1.出会い
0話では二人の日常と、それぞれの決意が描かれました。1話からいよいよ光と拓弥が出会います。
光「いてて……」
背中に走る衝撃に顔をしかめながら、光はゆっくりと体を起こした。
硬い地面の感触。
鼻をくすぐる、乾いた土と石の匂い。
光「……あれ……?」
見上げた先にあったのは――
見知らぬ町だった。
石畳の道がまっすぐに伸び、
両脇には古びた建物が並んでいる。
木製の扉。色あせた看板。
どこにでもありそうな街並み。
だが。
光「……人が、いない……?」
視線を巡らせる。
窓も、路地も、建物の影も――
どこにも人の気配がない。
風は吹いている。
空も、ただの昼の空だ。
それなのに。
音だけが、消えている。
光(……なに、これ……)
さっきまで、自分は林にいたはずだ。
あの“扉”に触れて――
光「……夢、じゃないですよね……」
呟いたそのとき。
???「おい」
低い声が、背後から落ちた。
光「――っ!?」
振り向く。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
黒いコート。
無駄のない立ち姿。
静かにこちらを見据えるその瞳は、妙に落ち着いている。
青年は一歩、こちらへ歩み寄ると――
迷いなく手を差し出した。
拓弥「立てるか?」
光は一瞬だけ戸惑い、それからその手を取る。
光「あ……ありがとうございます……」
引き上げられながら、言葉を続ける。
光「僕、林の奥で変な“扉”を見つけて……」
「触ったら、いきなりここに……」
拓弥は小さく頷いた。
拓弥「ゲートだな」
「ここはイディア世界。お前がいた場所とは別の世界だ」
光「別の……世界……?」
理解が追いつかない。
だが、目の前の現実はそれを否定させてくれない。
拓弥「安心しろ。帰る方法はある」
そう言って、後ろを指差す。
光が振り向くと――
そこには、空間に溶け込むように“扉”が浮かんでいた。
光「あ……!」
淡く揺らめくそれは、間違いなく自分が通ってきたものだ。
光「よかった……戻れる……」
胸を撫で下ろす、その瞬間。
???「――見つけたぞ」
空気が、歪んだ。
建物の影から、黒い霧が滲み出る。
その中から、いくつもの影が姿を現した。
小悪魔「ナイトメア様の命により――」
「貴様を連れて行く」
光「なっ……なんですか、これ……!」
小さな翼。
鋭い爪。
赤く光る目。
明らかに、人ではない。
じりじりと距離を詰めてくる影たち。
光は思わず後ずさる。
その前に――
拓弥が、一歩前へ出た。
拓弥「やれるもんなら、やってみろよ」
声は静かだった。
だが、その一言だけで空気が変わる。
小悪魔「かかれぇぇ!!」
一斉に襲いかかる影。
その瞬間――
拓弥「雷撃」
閃光。
雷が一直線に走り、
小悪魔たちをまとめて吹き飛ばす。
小悪魔たち「ぐああああっ!!」
光「……すご……」
だが、まだ終わらない。
一体が、光へと飛びかかる。
小悪魔「まずは貴様からだ!」
拓弥「逃げろ!」
光「――っ!」
反射的に、拳を突き出す。
その瞬間。
熱が、走った。
光「な……!?」
胸の奥から、何かが溢れ出す。
抑えきれない衝動。
――炎。
拳を中心に、炎が渦を巻く。
光「うあああああっ!!」
振り抜いた拳が、小悪魔を吹き飛ばす。
小悪魔「ぐっ……!」
残った影たちが、一歩引く。
小悪魔「……退却だ!」
「一旦引け!!」
霧のように、姿が消えていく。
静寂が戻る。
光「……いまの……何なんですか?……」
震える手を見つめる。
確かに、炎が出た。
拓弥は、その様子を静かに見ていた。
拓弥「……お前」
ゆっくりと問いかける。
拓弥「名前は?」
光「あ……えっと……」
一瞬の迷い。
そして――
光「希龍光、です」
その名を聞いた瞬間。
拓弥の表情が、わずかに変わる。
拓弥「……そうか」
短く呟き、背を向ける。
拓弥「光」
「お前に会わせたい人がいる」
歩き出すその背中。
拓弥「ついて来てくれ」
光は少しだけ迷い――
それでも、その後を追った。
拓弥「ここだ」
案内された先には、重厚な屋敷が建っていた。
石造りの壁に、古びた木の扉。
どこか異国の雰囲気を感じさせる建物だ。
光
光「お、お邪魔します……」
扉を開けると、奥から一人の男が顔を出した。
魔佐「やあ、拓弥おかえり……ん?」
その視線が、光へと向く。
拓弥「魔佐兄、ただいま」
「紹介する。こいつ、希龍 光だってさ」
魔佐「へえ……」
「なるほどね」
ゆっくりと歩み寄り、柔らかく笑う。
魔佐「こんにちは、光くん。僕は希龍 魔佐」
光「……希龍……?」
その言葉に、思わず反応する。
光「え……僕と同じ名字……?」
魔佐は、少しだけ肩をすくめた。
魔佐「そりゃそうだよ」
「だって僕は、君のお父さん――希龍 覇弥斗の甥っ子だからね」
光「……え?」
一瞬、理解が止まる。
光「……従兄弟……ってことですか……?」
魔佐「そういうこと」
光の頭の中で、何かが崩れた。
光(お父さんに……兄弟がいた……?)
