第八話 西の森
――翌日、ティカとアンナに挟まれて目を覚ました。
昨日の夜はふたりから根掘り葉掘り聞かれたのだ。
ティカからは旅のこと、アンナからは昔のことを。
旅の疲れもあって、喋っている最中に寝ていたらしい……。
三人でひとつのベッドに並んで寝ていたせいで、窮屈な体勢だったのだ。
起きたら体が固まっているようだった……疲れが取れた気がしない。
「起きたか、ロック」
アンナも起きたらしい。それとも起きていたのかな?
「ロックが起きたからアタシも起きられた。人の視線や意識に敏感にならないと、森の中では強者に食われるからな。完全に意識を落とすのは危険だ」
「そんな過酷なところに住んでたんだ……?」
「昔はどこもそんな感じだけどな」
古代族と言うくらいだから、アンナは今の時代の人ではない。
じゃあどれくらい昔なのかと言われたら、分からない。
一定の時期を遡れば、もうどの時代も古代だし。
「ふぁああ――」と、寝ぼけながら体を起こしたのはティカだ。
周りが騒がしいから目が覚めたようで、僕がいることも忘れてかなりきわどい格好だ。
寝ている内に服が脱ぎかけて、半裸だった……肌が多いよ。
「ティカ、ティカっ、服っ」
「あ。……ロッ、ク……? あれ、なんでロック……?」
「ここっ、僕んちだし!」
「でも、いつもと同じ天井……」
いつも? 入り浸っているだけではなくて泊まってもいるの?
家の中がやけに甘い匂いだなと思えば、ほとんどティカの匂いなのかも。
ゆっくりと状況を理解したティカが、自分の格好を理解し、さっと青くなって徐々に赤くなっていった。
頭の中を整理し終え、すっと目を閉じ――次に目を開けた時。
ティカは僕をじっと見て、握りこぶしを……、――なんで!?
「これを夢だと思わせるには殴るしかないじゃん」
「他にも方法があるはずでは!?」「うっさい」
昔のように飛んでくる拳が、横から入ってきた手のひらに防がれた。
避けようとしてベッドから落ちた僕が見たのは、ティカの拳を受け止めるアンナの姿だった。
「……あんた、なに」
「ロックの友達」
アンナの赤い尻尾が伸びてきて、僕の首をくるん、と巻く。
持ち上げられ、そのままアンナの隣まで引き寄せられた。
「『アタシ』の友達だから。アタシの許可なく殴るのは許さねー」
「……あたしのロックだから、どうしようが勝手なんだけど」
「『アタシ』のロックだから、傷つけられたら困るわけだし。先におまえを食っちまおうか、ティカ」
睨み合うアンナとティカ。
あと、今更だけど勝手に『アタシ』のとか『あたし』のとか言っているけど、僕はふたりのモノになった覚えはない。……はず。大切にされるのは嬉しいけどね。
「ふ、ふたりとも……? なかよく、仲良く、ね……?」
腕力も頑丈さも僕では敵わないふたりを止めることはできない。
僕には「お願いする」しかないから――言葉と気持ちに頼るしかなかった。
アンナの尻尾が僕の首から離れた。強く巻かれていたけど息ができないほどではなかったので、アンナなりに優しくしてくれていたのだろう。
首の違和感がなくなった頃、
「――ロック、旅の前に、女神様に会いにいくのがいいと思う。……ロックのセンス、まだ解放されてないでしょ?」
ティカがベッドに腰を下ろし、櫛で髪を整えながら今後の方針を考える。
アンナはティカの横に座り、寝癖だらけの髪を振って催促している。
「次、やってあげるから待ってな」とティカ。
さっきまで睨み合っていたとは思えないほどの姉妹感が出ていた。
「でも、僕のセンスはどうやら解放できないみたいなんだよね……。北と南の世界樹にいった時に、女神様にそう言われて……」
「その時はでしょ? 時間が経っていれば条件を満たしているかもしれない……だろ?」
まあ、その可能性はある。
北と南にできなくても、西(東は魔王だ)ならできることかもしれない。
少しでも旅が楽になるなら、いかない理由もない。
けど、リアビスの町からさらに西へ向かうことになるのだが――町と世界樹の間には広い森がある。
魔物のレベルは低い、とは言え、僕からすれば充分に脅威なのだ。
それに、道に迷うと高レベルの魔物のナワバリに気づかず入ってしまう可能性もある。
世界で最も安全な森と言われているが、大自然の一部という事実は同じだ。
気を抜けば――実力がなければあっさりと死ぬ世界。
「ロック。もしかしてひとりでいくこと考えてる?」
「え? うん……だって僕の事情だし」
「あのさ……え、なんで頼らないの? ついてきてって言えばいいんだよ」
ティカとアンナがいてくれるなら危険はないようなものだ。
出会う魔物の全てをふたりが蹴散らしてくれるだろう。でもさ、
「…………なんかさ、情けなくない?」
「今更うるせえ」
「ザコはアタシに頼れ、バカ」
「強い人はみんなそう言うけど、僕たち弱者は助けられることを申し訳なく思うんだよ! だってふたりからすれば近くの森は町の中と同じでしょ!?」
移動するだけ、なのだろう。僕からすれば命懸けだけど。
助けてもらうのは申し訳ないし、こんなことでいちいち頼っていたら、ふたりは僕に愛想をつかしていなくなってしまうかもしれない。
それが一番、怖いのだ。それに、
「――近くの森くらいさ、僕の力だけで抜けたいって気持ちもある!」
「はいはい、そういうのは後でいいから。ほら、さっさといくぞー」
「ロック、朝メシは森で仕留めよう。肉にかじりつきたい気分」
「あれっ、僕の意見は完全無視!?」
ふたりに担がれるように。
僕たちは西の森を抜けて、世界樹を目指す。
2
広さだけなら世界一位の森だった。
入念な準備を、と思ったけど、アンナとティカは本当に町に買い物へいくような格好で僕を引きずり、森の中へ。
ふたりとも、ダンスを踊れるようなドレスを着て森の中を進んでいる。準備不足の僕でも灰色ローブを着ているのに……。
がさがさ、と隣の茂みが揺れて、白い体毛、角ありネズミが飛び出してきた。膝くらいの高さのネズミが、前歯を鋭くさせて僕の足下へ飛びかかってくる。
これくらいなら僕にだって……っ。
主に素材採取のために使うナイフを腰から引き抜き、取りこぼす。――あ。
足下に落ちたナイフがネズミに奪われた。
興味津々にナイフを抱えたネズミが黒い瞳を細めて……「にやり」と笑った気がした。
ナイフを抱えたまま、僕の足下をぐるぐると周り。
それを追っていたら目が回り、足がもつれて尻もちをつく。
視点が下がったことでネズミがチャンスと思ったのだろう。
僕の膝を足場にして飛んで、ナイフを抱えて飛びかかってくる。
目前に迫る刃が、
「――器用なネズミだな」
ネズミの首根っこをつまんだアンナが口から小さな炎を吐いた。
小さくても火力は高く、ネズミは真っ黒焦げ。ナイフが地面に落ち、土に突き刺さる。
白い体毛が嘘だったみたいに黒くなったネズミを森の奥まで放り投げるアンナ。
「焦がしすぎた……」と肩を落としていた。
上手に焼けたら食べるつもりだったのかもしれない。
口から炎……、アンナの汎用魔法だろう。
「……ロック…………っふ」
僕の醜態を見てティカが呆れ……じゃない、もう笑っちゃってる。
今のは油断しただけ! と言っても信じてもらえないだろう。
……だって油断はしてなかったし。ちゃんと翻弄された、角ネズミに。




