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炎鎖のアシェイラ ~剣の輪舞  作者: なりちかてる
竜と魔道の章
17/21

騎竜の群れ

 その翌日、本隊の到着を待たずに、ネスキアの都市国家軍は街道沿いに、エラプト山を目ざしていった。

 フェザード市を出発する時、アシェイラたちは戦士たちをエラプト山の周囲に配置して包囲を完成させた後、本隊を投入して砦を攻め落とす、と説明を受けたのだけど、実際はレドラックがこれ以上、進軍を遅らせるのなら騎兵魔道士連隊は単独でエラプト山に向かい、カレス・ファレル市軍だけで砦を攻撃する、と言ったからだった。

 ドラゴンを倒すにはどうしても、レドラックたち魔道士の力が必要になる。それに、カレス・ファレル市が本当に単独で砦を陥落してしまえば、ネスキアのなかでのサードレード市の存在はかなり、危ういものになってしまう——そのように、将軍たちは考えたのだろう。


「止まれーッ!」

「全軍停止!」

 声が飛んだ。アシェイラは手綱を引いた。馬の脚を止めさせる。

 レドラックが、アシェイラを見た。その顔には「またですか?」という表情が浮かんでいる。

 揺れが来ていた。立っていられなくなるほどではないけれど、地面が震動している。地震だ。街道のそばに生えている林の枝がいっせいに手を上下に振るみたいにして、揺れていた。

 アシェイラはレドラックに、肩をすくめてみせた。それから、街道を視線でたどっていった。

 街道はいくつかの町を経てゆるやかに右に曲がりながら、エラプト山まで続いていた。海岸線と平行するように街道はふもとを越え、ネスキアの南東の都市国家を結んでいた。その重要な街道もここからでは、ところどころで分断されているように見える。

 街道は一本道ではなく、エラプト山の手前を横切るようにして、左手へと向かっていた。そちらの街道はファイブ・スプリングス湖をぐるりと、取り囲んでいた。が、そのファイブ・スプリングス湖は斜面の向こうにあり、その水面を目にすることはできなかった。

 エラプト山脈は緑が多く、その鮮やかな色は目にまぶしいくらいだった。まだ、山まではかなりの距離があるはずなのに、アシェイラは風のなかに森に匂いをかいだ。濃い緑の色の周りに褐色の丘が突き出しているのは、巨大な顎が山々の飲み込もうとしているように思えた。

 山脈で一番、高いのはもちろんエラプト山で、山脈のほぼ中央に位置していた。エラプト山はなだらかな稜線を持つ山で、深い緑から突き出すその姿はなかなか、壮大なものだった。じっと見つめていると、エラプト山をはじめて目にするアシェイラでも、心のなかに不思議な感情が芽生えてくる。

 また、揺れが来た。今度は、さっきよりも大きい。バランスを崩し、鞍から落ちそうになったくらいだった。横揺れではなく、下から突き上げるような揺れだった。ネスキア都市国家軍のあちこちで、馬を御することができずに落馬したり、暴走させたりしてしまったようだ。騒ぎがあがった。

 アシェイラは鞍から降りた。それはアシェイラも落馬しそうになったからではなく、この分だとしばらくの間、進軍はなさそうだったからだった。

 エラプト山は十数年に一度、噴火をくり返しているのだけど、その周期は一定で、激しい揺れや噴煙、降灰などから噴火を前もって知ることができることから、被害を最小のものに留めてきた。この地震はもちろん、その前ぶれのひとつには違いない。けれど、エラプト山が噴火したのはつい数年前のことで、こんなに早くその前ぶれが現れるのは通常、考えられないことだった。

 地面に足をつけてから、アシェイラはエラプト山をもう一度、見た。青空を背後にした山は噴煙をあげておらず、静かなものだった。

「アシェイラ殿」

 アシェイラと同じく、馬から降りたレドラックが言った。

「王庭で貴官が申したこと、覚えておりますか? フェザード市軍があっさりと都市を捨て去ったのには、何らかの企みがあると」

「——ええ、覚えているわ」

「これが、貴官の言う企みなのですか?」

「レドラック。あたしから尋ねたいのだけど、魔道で山を噴火させる、なんてことはできるの?」

「……フェザード市軍にひとり、魔道士がいる、と申しておりましたね」

 アシェイラは息を吸った。リースヴェルトの顔を頭に、思い浮かべた。

「——ええ」

「ひとりの魔道士が山を噴火させる、というようなことは、普通に考えれば無理なのですが、その者の魔力がよほど強いのであれば、可能かもしれません」

「……そう」

 アシェイラにはずっと、引っかかっていることがあった。それはトライ・ステープルの町で、リースヴェルトがアシェイラに、語りかけてきた内容だった。

 ——ネスキアは都市国家の同盟という形ではなく、ひとつにまとまらなければならないのです。

 もし、ネスキア都市国家軍が砦を攻撃している間にエラプト山が噴火すれば、敵味方ともに、かなりの被害が出ることになる。では、リースヴェルトは目的を達成することができないことがわかり、両者を滅ぼすことにしたのだろうか。

 アシェイラは拳をぎゅっと、握った。グレアードやレドラック、百人隊の戦士たちの顔を見る。

 ——そんなこと、絶対にさせない。させるもんか。

 アシェイラは腰に差した剣の柄を、叩いた。

 ——その前にあたしがこの剣で、あの男を斬る!


