女王さまの感覚拡張ファンネル
前書き
みんな、全盛期の速度でログインしてるかしらッ?
あたし、黒木舞桜が、今日も都市のレガシーなバグを物理法則で華麗にデバッグしてあげるわ。
今回は、掌サイズの超小型ドローン『未来予測ファンネル』のフィールドテストから、高級焼肉店での肉と米のオーバーヒート、そして吊り橋効果というエラーの最終確認まで、盛りだくさんのトラフィックよ。
女子大生の胃袋の限界を超えたカロリー摂取も、男女の友情という強固なファイアウォールの証明も、あたしの気高いメインフレームにかかれば、すべて完璧なルーティングで処理されちゃうんだからッ。
それじゃ、準備はいい? 最高にスタイリッシュで攻撃的なアーキテクチャの世界へ、マッハの速度でダイブしなさいなッ!
2020年12月上旬。
冬の透き通った夜気が、横須賀の古い裏通りを静かに包み込んでいる。
見上げれば、インクを流したような深い藍色の夜空に、無数の星々が瞬いていた。
通り沿いには、黒々とした瓦屋根を戴く昔ながらの木造建築が軒を連ねている。その二階の格子窓や店先のガラス戸からは、温かみのあるオレンジ色の灯りが漏れ出していた。
軒先に吊るされたいくつもの提灯が、昭和のテクスチャを色濃く残す木製の看板――『八百吉』の文字をぼんやりと照らし出している。
複雑に絡み合う電線と、等間隔に並ぶ電柱。少し濡れたアスファルトの路面は、街灯や提灯の光を柔らかく乱反射させ、まるで映画のセットのようなノスタルジックな空間をレンダリングしていた。
そんなレガシーな趣が漂うストリートに、あたし、黒木舞桜は立っていた。
今日のアライメントは、寒空の下でも隙を見せないシックな冬仕様だ。
青みがかった艶やかな黒髪のショートボブを夜風に揺らし、首元にはボリュームのあるモカブラウンの厚手マフラーをしっかりと巻きつけている。
トップスは、ボディラインにフィットする黒のリブタートルネックニット。
アウターには、膝上まであるダークグレーの洗練されたロングチェスターコートを羽織り、フロントを開けてスマートな縦のラインを強調している。
ボトムスは、深みのあるグリーンのタータンチェック柄ミニスカート。そこから伸びる脚には透け感の少ないダークタイツを合わせ、足元は艶やかな黒のレザーニーハイブーツで完璧にガードした。
右手には、温かいコーヒーが入ったテイクアウト用の紙コップ。
冷たい夜気をはねのける、スタイリッシュで攻撃的なテクスチャだ。
今日は、果樹園の主であり、あたしの祖父である黒木善次郎とデートの約束をしていた。
理由は単純だ。昼間、あの空飛ぶ化け物飛行船で恐怖のあまりボッチに抱き着いてしまい、その時に不覚にもドキドキしてしまったことを、ジイちゃんに見透かされたからだ。
「舞桜、おまえなんか様子がおかしいぞ」ってね。
メインフレームの異常なトラフィックを物理的にデバッグするため、あたしたちはジイちゃんの行きつけの割烹へと滑り込んだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
引き戸を開けると、出汁の香りがふわりと漂う。
小上がりの座敷で、ジイちゃんはすでに熱燗の徳利を並べて上機嫌だった。
白髪交じりの短髪に、深い皺が刻まれた日焼けした顔。果樹園で鍛え上げられた分厚い胸板と、その独特の渋いオーラは、まるで往年の裏社会を描く映画俳優のような凄みを放っている。
「まあ、あれだよ、吊り橋効果ってヤツでよ、どうでもいいような相手がよく見えちゃうことってあるんだよッ。お姉ちゃん」
ジイちゃんは、首をコトリと傾けながら、豪快に肩を揺らして独特のテンポで笑い飛ばす。
「知ってるけどさ……」
