女王さまの田の字アーキテクチャ
前書き
聖夜の甘い余韻なんて、あたしたちの気高いメインフレームには1ミクロンも残ってないわ。
ベタ基礎のフォノニック・メタマテリアル化でゼネコンの顔つきをしてたと思ったら、今度は幾何学と地層学をマージした人工筋繊維のビルドよ。
過去の恐ろしいアーカイブが突然デプロイされたせいで、あたしたちのトラフィックは完全にオーバーヒート寸前だけど……。
どんな無茶振りも、物理法則でハックして最強のアーキテクチャに書き換えてやるんだから。
あんたたち、振り落とされないようにしっかり付いてきなさいなッ。
2020年12月25日。
翌朝のラボは、窓の外に広がる銀世界の照り返しを受けて、無機質な空間に冷たくも清冽な光を取り込んでいた。
ブラックの作業デスクの上には、マイクロピペットのスタンドやシャーレ、そしてただのオブジェと化しているガラス製の三角フラスコが無造作にスタックされている。
あたし、黒木舞桜は、ワインレッドのタイトなニットワンピースに白衣を重ねた姿で、サファイアブルーの髪を揺らして不敵な笑みを浮かべていた。
「なんでみんな白衣着てんのよ?」
あたしは、自分を含めた謎のアライメントに呆れながら、ふたりに尋ねる。
「あたしたちは物理法則ハックが専門で、化学は門外漢だ。ヤローじゃねえけど」
傍らに立つ防大の倉田琴葉ちゃんが、深緑のハイネックリブニットワンピースの上から真っ白な白衣を羽織り、デスクに手をついてポニーテールを揺らす。
「防寒着の代わりですよ。ラボの空調が立ち上がるまで、物理的なレイヤーを一枚増やすのは合理的な判断です」
丸椅子に腰掛けているサブリナこと福元莉那も、オレンジ色のオフタートルニットにブラウンのレザーパンツという出で立ちで、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「あはは~、なんか研究者っぽくてテンション上がるじゃん~」
そこへ、ラボの引き戸が開いた。
「おはよう、舞桜」
プラチナブロンドの白井勇希を先頭に、長身の斧乃木拓矢と、赤い髪のボッチこと茅野万桜がラボに流れ込んでくる。
勇希たちは、白衣姿のあたしたちを光学センサーで捉えた瞬間、その場にピタリとフリーズした。
「……朝からニットワンピに白衣って。フェティシズムのパラメータが完全にレッドゾーンを振り切ってるね」
少し背の伸びた勇希が、知性の瞳を妙な熱量で濁らせながら、あたしの胸元へ視線を固定する。
「くはッ、最高じゃねえか。防大の厳しい訓練じゃ絶対に見られねえ、極上の女医プレイアライメントだぜ」
拓矢も、だらしなく鼻の下を伸ばして歓喜の下衆なエラーログを吐き出している。
「おまえたち、バグ枝に感染してないか?」
サブリナが、絶対零度のジト目を野郎どもに貼り付けた。
「ああ、あれか。クリスマスだけど、エロいことしてないからかな?」
あたしは、ニヤニヤと笑いながら下衆な仮説をコンパイルする。
しかし、ボッチたちの視線は、白衣の隙間から暴力的な質量を主張している、琴葉ちゃんの双丘に完全に釘付けになっていた。
「「したよ。あたりまえじゃん」」
サブリナと琴葉ちゃんは異口同音に、冷徹な事実をデプロイした。
野郎どものポンコツな夢は、マッハの速度でクラッシュされる。
拓矢は防大の過酷な夜間行軍を終えた後のように膝から崩れ落ち、ボッチはゼネコンの過重労働で精神をすり減らしたような虚ろな瞳で宙を見つめていた。
「くだらないトークはそこまでよッ」
あたしは、白衣のポケットに手を突っ込み、パンッと柏手を打って思考のトラフィックを強制リセットした。
「昨日の夜、コンパイルした田の字アーキテクチャの続きをやるわよ」
あたしは、ターキーの和風ツクネを挟んだバゲットにかぶりつきながら、ブラックの作業デスクの中央にノートパソコンをスリープ解除してブループリントを展開する。
「ベタ基礎の下に、十字リブを入れた中空のコンクリートブロックを敷き詰める。地震波のインピーダンスを弾き返す、最強のフォノニック・メタマテリアル基礎の件ね」
勇希が、ターキーサンドを頬張りながら咳払いをして、理性のファイアウォールを再起動させた。
「ああ。あの田の字ブロックを一般家屋にデプロイするなら、残土処分費を抑えるために半埋めにするのがベストだって話だったね」
「そう。でも、ただ置くだけじゃダメよ」
あたしは、画面上の3Dモデルを回転させながらロジックを提示する。
