女王さまの俯瞰型レースゲーム
前書き
あたし、黒木舞桜の気高いメインフレームが弾き出した、最高にスマートでギルティな年末の記録をデプロイしてあげるわ。
今回は、上流階級の理不尽な忘年会アセットからの脱却、深夜のオフィスでの限界突破したシャブシャブ、そして極寒の横須賀ラボでコンパイルされた最強の物理ハックまで、圧倒的なトラフィックでお届けするわよ。
あたしたちメインノードの完璧な同期処理と、ヤローどもの呆れたエラーログを、一文字残らず網膜に焼き付けなさいなッ!
2020年12月下旬。東京丸ノ内。
あれ、おかしいわね。世間では仕事納めって概念があるらしいんだけど、あたしのメインフレームにはそんなポンコツなスケジュール、1ミクロンもインストールされていない。
煌びやかなシャンデリアが天井を彩り、足元には毛足の長い絨毯。大きなガラス窓の向こうには、丸ノ内の洗練された夜景のテクスチャが広がっている。
ここは上流階級のモブノードたちが集う、高級ラウンジでの社交忘年会。
あたし、黒木舞桜は、赤い髪のボッチこと茅野万桜に、完全な『見栄えのいいアセット』としてこの場へ強制デプロイされていた。
今日のアライメントは、ボッチのゼネコンパワーで用意された極上の漆黒のイブニングドレスだ。
胸元が深くV字に開いたデザインは、あたしの暴力的な質量を誇る胸部装甲を惜しげもなく強調している。肩から腕にかけてはアシンメトリーなカッティングと黒のシースルー素材が施され、タイトなスカートには太ももの付け根近くまで達する深いスリットが入っている。
そこから伸びる脚のラインは、BMIなんていうレガシーな数値では計れない、高密度の筋肉に裏打ちされた完璧なプロポーションをデプロイしていた。
左手にマティーニのグラスを傾け、不敵な魔王のスマイルを明滅させているだけで、会場中の視線があたしへ集中しているのがわかる。
『お願いだから黙ってて。黙ってニコニコしてて。ご飯茶碗タワー建立していいからッ』
離れた場所で、タキシード姿のボッチがグラス片手に談笑しながらも、ニュータイプ並みの表情テレパシーで必死の牽制パケットを飛ばしてくる。
あたしが口を開けば、この上品な社交の場がマッハでシステムクラッシュすることを知っているからだ。
……ふん。ここでご飯茶碗タワーなんて建立したら、あんた絶対にキレ散らかすじゃないのよ。
あたしは、冷たいカクテルグラスの感触を指先で楽しみながら、心の中で呆れたエラーログを吐き出した。
それにしても、肩も脚も剥き出しで、正直言って寒くない?
だけど、あたしは孤高の天才美女としてのテクスチャを1ミリも崩さない。四方八方から突き刺さるモブノードたちの羨望と欲望のトラフィックを、ニュータイプ並みの空間認識能力で完全に処理し、涼しい顔でスルーし続ける。
「素晴らしいドレスですね。よろしければ、少しお話を……」
仕立ての良いスーツを着たモブノードの男が、下心丸出しのアプローチを仕掛けてきた。
「あら、ありがとうございます。でも、あいにく今は思考の海を泳ぐのに忙しいの」
あたしは、グラスを軽く掲げ、芯のある低く響く声で、圧倒的な知能の壁を感じさせる丁寧な往なしのパッチを当てた。
男は、あたしの放つ気高い魔王のオーラに気圧され、すごすごとログアウトしていく。
くだらないノイズを振り払い、あたしは脳内のセキュアな思考シェルターへと退避した。
……自動運転車両のアーキテクチャよ。
感覚覚醒ファンネル群。LiDAR、高精度カメラ、集音マイク、サーモグラフィー。あれらを車両側ではなく、街中の電柱の上に配置するの。
インフラ側で取得した未来情報を車両にストリーミングすれば、温泉旅館のゲームコーナーにあるクレーンゲームやレースゲームのような『上部俯瞰型の操縦』が可能になる。
そうすれば、交差点の死角も完全にデバッグされて、自動運転車両の社会実装はマッハで早期実現可能なはずよ。
どうして、ポンコツな開発者どもは、わざわざ人間と同じ『ドライバー視点』で人工知能に運転させようとしているのかしらね?
