3 アイドル声優
河岸観里は、アニメの新番組の声優オーディションのために新宿の録音スタジオを訪れていた。アニメ番組は『スーパー・メタル・フレンズ』という美少女バトル学園コメディ。人気コミックのアニメ化である。
最近はアイドル声優の活躍で声優の数が増えたこともあり、どの声優オーディションでも競争率は高かった。レギュラー以前に役をもらうことさえも容易ではない。
観里の場合、十七歳までは陸上部に所属し、全国大会に出場する実力であったが、交通事故で足を骨折し、半年あまりリハビリに追われていた時に観たアニメ番組にはまり、あっさりと陸上部をやめ、声優の道を目指すようになった。高校卒業後、一年間、声優養成所に通い、十九歳の時にアニメ映画のヒロイン役のオーディションに合格して声優デビューを果たす。
その後、声優事務所【パドミック】に所属し、一時はレギュラーを十本以上も抱える人気声優となったが、一年後、突然、事務所を辞め、フリーとなった。ネットでは、メインの声優業の他にイベント活動、ラジオ収録、グラビア撮影、雑誌インタビューなどアイドル声優路線を事務所が押し進めたせいで、本人が方向性を見失ったのではと囁かれている。
事務所のバックアップを失い、長く低迷していたが、二年前、兼ねてから彼女のことを気にかけていたマネージャーが【パドミック】をやめ、新しい芸能事務所【ドッグ・ワン】を設立。彼女の事務所に所属したことで、現在では、アニメ番組の脇役として、時々、名前を見ることができるようになった。
自分の出番が来るまでスタジオの控え室で、観里は後輩の悠月零名と話をしていた。
悠月零名は十九歳。零名は昨年四月に、【ドッグ・ワン】に入り、瞬く間にアニメのオーディションで次々と主役を勝ち取り、人気となったアイドル声優で、事務所のホープであった。出身中学が偶然にも同じ女子校であったこともあり、零名は観里にだけは名前ではなく、【先輩】と呼んでいた。
「悠月、オーディション、どうだった?」
「零名はもう決定ですよ。事務所からも言われてるしぃ」
零名は当然と言った顔で言った。
「じゃあ、何で来てるの?」
「一応、形だけ。ほら、他の方の体面もあるし。これ、先輩だから言うんですよ」
零名は小声で言った。
「零名は大学に行かないの?」
「時間がもったいない。アイドルだもん。仕事優先」
「仕事優先か――」
観里は零名が少し羨ましくなった。
「先輩……先輩」
零名が観里の顔をじっと見ながら、呼びかけている。
「な、なに?」
「会話中に突然、妄想モードに入らないでくださいよぉ。スタッフの人が呼んでますぅ」
「あ、出番か。じゃ、頑張ってくる」
観里はテーブルの上の台本を手に取り、椅子から立ち上がった。
「いってらっしゃーい」
零名は観里に小さく手を振って、言った。