(そんな話、一度も……)
魔佐「……何も聞いてないんだね」
少しだけ、表情が変わる。
魔佐「もしかしたら――」
「もう、こっちの世界に戻るつもりはなかったのかもしれない」
静かな言葉。
光の胸が、わずかにざわついた。
魔佐「ここは“イディアの世界”」
「竜人たちが住む場所だ」
光「……竜人……?」
拓弥は、光の手元を見た。
拓弥「さっきの炎、覚えてるか?」
光「……はい」
拓弥「普通の人間だけじゃ、あんな力は出ない」
一拍置いて、告げる。
魔佐「光くん。君は――」
「竜人と人間の、ハーフなんだ」
光「……っ」
言葉が、出ない。
頭の中が真っ白になる。
拓弥「多分さっきの戦いで、目覚めたんだろ」
淡々と補足する。
拓弥「あれが、お前の力だ」
光は、自分の手を見つめた。
さっき確かに――炎が出た。
理解と現実が、ゆっくりと重なっていく。
魔佐「戦いって……また小悪魔に襲われたの?」
光は、二人の言葉に必死でついていこうとしていた。
頭の中で情報が渦を巻く。
世界。竜人。父親――。
そのとき。
???「お前らな、もう少し優しく説明してやれよ」
低く、落ち着いた声が廊下の奥から響いた。
拓弥「翔さん! 今日は家にいたんだ」
魔佐「これ以上どうやって親切に教えろって言うのさ」
ゆっくりと姿を現したのは、ひとりの男だった。
無駄のない体つき。
鋭さと落ち着きを併せ持った雰囲気。
翔「……光。」
まっすぐに見据えられる。
その視線に、思わず背筋が伸びた。
翔「急で悪いが、今日はここに泊まっていけ」
「こっちも話したいことが山ほどある」
少しだけ間を置いて、続ける。
翔「ディナーを用意する。それまで、この家を見て回るといい」
「拓弥の部屋が――ちょうど、お前の父さんが使ってた部屋だ」
光「……え……」
一瞬、言葉を失う。
光「……あ、ありがとうございます……!」
軽く頭を下げる。
胸の奥が、落ち着かない。
戸惑いと、少しの高揚。
そのまま、拓弥に導かれて歩き出した。
拓弥「ここだ」
案内された部屋は、思ったよりも落ち着いた空間だった。
拓弥「けど……俺が勝手にいじったから、当時の面影はないと思う」
少しだけ肩をすくめる。
拓弥「ああ、そこの棚」
「希龍家の記録の本がある。最後の方に、覇弥斗さんのことも載ってるぞ」
光は、ゆっくりと棚に近づいた。
一冊の本を手に取る。
ずしりと重い。
光(……これに、お父さんのことが……)
丁寧にページをめくる。
そして――
光「……あった」
小さく呟く。
静かな部屋に、光の声が響いた。
『希龍 覇弥斗――
1679年、この地に“リヴァイアサン”が現れ、竜人たちは次々と襲われた。
この化け物は“下の世界”から来たらしく、各地で暴れたあと、再び海へと消えたという。
首都グラディエを守るため、龍明家当主・龍明 玲が動き、徹底した防御体制が敷かれた。
だが、三年後――
ついにリヴァイアサンがグラディエへと現れる。
首都は混乱に包まれた。
建物は崩れ、多くの命が奪われた。
絶望の中で、ただ一人、立ち上がった男がいた。
――希龍 覇弥斗。
彼の父・希龍 晶は、三年前にこの怪物によって命を落としていた。
覇弥斗はその仇を討つため、命を賭して戦った。
そして――
壮絶な戦いの末、リヴァイアサンを討ち倒し、この世界に平和を取り戻した。』
光「……お父さんって……」
本から顔を上げる。
光「この世界じゃ……すごい人だったんだ……」
拓弥「英雄だよ」
壁にもたれながら、静かに答える。
拓弥「今でも首都グラディエには石像がある」
「……俺も写真でしか見たことないけどな」
光「……そうなんだ……」
手の中の本を、ゆっくりと閉じる。
しばらく、何も言えなかった。
胸の奥で、何かがじわりと広がる。
光「……どうして……」
小さく、こぼれる。
光「どうして、お父さん……」
「このこと、何も話してくれなかったんだろう……」
誇らしいはずなのに。
どこか、寂しい。
その二つの感情が、胸の中で静かに混ざり合っていた。