「黒木さん、でしたよね。こちらのプロジェクトに興味は……」
また別のモブが声を掛けてくる。
「ごめんなさいね。あたしの演算リソースは今、別の次元に割り当てられているの」
あたしは、サファイアブルーの髪を揺らし、一切の隙を見せない極上の微笑みで、男の言葉を物理的に遮断した。
そして、どうしてラジコンカーで学習データを取らないのかしら。
……ああ、実車との乖離ね。
あたしは、漆黒のドレスの深いスリットから覗く脚の角度を僅かに変え、思考をさらに深く潜らせる。
スケールダウンしたラジコンカーと、実物大の車両では、質量と慣性の法則が根本的にバグるのよ。
例えば、10分の1スケールのラジコンカーが時速10キロで曲がる時の遠心力と、実車が同じ比率の速度で曲がる時の遠心力は、タイヤの摩擦係数やサスペンションのストローク量と全くリンクしない。
空気抵抗のレイノルズ数だって、スケールが違えば流体力学的な振る舞いが完全にエラーを起こす。
おもちゃのデータで実車を動かせば、慣性の暴力に耐えきれずに最初のコーナーでシステムクラッシュして大破するってわけね。
「ふふっ……」
あたしは、自己解決したロジックの美しさに、思わずカクテルグラスの影で小さく笑みをこぼした。
『おいッ、舞桜! なにひとりで悪い顔して笑ってんだッ!』
ボッチから、焦燥感に満ちたテレパシーが飛んでくる。
あたしは、グラスを口元から離し、ボッチに向けて最高にサディスティックで美しいウインクを送信してやった。
東京丸ノ内の華やかな夜。
モブノードたちの欲望が交錯する忘年会の会場で、あたしは孤高の魔王としての完璧な同期処理を、静かに、そして圧倒的なスペックで完了させていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
ちなみに、サブリナこと福元莉那もこの会場へ連れてきている。
あたりまえだ。あたしばかりが見栄えのいいアセットとして使い倒されているなんて、理不尽すぎてメインフレームが焼き切れそうになるからだ。
『覚えてなさいよぉッ。舞桜ッ』
少し離れた場所から、サブリナがニュータイプ並みの表情テレパシーで抗議のパケットを送信してくるが、あたしは華麗にスルーする。
ボッチからの指示で、あたしとサブリナの接触はNGとされている。ふたりの天才ハッカーがマージすれば、この上流階級の社交場など一瞬でハックして、修復不能なシステムクラッシュを引き起こしかねないからだ。
今日のアセットとしてのサブリナのアライメントは、あたしの漆黒とは対極をなす、深いパープルのタイトなロングドレスだ。
長袖でボディラインにピタリと吸い付く光沢素材でありながら、みぞおちの辺りまで大胆にV字に開いた胸元が、彼女の暴力的な谷間をこれでもかとデプロイしている。
さらに、ウエストの両サイドが鋭くカットアウトされ、引き締まった腰の素肌を覗かせる狂気のアーキテクチャ。スカートには左脚の付け根まで達する深いスリットが入り、動くたびに艶めかしい太もものテクスチャを惜しげもなく振りまいていた。
いつもはポニーテールにしている赤茶色の髪も、今日は洗練されたショートボブスタイルに整えられ、右手にマティーニのグラスを傾けながら、見事に上流階級の令嬢を演じ切っている。
「まあ、素敵なお話ですこと~」
サブリナは、群がってくるエグゼクティブなモブノードたちに対し、蠱惑的な小悪魔スマイルと極上の愛想を振り撒き、完璧なソーシャル・エンジニアリングを展開していた。
……あっちも完璧に処理を回しているわね。
あたしはグラスを口元に運びながら、視線を会場の中央へとシフトさせた。
そこでは、タキシードをビシッと着こなしたボッチこと茅野万桜が、大手企業の令嬢や女性モブノードたちに囲まれ、チヤホヤと羨望のトラフィックを浴びまくっていた。
