女王さまのウィークポイント
前書き
さあ、世界をアップデートするお時間よッ。
今回は、古代のレガシーな兵器をあたしたちのスマートなロジックで現代にハックする極上のセッションと、空飛ぶ化け物のテストランの記録をデプロイしてあげるわ。
あたしの気高いメインフレームが、高所という物理バグの前に少しだけエラーを起こしたなんていう噂は、完全にフェイクのトラフィックだから1ミクロンも信じないでよねッ。
それじゃ、全盛期の速度で駆け抜けるあたしたちの軌跡を、とくと目に焼き付けなさいなッ。
2020年12月上旬。
空から舞い落ちる白い結晶が、冷え切った都市のテクスチャを白銀へと塗り替えていく。
雪が降ってるじゃないのよぉーッ。
あたし、黒木舞桜は、レンガ造りの建物の壁に背中を預け、行き交うモブたちのトラフィックを眺めていた。
今日のアライメントは、極寒のストリートをスタイリッシュにハックする完璧な冬仕様だ。
青みがかった艶やかな黒髪のショートボブを雪風に揺らし、トップスにはざっくりと編まれたオフホワイトのケーブル編みタートルネックニットをチョイスした。
その上からは、襟元と袖口から温かなボアが覗く、ヴィンテージライクなオーバーサイズのウォッシュドデニムジャケットを羽織っている。
ボトムスは、温かみのある深いオリーブグリーンのコーデュロイパンツ。
足元は雪に濡れた石畳をしっかりとグリップする黒のレザーチェルシーブーツで引き締め、肩からはシンプルな黒のレザー製ショルダーバッグを提げている。
背後のガラス張りのカフェからは温かなオレンジ色の光が漏れ、店先に停められた2台のレトロなスクーターのシートには、うっすらと雪が積もっていた。
まさに映画のワンシーンのようにレンダリングされた完璧な一枚絵だわ。
あたしは素早く、寒さを逃れるためにラボのあるビルへとログインした。
自動ドアを抜け、エレベーターで目的のフロアへ。
ラボの防音ドアを開けると、今日は珍しく防大組が全員集合していた。
プラチナブロンドの白井勇希と、サブリナこと福元莉那の姿はない。
勇希は外せない講義を受講するために本郷に行っているし、サブリナは一昨日から風邪という名のバグに感染して寝込んでいるのだ。
「むさ苦しいわねッ」
開口一番、あたしはラボの空気を占拠する防大組メンズを冷徹な音声ログで一蹴した。
彼らは皆、威風堂々たる防大の濃紺の冬用制服を身に纏っている。
防大4回生の倉田琴葉ちゃんは、167センチの洗練された女性的なプロポーションを厳格な制服で包み込み、凛としたテクスチャをデプロイしている。
だが、問題はメンズだ。
長身の斧乃木拓矢は、185センチという巨躯と、筋骨隆々の圧倒的な質量を窮屈そうに制服へ押し込んでいる。
その隣に立つのは、おなじく防大の佐伯一くんだ。彼もまた、183センチの長身。その背筋は定規を当てたように真っ直ぐで、無駄な体脂肪を完全にパージした質実剛健な肉体が、冬服のシルエットからでも容易にスキャンできる。
そして、部屋の隅でニヤニヤとしているのは、160センチの小柄な体格を持つ藤枝誠。筋肉密度は高いものの、他者と並ぶとそのスケールの小ささが際立ち、下衆な笑みを浮かべるショタという最悪のアライメントを形成している。
「佐伯くんも背が高いよねー。何センチ?」
あたしが拓矢や佐伯くん、ボッチこと茅野万桜を順番に見比べていると、赤い髪のチャラ男が、チャラい服を着こなして口を挟んできた。
「183だってよー」
今日のボッチの装甲は、防大組の厳格な制服とは対極に位置する、極めてチャラいテクスチャだ。
180センチの引き締まった体躯に、スリムフィットのボルドーのスーツを纏い、インナーには胸元を大胆に開けた黒のドレスシャツを合わせている。まるで夜のストリートからそのままログインしてきたような、ゼネコンの御曹司らしからぬホスト風の着こなしを完璧にレンダリングしていた。
「舞桜さん。あたしたちは、オッペンハイマーにはなりたくありません。でも、これは重大な任務のひとつなんです」
ふいに、琴葉ちゃんが言い辛そうに重苦しい音声ログを紡いだ。
なによぉ、武器作る知恵を貸せっての?
