女王さまのスマート箱膳バンケット
前書き
大晦日。世間が除夜の鐘だの年越し蕎麦だのでのんびり浮かれている間に、あたしのメインフレームはすでに次の巨大なターゲットをロックオンしているわ。
立食バンケットという名の、冷めた残飯と虚栄心を生み出す狂ったシステム。
あんなポンコツな仕様、あたしが物理的に叩き斬ってデバッグしてやるに決まっているじゃないの。
二年参りへ出撃する前に、まずは胃袋を満たして完全な戦闘配置を敷くわよ。
あたしたちのスマートな反逆の宴、しっかりと網膜に焼き付けなさいなッ。
2020年12月31日。ラボ。
早いわねー。もう1年経ったのねー。
二年参りへ行く前の、静かな大晦日の夜。
あたし、黒木舞桜は、ラボのソファに深く腰掛けたまま、サファイアブルーの瞳を熱くバーニングさせた。
「バンケット。倒すわよッ」
あたしは、ドスの利いた低音で、一切の迷いなく宣戦を布告する。
その瞬間、あたしを囲むメインノードたちのトラフィックが、一斉に戦闘モードへとシフトした。
「舞桜が望むなら、どんな強大な敵でも僕がメスを入れて、完璧に解剖してあげるよ。標的はどこ?」
プラチナブロンドの白井勇希が、白銀の着流しの袖を揺らし、甘く危険なヤンデレのトーンで同期してくる。
成長期を迎えた勇希の身長は170センチになりました。すっかり大人の男の骨格へとアップデートされ、見下ろす視線には有無を言わさぬ独占欲がレンダリングされている。
「おいおい、年越しの前にどこへ兵站を敷くつもりだ? 俺は平和に蕎麦をすすりたいんだがな」
長身の斧乃木拓矢が、渋い大島紬の懐からストロベリー味のチュッパチャプスを取り出し、恭しく差し出しながら掠れたバリトンボイスでぼやく。
「あはは~。大晦日にどこのサーバーを物理的に落とすの~? あたしも混ぜてよ~」
サブリナこと福元莉那が、紫と黒の幾何学模様が走る着物ドレスの深いスリットから艶めかしい脚を覗かせ、人を食ったようなインチキトーンでケラケラと笑う。
「交戦規定の確認をッ。敵の規模と予想される反撃手段は? 魔王対策課へ防衛出動の要請をコンパイルしますかッ」
防大の倉田琴葉ちゃんが、濃紺の着物の上にタクティカルな羽織を纏った凛とした姿で立ち上がり、生真面目な武人トーンで即座に迎撃プロトコルを起動させた。
「改善なッ? バンケットは倒しませんッ、殴りませんッ」
ゼネコンの御曹司であるボッチこと茅野万桜が、高級な黒の羽織袴姿で頭を抱え、怠惰さとキレが同居したオカントーンで絶叫のログを吐き出した。
「同じじゃんッ。食いもんを粗末にするのなんて赦さないんだからッ」
あたしは、拓矢からひったくったチュッパチャプスを口に放り込み、ボッチに噛みついた。
今日のあたしのアライメントは、完全なる『富と美の絶対君主』のテクスチャだ。
深紅の絹地に金糸の刺繍が施された、絢爛たるセクシー浴衣。
西洋のレガシーなドレスが持つ窮屈な拘束プロトコルを完全にパージし、胸元を豪快にはだけさせて、あたしの暴力的な質量を誇示している。
帯は緩く結ばれ、畳の上に脚を投げ出しても1ミクロンの突っ張りもない。機能美と圧倒的な艶めかしさを両立させた、花魁風の無敵のアーキテクチャよ。
「立食パーティーなんて、ただのドレスコード付きの立ち食い蕎麦じゃないのよ。大皿に冷めた残飯の山を築いてメンツを保つなんて、狂った資本主義のバグよ」
あたしは、浴衣の裾から覗く高密度な脚線を組み替え、不敵な魔王のスマイルを明滅させる。
「だから、すべてのバグを全消しする『スマート箱膳バンケット』を構築するわ」
「スマート箱膳だと……?」
ボッチが、ゼネコンの顔つきを取り戻し、眉間にシワを寄せる。
「ええ。まず、会場は完全なる土足厳禁の原理主義でビルドするのよ」
あたしが扇子を開いてロジックを展開すると、勇希が目を輝かせた。