       ◇ ■   ◆


 その七日後、アシェイラたちはエラプト山脈にたどり着いた。

 ネスキア都市国家軍は山脈を包囲し、主な街道をおさえていった。そして、軍は砦を攻略するための要所を目指して、さらに兵を進めていった。その間、戦闘が発生したが、どれも小競り合いという程度だった。

 そして、アシェイラたちがフェザード市を発って十日後、サードレード市の本隊とカレス・ファレル市の歩兵、騎馬兵を含めた軍、それにその他の都市国家軍を加えた兵士たちが合流し、本格的な攻撃を開始していった。


 また、揺れが来た。あちこちで、悲鳴があがる。

「落ち着いて!」

 アシェイラは声を出した。馬を操り、百人隊の前まで、歩かせた。鞍の上から、ひとりひとりの戦士の顔を見下ろす。

「揺れならすぐ、収まるわ。心配しないで。いい? 危険になったら、その時にはあたしがまず、そう言うから」

 すると、アシェイラのそのことばに合わせるみたいに、揺れが小さくなっていった。尻もちをついていた若い戦士が仲間の手を借りて、立ち上がった。

「右から、切り崩すわ。戦闘用意!」

 アシェイラは剣を振り上げて、命令した。

 馬を進ませると、彼女の百人隊がついてきた。剣や槍を構え、前進した。

 アシェイラたちは今、砦のある峠でフェザード市軍と戦っていた。

 峠は傾斜が急で、川の流れる山道を見下ろすようにして、いくつもの丘が位置していた。

 右手にあるのは壁のようにそびえ立つ高台で、二重の城壁が張り巡らされていた。左手には丘がふたつあり、そのうち手前側のものはネスキア都市国家軍が占領していた。奥の、峠で一番高い丘は崖のように切り立っていて、その上にはフェザード市軍の砦があった。

 フェザード市軍は砦に閉じこもったりせず、積極的に攻撃をしかけてきていた。四列、五列と戦士を並べて、倒されても倒されても、陣を崩さないようにしていた。

 アシェイラの百人隊は川の東岸にまわされ、そこでフェザード市軍と交戦していた。そこへ地震がまた来たのだけど、戦士たちはそれほど動揺しなかったようだ。表情にそれほど、恐れは見られない。

 さっき、戦士たちには危険になった時は自分が言うと口にしたのだけど、どんな時が危ないのか、アシェイラにはわからなかった。けど、今はただ、戦いに集中するだけ——それだけだった。