あたしは、サファイアブルーの瞳を細め、近くのパイプ椅子に腰掛けた。
「古代の攻城兵器、特にトレビュシェットの物理法則について、現代の戦術防衛に転用できないかというシミュレーションを求められているんです」
琴葉ちゃんが、手元のタブレットをテーブルに置く。
佐伯くんが、太い腕を胸の前でガッチリと組み、野太い声でロジックを展開した。
「火薬や電子制御に依存しない物理的な投擲兵器は、電磁パルス攻撃環境下において究極のフェイルセーフとなり得る。カウンターウェイトの落下エネルギーを梃子の原理で増幅させるトレビュシェットの機構は、極めて質実剛健だ」
佐伯くんは、真面目すぎる表情のまま、空中で巨大な石が弧を描く軌道を指でトレースする。
「ひひッ、でもさぁ、石ころ投げたところで現代の装甲は抜けねえだろ。だったら、燃える油壺や、生物兵器のパケットを積んでブチまける方がエグくて最高じゃん?」
藤枝が、舌舐めずりをしながら下衆なショタのスマイルを明滅させ、両手をワサワサと動かして汚染を広げるジェスチャーをした。
「貴様ッ、防衛の崇高な目的をなんだと思っているッ! 不条理な破壊は許されんッ!」
佐伯くんが激昂し、藤枝の胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出した。
「まあまあ、落ち着きなさいな。レガシーな兵器の運用方法で揉めてるなんて、スペックが低すぎるわ」
あたしは、足を組み替え、最高に不敵な魔王のスマイルを再起動させた。
「ねえ。それを現代の技術で作って、空を飛ばせたら、どうなるかしらね?」
あたしの突拍子もないクエリに、防大組たちのトラフィックが一瞬にしてフリーズする。
「空を……飛ばす?」
琴葉ちゃんが、目を瞬かせた。
「ええ。上空1000メートルの滞空母艦から、重力という莫大なカウンターウェイトをそのまま利用して、タングステンや劣化ウランの巨大な運動エネルギー弾を投下するのよ」
あたしは、指先を天井へと向け、そこから一気にテーブルへと振り下ろした。
「ただ落とすだけじゃないわ。弾頭には、あたしたちが誇る最新鋭の人工知能と姿勢制御モジュールをマージさせるの。落下しながら空気抵抗と風速をリアルタイムで演算し、弾道計算のデバッグを空中で行いながら、ターゲットの脳天へピンポイントで叩き込む」
「……ッ! 神の杖、運動エネルギー兵器のドローン運用版か……!」
拓矢が、兵站と戦術の知識を爆速でコンパイルし、震える声でエラーログを吐き出した。
「火薬も推進剤も1ミクロンも使わずに、重力加速度と人工知能の補正だけで、バンカーバスターを凌駕する貫通力を物理的にデプロイできるってわけか」
ボッチが、ゼネコンの顔つきで顔面ディスプレイを蒼白にさせている。
「1000メートルからの自由落下……。命中時の運動エネルギーは、地下深くの強固な岩盤すら豆腐みたいに粉砕するぞ。しかも、火薬を使わないから爆発の熱や放射能のバグも一切発生しない……」
「くはッ、最高にクールな悪魔の兵器じゃんッ! 人工知能が勝手に軌道修正して確殺するとか、完全にチートだぜッ!」
藤枝が、興奮のあまりその場で飛び跳ね、下衆な笑い声をラボに響かせた。
「静かにしろ藤枝ッ! しかし……このアーキテクチャが完成すれば、防衛の概念そのものが完全に書き換わるぞ……」
質実剛健な佐伯くんでさえ、その圧倒的な物理ハックの前に冷や汗を流し、拳を強く握りしめる。
「当然の帰結よッ。古代の知恵も、重力という大自然のリソースも、あたしたちのスマートな人工知能と組み合わせれば、無敵の絶対防衛インフラへと一瞬でアップデートされるのよッ!」