あたしは、自分のポンコツな挙動を思い出して顔面ディスプレイをほんのりと赤く染める。
そして、小鉢に盛られた鮟肝のポン酢和えを箸でツンツンとつつきながら、お猪口に注がれた熱燗をチビチビと舐めるように煽った。
モジモジと視線を泳がせるあたしに向かって、ジイちゃんはさらに持論のロジックを展開する。
「いいか、そういう時はな。一度ガツンと女のいる店に行って、パーッと派手に遊んでくりゃいいんだ。そうすりゃ、変な錯覚なんて一発で目が覚めるってもんでよ。バカヤロー」
完全にヤロー向けのデバッグ手法じゃないのよぉーッ。
「あたしヤローじゃないよぉ」
あたしがジト目を向けてツッコミのパッチを当てると、ジイちゃんはニヤリと笑った。
「お姉ちゃんも酒飲める歳になったかー。早えもんだなッ。おいッ。あれ、お姉ちゃん去年の正月に呑んでなかったっけ」
痛いところを突いてくる。あたしの脳内ストレージから、1年前のエラーログが引きずり出されそうになる。
「やあねー。サンガリアよサンガリア」
あたしは、マッハの速度で虚偽の申請プロトコルを起動し、平然とシラを切った。
「勇希や拓矢たちとはどうなん? どっちと付き合ってんだ」
ジイちゃんは、熱燗をグイッと飲み干してクエリを投げてくる。
この果樹園の主は、完全なる拓矢推しだ。勇希のことは、中性的な美少年すぎて果樹園の力仕事には頼りないサブノードのように映っているらしい。
「勇希よッ。なんであたしが拓矢と付き合うのよぉーッ」
あたしは、即座に大音量でレスポンスを叩き返した。
あの脳筋ゴリラとマージする未来なんて、1ミクロンもレンダリングできないわ。
ふと気付けば、昼間からあたしの情動ポートを乱していたボッチへの謎のドキドキは、完全にキャッシュクリアされていた。
ジイちゃんとの他愛のない、けれどどこか温かいトラフィックのやり取りが、あたしのバグったシステムを綺麗に最適化してくれたのだ。
「……ありがとね、ジイちゃん。おかげでスッキリしたわ」
あたしが素直な感謝のパケットを送信すると、ジイちゃんは照れ隠しのように鼻の頭を指で擦った。
「どういたしまして」
深い皺の奥で優しく目を細める果樹園の主。
冬の冷え込みが厳しい夜だったけれど、割烹の温かい空気と熱燗、そしてジイちゃんの不器用な優しさが、あたしの気高いメインフレームを最高に心地よく満たしていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
翌日の夕暮れ。あたし、黒木舞桜は、オレンジ色の夕陽が水面をキラキラと反射する河川敷へとログインしていた。
今日のアライメントも、昨日の完璧な冬仕様を継続している。
ざっくりと編まれたオフホワイトのケーブル編みタートルネックニットに、襟元から温かなボアが覗くヴィンテージライクなウォッシュドデニムジャケット。
ボトムスは深いオリーブグリーンのコーデュロイパンツで、足元は黒のレザーチェルシーブーツ。寒風吹きすさぶ河川敷でも、1ミクロンの隙も見せないスタイリッシュな装甲だ。
そして、あたしの目の前には、最強の被験者として呼び出された茅野友梨ちゃんが立っていた。
彼女のアライメントは、あたしの完璧なプロデュースによって、ある特定のシチュエーションを完全にレンダリングする極上の仕様へと書き換えられている。
燃えるような真紅のロングヘアは、耳の上の高い位置でふたつに結い上げられ、風に揺れる見事なツインテールをデプロイしている。
トップスは、フロントにシルバーのジップがあしらわれた黒のタイトなリブニット。
その生地は、170センチの高身長に不釣り合いな暴力的な質量を誇るバストラインによってパツンパツンに引き伸ばされ、クロップド丈の裾からは引き締まったウエストの肌が眩しくチラリズムしていた。