「ヤー!」

 叫び声があがった。正面から、両軍の戦士がぶつかった。

 アシェイラも馬上から、剣を振り下ろした。突き出される槍を剣で払い、目の前に迫る敵に斬りつけた。

 と、足もとが陰った。敵の戦士の顔や剣のきらめき、大地の色が闇に染まった。

 急に夜が来たみたいだったが、もちろんそうではなかった。

 翼が羽ばたく音が聞こえてきた。強烈な風が、土ぼこりを起こした。斜面に生えていた木々が枝を折れそうになるくらい、揺り動かした。

「ドラゴン!」

 絶望に押しつぶされたような声が、ネスキア都市国家軍の間からあがった。と同時に、フェザード市軍が剣や槍をまっすぐに振り上げた。声がひとつの名を呼ぶ。

「スーレディーア、リースヴェルト!」

「ヤー、ヴィゼリア! リースヴェルト!」

「リースヴェルト!」

「リースヴェルト!」

 アシェイラは砦の断崖のそばにいる、ひとりの人物が目に入った。そこまではかなり離れているのだけど、アシェイラにははっきりと、相手の顔を見ることができた。

 ——リースヴェルト。

 アシェイラは剣の柄を力いっぱい、握りしめた。今すぐ、馬を駆けさせて、そのリースヴェルトにこの剣を叩きつけてやりたい。でも、今の彼女にはそれはできなかった。

「魔道士隊、防御陣を。対ドラゴン呪文の封印を解除!」

 レドラックの声が響いた。ネスキア都市国家軍の後ろにいた魔道士連隊が、動く。

 アシェイラはもう一度、空を見上げた。

 ドラゴンが一匹だけなら、どうにかなるのかもしれない。二匹や三匹でも、被害を出しながら倒すことは可能かもしれない。けれど、十数匹もいたのでは……。

 ドラゴンたちは群れをなしながら、峠の上空を飛び回っていた。牙をむき、翼を羽ばたかせながら、アシェイラたちに襲いかかる時を今か今かと、待ち構えていた。

 ——あたしは、ここで死ぬ。

 ドラゴンの火を浴びてか、顎に放り込まれてか、爪に引き裂かれてか。それはわからないけど、死ぬことに悔いはなかった。

 アシェイラは仲間たちの顔を見た。

 ——グレア、グレイ、レドラック、それに百人隊のみんな。

 ただ、彼らを守ってやれなかったことと、リースヴェルトに届かないとしても、一撃を与えてやれなかったことが、心残りだった。

「あれを見ろ」

 ネスキア都市国家軍の間から、声があがった。

「ドラゴンだ!」

 ——ドラゴン?

 戦士たちが指差している方角に、アシェイラは目をやった。

 砦のずっと向こうから、ドラゴンが近づいてきていた。一匹ではない。数え切れないほどの大群が空を覆う勢いで、押し寄せてきていた。

 ——フェザード市軍は戦いを決定的なものにするために、すべてのドラゴンを戦いに投入することにしたのだろうか。

 が、すぐにそうではないことが、明らかになった。ドラゴンがドラゴンを、襲いはじめたのだ。

 ——もしかして、あのドラゴンたちは……。

 アシェイラは確信した。後から来たドラゴンは、ドラゴン・パレスのドラゴンたちだった。

 けど、よく見ればドラゴン・パレスのドラゴンたちは、フェザード市軍のドラゴンを攻撃しているのではなかった。ドラゴンではなく、背中の鞍を次々と爪で切り裂いていった。

 ドラゴンはすべての鞍を大地に叩き落としてしまうと、峠の上空を飛び去っていった。ドラゴン・パレスのドラゴンだけではない。フェザード市軍のドラゴンもいっしょに。

「と……突撃!」

「前進、前進!」

 ネスキア同盟の旗が振られた。馬に乗った旗手が、戦場を横切っていく。

「騎竜がいなくなっただけで、勘違いするな! こちらが優勢なのは、変わりない。勝てるぞ!」

 フェザード市軍の間から、声があがった。「フェザード市、フェザード市!」

「中央突破をかける。砦はもう、目の前だぞ!」

「押せ! 押して、押しまくれ!」

「進撃! 勝利を我らの手に!」

 剣と剣がぶつかり、矢が放たれ、馬の蹄が戦士のからだを踏みつぶしていった。

 戦っているのは、両軍の戦士だけではなかった。レドラックたち、カレス・ファレル市の魔道士やリースヴェルトなど、魔術の使い手も呪文を唱え、光の槍や魔術で作り出された楯、炎の嵐などが戦場を飛びかっていった。

 フェザード市軍はさっきまで、ネスキア都市国家軍と互角以上に戦っていた。だけど、ドラゴンを失ってしまったのが深く、影響を与えてしまっているらしい。中央が突破されると、フェザード市軍は総崩れとなった。

「リースヴェルト……リースヴェルト!」

 アシェイラは鞍の上から叫んだ。夢中で、馬を走らせる。

 やっと、リースヴェルトを追い詰めることができたのに、ここで見失ってしまったのでは、何のためにここまで来たのか、わからなくなってしまう。

 ——でも……。

 戦いは続いている。フェザード市軍は敗走しはじめているけど、砦攻めはまだ終わっていない。百人隊の長として、サードレード市軍の戦士として、この場に残って戦い続けなければならない。

「アシェイラ、アシェイラ!」

 百人隊の戦士が彼女の顔を見た。

「ここは、もういい。あんたは、先に行け!」

「え——でも」

「そうだ。あんたは、やることがあるんだろ」

「ここはおれたちにまかせてよぉ、行ってくれ。じゃねぇと、安心して戦えねえや」

「アシェイラ——」

 グレアードとグレイが近づいてきた。

「アシェイラ殿!」

 レドラックが、馬を走らせて来た。横に並ぶ。

「お忘れなきように。十日前に王庭で、私が貴官に話したことを」

 レドラックはアシェイラに向けて、片目を閉ざしてみせた。

「それでは、グレア。アシェイラのこと、頼みましたよ」

 グレアードがせき払いをした。

「レドラックまで、おれのことグレアって呼ぶの? 止めてよぉ」

 アシェイラは笑った。百人隊の戦士たちに笑顔を見せると、レドラックにうなづきかけた。

「行くよ。グレア、グレイ!」

「だからぁ、やめてよ。並べて呼ばれると、おれも獣みたいに聞こえるじゃない」

 アシェイラは答えなかった。手綱を手に取ると、馬を走らせた。


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