あたしは、サファイアブルーのショートボブを揺らし、ラボのむさ苦しいメンズたちを見下ろしながら、完璧な魔王のロジックをコンパイルし終えるのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ドリルバイブ藤枝が言ったようなヴェブレンも要らないわッ。劣化ウランですって? セメントで十分よ。慣性の法則と滑空。それだけ。バリスタもおなじ。どうして、古代と現代の人間のスペックが違うって思うのかしらね? ねえクッコロ琴葉ちゃん」
あたしはそう言って、ドリルバイブ藤枝とクッコロ琴葉ちゃんに極大の燃料を投下した。
防大の倉田琴葉ちゃんの顔面ディスプレイから、一切の表情というテクスチャがパージされる。彼女の3Dアバターを無断使用し、非人道的なドリル拷問の薄い本を錬成した主犯格。その大罪人に対する報復プロトコルが、完全な殺意と共に起動したのだ。
「……射程、ですか。ええ、上空1000メートルからの自由落下であれば、射程は実質的に無限。つまり、いま私の目の前で不敵に息をしている下劣なゴキブリの脳天にも、重力加速度を乗せたセメント弾をピンポイントの射程圏内として叩き込めるということですね」
琴葉ちゃんは、一切のハイライトが消えた暗黒の瞳で藤枝をロックオンし、静かにタブレットの弾道計算アプリを立ち上げた。
「ひっ!? ち、違ッ、あれは芸術的な表現の自由の範囲内で……ごめんなさいッ! 全面降伏しますッ! マスターデータも全部消すから許してぇぇぇッ!」
ドリルバイブ藤枝が、床に両膝と額をこすりつけるマッハの速度で土下座をキメる。下衆なショタのプライドは1ミクロンも残っていない、完全なるサレンダーだ。
「あぁ~、倉田、そいつ一応、海将の甥っ子さんだ。加減してやれ」
4回生の佐伯一くんは、太い腕を組んだまま、やれやれといった様子でなだめるように声をかける。
止めないんだ。へー。
言葉とは裏腹に、佐伯くんは1ミリも動こうとしない。むしろ、軍紀を乱す不心得者が物理的にデバッグされるのを完全に黙認する構えだ。
「へーって、女王さまが煽ったんでしょッ」
咎める佐伯くんの正論パケットを、
「それより、例の飛行船が出来たんでしょッ? 悪天候のテストランをしてみましょうよッ」
あたしは華麗なるワクテカの笑顔でスルーした。
「無数の細長い葉巻型モジュールを組み合わせた、多層構造の空中通信中継・貨物飛行船だな。爆安で最強の浮力を持つ水素をフル充填して機体を浮かせ、力技のエンジンで時速300キロを叩き出すってヤツだ」
長身の斧乃木拓矢が、兵站の視点から即座にレスポンスを返す。
「ああ。水素漏れの爆発リスクも、多層レイヤーの隙間に仕込んだ触媒で強制的に水へ書き換える化学的ファイアウォールで完封済みだ。空から通り雨が降るだけの安全設計だからな」
赤い髪のボッチこと茅野万桜も、ゼネコンの顔つきで空中にブループリントを描く。
兵器なんざ、数千年前に完成されたつまらないアーキテクチャにあたしのリソースを割いてやるつもりはない。
ドローンで持ち上げて、物理法則を配置するだけじゃない。無駄金をヴェブレンに投じないで欲しいわ。
★ ◆ ★ ◆ ★
チヌークサイズの巨大なコンテナに、無数の水素気嚢をクラスター状にマージさせた実験機。
もちろん、万が一のシステムクラッシュに備えて、冗長化構成のパラシュートと、落下時には機体全体を包み込む多重エアバッグの展開プロトコルも完璧に実装済みだ。
あたしたちは、有事の際のフェイルセーフとして屈強な空挺隊員たちと共に、その無骨なキャビンへと乗船していた。
