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女王さまのスマートレシート構想

前書き


 三賀日早々、粉雪が舞い散る極寒の東京に呼び出されるなんて、あたしのメインフレームにとっては完全なる想定外の例外処理よ。


 しかも相手は、セイタンシステムズの経理を牛耳る後輩のカオリン。


 手土産のヤキソバパンに釣られてホイホイと出てきてみれば、案の定、レガシーな実務の悲鳴という名のノイズを山盛りに抱え込んでいる始末だわ。


 まあ、泣き言を垂れ流すだけの脆弱なプロトコルなら、あたしの天才的な論理でマッハでデバッグしてあげるのが先輩としての務めというものよ。


 大量生産の美学と次世代金融インフラのハック、そして雪の東京を舞台に繰り広げられるあたしたちのスマートな戦い――しっかりと網膜に焼き付けなさいな。


 当然の帰結よねッ!


 2021年三賀日。

 

 空からは白い粉雪がしんしんと舞い降り、東京タワーを遠くに望む並木道を白銀の世界へと塗り替えていた。

 

 枝先に雪を纏った並木が規則正しく並ぶアスファルトの車道。積もり始めた雪が、走行する車のノイズを吸い込み、都心の真ん中とは思えないほどの静寂のテクスチャをレンダリングしている。

 

 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、経理の麒麟児であるカオリンこと杉野(スギノ)香織(カオリ)に呼び出されて、この極寒の東京に立たされていた。

 

 三賀日だぞ? 雪だぞ?

 

 寒さという名の理不尽な環境エラーに対し、あたしはサファイアブルーのセミロングヘアを、黒い折り返しニット帽の奥へとすっぽりとしまい込む。

 

 今日のアライメントは、防寒と攻撃力を極限まで高めた冬のストリート仕様だ。

 

 アウターには、膝下まで優雅に広がるオーバーサイズのオリーブグリーンのロングウールトレンチコート。太めのラペルと折り返した袖口が重厚なミリタリー感を漂わせ、前を開けた隙間からは、あたしの凶悪なプロポーションが惜しげもなく主張している。

 

 インナーは、首元まで覆う黒のタートルネック・ケーブルニットクロップドセーター。その下には腰骨のラインを大胆に切り抜いた黒のハイレグボディスーツを重ね、胸元にはシルバーのチェーンネックレスを三重にレイヤードして冷たい光を放たせている。

 

 ボトムスは、太もも部分にダメージ加工が入ったウォッシュドブラックのスキニージーンズ。そこに吸い付くように履きこなすのは、太ももの付け根まで届く艶やかな黒のレザーサイハイブーツだ。

 

 175センチの高密度なダイナマイトボディが、白銀のストリートの真ん中で絶対的な女王の威圧感を放っていた。

 

 それにしても、カオリンのヤツ、遅いわね。

 

 カオリンって横浜常盤台国立大学の2回生よね? あたし県立大の3回生よね?

 

 後輩なら、あたしが到着する前にヤキソバパンくらい買って待機しておくのが、体育会系の正しいプロトコルじゃないのッ。

 

「黒木先輩ッ! ヤキソバパン買ってきたッス! そう言うと思って山盛り手配してきたッスッ!」

 

 雪煙を巻き上げながら、息を切らして駆けてきたのは、まさにそのカオリンだった。

 

 亜麻色の長い髪を高い位置でポニーテールに結び、毛先をふわふわと弾ませている。身長163センチの引き締まった肢体には、白のダウンジャケットにチェックのミニスカート、黒タイツという洗練されたギャルの装甲をデプロイしていた。

 

 しかし、その両腕には、コンビニやパン屋を根こそぎ買い占めてきたかのような、茶色い紙袋とビニール袋がはちきれんばかりに抱え込まれている。

 

 湯気すら漂ってきそうなほどの炭水化物の山。完全に高校の運動部室に兵站を補給しにきたマネージャーの構図だ。

 

 あたしは、オリーブグリーンのコートのポケットから黒い革手袋に包まれた手を引き抜き、紙袋からずっしりと重いヤキソバパンをひとつ引っこ抜いた。

 