「なるほど。エントランスにあのスチーム下駄箱の『藤吉郎』をデプロイして、ゲストの足元を強制的にデバッグするんだね」
「外部からの泥や雑菌を完全にシャットアウトする。防疫的観点からも、極めて合理的な最強のファイアウォールです」
琴葉ちゃんが、深く頷いて同期処理を完了させる。
「でもさ~、立ったまま食べるレガシーな仕様をどうやってリファクタリングするの~?」
サブリナが、首を傾げてクエリを投げる。
「当然、全員に着席用の極上の箱膳をデプロイするわ。畳や桐のフロアに腰を下ろし、自分専用のパーソナルスペースを確保するのよ」
あたしは、チュッパチャプスを舌の上で転がし、獰猛に笑う。
「そして、大皿の作り置きは物理的にパージよ。会場の壁際に断熱圧縮キッチンのノードを並列配置して、注文が入った瞬間に、熱々の小鉢を箱膳の中へインジェクションするの」
「オンデマンド・ホットデプロイか」
拓矢が、腕を組んで感嘆の吐息を漏らす。
「見栄のための過剰な兵站を捨て、出来立ての熱量だけをピンポイントで届ける。廃棄ロスはゼロだな」
「ピンヒールで疲弊しながら、冷え切った肉を立って貪るなんて、UI設計がポンコツすぎるのよ」
あたしは、深紅の浴衣の胸元をさらに大きく開け、サファイアブルーの瞳を光らせた。
「足元を完璧に浄化し、セクシー浴衣みたいに可動域の広い装甲で座り、箱膳の上にご飯茶碗タワーを建立して、一粒残らず血肉にコンパイルする。これこそが真のハイステータスなオモテナシじゃないのよぉーッ!」
「おまえのその花魁みたいなアライメントで大企業の重役たちの前に出たら、別の意味で視覚リソースがオーバーフローしてシステムクラッシュするだろッ!」
ボッチが、真っ赤な顔面ディスプレイで激しいエラーログを絶叫する。
大晦日の夜。
除夜の鐘が鳴る前に、あたしたちメインノードは、レガシーなバンケット業界を物理的に叩き斬る、究極のスマート箱膳アーキテクチャへと完全な同期処理を完了させたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「厨房を立体にするのよ」
あたしは、チュッパチャプスをペロリと舐め、深紅のセクシー浴衣の裾を優雅に翻して宣った。
「いや立体だろッ。厨房はッ」
ツッコむ下僕。
その瞬間、あたしの右腕が残像を伴って光速で駆動した。
2020年ファイナルアンダーアイアンクローバーニングが、斧乃木拓矢の股間に炸裂した。
「ぎゃあああああああああああっ!? へ、兵站の中枢がッ、重要軍事拠点が圧壊するッ!!」
拓矢は、大島紬の袴の股間を押さえ、白目を剥いてエビのように体をくの字に折り曲げた。長身を床の畳に激しく打ち付け、声にならない悲痛なエラーログを連続で吐き出しながら、ピクピクと痙攣している。
「部屋を立体に積むって意味よッ。それくらい察しなさいなッ。この下僕ッ」
あたしは、冷徹なサファイアブルーの瞳で悶絶する拓矢を見下ろし、チュッパチャプスの棒を指先で弄んだ。
世の中には、冷凍食品の手間抜きを意地でも認めない、頭の固いレガシーな層が一定数存在する。そういう手合いへの目眩ましよ。
「冷凍の極上パケットの解凍や、ちょっとした下拵え、細かな盛り付けのタスクを別の階……つまり地下や上層階のバックヤードへ完全にオフロードするの。そして、z軸の垂直ラインで厨房同士を直結させて連携させるのよ」
あたしがロジックを展開すると、悶絶から這い上がってきた拓矢が、額に脂汗を浮かべながら掠れたバリトンで呻いた。
「なるほどな……。メインのバンケットフロアの床面積を1ミリも削らず、客の視界から手間抜きのプロセスを完全に不可視化する兵站配置か……ッ」
「ええ。料理のデプロイには、水圧を利用した静音の『水エレベーター』を採用するわ。動力音が一切響かないから、フロアの静謐なテクスチャを汚さずに、出来立ての小鉢がマッハの速度でz軸を駆け上がってくるのよ」