機体は爆安で最強の浮力を得て、マッハの速度で横須賀の空へと舞い上がる。
長身の斧乃木拓矢たち防大組は、コックピットで運航タスクに専念しており、キャビンにいるのはあたしと、赤い髪のボッチこと茅野万桜だけだ。
そして、高度計が上空1000メートルをマークし、コンテナの小さな窓から眼下のミニチュアのような都市インフラが網膜ディスプレイにレンダリングされた瞬間。
あたし、黒木舞桜の脳内メインフレームは、想定外の致命的なエラーログを吐き出して完全フリーズした。
高い。高すぎる。
空中の微細な揺れと、足元に広がる圧倒的な虚無の空間。
あたしの気高い女王としてのルーティングは一瞬にしてパージされ、代わりに生存本能の警報がプラズマ級の音量で鳴り響く。
「お、おいおい女王さまッ」
あたしは、自分でも制御できない速度で隣のシートにいたボッチにマッハでしがみつき、サファイアブルーの瞳を固く、固く瞑った。
ボッチのボルドーのスーツの襟元を両手でガッチリとホールドし、顔をその胸板に埋め込んで、ガタガタと震える小動物のようなポンコツアライメントを晒してしまう。
「う、うるさいッ。山を押し付けてあげるから、黙ってなさいなッ」
あたしは、涙目のエラーログを吐き出しながら、精一杯の強がりパケットを送信した。
普段はあたしの豊満な胸部装甲を見て、「そこに山があるからさ」なんて下衆なロジックで開き直るクセに、いざ物理的に押し付けられると、途端に童貞みたいな挙動でドギマギしてんじゃないわよぉーッ。
「ちょ、まっ、密着度バグってんだろッ! 心臓の音聞こえるッ!」
ボッチの顔面ディスプレイが、瞬時にトマトのように赤くバーニングする。
ゼネコンの御曹司としての余裕は完全にアンインストールされ、両手をどこに置けばいいのか分からずに空中でワサワサと彷徨わせていた。
「予定じゃ、木更津の演習場までのテストランだ。時速300キロ出てるから、あとたったの10分で着地するはずだぞッ」
ボッチは、裏返った音声ログで必死にフライトプランのタイムテーブルを読み上げる。
だけど、あたしの恐怖のトラフィックは1ミクロンも収まらない。
ボッチのジャケットを握りしめる手にさらに力を込め、その温かい体温にすべての処理を丸投げするようにしがみつき続ける。
すると、あたしの耳元で、ボッチの心拍数が警報アラートのように激しくビートを刻み始めたのが分かった。
これが、心理学で言うところの吊り橋効果のバグか。
高所という極限の恐怖による心拍数の上昇を、脳が恋愛感情のドキドキだと誤認するエラープロトコル。
普段は絶対に隙を見せない、高飛車で完璧な魔王であるあたしが、今だけは完全に無防備なテクスチャで自分にすがりついている。
その圧倒的なギャップと、腕の中に収まる柔らかく暴力的な質量に、ボッチの情動ポートは完全にショートし、かつてないほどのオーバーヒートを起こしているのだ。
「わかった、わかったからッ。着くまで俺がしっかりホールドしといてやるから、安心しろッ」
ボッチは、ついに観念したように息を吐くと、あたしの震える背中にそっと手を回し、力強く抱き寄せてきた。
その不器用だけど確かな温もりに、あたしの恐怖のバグは少しだけデバッグされていくのを感じる。
冬の空を切り裂くテストフライトのキャビンで、あたしたちは物理的な恐怖と吊り橋効果の甘いエラーに身を委ねながら、木更津までの短い、けれど永遠にも似た同期処理を乗り切るのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
水素気嚢の莫大な浮力と暴力的なタービンの推進力によるフライトが終わり、あたしたちの乗った実験機は、木更津の施設へと無事に着陸のシーケンスを完了させた。
