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警視庁捜査一課。
白木亜里砂は四日ぶりに出勤した。
「よぉ、風邪はもう治ったのか?」
同僚刑事が亜里砂に声をかけた。
「はい。もう大丈夫です」
亜里砂は、元気よく言った。
白木亜里砂は、今年四月に警視庁の捜査一課に配属された刑事で二十六歳。大卒で元々は交通課の警官であったが、未解決事件の犯人像のプロファイル・レポートをたびたび、上司に提出し、そのレポートが何度となく犯人逮捕のきっかけとなったことが警視庁捜査一課長の目に止まり、異例の抜擢となった。
「白木、ちょっといいか」
課長が亜里砂を呼んだ。
「はい」
亜里砂は課長のデスクへ赴いた。
「復帰明けで申し訳ないが、白木の考えを聞きたいと思ってな。おーい、黛」
課長は遠くの席でノート・パソコンを使用していた黛を呼んだ。
黛は席を立ち、課長の席へ歩いてくる。
黛芳隆は三十三歳。警視庁捜査一課配属五年目の刑事。顔は強面で、長身。大学時代はラグビーをやっていたこともあり、体格がガッチリしている。
「何でしょうか?」
「白木に例の事件の話をしてやれ」
「待って下さい。この事件の担当は自分です」
「白木は元々、プロファイラーとして捜査一課に連れてきたんだ。白木の考えも聞け」
「わかりました」
黛は渋い顔で了承し、亜里砂と自分の席に向かった。
「俺はやり方を変える気はないからな」
黛は独り言のようにそう言いながら、机のノート・パソコンを開いた。
「インターネットの投稿動画サイトを見たことは?」
黛の隣に椅子を置いて座った亜里砂に黛は言った。
「何度かあります」
「ペインターという犯罪者を知ってるか?」
「ペインター?」
「十二月六日、インターネットの大手投稿動画サイト【ダーク・ゾーン】に一本の動画が投稿された。その映像の投稿者の名はペインター。まずはこの動画を見てくれ」
黛は亜里砂にパソコンの液晶画面を向け、パソコンのOS画面に表示されたアイコンの一つをマウスでクリックし、動画ファイルを開いた。
画面内に窓がポップ・アップし、そこに映像が表示される。
倉庫らしき暗い場所から白熱灯で照らされたコンクリートの地面が映し出される。
「天井に設置された定点カメラですかね」
亜里砂は呟いた。
約十秒後、赤い厚手のレインコートを着た人物が姿を現す。フードを被っているため、上からの映像では、顔はわからない。
レインコートの人物は、コンクリートの地面に、縦横二メールの長さの青いブルーシートを引き、シートの上にペンキ用の小型ローラーと刃渡り三十センチの包丁を置いた。
そして、一度、映像から姿を消し、五秒後に再び映像の下から現れると、今度は、仰向けの全裸の女の体を女の両手を引っ張って、後ろ向きに歩きながら、ブルーシートの上まで引きずっていく。
シートの上に寝かされた女は、目をつむったまま、動く様子はない。
レインコートの人物は、女の横に座ると、左手に包丁、右手にローラーを手にする。
そして、女の胸の中心に包丁を突き刺すと、そこから縦にヘソのあたりまで刺身でも切るかのように引き、血が噴き出すのを確認して、包丁を引き抜く。
亜里砂はその映像は目を細めることなく、冷静に観ていた。
「!」
突然、スローテンポな歌が始まった。歌声は透き通った若い女性の声だが、時々発音が不自然になる。
ゴロゴロゴロ ペインター
おまえの体にペンキを塗るぞ
早く血を出せ グッサグッサ
ローラー片手にゴーロゴロ
真っ赤なペンキでゴーロゴロ
おまえの過去を塗りたくる
おまえの今も消えちゃった
アハハ アハハ アハハハハ
アハハ アハハ アハハハハ
童謡のような歌の流れる間、レインコートの人物は、女の腹から噴き出す血をペンキ代わりに、女の体にローラーで血を塗りたくっていた。
総再生時間は約二分十二秒。
「この動画がアップされた後、この映像のアドレスがインターネットの大手掲示板のスレッドに次々と張られ、僅か一時間で数百万を越える閲覧数となった。その理由は何だと思う?」