 ラップを豪快に引き裂き、ソースの香ばしい匂いが立ち上るパンを大口でガブリと齧る。

 

「……要件を言いなさいなッ。ヤキソバパンは食べるけどさ」

 

 濃厚なソースと紅生姜の刺激を咀嚼しながら、あたしはサファイアブルーの瞳を細めて、絶対零度のジト目を貼り付けた。

 

 三賀日の朝から呼び出しておいて、炭水化物のワイロだけで許されると思ったら大間違いよ。

 

「えへへ~、実はぁ……三賀日で誰も遊んでくれないから、黒木先輩と東京でデートしたかっただけッス~!」

 

 カオリンは、両腕のパンの山に顎を乗せ、人懐っこい犬のように屈託のない笑顔を浮かべてみせた。

 

「……回し蹴りで東京タワーの展望台まで吹き飛ばしていいかしら?」

 

 あたしが黒レザーのサイハイブーツを軽く持ち上げると、カオリンは「ひぃッ」と首をすくめ、慌てて真顔のインターフェースを立ち上げた。

 

「ま、まあ、それもあるけど、先輩たち、奔放が過ぎるっス! ウチのおなかはいっぱいっス!」

 

 以前までの「~だしぃ」「~じゃん」といったふわふわしたギャル語から、妙に語尾を尖らせた体育会系の舎弟トーンへと進化を遂げている。

 

 防大の佐伯(サエキ)くんと付き合っている影響なのか、それともセイタンシステムズという魔窟で生き残るために、軍隊染みたサバイバル言語を身につけてしまったのかしら。

 

 あたしは残りのヤキソバパンを胃袋のディレクトリへとマッハで転送し、手袋の粉をパパッと払った。

 

「奔放ってなによ。あたしたちはいつだって、極めてスマートかつ合理的に物理法則をハックしているだけよ。だって経費で落とさないと、国庫に現金が死蔵されちゃうじゃん」

 

 あたしがコートの裾を翻してドヤ顔を明滅させると、カオリンは抱えていた袋を雪の積もったベンチへとドサリと置き、ダウンのポケットから最新鋭のスマートデバイスを素早く引き抜いた。

 

「だからってレシートダンボールいっぱいに持ってこないで欲しいッスッ!」

 

 突きつけられた画面のログには、生体デバッグ・サロンの執務スペースを物理的に占領している、ミカン箱サイズの巨大なダンボール数箱の写真がレンダリングされていた。

 

 中身はすべて、くしゃくしゃになった感熱紙のレシートの山だ。

 

「これ見てくださいッ! 『実験用ボクセルデータ生成用』って名目で高級ステーキ30人前! 『高圧流体試験』って名目で最高級シャンパン10本! 全部手打ちで勘定科目に仕分けろって、ウチを過労死させる気ッスか! 経理の麒麟児にも処理能力の限界があるッスッ!」

 

 カオリンが、亜麻色のポニーテールを激しく揺らし、白い息を吐き散らしながら噛みついてくる。

 

 あたしは、ニット帽の縁を指先でクイと押し上げ、降ってくる粉雪を視界の端で弾き飛ばした。

 

「手打ちするからバグるのよ。そんなレガシーな手作業、あたしのメインフレームなら1秒でパージするわ。じゃあ、レシートにQRコード印刷してそれ読み込んで決済出来るようにしなさいなッ。サブリナに言えばすぐよ。そんなの」

 

 あたしがスタスタと歩き出すと、カオリンは慌ててパンの袋を抱え直し、キュッキュッと雪を踏みしめながら横に並んできた。

 

「QRコード決済……ッスか?」

 

「そうよ。店舗側が発行する紙のレシートに、品目データ、税率、適格請求書の発行事業者番号、金額のハッシュ値をすべて暗号化したQRコードを最初から埋め込ませるの。それをスマホのカメラで一括スキャンすれば、光学文字認識の誤読エラーなんてゼロで、クラウドの会計ソフトへ直接パケットが流し込めるわ」