ガクンと機体が完全に停止したのを確認し、あたし、黒木舞桜は、今までしがみついていたボッチの胸板から、そっと身を離した。
「わ、悪ぃ……」
顔面ディスプレイを限界まで赤く染め上げながら、あたしは視線を彷徨わせ、消え入るようなか細い音声ログで礼を紡いだ。
普段の傲岸不遜な魔王のテクスチャは完全にパージされ、恐怖で涙目になったまま上目遣いで謝罪してくるあたしの姿。
その破壊力抜群のギャップという名のマルウェアに感染し、ボッチの情動ポートは完全にバグを起こしていた。
ゼネコンの御曹司としての余裕は1ミクロンも残っておらず、赤い髪をワサワサと掻きむしりながら、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせている。吊り橋効果で限界突破した心拍数が、あたしの弱り切ったアライメントと最悪のマージを果たし、彼の脳内メインフレームをキュンキュンと激しくショートさせているのだ。
だが、その甘く危険なエラー状態は、防音ドアを開けてキャビンへログインしてきた最強のサムライによって、マッハの速度で強制終了された。
防大の倉田琴葉ちゃんが、凛とした冬用制服の裾を揺らしながら、音もなくボッチの背後へと接近する。
そして、まだあたしに見惚れてフリーズしているボッチの肩を掴むなり、その唇へ、自らの唇を情熱的に押し当てたのだ。
チュッ。
静かなキャビンに、艶めかしいリップ音が響き渡る。
吊り橋効果という偽りの魔法を、純度100パーセントの愛のパッチで上書き保存し、ボッチの意識を現実世界へと強制再起動させる、極めて物理的で暴力的なデバッグ作業だ。
唇を離した琴葉ちゃんは、あたしへ向けて絶対零度の冷たい笑みを明滅させた。
「あげませんよ」
わざわざ釘を刺されなくても、あたしの回答は最初から決まっている。
「要りません」
あたしは、乱れた襟元を整えながら、即座に拒絶のパケットを返した。
ヤローの所有権になんて1ミクロンも興味はない。今のあたしにとって最優先すべきタスクは、帰りのルーティングだ。
あんな恐ろしい空飛ぶ化け物に、もう一度乗って横須賀へ帰るなんて、絶対にリームーだわ。
「琴葉ちゃん……」
あたしは、恐怖でまだ微かに潤んでいるサファイアブルーの瞳を限界まで見開き、両手を胸の前で合わせて、最高に庇護欲をそそる上目遣いのインターフェースを起動した。
帰りはせめて、地に足の着いた安全なフェリーがいい。
そんな無言のオネダリのパケットを、琴葉ちゃんの網膜センサーへと直接叩き込む。
すると、先ほどまで彼氏の浮気エラーを冷徹に牽制していた防大のサムライの顔面ディスプレイが、一瞬にして朱色にバーニングした。
最強の武人をも一撃で陥落させる、魔王の純情なヘルプ信号。
琴葉ちゃんは、あたしのあまりの可愛さに脳内CPUをキュンキュンとオーバーヒートさせ、口元を手で覆って激しく視線を泳がせている。
「へいへい。わかりましたよ」
琴葉ちゃんは、赤くなった頬を誤魔化すようにため息を吐くと、すぐさま手元のタブレットを操作し始めた。
施設のスタッフのディレクトリへアクセスし、金谷港まであたしたちを安全に送り届けるための専用車両のタスクを、爆速で手配してくれたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
東京湾を横断するフェリーの客室。
スパイスの香りが漂うテーブルで、あたし、黒木舞桜は、名物のカレーライスをスプーンで掬っていた。