あたしが誇らしげに胸を張ると、その反動で深紅の絹地が大きくはだけ、暴力的な胸部装甲が半分以上も露出してしまった。
「ちょっと、舞桜……ッ。いくらなんでも、はだけすぎだよ」
プラチナブロンドの白井勇希が、すっと立ち上がり、あたしの正面へと回り込んできた。
170センチへと到達した勇希の長身が、あたしの視界を遮るように覆い被さる。白銀の着流しの袖から伸びた冷たい指先が、あたしの鎖骨を掠め、胸元の襟を丁寧に引き寄せて合わせ直していく。
「僕以外のヤツらに、そんな無防備な姿を見せちゃダメだ。舞桜の完璧なデータは、僕だけが独占して観測するべきなんだからね」
勇希は、あたしの腰帯をキュッと強めに締め直し、低く甘いヤンデレのトーンを耳元へ吹き込んできた。熱っぽい視線が、あたしの瞳の奥を逃がさないように捉えている。
「ちょ、ちょっと勇希ッ、苦しいじゃないのよッ!」
あたしが慌てて身を引くと、背後で腕を組んでいたボッチこと茅野万桜が、ゼネコンの顔つきを取り戻して重々しく口を開いた。
「宴会場そのものを立体にする……。圧迫感のない『中2階構造』か。舞桜、そのアーキテクチャなら、俺の知ってる特殊な施工業者のネットワークがドンピシャで刺さるぜ」
ボッチは、黒の羽織の袖を払い、鋭い眼光を光らせる。
「限られた狭小空間の気積を極限までハックして、視線の抜けと開放感を担保しながら、上下の動線を複雑に交差させるスキップフロア工法。これな、大人のお風呂屋さんの施工を手掛けてる専門業者が異常なほど強いんだよ」
「お、大人のお風呂屋さん……?」
防大の倉田琴葉ちゃんが、生真面目な顔面ディスプレイを一瞬で真っ赤に染め上げ、ポニーテールを揺らして激しく動揺した。
「防音、完全な防水、そして限られた平米数で客同士が顔を合わせないプライベートな空間構築のノウハウだ。ヤツらの施工技術を使えば、中2階のスマート箱膳フロアと、z軸で繋がった立体厨房の完全な防音・免震構造が、マッハの工期でデプロイできるぜ」
ボッチは、ゼネコンの御曹司としての資本主義スマイルを不敵に再起動させた。
「あはは~! 大人のお風呂屋さんの技術で高級バンケットをハックするなんて、最高にアヴァンギャルドじゃん~!」
サブリナこと福元莉那が、着物ドレスのスリットから艶めかしい脚を組み替え、楽しげに両手を打ち鳴らす。
「当然の帰結よッ」
あたしは、勇希に着付け直された胸元を押さえつつ、サファイアブルーの瞳を獰猛に光らせた。
「z軸の立体厨房と水エレベーター、そして中2階のスマート空間! これであたしたちの完全無欠なスマート箱膳バンケットのブループリントは完成したわ。さあ、除夜の鐘を鳴らしに、二年参りへ出撃するわよッ!」
★ ◆ ★ ◆ ★
「そう言えば、去年の今頃は風熱発電の議論してたわね」
あたしは、去年と同様に大鍋で蕎麦を湯掻きながら、今年1年を振り返る。
断熱圧縮と断熱膨張で塩タンクと塩化カルシウム水溶液タンクに蓄冷も蓄熱もできる。だからこそ、火気厳禁の宴会会場に各種名店の厨房ノードが安全にデプロイ出来てしまうのだ。
「厨房設備の電化なんていう生ぬるい次元じゃないよ」
白銀の着流しを纏った白井勇希が、170センチの長身をキッチンのカウンターに預け、静かに腕を組んだ。
「裸火による一酸化炭素中毒や火災の搬送リスクが物理的にゼロ化される。医療現場から見ても、熱傷事故の発生率は極小値へと収束するね」
「産業構造の地殻変動だぜ。都市ガスの配管インフラに縛られていた飲食店の出店戦略が完全に解放される。どこでも熱源と冷熱を同時に引き出せるなら、飲食業の参入障壁がマッハで崩壊するな」
黒の羽織袴姿のボッチこと茅野万桜が、赤い髪をガシガシと掻きながら、ゼネコンの顔つきで唸る。