 

 あたしは、雪に煙る東京タワーを指差し、淀みないロジックを展開する。

 

「さらに、決済と同時に会社の口座から直接引き落とされるトークンを発行させれば、立て替え払いのタイムラグも、ダンボール箱の紙くずも、すべて物理的に全消しできる。領収書の原本保管義務だって、電子帳簿保存法の要件を満たしたタイムスタンプを自動付与すれば、その場でシュレッダー行きよ」

 

 カオリンは、目を丸くしてスマートデバイスの画面を見つめ、驚嘆のあまり口をポカンと開けた。

 

「……それ、マジで実装されたら、ウチの月次決算の残業時間がマッハでゼロになるッス……。世界中の経理部が涙を流して拝むレベルの神インフラじゃないッスか……」

 

「でしょ? 愚痴を垂れる暇があるなら、システムをハックしてデバッグしなさいな。当然の帰結よねッ」

 

 あたしは、サファイアブルーの瞳を獰猛に輝かせ、カオリンの抱える袋から2個目のヤキソバパンを躊躇なく奪い取った。

 

 白銀に染まる東京の街並みを、あたしたちふたつのノードは、雪を蹴散らしながら颯爽と歩みを進めていくのだった。


★ ◆ ★ ◆ ★


 あたしたちの足取りは、いつしか湯島の緩やかな坂道へと差し掛かっていた。

 

 学問の神様を祀る湯島天満宮に近いこの界隈は、初詣客の喧騒を少し離れると、古い格子戸の町家や風情ある料理屋の黒塀が、雪化粧をまとって静かに佇んでいる。

 

 近代的なコンクリートビルと明治や大正の残り香がアンバランスに同居する路地裏。電線に積もった雪がボタッと落ちる音すら響くほど、澄み切った冷気がふたりの吐く白い息をドラマチックに際立たせていた。

 

 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、オーバーサイズのオリーブグリーンのロングコートのポケットに革手袋の手を突っ込み、黒のレザーサイハイブーツのヒールを規則正しくアスファルトに響かせる。

 

 黒い折り返しニット帽の隙間から覗くサファイアブルーの瞳を細め、あたしは脳内メインフレームで爆速演算された次なるアーキテクチャを展開した。

 

「店舗側と連携すれば、生成画像で、レシートを生成しての横領だってなくなるわ。QRコードにおさまる文字列は、三千文字。そうね、POSレジの機能も書き込めばいいわ。時間と場所の整合性も取れるから、不正は許容されないわ」

 

 あたしは、冷たい風にコートの裾を翻し、湯島の古びた石段を横目に指をパチンと鳴らしてみせた。

 

「待ってッスッ。お願い待ってッス!」

 

 隣を小走りでついてきていたカオリンこと杉野(スギノ)香織(カオリ)が、はちきれんばかりのヤキソバパンの袋を両腕で抱え直しながら、文字通り目を丸くして悲鳴のログを吐き出した。

 

 白のダウンジャケットの襟元に顔を埋め、亜麻色のポニーテールを激しく揺らしながら、雪道で足を止めてしまう。

 

「黒木先輩ッ、それ、どんだけの経済規模になるか分かって言ってるッスか!? ちょっと待って、ウチの脳内電卓が火を吹くッスッ!」

 

 カオリンは、冷たい空気に赤くなった指先で空中に仮想のテンキーを叩くように激しく動かし、経理の麒麟児としてのスペックをフル稼働させ始めた。

 

「日本の年間小売市場規模は約百五十兆円! そのレシート発行件数、年間で数百億枚レベルッスよ!? もしそのトランザクションの手数料をわずかコンマ数パーセントでも徴収できたとしたら……年間のプラットフォーム利用料だけで、数千億円から一兆円規模のキャッシュフローが爆誕するッスッ! 国家予算レベルの巨額マネーがセイタンシステムズに雪崩れ込んでくる計算になるッスよぉーッ!!」

 

 カオリンは、チェックのミニスカートを震わせ、ダウンジャケットの胸元を押さえて過呼吸寸前になりながら絶叫した。

 