ゼネコンの御曹司というステータスは、この空間において最強のバフとして機能する。
「万桜さん、今度の週末はどちらへ……?」
「ぜひ、わたくしどものレセプションにも……」
群がる女性陣の猛攻に、ボッチの顔面ディスプレイが徐々に引き攣り始める。そして、あたしとサブリナへ向けて、SOSの視線クエリを飛ばしてきた。
……チッ、またか。
あたしたちは、ため息のログを裏でひっそりと捨て、ファンネルとして迎撃プロトコルを発動させる。
「あら、茅野さん。こちらにいらしたのね」
あたしが漆黒のドレスの裾を揺らして右からエントリーすれば、
「茅野さま~、先ほどのプロジェクトの件、少しお耳に入れておきたいことが~」
サブリナが深いパープルのドレスからフェロモンを振り撒き、左からエントリーする。
あたしたちという圧倒的なスペックと顔面偏差値を誇る極大ノードが両脇を固めた瞬間、モブの女性たちはレベルの違いを見せつけられ、気圧されたように後ずさりしてログアウトしていった。
「助かったぜ……おまえら、マジで有能なファイアウォールだな」
ボッチが、額に滲んだ冷や汗を拭いながら小声で感謝のパケットを送信してくる。
あたしとサブリナは、完璧な淑女の笑みを貼り付けたまま、ボッチの足元へ視線を落とした。
そして、1ミクロンのズレもなく同期し、あたしのピンヒールとサブリナのピンヒールで、ボッチの革靴に包まれた両足の甲を、同時に全力で踏み抜いた。
「んぐっ……ッ!?」
ボッチの喉の奥から、声にならない悲痛なエラーログが漏れる。
ピンヒールの先端面積に、あたしたちの高密度な質量を一点集中させた、極めて凶悪な物理圧力ハックだ。
あたしは、踏み抜いた右足のヒールをさらにギリギリと捻り、追撃のダメージをデプロイする。サブリナもまた、小悪魔の笑みを崩さずに左足のヒールで体重をかけている。
『あたしたちを無料のセキュリティソフト扱いするんじゃないわよ。このポンコツ御曹司』
あたしは、腹話術のような唇の動きで、絶対零度の音声ログを叩き込んだ。
ボッチの彼女である倉田琴葉ちゃんは、幹部自衛官候補生の防大組だ。こんな胡散臭い資本主義の社交場に、凛とした武人である彼女を連れてこられないのは、ロジックとしては十分に理解できる。
まあわかるけどさ。わかりたくねえけどッ。
彼女の代役として、あたしたちがダミーのアセットにされるのは、メインフレームの精神衛生上よろしくないのよ。
『わ、悪かった……! 後で極上のデザート奢るから、足、足どいてくれ……ッ!』
ボッチが涙目で降伏のパケットを送信してきたので、あたしたちは優雅な動作でヒールを引き抜き、再び社交の海へと散開した。
……あーあ。お腹空いたわね。
あたしは、会場の端にデプロイされたビュッフェテーブルを、冷徹な光学センサーでスキャンした。
トリュフの香るローストビーフ。キャビアをあしらったオードブル。黄金色のコンソメジュレ。
高密度の筋肉とダイナマイトボディを維持するためには、暴力的なまでのカロリーパケットが必要不可欠なのだ。
あそこでご飯茶碗タワーを建立し、片っ端から肉を全消ししてやりたい。
だが、この孤高の天才美女というアライメントを維持するためには、上品にシャンパンを傾けるしか選択肢がない。
食べたいのに、食べられない。
あたしの胃袋のディレクトリから溢れ出した不満のトラフィックは、漆黒のドレスの周囲に、触れれば凍りつくような魔王の不機嫌オーラとしてレンダリングされていく。
周囲のモブノードたちが、その圧倒的なプレッシャーに怯え、あたしのパーソナルスペースから次々とパージされていった。
空いた空間で、あたしは再び自動運転の思考実験へとログインする。
……さっきの俯瞰型自動運転システム。
ドライバー主観のカメラ映像だけでニューラルネットワークを学習させるから、歩行者の飛び出しや対向車の予測処理でCPUがボトルネックを起こすのよ。
