「あのさ」
『あのさ』は心臓に来るからやめてっ!
「はいぃ!」
「わっ、あんまり大声出すと怒られちゃうよ!……えっと、考査が終わった日、皆で駅前のカフェ行かない?前行ってすっごく美味しかったとこなんだけど」
カフェか。打ち上げってことだな。
「いいね、賛成。仁は行ったことあるか?」
「いや、無い。だけどな……実は、考査が終わったらホームステイのエミリーの送別会をするんだよ。悪いんだが、2人で行ってくれないか?」
あーそういえばホームステイの子が居るんだったな。夏休みからだったから、約5か月居たのか。長かったな。こんだけ長けりゃな。
「一日ずらしてもいいぞ?」
「いや……ちょっと前から、家に帰るとエミリーがずっと抱き着いてきて離してくれないんだよ。飛行機が出る日はもう少し先だし、しばらく放課後は拘束されると思う。ま、エミリーも寂しいんだろうし、それなら最後の思い出を作ってあげたくってな」
うん、惚れてるよね。だと思った。というかずっと離してくれないのか。大変だな。がっちりホールドされている間に、ヤンデレヒロインに刺されるとかいう超展開無いかな。無いか。
「そっか~。じゃあれーちゃん、デートだね♡」
仁の事情を聞いた紗奈は、俺の顔をじーっと見て、笑って言う。……確かにデートだな。そう考えると楽しみになってきた。仁には申し訳ないが、楽しんでこよう。まずは考査だけどな!
以下、ダイジェスト。
「蓮、現代文ど……蓮?」
「アカン」
「アカンのか」
「アカン」
「れーちゃん、結構数学難しかったね~」
「紗奈が難しいっていうんなら、もう分かるよな?」
「あー……ご愁傷様でございます」
「丁寧ですね」
「あはは!なんとなく、ね」
「おーい蓮……その顔は、出来なかったんだな」
「倫理政経は自信あったのになあ」
「まあ仕方ないって。次頑張ろうぜ」
「神は死んだ!!次など無い!!」
「ニヒリズムに嵌ってんな。あれ、確かニーチェは次の人生受け入れようって言ってんじゃなかったか?」
「よし、次!」
「ヘルプミー、れーちゃん」
「紗奈……俺も時間足りなかったから気にするな!」
「やっぱりそうだよね~!私の辞書に英語はないのだよ!」
「『ヘルプ』って言ってるけどな」
「今回はちゃんと塩基対を見分けたからな!6億だ!」
「えっ!?れーちゃん、60億でしょ?」
「……。冗談よせよ」
「いやいや!良く見てよ~ここ!」
「んー?……もう嫌だ」
「いや、もう終わったからさ!カフェが待ってるよ!」
そんな感じで考査は終了。俺たちは仁と別れ、紗奈がおすすめする駅前のカフェへ向かう。
席に着き、モデルみたいなお姉さんに案内され……ってあれ?
「栞さん?」
「あ、蓮くんだよね!……それで、香織ちゃんはどこに!!いるのかな!!あー香織ちゃん!!」
そういって、久しぶりだね!とか言う前に栞さんは辺りをギュルギュル見回した。……うわー、やっぱり香織狙いだ。相変わらずだなー、栞さん。
「今日は居ませんよ……。彼女と来たんです」
「れーちゃん、この人は?」
若干引き気味の紗奈が、俺に聞いてくる。
「ああ、仁のお姉さんの栞さんだ」
「こんにちは、お嬢さん。ふむ、こっちが本当の彼女か」
そう言って栞さんは紗奈を嘗め回すような目で見る。狙われてる!?
「栞さん……紗奈はあげませんよ!」
「はは、流石に私も彼女を取ったりするほどゲスじゃないさ。どうぞごゆっくり」
急に冷静になった栞さんは、丁寧にお辞儀して去っていった。……彼女じゃなかったら取ってたのかな?危なかった。
「れーちゃん、本当の彼女ってどういうこと?」
「あー、それはな……」
栞さんに初めて会ったとき、一緒に居た香織が俺の彼女に間違えられてしまったことを、紗奈に話す。
「そっか~。まあ1個下だからね~……仕方ないかも。でも私が彼女なんだから、カップルっぽいこと、したくない?」
「はは、そうだな」
「よし、決定!――すいませーん!……えっと、アイスカフェオレと、スイートカップルパフェください!」
おおう、如何にもカップルって感じのメニュー。ちょっと照れるけど、いっか!
にしてもパフェかー。どこに行っても結構値が張るよな。そのせいであんまり食べる機会が無かったから、結構ワクワクしている。スイートってぐらいだから激甘なんだろう。それなら。
「俺はコーヒーで」
コーヒーを頂こう。……普段頼まないけどね!かっこいいからね!