 あたしは、黒タートルネックのクロップドセーターの首元に手を当て、三重に重なるシルバーチェーンをチャラリと鳴らすと、サファイアブルーの瞳を三日月のように細めて極上の魔王スマイルを明滅させた。

 

「あら杉野経理兼任営業部長。売り込み頼んだわよー。善きに計らえ」

 

「ひぃぃッ! 三賀日から役職が勝手に増設されてるッス! ウチのキャパシティはもう完全にオーバーフローっスよぉーッ!」

 

 頭を抱えてしゃがみ込みそうになるカオリンの背中を、あたしはオリーブグリーンの袖口でポンと叩いて前へ促した。

 

「泣き言を言ってる暇があったら、さらにユーザーインターフェースを拡張しなさいな。一般ユーザー向けには、スマホでそのQRコードを読み取るだけで、自動で食費や日用品に仕分けられる『神速家計簿・お小遣い帳機能』を無償で開放するのよ」

 

 あたしは、湯島の坂の向こうに見える東京の街並みを指先でなぞりながら、完璧なエコシステムをコンパイルしていく。

 

「レシートを捨てるだけの無駄なプロセスが、瞬時に個人の資産管理ログへと早変わりするわ。ユーザーはアプリを手放せなくなる。そして、高価なPOSシステムを導入できない個人商店や小さな居酒屋には、うちのクラウドのサーバー区画を爆安でスライスして割り当ててあげるのよ」

 

 あたしは、ウォッシュドブラックのスキニージーンズに包まれた脚を優雅に踏み出し、カオリンの袋から冷めかけたヤキソバパンをもうひとつ器用に引き抜いた。

 

「タブレットひとつあれば、今日から誰でも最新鋭のスマート店舗にアップデートできる。大企業の搾取をパージして、街の小さなお店と生活者を直接繋ぐ。これぞ、究極の金融インフラの民主化よ。当然の帰結よねッ」

 

 ラップを歯でプチリと破き、ソースの香りを雪空の下に漂わせながら、あたしは誇らしげに胸を張った。

 

 カオリンは、呆然と口を開けてあたしの横顔を見つめ、最後には深いため息を白い煙のように吐き出しながら、諦めたように小走りで並んできた。

 

「……もう、ホントに魔王さまッスね。分かりましたよ、ウチが命を削って営業資料のブループリントをレンダリングしてやるッス! その代わり、お昼は湯島のおいしい鳥鍋、先輩の経費で奢ってくださいッスよーッ!」

 

 粉雪が静かに舞い落ちる湯島の坂道を、あたしたちふたりは、次世代の経済圏を足元に従えながら、確かな足取りで下っていった。


★ ◆ ★ ◆ ★


 湯島の老舗の鳥鍋屋など、三賀日の真昼間から開いているはずもなかった。

 

 あたしたちが流れ着いたのは、幹線道路沿いに鎮座する、全国津々浦々に展開された大手ファミレスチェーンのボックス席だった。

 

 卓上コンロの上で、固形燃料の青い炎が小さな鉄鍋をチリチリと熱している。

 

 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、オーバーサイズのオリーブグリーンのトレンチコートを背もたれに預け、黒のニット帽を脱いでテーブルの端に置いた。

 

 サファイアブルーのセミロングヘアを手ぐしで軽く整え、黒タートルネックのクロップドセーターの袖をまくり上げると、沸き立つ鶏鍋から湯気立つつくねを箸先で器用に小鉢へとサルベージする。

 

「先輩、稼いでんだから、お高いお店行きたかったッス」

 

 向かいの席で、カオリンこと杉野(スギノ)香織(カオリ)が、白のダウンジャケットを脱ぎ捨ててチェックのミニスカートの膝を揃え、不満げに尖らせた唇のまま、これ以上ないほど濃厚なジト目のパケットを送信してきた。

 

 あたしは、アツアツのスープをフーフーと冷まし、一口すすってからサファイアブルーの瞳を冷徹に細めた。

 