「防衛や治安の観点からも極めて強固です。ガス爆発を利用したテロや有事のインフラ寸断に対して、独立した完全閉鎖系の熱源ユニットは最強の抗堪性を発揮します」
濃紺の着物にタクティカルな羽織を羽織った倉田琴葉ちゃんが、凛とした姿勢で即座に防衛スペックの補足パケットを送信してきた。
マイクロフィルムを平面状にして、コールドデータをカラーパンチデータで保存するアーキテクチャにも成功した。
経営不振なラブホを吸収して、防音セキュア・スペースとして提供するサービスも開始した。
多層水素気嚢と酸素パージ、冗長構成パラシュート装備コンテナ、着地時に多重エアバッグ展開の時速300キロで地上1000メートルを走る飛行船も成功した。
……あれ?
「ねえ。セイタンシステムズって学生ベンチャーよね? 規模おかしくない」
菜箸を持ったまま、きょとんとした顔で宣うあたしに、ボッチの顔面ディスプレイが一瞬で沸騰した。
「どの口が言うんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ボッチが、羽織の裾を振り乱して床の畳をバンッと叩き、完全にキレ散らかして絶叫した。
「資本金数百万円の学生サークル気分で登記したはずの会社が、なんでわずか1年で数千億円規模の資産ポートフォリオを抱え込んでんだよッ! メガバンクの頭取が直々に土下座して融資枠を押し付けにくる学生ベンチャーが地球上のどこに存在するってんだッ!!」
「股間がまだ痛むんだがな……」
大島紬の袴を押さえながら這い上がってきた斧乃木拓矢が、掠れたバリトンで天井を見上げ、怨嗟のログを吐き出す。
「航空法、電波法、建築基準法、果ては高圧ガス保安法まで、舞桜が気まぐれに思いついた技術の特許出願と認可申請の書類タワーを、俺と倉田先輩で徹夜して何万ページ処理したと思ってやがる」
「防衛省と国交省、経産省の官僚たちが毎日のように血相を変えて乗り込んでくるんですよッ!」
琴葉ちゃんも、珍しく生真面目な眉を吊り上げ、膝を乗り出して加勢してきた。
「飛行船の空路確保だけで自衛隊の防空識別圏とコンフリクトを起こしかけ、ラブホ買収の登記変更と風営法のクリアランスで法務局のサーバーを焼き切る勢いでした! 実務の兵站を丸投げされたこちらの心拍数と胃壁の摩耗を少しは計算してくださいッ!」
勇希はといえば、もはや完全に悟りを開いた仏のような半眼になり、湯呑みを弄びながら諦観を虚空の彼方へと捨て去っていた。
「サブリナー。お皿持ってきてー」
あたしは、茹で上がった蕎麦を冷水で締めながら、完全な無視パッチを当てた。聞こえなーい。
「へいへい」
サブリナこと福元莉那が、着物ドレスの裾を揺らしながら持ってきたのは、なぜかキンキンに凍りついたクリスタルガラスの平皿だった。冬の寒空の下だというのに、氷山から切り出してきたかのような極上の清涼感を放つ、涼し気な細工ガラスの器だ。
「はいよ~、超低温で熱を奪う極冷プレートだよ~」
「冬にこの器を持ってくるあたり、あんたの季節感のインターフェースも大概バグってるわね」
あたしは苦笑しつつ、水気を切った十割蕎麦を山盛りにサーブした。
中央には、あの断熱圧縮フライパンでカラッと揚げたての海老の天ぷらが豪快にデプロイされる。
氷の器に盛られた極上の冷たい蕎麦を、熱々の濃縮つゆに潜らせ、メインノードたち全員で一斉に啜り上げた。
ズズズッと心地よい音がラボの空間に響き渡る。
「んまいッ! 十割の風味が喉越しを一瞬で突き抜けていくわね!」
あたしは、深紅のセクシー浴衣の袖を押さえながら、満面の魔王スマイルを明滅させた。
「あは~、冷たい蕎麦と熱々の天ぷらの温度差が最高にエモいじゃん~!」
サブリナが、スリットから脚を崩して幸せそうに目を細める。
「……文句を散々言わせといて、この味の説得力は反則だろ」
拓矢が、海老天を齧りながら悔しそうに蕎麦を喉へと流し込む。