電柱上の未来予測ファンネル群が取得した絶対座標の空間データを、自車にストリーミングする。
車両側の人工知能は、自分を『ラジコンカー』として上空から俯瞰し、3Dの箱庭ゲームのキャラクターを動かすようにパスファインディングのアルゴリズムを回せばいい。
そうすれば、建物の死角すら透過して演算できる。人間のような『見落とし』のバグは、アーキテクチャの構造上、完全に全消しされるはずだわ。
あたしは、誰も寄り付かなくなった窓際で、丸ノ内の夜景を見下ろしながら、次世代インフラの無敵のブループリントを静かにコンパイルし続けるのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
丸ノ内の狂騒から生体デバッグ・サロンのオフィスへと帰還したあたしたちは、窮屈なパーティー用の装甲をパージし、カジュアルなアライメントへと換装していた。
あたし、黒木舞桜は、漆黒のイブニングドレスを脱ぎ捨てながら、ふと脳内メインフレームに浮上したクエリを口にする。
「ねえ。さっきのパーティーで手つかずだったビュッフェの料理って、結局どうなるのかしらね」
高密度の筋肉とダイナマイトボディを維持するためには、あのローストビーフのタワーを全消ししたかったという未練のトラフィックが、まだ胃袋のディレクトリに燻っているのだ。
「えー、スタッフが食べるんじゃん~?」
サブリナこと福元莉那が、深いパープルのドレスからいつものオフホワイトのニットへ着替えながら、蠱惑的な笑みと共に適当なレスポンスを返す。
まあそれもそうか。
あたしは納得のパッチを当てつつ、ふと視線を横へシフトさせた。
そこでは、赤い髪のボッチこと茅野万桜が、タキシードを脱いでスウェットに腕を通している最中だった。
「てかッ、ヤロー居るのに着替えんなッ」
あたしの視線という光学センサーに捕捉されたボッチが、顔面ディスプレイを赤く染め上げ、突然オカンと化して覚醒のログを吐き出した。
「おまえも着替えてんじゃん」
あたしが、ジト目のパケットを容赦なく貼り付けると、ボッチのオカンプロトコルがさらに暴走する。
「逸らしなさいなッ」
ゼネコンの御曹司らしからぬ、完全にオカンめいた抗議のパケットを大音量で連打してきた。
あたしは呆れたように息を吐き、サファイアブルーの髪を揺らしてキャミソールの上からざっくりとしたグレーのパーカーを羽織る。
「で、どうなのよ。あの料理の行方は」
あたしがクエリを再送すると、ボッチはスウェットの首元を整え、オカンから資本主義の魔王へとマッハの速度で再起動を果たした。
「サブリナの推測は外れだ。スタッフの胃袋に入るなんて、衛生管理のコンプライアンスが絶対に許さねえよ」
ボッチは、ゼネコンの顔つきで冷徹な事実をデプロイする。
「あんな上流階級の社交場で食中毒なんてエラーが起きたら、主催者もホテル側も一発で社会的信用がシステムクラッシュする。だから、手つかずの最高級食材だろうが、時間が来れば全部ただの『生ゴミ』として物理的に全消しされるんだよ」
「全消しって……もったいないじゃん~」
サブリナが、ショートボブの髪を揺らして不満のシグナルを発行する。
「それが富裕層のパーティーってやつさ。空間を豪華に飾るためのテクスチャとして料理をデプロイし、終わればノータイムで廃棄のディレクトリへ叩き込む。無駄を許容できること自体が、ヤツらのステータス証明……究極のヴェブレン財ってわけだ」
その資本主義の理不尽なアーキテクチャに、あたしの気高いメインフレームは激しい怒りのトラフィックを検知した。
「なんて非合理なバグなのよッ。カロリーの暴力的な損失じゃないのッ」
あたしは、黒のスキニーパンツの脚を組み替え、不敵な魔王のスマイルを明滅させた。