「ヴェブレン財よ。レシート分類してたならわかるでしょ?」

 

 箸先でカオリンの鼻先をチチッと指し示し、あたしはファミレスの喧騒の中で正論のパッチを叩きつける。

 

「値段が高いこと自体に価値を見出すような、ただの見栄のインフラにリソースを割くなんて、完全なシステムエラーよ。このスープの出汁を見てみなさいな。全国規模のセントラルキッチンで、徹底的に最適化された巨大な釜で数万食単位で一括抽出されたアミノ酸の結晶よ。小料理屋の頑固オヤジが勘と経験でブレ幅出しながら煮出したスープより、圧倒的に品質の分散が小さくて、物理的にも化学的にも完璧に均質化されているわ」

 

 あたしは、熱々の鶏肉を豪快に口へと放り込み、咀嚼しながら言葉を継いだ。

 

「お寿司だってそうよ。ほら、江戸時代の開祖みたいな名前を冠した、あの巨大なチェーン店があるじゃない。あそこのバックヤードで回ってる自動握りロボットと、全自動でネタを鮮度管理するコンベアシステムのほうが、職人の指先の皮脂や体温のノイズが混ざらない分、よっぽど衛生管理のプロトコルとしては優秀なのよ。大量生産と徹底した規格化こそが、人類が到達した最高の工業芸術じゃないの」

 

 あたしたちの贅沢なんて、精々がデパ地下の極上惣菜を買い漁るくらいのものだ。

 

 それ以上の無駄な価格上乗せは、ただのブランドという名の虚飾のバグに過ぎない。

 

「……まあ、確かにこのお鍋、千五百円とは思えないくらい異常においしいッスけど……」

 

 カオリンは、白菜をハフハフと頬張りながら、悔しそうに小さく唸った。

 

 亜麻色のポニーテールを揺らし、ドリンクバーのメロンソーダをストローでちびちびと吸い上げながら、再びスマートデバイスの画面を指先でスクロールさせる。

 

「でも先輩、さっきのレシート決済の件ですけど。スマホのカメラでレシートをパシャって撮影して、人工知能が自動で文字認識して家計簿につけてくれるアプリなら、もう世の中にいっぱい転がってるッスよ?」

 

 その指摘に、あたしはレンゲを置き、心底呆れたように深い溜め息のログを出力した。

 

「まあ人工知能に投げてやらせる仕事じゃないわよね」

 

 あたしは、三重に重なるシルバーチェーンのペンダントをもてあそびながら、冷徹なアーキテクチャの真理を語り始める。

 

「紙に印刷されたグチャグチャの文字を、わざわざ高価な画像認識モデルに食わせて、確率論で『これはキャベツかな? レタスかな?』なんて推論させるなんて、CPUと電力の暴力的な無駄遣いよ。熱力学的にも最悪のエントロピー増大だわ」

 

 あたしは、ウォッシュドブラックのスキニージーンズに包まれた脚を組み替え、テーブルに身を乗り出した。

 

「最初からデジタルデータとしてPOSレジのメモリに確定値が存在しているのに、それをわざわざアナログの紙に変換して、またカメラで撮ってデジタルに戻そうとするからバグるのよ。最初から三千文字の文字列をQRコードに確定データとしてエンコードしておけば、認識処理なんて一瞬のデコードで完了する。人工知能の計算リソースなんて1ミクロンも使わずに、完璧なゼロエラーで処理できるのよ」

 

「……確かに、推論じゃなくて単なるデータ展開ッスもんね」

 

 カオリンは、目を丸くして感心したように頷き、最後には鍋に残ったスープをご飯の上へと豪快にぶっかけた。

 

「よし、決めたッス! ウチ、このスマートレシート構想の営業資料を今夜中に爆速でコンパイルするッス! その代わり先輩、追加の唐揚げ、奢ってくださいッスよーッ!」

 

「いいわよ。大量生産された均質な油の暴力なら、いくらでも経費で落としてあげるわッ。善きに計らえッ」

 