「さあ」
「この女性の顔が声優の星名麻衣歌に似ているという噂が流れたからだ。警察や彼女の所属事務所に多くの問い合わせがあり、翌日、彼女の所属する声優事務所【ファイン・アップル】が公式に彼女の失踪を認め、彼女の家族が警察に捜索願いを出した」
「彼女の最後の目撃情報は?」
「十二月五日午後五時、アフレコを行っていた渋谷の録音スタジオ【ADD】を出たのが最後だ」
「彼女の携帯電話は?」
「現在、電源が入ってない状態だ。最後の通信記録は事務所にスタジオを出たことを伝える十二月五日午後五時四分。彼女は両親の住む実家から仕事先に通っており、こちらでも実家周辺の聞き込み捜査を行ったが、不審な人物は見当たらず、家族も彼女から誰かに尾行されていると言った相談は受けていなかった。また、彼女の友人関係、仕事関係を調べても、今のところ、彼女を恨む人間の存在は見当たらない」
「その女性がまだ、星名さんだという確証は得られていないわけですね」
「ああ。ただ、別ルートでの進展はあった。殺人映像がアップされていることを会員から指摘された【ダーク・ゾーン】はすぐさま、この動画を削除。しかし、すかさず別の会員がこの動画をアップした。このことから、ハイテク捜査課がIPを辿り、動画の投稿者を割り出した。投稿者の名前は嶋井典敏、二十三歳、無職。【闇の職安】の仕事募集の書き込みに応じ、二万円でこの殺人動画を大手の投稿動画サイトにアップロードするよう指示されたそうだ」
「【闇の職安】?」
「インターネット上で非合法な仕事の情報交換をする掲示板だよ。よく振込詐欺の口座を作るのに利用されているだろ」
「それで?」
「すぐに【闇の職安】のサイト管理者にログ記録を提出させ、掲示板に仕事を募集した発信人を突き止めた。だが、その男は派遣の仕事で働きながら、ネットカフェで暮らしている三十台の男で、街で知らない男に声をかけられ、五十万円をもらい、十人の男性に二万円で【闇の職安】サイトを使って仕事を依頼するようにと言う指示を受けていたそうだ」
「ただの悪戯ではないというわけですね」
「そういうことになるな。何か意見は?」
「現状、被害者の特定より、動画の画像を解析して、現場の特定や犯人の持ち物の特定を急ぐべきかと思います。例えば、この画像の犯人の着ている厚手の赤いレインコート。子供向けの赤いレインコートはよく見かけますが、大人向けのレインコートを製造しているメーカーは少ないはずです。レインコートの製造メーカーはあたってみましたか?」
「いいや」
「ペンキ用の小型ローラーのメーカーは?」
「まだだ。何分、荒い画像だしな」
「それなら、画像処理を依頼して、鮮明に拡大してもらえばいいでしょう」
「わかった」
亜里砂はもう一度、映像を再生した。
「星名さんの身長はわかりますか?映像の被害者は真っ直ぐ仰向けに寝ています。身長がわかれば、おおよその犯人の身長もわかると思います」
「後で事務所に問い合わせてみよう」
「被疑者の利き腕は右利きですね。作業が機械的。自分で書いた計画書通りにやっているというところでしょうか」
「この動画で歌っている女は共犯かな」
「ボーカロイドかもしれませんね」
「ボーカロイド?何だ、そりゃ」
「あらかじめデータ化された女性声優の声で歌を歌わせることが出来る音声合成プログラミング・ソフトがあるんです。ネット上では、たくさんの人が自分の作品をこのボーカロイドに歌わせて、発表していますよ」
亜里砂はインターネットで検索し、ボーカロイドの歌う作品を一つピックアップして、黛の前で再生してみせた。
「おぅ、確かに同じ声だ」
黛は感心したように言った。「ということは、この歌手は存在しないんだな」
「この声のデータを吹き込んだ声優は存在しますが、この動画で再生された歌の癖はヴォーカロイドのものです」
「それから――」
「何だ?」
「不謹慎ですが、犯人は近いうちに次の犯行映像をネットに公開するはずです。ネットへの監視を怠らないようお願いします」