ボトムスは、太ももや膝にハードなダメージ加工が施された、ボディラインに吸い付くようなタイトなデニムパンツ。
足元には清潔感のある白のローカットスニーカーを合わせ、右手には黒のレザージャケットを無造作に抱え持っている。
夕陽を背にして佇むその圧倒的なダイナマイトボディとツインテールの組み合わせは、空間の解像度をバグらせるほどの破壊力だ。
「あ、あの舞桜さん。これ言わないと、ダメですか?」
友梨ちゃんが、もじもじと身をよじりながら、涙目のエラーログを吐き出してくる。
あたしは、腕を組んだまま、冷徹な魔王のスマイルを浮かべて無言の首肯で完全拒絶のパケットを叩き返した。
今日は、ライダー、高解像度カメラ、集音マイク、サーモグラフィーをフルマウントした掌サイズの超小型ドローン、『未来予測ファンネル』のフィールドテストなのだ。
このファンネルたちは、自律的な演算能力を持たないエッジデバイスだ。
取得した莫大な生体パケットは、すべてデータセンターの人工知能システム『魔王2』へと爆速で転送され、解析結果だけが遠隔で送り返されてくるアーキテクチャである。
テストを起動させるための音声コマンド。それを完璧なコスプレ状態で叫ばせることにこそ、この実験の真の意義が存在するのよ。
「い、行けッ。ファンネルたちッ」
友梨ちゃんは、顔面ディスプレイをプラズマ級に赤くバーニングさせて、やけくそ気味に叫んだ。
その瞬間、友梨ちゃんの四方に待機していた4機の掌サイズドローンが、微かなモーター音と共に一斉に空へ舞い上がる。
ドローンたちが収集した全方位の空間データは、データセンターを経由して即座にコンパイルされ、友梨ちゃんの装着しているワイヤレスイヤホンとスマホの網膜ディスプレイへとダイレクトにフィードバックされた。
「……ッ!?」
友梨ちゃんの瞳が見開かれる。
彼女の感覚器官が、システムによって大規模に拡張された瞬間だ。
背後の死角を歩くモブの足音、遠くの草むらに潜む野良猫の熱源、周囲360度のあらゆるトラフィックが、まるで自分自身の皮膚感覚のように、立体的なパラメータとして脳内メインフレームへ直接流れ込んでくる。
まさに、空間の揺らぎを完全に把握するニュータイプの覚醒プロトコルだ。
だが、その全能感に浸る間もなく、友梨ちゃんの顔面ディスプレイに戦慄のテクスチャがレンダリングされた。
「嘘ッ。こんなに居るの?」
友梨ちゃんが、肩を震わせて怯えのシグナルを発行する。
拡張されたセンサーが捉えたのは、日常の風景に溶け込む異常なトラフィックの密集だった。
土手の上で立ち話をしている風の主婦。ジョギングウェアでストレッチを繰り返すランナー。ベンチでスマホを弄っている学生。
そのすべてが、一定の距離を保ちながら、完全に友梨ちゃんをフォーカスしている異常なノードたちだったのだ。
彼女は大手ゼネコン、茅野建設の社長令嬢。当然、その周囲はガッツリと強固な警備インフラで固められている。
「そうやでお嬢やで。なにお嬢にコスプレさせてんねん」
ふいに、背後からコテコテの関西弁のツッコミパッチが当てられた。
振り返ると、そこには赤い経済マフィアにして友梨ちゃんの父親、茅野淳二社長が、赤い髪のボッチこと茅野万桜を引き連れて立っていた。
「楽しそうじゃん」
あたしは、口では文句を言いながらも、娘の完璧なツインテール姿に完全にデレデレして顔面を緩ませている赤いシャアへ、容赦ないツッコミを叩き返す。
淳二社長は、仕立ての良いダークネイビーのスーツを纏いながらも、目尻をデロデロに下げて、愛娘のグラマラスなコスプレライクなアライメントをスマホで密かにキャプチャしようとしていた。