 あたしは、サファイアブルーの瞳を獰猛に細め、湯気立ち上るファミレスのテーブルで、高密度のカロリーパケットを次なる知性の燃料として胃袋へ叩き込んでいくのだった。


★ ◆ ★ ◆ ★


 ファミレスのボックス席に、限界突破の炭水化物タワーが屹立した。

 

 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)とカオリンこと杉野(スギノ)香織(カオリ)の眼前には、大盛りご飯のどんぶりが幾重にも積み上げられ、壮大なるご飯茶碗タワーの偉容を誇っていた。

 

 あたしは、黒タートルネックのクロップドセーターの袖をさらに肘の上までたくし上げ、割り箸をパチンと小気味よく割った。

 

「建立完了よ。均質化された大量生産の白米パケット、全消し作業を開始するわ」

 

 追加でテーブルを埋め尽くした山盛りの唐揚げに、マヨネーズを容赦なくぶっかける。あたしは山頂のどんぶりを引き寄せると、肉汁と脂を纏った唐揚げをワンバウンドさせ、雪崩のような勢いで白米を胃袋のディレクトリへ流し込んだ。

 

「うっひょ~ッ! ウチも負けてられないッス! 経理のカロリー不足をここで一気にリカバリーしてやるッス!」

 

 カオリンも、亜麻色のポニーテールを振り乱し、豪快にどんぶりを抱え込んで飯を掻き込む。

 

 ドリンクバーのウーロン茶と、ファミレスの爆安なデキャンタの赤ワインが、ふたりの食道へとマッハの速度で吸い込まれていく。

 

 BMIなんていうレガシーな数値指標を完全に否定した、高密度の筋肉とダイナマイトボディを維持するための熱狂的な補給セッション。

 

 空になった茶碗が次々とピラミッドの土台へと還元され、気づけばテーブルの上には陶器の残骸が積み上がるばかりとなっていた。

 

 すっかりアルコールが回り、満腹中枢を麻痺させたあたしたちは、雪降る夜の帳の中へと転がり出た。

 

「ふにゃ~……先輩、完全に足腰のベクターデータがブレブレッスよ……」

 

 白のダウンジャケットを着崩したカオリンが、あたしのオリーブグリーンのコートの腕にペッタリとしがみついて千鳥足を踏んでいる。

 

「三賀日から横須賀まで帰るなんて、完全なリソースの無駄遣いよ。新橋の生体デバッグ・サロンのオフィスへ退避して、そのままスリープモードへ移行するわよッ」

 

 あたしは黒いニット帽を目深に被り直し、黒レザーのサイハイブーツを雪に食い込ませながら、カオリンを引っ張って夜のオフィス街へと舵を切った。

 

★ ◆ ★ ◆ ★

 

 生体デバッグ・サロンの執務フロア。

 

 カードキーをかざして電子ロックを解除し、あたしは無防備にドアを押し開けた。

 

「生還よー。カオリンをソファーに放り込んで……」

 

 言いかけたあたしの音声コードが、マッハの速度でフリーズした。

 

 暗がりの中、ぼんやりと間接照明が灯るオフィスの奥。

 

 そこには、スウェット姿で床に座り込む赤い髪のボッチこと茅野(チノ)万桜(マオウ)と、その膝の上に跨がるようにして抱きついている防大の倉田(クラタ)琴葉(コトハ)ちゃんの姿がレンダリングされていた。

 

 琴葉ちゃんは、普段の凛とした軍人アライメントを完全にパージし、緩んだ私服のニットの襟元から艶めかしい項を晒しながら、ボッチの首筋に顔を埋めていたのだ。

 

 空気中に漂う、完全にシッポリとした甘く重たい大人のプロトコル。

 

「「…………」」

 

 完全なる静寂のトラフィックが、コンマ数秒の間、オフィスを支配した。

 

 次の瞬間。

 

「ひぎゃああああああああああああああッ!?」

 

 ボッチの喉から、ゼネコンの御曹司としての尊厳をゴミ箱へ叩き込んだような、世にも情けない絶叫ログが轟いた。

 