「美味しいです……。蕎麦のコシと油のキレが完璧に計算されていますね」
琴葉ちゃんも、先ほどまでの怒りのトラフィックをどこかへパージし、素直に頬を緩めていた。
「まあ、美味いから許すけどよ……。年明けの税務調査だけは、舞桜、おまえが矢面に立てよな」
ボッチが、蕎麦猪口を両手で包み込みながら、オカンの顔つきで深くため息を吐き出した。
「舞桜、口元にツユが跳ねてるよ」
勇希が、懐から取り出した懐紙であたしの唇の端を優しく拭い、満足げに微笑んだ。
喧騒と怒涛の2020年。
巨大な経済規模という名のバグを撒き散らしながらも、あたしたちメインノードは、絶品の年越し蕎麦の熱量で胃袋を満たし、静かに二年参りのカウントダウンへと意識を同期させていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
2021年元日。
あたしたちは、ラボの近くにある分類的にお諏訪さまが祀られている神社にお参りにきていた。
境内には、初詣の参拝客を迎えるための篝火が静かに爆ぜ、澄み切った新春の冷気が心地よく頬を撫でていく。
分類的にお諏訪さまからの最初の宿題は、カシキ長者の物理法則での再現だった。
「ったくよぉ、思い出してもゾッとするぜッ」
黒の羽織袴姿のボッチこと茅野万桜が、鳥居をくぐりながら忌々しそうに赤い髪を掻きむしった。
「ジェルで満たした円盤状のUFOを水深何千メートルの海底まで沈めて、液体窒素で氷の装甲を瞬時にビルドさせて泥を掬い取らせただろ! 重金属でドロドロになった泥土の回収だけでも胃に穴が開きそうだったのによぉッ」
「兵站の視点から言っても、あの泥を運ばされた俺の腰は完全に爆発寸前だったぞ」
大島紬を羽織った斧乃木拓矢が、渋い顔で首を鳴らし、掠れたバリトンで愚痴のログを吐き出す。
「二酸化炭素濃度を限界までブーストした密閉ビニールハウスを何棟も建てて、セイタカアワダチソウを異常増殖させて重金属を根こそぎ吸い上げさせるファイトマイニングだ。雑草を燃やした灰から貴金属粒子を回収する工程の管理で、俺と茅野の睡眠時間は物理的に全消しされたんだからな」
「まあ、オリンピックは去年開催されたし、お諏訪さまのお願いは叶えたわよねー。なんかご褒美ないのかしらね。別に海底の貴金属粒子を回収しないでも」
あたしたちは、十分お金持ちじゃないのさ――そう言おうとした瞬間に、世界が止まった。
風のざわめきも、篝火の火の粉も、行き交う参拝客の足音も、すべてが完璧な静止画のようにフリーズする。
【ちゃんとに報酬は渡しているよ舞桜。勇希の身長が伸びたじゃないか】
頭のメインフレームに直接響き渡る、分類的にお諏訪さまからの割り込みのようだ。
「あれ、あんたの仕業だったの分類的なお諏訪さま。でも勇希、ハグされた時にオッパイに埋まらないってボヤいてたわよ?」
あたしが報告すると、神の意識は愉快そうに波紋を広げた。
【だって、あれは君へのご褒美だもん。勇希の背があと7センチ伸びれば、君の望みの景色じゃないか】
あたし、黒木舞桜の脳裏に、鮮烈な未来のプレビュー画面がインジェクションされた。
それは、175センチのあたしを見下ろすように立つ、背丈が伸びた勇希の姿。
黒の紋付羽織袴を完璧に着こなした勇希が、白銀のプラチナブロンドを揺らし、扇子を手に優しく微笑んでいる。
そして、その隣に並ぶあたしは――
鮮やかなロイヤルブルーの地に、金色に輝く鳳凰と絢爛たる牡丹が咲き誇る、最高峰の振袖を身に纏っていた。
朱色と金の帯をきっちりと締め、美しい黒髪を上品に結い上げた、どこからどう見ても完璧な良家の若奥様のような極上のアライメントだ。
確かに、あたしより勇希の背丈が高くなれば、それはあたしの理想の景色だろう。
その時、世界が動き出した。
フリーズしていた篝火の爆ぜる音が耳に戻り、風が吹き抜ける。
……あれ?