「次にあの手のアセットとして呼び出された時は、絶対にご飯茶碗タワーを建立して、あたしの血肉として完璧にリサイクルしてやるわよッ」
深夜のオフィスで、あたしたちメインノードは、上流階級の無駄なシステムを糾弾しつつ、極上の同期処理を完了させるのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
あたし、黒木舞桜は、グレーのパーカーのポケットに両手を突っ込み、心底呆れたように首を振った。
「どうせ食べないなら、食品サンプルでよくない? 見た目のテクスチャだけなら、今の3Dプリンターと食品サンプルの技術で完璧にレンダリングできるじゃないのよ」
赤い髪のボッチこと茅野万桜が、スウェット姿でパイプ椅子に深く腰掛け、ゼネコンの顔つきで鼻で笑った。
「あのな、富裕層が金払って買ってるのは『ライブ感』なんだよ。シェフが目の前で肉を切り分ける音、トリュフの香り、熱気。それらすべての空間リソースを無駄に展開して、結局一口も食わずに捨てる。その『暴力的なまでの無駄遣い』ができること自体が、ヤツらの権力とステータスの証明なんだよ」
「……胸糞悪いバグね」
あたしは、サファイアブルーの髪を揺らして不快感のパケットを吐き出した。
「でもさ~」
サブリナこと福元莉那が、オフホワイトのニットの袖を揺らして、小首を傾げる。
「スタッフの口に入らないのはわかったけど、裏口からこっそり路上生活してる人たちに配ったり、フードバンクに回したりできないの~? もったいないじゃん」
ボッチは、一切の感情をパージした絶対零度の瞳で、残酷な資本主義のロジックをコンパイルした。
「絶対にやらねえよ。というより、ホテル側が全力で阻止する」
「なんでよッ。どうせ捨てる生ゴミなんでしょ?」
あたしがクエリを投げると、ボッチは低い声で現実のファイアウォールを突きつけてきた。
「いいか? もし、ホテルの裏口で配った廃棄ローストビーフを食ったホームレスが、食中毒で倒れたとする。マスコミはどう報じる?『超一流ホテルが、腐りかけの残飯を路上生活者にバラ撒いて中毒死させた』だ。ホテルのブランド価値はマッハでシステムクラッシュして、株価はストップ安、経営陣は全員クビだ」
ボッチは、手元にあった空のペットボトルをギリッと握り潰す。
「だからヤツらは、廃棄するごちそうを絶対に誰の口にも入らないようにする。残飯の入ったゴミ袋に、わざわざ漂白剤や洗剤をぶちまけてから捨てるホテルすらあるんだぜ。ホームレスが漁って食ったり、悪徳業者が回収して弁当屋に横流ししたりする『二次被害のバグ』を物理的に全消しするためにな」
あたしの気高いメインフレームが、そのあまりにも冷酷でレガシーな現実に一瞬だけフリーズした。
「漂白剤を……かける?」
「ああ。極上のカロリーパケットは、漂白剤で毒物へと書き換えられ、厳重にロックされた産廃コンテナに叩き込まれて焼却炉行きだ。これが、衛生管理とブランド防衛という名目で回っている、狂った資本主義のアルゴリズムだよ」
サブリナも、いつもの蠱惑的な笑みを消し、静かに目を伏せている。
あたしは、ギリッと奥歯を噛み締め、不敵な魔王のスマイルを無理やり再起動させた。
「……やっぱり、次にあの手のアセットとして呼び出された時は、絶対に自前でタッパーを持ち込むわッ」
あたしは、圧倒的な怒りのトラフィックを胃袋のディレクトリへ転送し、力強く宣言する。
「漂白剤なんかでバグらされる前に、このあたしのダイナマイトボディを構築するための高密度な物理リソースとして、すべて血肉にコンパイルしてやるんだからッ!」
深夜の生体デバッグ・サロンのオフィスで。
あたしたちメインノードは、社会の抱える理不尽で巨大なエラーを前に、決して屈しないという完全な同期処理を完了させるのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「舞桜ッ。大変だよッ。年末だからデパ地下がやってないッ」