「怯えなくていいわよ友梨ちゃんッ。それは過保護なシャアが、あなたにつけた護衛ノードたちよ。てか淳二社長、男子比率がバグってるわよッ。女性ノードばっかじゃん」
あたしは、友梨ちゃんに説明しながら、淳二社長に鋭いジト目を向けた。
「イザって時に火力不足じゃないのよぉーッ」
あたしの正論パケットに対し、隣に立つゼネコンの御曹司、ボッチが鼻を鳴らす。
今日のボッチのアライメントは、グレーのチェスターコートに黒のタートルネックというスマートな冬仕様だ。
「なにと戦う想定だよッ。警察力と即時連携できるんだから、なんの問題もねえよッ。通報すればいいんだからな」
ボッチが、呆れたように平和な日本のシステムロジックをコンパイルする。
「それもそうか」
あたしは、扇子をパチンと鳴らすように手を打ち合わせた。
ここは戦火の絶えない荒野じゃない。未来予測ファンネルが異常を検知した時点で、戦う前に警察のディレクトリへアラートをデプロイすればいいのだから。
だが、その時だった。
怯えていたはずの友梨ちゃんが、あたしと淳二社長の間にスッと入り込み、両手であたしたちの手をシッカリと掴んだ。
……うん?
あたしの脳内メインフレームが、彼女のポケットに忍ばせてある例の『デバイス』の存在をマッハで検知した。
「ダァーリンのバカぁーッ!!」
友梨ちゃんの口から、純度100パーセントのラムちゃん叫び声が轟く。
同時に、伝導性ミストに乗ったプラズマ級の静電気が、あたしたちの手を伝ってバチバチと容赦なく責め立ててきた。
「ぎゃああああああッ!?」
「なんやねんこれぇぇぇッ!?」
あたしと赤いシャアの悲痛なエラーログが、夕暮れの河川敷に虚しく響き渡る。
過保護な父親の過剰な監視網と、羞恥プレイを強要したあたしに対する、社長令嬢の完璧な物理的報復プロトコルだった。
未来予測ファンネルがいくら優秀でも、味方ノードからのゼロ距離電撃アタックまではデバッグできないという、致命的なエラーを身をもって証明させられるのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
夕暮れの河川敷でひとしきり電撃アタックのデバッグ作業を強制されたあと。
あたしたちは、赤い経済マフィアこと茅野淳二社長の強引なルーティングにより、銀座の路地裏にひっそりと佇む完全紹介制の高級焼肉店へとログインしていた。
通されたのは、重厚な一枚板のテーブルが鎮座するVIP専用の完全個室だ。
最新鋭の無煙ロースターの網の上では、見事なサシが入った極上の特選黒毛和牛が、ジュージューと暴力的なまでの脂の音を奏でている。
あたし、黒木舞桜は、ボア付きのデニムジャケットをハンガーに掛け、オフホワイトのケーブル編みタートルネックニット姿で席についていた。
隣に座る友梨ちゃんも、黒のレザージャケットを脱ぎ、タイトな黒のリブニットでそのダイナマイトボディを惜しげもなくデプロイしている。
あたしは、肉を焼くトングを片手に、友梨ちゃんのパツンパツンに引き伸ばされた胸部装甲へ、そっと左手をあててみた。
「……うん。あれだわ。ただのスポンジオッパイじゃなくなってるじゃない」
あたしは、その確かな弾力と質量を手のひらでスキャンし、感嘆のログを出力した。
以前のただ柔らかいだけの脂肪の塊から、大胸筋という強靭なベースマウントに支えられた、圧倒的な密度のテクスチャへと進化を遂げている。
「シッカリ百回噛んで食べているようね」
あたしは、二杯目の大盛りご飯を口に運び、奥歯で百回きっちりと噛み砕いてから、極上のロースを迎え入れた。