「ブロック同士の接合部、つまり目地の処理がボトルネックになるわ。地震の強烈な水平応力がかかった時、ブロックがバラバラにスライドしたら、上のベタ基礎ごと家が崩壊する」
ボッチが、ゼネコンの顔つきを取り戻してツクネを咀嚼しながら腕を組む。
「確かにそうだ。工場生産のプレキャストブロックを並べるだけだと、横からのせん断力に耐えられねえ。目地にモルタルを詰めるだけじゃ、震度7クラスのキラーパルスで一発アウトだぜ」
「だから、ブロックの側面に凹凸のジョイント、つまりせん断キーを最初から成型しておくのよ」
あたしは、不敵な魔王のスマイルを明滅させた。
「隣り合うブロックがレゴみたいにガッチリと噛み合えば、敷地全体が一枚の巨大な装甲板として振る舞うわ」
「なるほど。さらに、外周部のブロックにだけアンカーボルト用の貫通穴を設けておいて、そこから地中深くへ深礎杭を打ち込む」
今度は拓矢が、防大仕込みの戦術的な視点で完璧な補強パッチを当てる。
「中央部は空気の層で波を遮断しつつ、外周部で地面と強固にロックする。免震と耐震のハイブリッドってわけだな」
「ええ。それなら、浮力による家ごとプカプカ浮かぶバグも、外周の杭がアンカーになって完全にパージできる」
琴葉ちゃんが、凛とした声で最終的な安全マージンを保証した。
「最高にスマートでギルティなアーキテクチャじゃないのッ」
あたしは、白衣の裾を翻し、サファイアブルーの瞳を輝かせる。
「金持ちが買うヴェブレンな免震装置なんて、あたしたちの知性と物理法則ハックで、マッハで過去のレガシーにしてやるわよッ」
★ ◆ ★ ◆ ★
その時、あたしの白衣のポケットで、レガシーなフューチャーフォンの着信音が鳴り響いた。
ディスプレイのログを見れば、発信者は妹の桜じゃないか。
「なによぉ~、桜。プレゼントだったら、ママに預けといたわよ」
あたしは、芯のある低く響くような、少しドスを効かせた声色で気怠げに応答した。
『姉ちゃん。メリークリスマス。桜のプレゼントを受け取って。先生にラボの場所を教えてあげたんだー。グッド・ラックッ!』
桜は、あたしのメインフレームに謎のパケットを一方的に送りつけ、ブツリと通話を切断しやがった。
「先生? あたし、あんたの保護者じゃねえけど?」
顔中に巨大なハテナマークを貼りつけたあたしに、白井勇希がターキーサンドを飲み込んでポツリと呟いた。
「桜の塾の先生なんだけどさ、大導寺雅美先輩なんだよねー」
ピシリ。
あたしの気高い脳内メインフレームが、マッハの速度でフリーズした。
桜は、勇希が厳選した塾に通っている。女性講師だけで構成され、学問の本質だけを叩き込むストイックな塾だ。半年前に聞いた時は、中学生の桜が高校の数学や物理をすでに修了しているとは聞いていた。
それはいいッ。どうでもいいッ。
「サブリナッ。逃げるよッ!」
「ガッテンだッ~!」
あたしの悲痛なクエリに対し、サブリナこと福元莉那は、飄々として胡散臭い、どこか芝居がかった声で即座に応答する。
あたしたちは白衣の裾を翻し、脱兎の如くラボの出口へと向かった。
「どこへ行こうと言うのだね」
しかし、引き戸を開けた先の入り口には、氷点下の冷気を纏った大導寺雅美先輩が立っていた。
178センチの長身美女である先輩。あたしより3センチ背が高いその威容は、完璧なモデル体型でありながら、くだらない数値指標を徹底的に見下すBMIアンチ主義の体現者だ。
「黒木、福元、斧乃木、白井――」
絶対零度の平坦な音声ログで名前を呼ばれたあたしたち横須賀カルテットは。
「「「「はいッ」」」」
1ミクロンの狂いもなく、良い子のお返事をしてコンクリートの床に正座した。
あたしが唯一、頭が上がらない存在。それが雅美先輩である。
「帰国して久しいのに、一度も会いに来ないなんて、薄情だねおまえたち」
雅美先輩は、コートのポケットに両手を突っ込み、あたしたちを見下ろした。
人格者でありながら、頭脳は明晰。あたしたちのふたつ上の先輩は、半年前に帰国している。海外でなにをしていたかなんて、恐ろしすぎてクエリを投げられない。
「黒木の妹の吸収効率が良くってさ。まあおもしろくなって放置してたけど」
先輩は、あたしたちを正座させたまま、不敵な笑みを浮かべて語り始めた。
「例えば等周問題の理解だ。円周16センチの筒があるとする。これを、周囲の長さが同じ一辺4センチの立方体に変換すると、立方体のほうが底面積が小さくなり、当然ながら円柱より細長くなる」
