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炎鎖のアシェイラ ~剣の輪舞  作者: なりちかてる
火の洞窟の章
19/21

奈落の渡り

 アシェイラとグレアード、それにグレイのふたりと一頭はたいまつで足もとを照らしながら、長い洞窟を歩いていた。

 そこは巨大な生物の、体内のような場所だった。両脇に肋骨を思わせる岩が突き出し、鋭い先端を天井に向けていた。

 グレアードの足の調子なのだけど、そんなに悪くはないみたいだった。傷口を見たけど皮膚をほんのちょっと灼いたぐらいで、肉がただれるようなものではなかった。歩いている姿も痛みに耐えている、という感じではなかった。

 もし、グレアードの負傷が重いようならグレイに見張ってもらって、リースヴェルトの追跡はアシェイラひとりで続ける、ということも考えていたのだけど、そこまでする必要はないみたいだった。

 と、また揺れが来た。今度のは横揺れでなく、下にがくんと落ち込むような、たて揺れだった。一瞬、ひざから力が抜けた。転びそうになる。

「おっと」

 グレアードが手をのばしてきた。アシェイラのからだを支える。

「妙な揺れだったね」

 すぐ耳もとで、グレアードの声が聞こえてきた。顔をあげると、目が合った。

 その澄み切った碧色の瞳に見入っていると——。

 グレイがアシェイラのズボンのすそを口にくわえ、引っ張った。アシェイラの顔を見上げた。

 せき払いをすると、アシェイラはたいまつを持っていないほうの腕でグレアードの胸板を押した。離れる。

「汗くさいわよ、あなた」

「仕方ないでしょ。ここって、すごく暑いんだから」

 アシェイラは額に手をやった。グレアードに言われるまで、この暑さを忘れていた。急に、汗が噴き出してくるようだった。

 夏の日ざしはここにはないのに、立っているだけで汗ばんでくる。風は吹かず、空気そのものが熱を帯びているみたいだった。フライパンの上で、焼かれているような気分になる。

「……行きましょ」

 正面と右、左に分かれた通路に差しかかると、アシェイラたちは床にひざをついた。リースヴェルトの足跡を確かめた。

 揺れの周期はだんだんと、短くなってきているようだった。時々、歩けないぐらい大きく揺れ、天井からぱらぱらと小石が落ち、壁などにひびが入ることがあった。

 ——もし今、エラプト山が噴火したら……。

 アシェイラはグレアードとグレイをちらりと見た。

 その時はもちろん、アシェイラたちはただではすまないことになる。

 ——では、引き返そうか。

 しかし、そんなことはできなかった。やっと、リースヴェルトに追いつきそうになったのだ。このチャンスを見逃すことはできなかった。それに、復讐を果たすことができるのなら、この身がどうなってもいいと、アシェイラは考えていた。

 だけど、グレアードは——。

 今でもアシェイラはグレアードに、ここから引き返して欲しいと思っているのだけど、そのことはもう、口にすることはできなかった。

 ——止めよう。

 これ以上、そのことを考えても、仕方ない。とにかく今は前に、進み続けるだけだ。


 通路を歩いているうちに右手が壁のように、そそりはじめた。崖みたいで、登れるような場所はまったく、見当たらなかった。

 そして左手には、とても大きな裂け目が現れた。落ちればまず、助からないくらい深いようだった。たいまつの明かり程度では、底までを照らすことはできないようだった。裂け目のあちら側は河の向こう岸みたいで、助走をつけられたとしても簡単には飛び越えられないくらい、離れていた。

 歩いているうちに、前方に岩とは違うものが目に入った。

 ——橋……?

 アシェイラは足を止めた。間違いない。橋だった。つり橋で、それを渡れば裂け目を越えられるようになっていた。

 アシェイラは裂け目の向こうを見た。

「リースヴェルト……!」

 アシェイラは歯をくいしばった。剣の柄には手をのばすが、さきほどの幻のことがあるので、すぐにはその橋を駆けだして行かなかった。足を踏みしめる。

「信じておりましたよ、アシェイラ。あなたがここに来られることは」

 アシェイラは岩陰から姿を現した人物を見て、息を止めた。

 まさか、と思っていた。トライ・ステープルの町で、リースヴェルトはフェザード市軍に協力しているのは、もうずっと前からペールシードとで決めていたことだと言っていたけど、本人の口から聞くまでは信じられなかった。

 しかし——そのペールシードは今、アシェイラの目の前にいた。

「どうして——」

 アシェイラは弱々しい声で、言った。

「どうして、あなたがここにいるのですか。ペールシード師!」

 目を閉ざしていたペールシードは灰色の瞳で、アシェイラを見た。

「アシェイラ。私はすべてを見届ける責任があります」

「見届ける……責任?」

「そうです。私は——」

 ペールシードは大きく、首を振った。背の半分までのびる茶の髪を、揺らした。

「様々な子供たちを集め、育ててきました。強大な魔力があり、町ひとつをまるごと滅ぼしてしまった子供。災厄をもたらすと予言され、両親と引き離された子供。奴隷商人に買われ、傭兵となった子供。そして、アシェイラ。あなたも、そのひとりです」

「どうして、こんなことを」

 その場に座り込みそうになるのをどうにかこらえて、アシェイラは裂け目の向こうにいるペールシードに聞いた。

「運命の狭間に置かれた人間——例えば、王の娘でありながらそのことを知らされず、ひとりの戦士として行動してきたあなたですが、どのような選択をするのか、興味がありましたので」

「興味?」

「そうです。あなたは、奪われたものを取り戻そうとは、お考えになられませんでしたか」

「あたしは——」

 アシェイラは拳を握った。首から下げた鍵に、手をのばす。

「あたしだ。それだけは誰にも、変えようがない。それに、あたしが王の娘であっても、その身分を取り戻そうとは最初から、考えていない」

「そうかもしれません。ですが、人間とは変わるものですよ。何かきっかけがあれば、欲を満たす方向へと流れていく。それに、あなたにそのつもりがなくても、周囲の者がそれを許さないことがあります」

「そんなこと、どうだっていい!」

 アシェイラは一歩、前に出た。

「あなたはそんなことを考えて、ずっとあたしと接していたのか。あたしがあなたのことばに感動したり、腹をたてたり、よろこんだりしていたのを、笑ってながめていたのか」

「……そうです」

 アシェイラは歯を食いしばった。手のなかの鍵を、ぎゅっと握る。

「あなたはすべてを忘れて——憎しみすらも捨て去って、生活を続けることもできました。しかし、あなたはここに来た。復讐を果たす、それだけのために」

「ふざけるな!

 ——ペールシード。あなたはもう、師でも何でもない」

 アシェイラは大きく、息を吸った。ペールシードをにらみつける。

「……敵だ!」

「アシェイラ!」

 グレアードが肩をつかんできた。が、彼女はそれを振りはらうと、つり橋を走っていった。

 と、いきなりからだが、ぐらりとなった。橋の上で、バランスを崩しそうになる。

 つり橋を支えている、後ろのロープが切れたようだった。橋が傾き、裂け目の向こうの崖に叩きつけられた。踏みしめていた木の板が縦に、一直線に並んだ。

「アシェイラ!」

 叫び声が聞こえてきた。下を見ると、グレアードとグレイが板につかまることができずに、落下していくところだった。

 反射的に手をのばすがもちろん、届くことはなかった。闇に飲み込まれ、ふたりの姿は消えた。

「グレアード! グレイ!」

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