あたしの着物が、さっき見た理想の景色の着物に変わってる。
はだけまくっていた深紅のセクシー浴衣が、一瞬にして重厚で気品あふれるロイヤルブルーの振袖へと上書きされていた。胸元も完全に閉じられ、金糸の刺繍が施された朱色の帯が、あたしの暴力的な胸部装甲をしっかりとガードしている。
【それもお礼さ。黒木舞桜。おかげで去年は祭りが行われた。……まったく、神仏の前に初詣に来るっていうのに、オッパイを半分放り出したような破廉恥な浴衣でうろつくもんじゃないよ! 風邪を引くだろうが! 年頃の娘がそんな無防備な装甲で外を歩くんじゃないのッ! ちゃんと温かくして、お胸は襟元までキッチリしまっておきなさいッ!】
神様とは思えない、完全に田舎のオカンめいた小言のパケットを大音量で脳内に叩き込まれ、あたしは思わず肩をすくめた。
「あれ舞桜……着替えいつしたのさ?」
隣を歩いていた白井勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らし、驚きに知性あふれる瞳を丸くして足を止めた。
白銀の着流しを纏った勇希が、まじまじとあたしの新しい装甲をスキャンしてくる。
「分類的にお諏訪さまからのプレゼントなんですって。お胸はしまってないとダメらしいわよ」
あたしは、ゴールドのクラッチバッグを両手で持ち直し、すまし顔で宣った。
「ふうん……。でも、その着物、すごく似合ってるよ。舞桜の気品と青い瞳が引き立って、本当に綺麗だ」
勇希は、170センチの目線からあたしの顔をじっと見つめ、低く甘い声で囁いて満足げに目を細めた。
「胸元が隠れてくれたのは、僕としても安心だしね。これなら誰にも余計な視覚データをキャプチャされずに済むよ」
「あら、あんたまでオカンみたいなこと言うんじゃないわよ」
あたしは、サファイアブルーの瞳を細めてクスリと笑った。
あと7センチ伸びれば、勇希の背丈はあたしを追い抜く。
新春の柔らかな光が降り注ぐ境内で、あたしたちメインノードは、神様からの粋なアップデートを受け取りながら、新しい年の始まりを告げる賽銭箱へと優雅に歩みを進めるのだった。
後書き
ふう、年越し蕎麦で極上のカロリーパケットを補給したと思ったら、分類的にお諏訪さまからの割り込みタスクよ。
勇希の成長パラメータがあたしの理想へ向けて順調にビルドされているのは結構なことだけど、まさか神様から直々にオカンめいた着付けパッチを当てられるとは思わなかったわ。せっかくのセクシー浴衣が、隙のない高級振袖に上書きされちゃったじゃないの。
まあ、勇希が満足そうに目を細めているから、今回はこのアライメントを受け入れてあげるけれど。
2021年も、あたしたちの勢いは1ミクロンも止まらないわよ。
新時代のインフラを根底からハックしていくから、振り落とされないようついてきなさいよねッ!