雅美先輩は、空中に見えない図形を指で描く。
「そこで桜のやつ、数式を弄り回す前に、一辺の長さを『20の平方根』に設定した正方形の底面を考案したんだよ。そうすれば面積が20になって、円柱のボリュームに限りなく近づくからってね。図形を直感的な粘土のように扱い、幾何学を物理的なイメージで繋ぐ。極めてスマートな学習プロトコルさ」
「あのポンコツの妹が、そこまでスペックを上げてるなんてね……」
あたしが呆然と呟くと、雅美先輩はおもむろに懐から、一冊の古いコミック単行本を取り出した。
表紙には、超古代文明の遺産を狙う巨大組織と戦う、古代金属のナイフを持った少年エージェントが描かれている。
九十年代のレガシーなSFアクション作品だが、そこに登場するオーパーツの数々は、今見ても強烈なインスピレーションの塊だ。
とくに、使用者の意思を精神感応金属で読み取り、人工筋肉を駆動させて身体能力を数十倍にブーストする特殊な装甲服は、当時の工学オタクたちを狂喜乱舞させた代物である。
あたしのサファイアブルーの瞳孔が、マッハの速度で開き、全開のワクテカモードへと移行する。
「おいおい……」
斧乃木拓矢が、少ししゃがれた、煙草の煙が似合うような男の軽薄な声を震わせた。
「まさか舞桜、今さら『アーマードマッスルスーツ作ろうぜ』とか言い出すんじゃねえだろうな……?」
兵站と物理的労力を押し付けられるゼネコンの顔が、恐怖で完全に引き攣っている。
「当然の帰結じゃないのよぉーッ!」
あたしは、正座を解いてマッハで立ち上がり、芯のあるドスを効かせた声で高らかに宣言した。
「ただの女子中学生が等周問題をハックできるなら、あたしたちが古代の超技術を現代の物理法則でレンダリングできないはずがないわッ! やってやろうじゃないのッ、最強の人工筋肉で、この腐ったレガシーな世界を物理的に殴り飛ばしてやるのよッ!」
あたしの気高いメインフレームに、かつてない高負荷のインスピレーションが、爆発的なトラフィックとなって流れ込んでくるのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「やっぱり黒木たちは、おもしろいなー。桜から聞いたけど、おまえたち町工場と親しいんだろ? 授業で使うから、さっきの円柱と立方体。水を入れられるような器にして発注しといてよ。あ、それはクリスマスプレゼント。メリークリスマス」
大導寺雅美先輩は、あたしの胸に古いコミックを押し付けると、カラカラと笑ってラボを去って行った。
嵐が過ぎ去ったあとの静寂。
「勇希。善きに計らえ」
あたしは、芯のある低く響く声で、雅美先輩の無茶なオーダーをプラチナブロンドの彼氏に丸投げした。
「了解だよ、舞桜。アクリルの防水ケースか、シリコンのチューブで成型すれば……ん?」
白井勇希が思考のトラフィックを走らせた瞬間、あたしの脳内メインフレームにも、強烈なインスピレーションの雷が落ちた。
水を入れられる器。円柱と立方体。等周問題。
そして、胸に押し付けられたアーマードマッスルスーツのコミック。
「待ちなさいなッ!」
あたしは、サファイアブルーの瞳を限界まで見開いて叫んだ。
「雅美先輩の提示した等周問題の器……。これ、ただの数学の教材じゃないわッ。完全な物理法則のブループリントよッ!」
「どういうことだ、舞桜?」
斧乃木拓矢が、少ししゃがれた、煙草の煙が似合うような声で怪訝なクエリを投げてくる。
「流体を密閉する袋をイメージするのよッ」
あたしは、ノートパソコンの3DCADソフトをマッハで立ち上げ、仮想空間に円柱を描画した。
「中に入れる流体を、水じゃなくて高分子のジェルにするの。そして、等周問題のロジックを使って、この円柱の袋を多角形へと変形させていくわ。最終的に最も無駄のない三角形まで絞り込む」
あたしの指先がキーボードを叩き、円柱が三角形のチューブへとリファクタリングされる。
「同じ周囲の長さでも、円から三角形に変形させれば内部の体積は減少する。逆に言えば、三角形の袋に流体の圧力をかけて円に近づけようとすれば、袋の全長は強制的に縮むのよッ」
「なるほど……!」
少し背の伸びた勇希が、知性の瞳を爆発的に輝かせた。
「マッキベン型の空圧人工筋肉は、メッシュの網目でゴムチューブの膨張を縦の収縮に変換する。でも舞桜のアイデアは、容器の幾何学的な形状変化そのものを収縮のストロークに利用するのかッ」