「き、貴様らッ! 鍵をッ! ノックという名のファイアウォールはどうしたんだよぉぉぉッ!!」

 

 ボッチが真っ赤な顔面ディスプレイで手足をバタつかせる横で、琴葉ちゃんは信じられない速度でボッチの膝から飛び退いた。

 

 その顔面はプラズマ級を超えて超新星爆発のように真っ赤に沸騰し、ポニーテールを振り乱している。

 

「ほ、報告事項の伝達中であった! なんらやましい通信プロトコルは存在しない! わ、私は……補給物資の調達機動を開始するッ!!」

 

 防大仕込みの恐るべき瞬発力で、琴葉ちゃんはコートをひっつかむと、あたしたちの脇を音速の突進で駆け抜け、脱兎のごとく夜のコンビニへと退避していった。

 

 バタンッ、と閉まるドアの衝撃音。

 

 残されたのは、床にへたり込んで魂が抜けたようになっているボッチと、酔っ払ったあたしたちふたりだけだった。

 

「……へえ~。ボッチ、三賀日からずいぶんとセキュアな濃厚接触を試みていらっしゃったのねぇ」

 

 あたしは、オリーブグリーンのコートの前をはだけさせ、絶対零度のサファイアブルーの瞳をボッチに突き刺した。

 

「うひょ~! 茅野(チノ)先輩ッ、完全に現行犯逮捕ッス! 口止め料として、経理の予算を億単位で増額してもらうッスよーッ!」

 

 カオリンも、酔いに任せてキャッキャと囃し立てる。

 

「ち、違うんだよ……! 琴葉先輩が、その、実家に帰る前の挨拶に来てだな……!」

 

 ボッチが必死に弁明のパケットを散らしていると、再びドアが勢いよく開いた。

 

 息を切らし、両手にコンビニの巨大なレジ袋を四つもぶら下げた琴葉ちゃんが、一切目を合わさないまま直立不動で再ログインしてきたのだ。

 

「酒類、乾き物、およびホットスナックの全方位展開を完了した! 直ちに新年会セッションへ移行することを提案するッ!」

 

 羞恥心を軍事行動のロジックで無理やり上書きした琴葉ちゃんの号令に、あたしは不敵な魔王のスマイルを浮かべた。

 

「いい度胸じゃないの。全部吐くまで、今夜は寝かせないわよッ」

 

 オフィスのローテーブルに、缶ビールやチューハイ、唐揚げフランクやスナック菓子が山のようにぶちまけられる。

 

 乾杯の金属音がフロアに響き渡り、三賀日の夜のオフィスは、一瞬にしてカオスな泥酔宴会へとコンパイルされた。

 

 ボッチの赤面した言い訳と、カオリンの鋭いツッコミ、そして琴葉ちゃんの軍隊染みた生真面目な弁明を肴に、あたしはビールを喉へと流し込む。

 

 東京の夜の片隅で、あたしたちメインノードの無軌道で騒がしい新年は、熱狂的なアルコールのパケットと共に、これ以上なく賑やかにシメられたのだった。




後書き


 ……まったく、どこへ行っても騒がしいノイズばかりで、あたしの貴重な計算リソースがちっとも休まらないわ。


 ファミレスで極上のご飯茶碗タワーを建立して完全燃焼したと思ったら、避難先のオフィスでボッチと琴葉ちゃんが繰り広げていた、あの超弩級の濃厚接触パケットよ。


 あんな特大のエラーログを叩きつけられたら、酔っ払った頭でもツッコミの割り込み処理を走らせざるを得ないじゃないの。


 結局、恥じらいを軍事作戦で上書きした琴葉ちゃんの兵站補給によって、朝までコースの泥酔セッションへ突入する羽目になったけれど……


 まあ、たまにはこういう無軌道で賑やかな新年の幕開けも、悪くないボーナスタイムだったかしらね。


 あ、カオリン。言っておくけれど、今夜のコンビニ代もレシート決済の営業経費としてきっちり計上しておくのよ。


 善きに計らえッ!


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