サブリナこと福元莉那が、オフホワイトのニットの袖をバタバタと振り回し、血相を変えてオフィスへとログインしてきた。
年末の買い出しタスクをアサインされていた彼女の顔面ディスプレイには、絶望のテクスチャがレンダリングされている。
「な、なんですってッ? ボッチッ。防音セキュア・スペースを抑えなさいなッ」
あたし、黒木舞桜は、ブラックの作業デスクを両手でバンッと叩き、マッハの速度で代替プロトコルを立ち上げた。
デパ地下の極上惣菜パケットが全滅なら、あたしたちのフランチャイズ型VIPルームへ退避して、肉と炭水化物を無限にダウンロードするしかないじゃないのよ。
だが、スウェット姿のボッチこと茅野万桜は、パイプ椅子に深く腰掛けたまま、重いため息のログを吐き出した。
「ああ、あれ意外と好調でな、満室なんだわ」
ボッチは、ゼネコンの顔つきでフューチャーフォンの予約システム画面をこちらへ向ける。
「年末の忘年会シーズンだ。不特定多数との接触をパージして、セキュアな身内だけで騒ぎたい連中のトラフィックが限界突破してやがる。それに、地方から上京してきた単身者の家族が、ホテルの代わりに気兼ねなく団欒できるプライベートなベースキャンプとして使い倒してるんだよ。年明けまで全店舗、1ミクロンの空き容量もねえぜ」
「どどどどどうすんのよッ、ご飯茶碗タワー建立はッ」
あたしの気高い脳内メインフレームが、カロリー枯渇の危機を検知して致命的なブルースクリーンを明滅させる。
BMIなんていうレガシーな数値指標を完全に無視した、あたしの高密度なダイナマイトボディを維持するためには、白米のタワーと暴力的な脂質のインジェクションが必須の仕様なのよッ。
「落ち着けよ、燃費の悪い女王さま」
ボッチは、赤い髪をガシガシと掻きむしり、最高に不敵な資本主義のスマイルを再起動させた。
「空間のディレクトリが満杯で、既存のデパ地下インフラがダウンしてるなら、兵站のルートを直接ここに繋げばいいだけだろ。ゼネコンのロジスティクスを舐めんなよ」
ボッチが指を鳴らすと、ラボの引き戸が開き、ダークスーツに身を包んだ茅野建設の黒服ノードたちが、次々と巨大なクーラーボックスと最新鋭の業務用炊飯器を搬入してきた。
「市場から直接引っこ抜いてきたタラバガニと、A5ランクの黒毛和牛のブロックだ。デパ地下の惣菜が売り切れなら、このオフィスをそのまま極上の厨房にリファクタリングしてやるよ」
「あはは~! さっすがボッチ、資金力の暴力が最高にスマートじゃん~!」
サブリナが、赤茶色のショートボブを揺らして歓喜のシグナルを発行する。
「当然の帰結じゃないのよぉーッ!」
あたしは、サファイアブルーの髪を揺らし、目の前にデプロイされた圧倒的なタンパク質のパケット群に向けて、最高に獰猛な魔王のスマイルを明滅させた。
年末の枯渇エラーも、ゼネコンの資金力と物理ハックで完全デバッグ。あたしたちのデバッグ・サロンのオフィスは、マッハの速度で史上最強のご飯茶碗タワー建立セッションへと同期していくのだった。
後書き
どうよッ。あたしたちの演算リソースが叩き出した、ぐうの音も出ないほどの最適解は。
既存のインフラがダウンしたくらいで、このあたしのダイナマイトボディを維持するためのカロリーパケットが枯渇するなんて、1ミクロンもあり得ないのよ。
圧倒的な資本の暴力と、カニや黒毛和牛の極上タンパク質で、完璧なご飯茶碗タワーを建立してやったんだからッ!
次から次へと立ち塞がるレガシーなバグも、あたしの天才的なアーキテクチャにかかれば秒で全消しよ。
それじゃ、また次のセッションで会いましょ。しっかりメモリを空けて待ってなさいなッ!