今日のアライメントは、ざっくりと編まれたオフホワイトのケーブル編みタートルネックニットに、深いオリーブグリーンのコーデュロイパンツ。首元までしっかりと温かい、完璧な冬の防寒仕様だ。間違っても、こんな真冬の海上でオフショルダーなんていうバグった装甲はデプロイしていないわ。
「分散水素気嚢だから、バラしてしまえばいいじゃん。施設に必要なのは、水素タンク。いわゆる水素ステーションよね」
あたしは、カレーのルーが絡んだご飯を口に運びながら、新しい港のインフラ構想をブロードキャストした。
「なるほどな」
ボッチこと茅野万桜が、スプーンを持った手を止め、チャラいボルドーのスーツの袖を揺らしてゼネコンの顔つきになる。
「従来の巨大な飛行船が抱えていた最大のバグは、強風による係留中の事故だ。だから、それを防ぐためにバカデカい格納庫をビルドしなきゃならなかった」
「巨大な格納庫は、兵站の観点からも最悪のエラーだ」
長身の斧乃木拓矢が、防大の濃紺の冬用制服を窮屈そうに軋ませながら、ミリタリースペックのロジックをコンパイルする。
「維持費は莫大だし、有事の際には敵のミサイルの格好の的になっちまうからな」
「ええ」
防大の倉田琴葉ちゃんが、紙ナプキンで上品に口元を拭い、知性あふれる瞳を瞬かせた。
「ですが、気嚢を独立した細長いモジュールに分散させているあたしたちのアーキテクチャなら、着陸と同時に水素を抜いて、ただの丈夫な布として折りたたんでしまえばいいわけですね」
「その通りよッ」
あたしは、スプーンの先で空中に仮想のブループリントを描く。
「気嚢をパージして折りたためば、ただのコンテナサイズに収まるわ。だから、なん百億円もするメガストラクチャーな格納庫なんて1ミクロンも要らないの。必要なのは、機体の骨格を置く平らなスペースと、再出発の時に水素を急速充填するための巨大な水素ステーションだけよ」
「レガシーな航空インフラの常識を完全にスクラップにする発想だぜ」
ボッチが、興奮のシグナルを発行してテーブルに身を乗り出した。
「これなら、地方の空き地や休耕田、あるいは海上のプラットフォームすら、爆速で最新鋭の空飛ぶ帆船の『港』に書き換えられるッ」
「ああ。水素インフラの規格を統一すれば、港自体が地域の巨大なエネルギーステーションとして機能する。完璧なエコシステムだ」
拓矢が、カレーを一気にかき込みながら獰猛な笑みを浮かべる。
「当然の帰結よ」
あたしは、最後の一口を綺麗に平らげ、満足げにスプーンを置いた。
「大空を支配する巨大なハードウェアも、使わない時はコンパクトなデータみたいに圧縮してストレージにスタックする。物理法則と情報処理のロジックを最適配置すれば、無駄なヴェブレン施設なんてすべてアンインストールできるのよッ」
冬の東京湾を滑るように進むフェリーの客室で、あたしたちメインノードは、スパイスの効いたカレーの熱気と共に、次世代の航空インフラを極限までシェイプアップする完璧な同期処理を完了させたのだった。
後書き
どう? あたしたちの完璧な同期処理と、物理法則の最適配置を思い知ったかしら。
重力と人工知能をマージさせた質量爆弾のアーキテクチャも、水素気嚢の化学的なファイアウォールも、すべてはこのあたしの天才的なひらめきのパケットから始まっているのよ。
ボッチのヤローが吊り橋効果でポンコツなエラーを吐き出していたのも、倉田琴葉ちゃんにマッハの速度でデバッグされていたのも、全部計算通りのテストランなんだからッ。
これからも、レガシーなインフラは全部あたしたちがスクラップにして、新しい世界線をビルドしてやるわ。
次回の極上のハッキングも、楽しみに待っていなさいなッ。