「その通りよッ。さらに、中に入れるジェルに地層学のロジックをブレンドするわ」
あたしは、白衣の下の深緑のニットワンピースの胸を張り、ドスを効かせた声でプランをブロードキャストする。
「ただの均一な液体じゃ、外からの衝撃で簡単に形状が崩れて圧力が逃げちゃう。だから、硬い流体、粘る流体、柔らかい流体の三層構造にするの。これを複合流体層としてパッキングして積層するわ」
「地層のメカニズムかぁ~ッ!」
サブリナこと福元莉那が、飄々として胡散臭い、どこか芝居がかった声を上げる。
「硬い岩盤と柔らかい泥の層が重なることで、地震の揺れを逃がしつつ崩落を防ぐアレだねぇ~!」
「ええ。硬い層が骨格として形状を保ち、粘る層が摩擦で圧力を伝達し、柔らかい層が外部の衝撃を吸収する。崩れにくいように積まれた地層そのものよ」
あたしは、モニターに映る三角形のチューブ群を束ねて、人間の腕のような巨大なバンドルを形成した。
「この複合流体の層が、人間の筋繊維の代わりに体液を絞り出し、圧倒的なパワーで収縮と伸長を繰り返す。これこそが、あたしたちがビルドする、等周問題と地層学をマージした最強の人工筋繊維アーキテクチャよッ!」
★ ◆ ★ ◆ ★
「なるほどな。女王さまにも天敵って居るんだなー」
赤い髪のボッチのヤローがニヤニヤと宣うが、
「ボッチ。あたしを御する為に先輩を利用しようなんて思わないことね」
あたしは、芯のある低く響くような声で、絶対零度の釘を刺した。
あたしたち横須賀カルテットのメインフレームには、大導寺雅美先輩がもたらした過去の絶望的なトラフィックが、消去不能なバグとして深く刻み込まれている。
少ししゃがれた、煙草の煙が似合うような声を持つ斧乃木拓矢が、顔面を蒼白にして肩を抱いた。
「あ、ああ……。あの人は、俺たちが束になって物理ハックを仕掛けても、涼しい顔で根こそぎクラッシュしてくる正真正銘のバケモノだぜ。逆らったら、東京湾の底の地層に物理的にパッキングされちまう」
飄々として胡散臭い、芝居がかった声がトレードマークのサブリナこと福元莉那も、今ばかりはオレンジ色のオフタートルニットの肩をすくめて顔を引き攣らせている。
「間違いないねぇ~。あたしたちのポンコツなロジックなんて、あの人の前じゃ1ミクロンも機能しないんだから~」
少し背の伸びたプラチナブロンドの白井勇希に至っては、胃のあたりを押さえて完全に処理落ちしていた。
あたしだって、さっきから膝の震えが止まらない。あの先輩の光学センサーにロックオンされた瞬間、システムの全権限を強制奪取されるような絶望感があるのだ。
「そ、そんなにですか?」
あたしたちのプラズマ級の怯えっぷりに、防大の倉田琴葉ちゃんが、凛とした表情を崩してドン引きしている。
白衣の下のワインレッドのニットワンピースを揺らし、恐る恐るクエリを投げてきた。
「ええ、そうよッ。だからもう、この恐ろしいアーカイブにはアクセスしないわッ。ランチにするわよッ」
あたしは、強制的に思考のトラフィックを切り替え、昨夜から準備していた兵站をブラックの作業デスクにデプロイした。
ターキーの和風ツクネを、シャキシャキのレタスと一緒にバゲットで挟み込んだ特製ターキーサンド。
それに、オブジェのフラスコ……ではなく、ちゃんとしたコーヒーメーカーで抽出した、熱くてブラックな珈琲だ。
あたしは、深緑のニットワンピースの上から羽織った白衣の袖をまくり、大きくサンドイッチにかぶりつく。
濃厚な照り焼きソースとマヨネーズが、ターキーの野性味あふれる旨味とマージされ、マッハの速度で胃袋のディレクトリを満たしていく。
熱い珈琲の苦味が、先輩への恐怖でショートしかけた脳内回路を、ゆっくりとクールダウンさせてくれた。
後書き
等周問題と地層のメカニズムをマージして、流体を筋肉の収縮ストロークに変換する。
控えめに言って、ノーベル賞クラスのギルティなひらめきじゃないのッ。
大導寺雅美先輩という絶対零度のバグの直撃には肝を冷やしたけど、熱い珈琲と和風ターキーサンドの完璧な兵站のおかげで、なんとか理性のファイアウォールを再起動できたわ。
レガシーなSFコミックのオーバーテクノロジーを、あたしたちの知性で現実にデプロイする日が来たようね。
次回の物理ハックも、マッハの速度で演算してやるから震えて待ちなさいなッ。