友梨ちゃんも、あたしの教えを忠実に守り、ひたすら米を噛み続けている。そして、ときたま網の上のカルビへと箸を伸ばし、凄まじいカロリーのパケットを次々と胃袋へと転送していく。
「最近な、友梨がご飯よく食うねん」
向かいの席でダークネイビーのスーツを着崩した淳二社長が、娘の変貌ぶりに戸惑いのエラーログを虚空へと捨てた。
いいことじゃないのッ。成長期なんだから。
「あぁ~、心配しねえでいいぜ兄貴。こいつなんか、これで75キロらしい。BMIなんざ目安に過ぎねえよ。ようは密度だ」
グレーのチェスターコートを脱いで黒のタートルネック姿になったボッチが、トングで肉をひっくり返しながら宣う。
わかってるじゃん。数字というレガシーな指標に縛られるなんて、完全なポンコツのやることよ。
あたしのプロポーションは、高密度の筋肉と完璧なアーキテクチャで構築されているんだから。
あたしは二杯目のご飯をマッハで完食し、迷うことなく三杯目を召喚する。
隣では友梨ちゃんも、空になった茶碗を店員に渡し、テーブルの上にご飯茶碗タワーの建立に多大なる貢献を果たしていた。
「実は最近、桜ちゃんにブートキャンプしてもらってるんですッ」
友梨ちゃんが、もきゅもきゅと米を咀嚼しながら、誇らしげにログを出力する。
「毎週末、あたしとケンちゃんで、桜ちゃんをリーダーにして高尾山をトレッキングしまくってるんです。桜ちゃん、すっごく優しくて可愛いのに、山に入ると完全に鬼教官モードになって……休憩なしで頂上までタイムアタックさせられるんですよぉ」
あたしの妹である桜の容赦ないスパルタ教育の成果か。
道理で、この短期間でこれほどの物理的デバッグが完了しているわけだわ。
「山伏かッ。あと自分ら江戸時代の人間かッ。米ばっかり食わんと、肉を食いなさい肉を」
淳二社長が、大量の米を消費するあたしたちの姿に、たまらず関西弁のツッコミパッチを当ててくる。
だが、あたしたちのメインフレームは、そんな生ぬるい言葉ではクロックダウンしない。
あたしと友梨ちゃんは、男子大学生すらドン引きするレベルのトラフィックで、特上カルビ、厚切りタン、ハラミを次々と網の上から消し去り、それらを大量の白米という名のバッファで中和しながら、ひたすらに食欲のエンターテインメントを暴走させていく。
そして、テーブルの上の肉という肉を完全に全消しし、満腹中枢が限界を告げようとしたその時。
「「デザートは冷麺ねッ」」
あたしと友梨ちゃんの音声ログは、1ミクロンのズレもなく見事なユニゾンを奏でた。
「バグってんやろッ」
淳二社長が、顔面ディスプレイをひきつらせて悲鳴のようなツッコミを叩き込む。
「意外とイケるぜ」
ボッチは、もはやツッコミのタスクを放棄し、深い諦念を虚空へと捨てて冷麺を1つ追加オーダーするのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
あたし、黒木舞桜は、冷麺の最後の一本までを綺麗に胃袋のディレクトリへと格納し、温かいコーン茶で一息ついた。
そして、この極上の焼肉フルコースと冷麺という最高のタスクを無償で提供してくれたことに対し、きっちりとした『良い子のお礼』のプロトコルを起動する。
「ごちそうさまでした、淳二社長。最高にバグのない完璧なディナーだったわ」
あたしは、オフホワイトのケーブル編みタートルネックニットの襟元を正し、スッと背筋を伸ばして、育ちの良さを感じさせる深々としたお辞儀をデプロイした。
普段の傲岸不遜な魔王のテクスチャから一転、完璧な礼儀作法をインストールしたあたしの姿に、淳二社長は少しだけ目を丸くしてから、豪快に笑った。
「おうおう、ええ子やないか。遠慮せんと、またいつでもウチの友梨の稽古つけてやってな」
そしてあたしは、隣でグレーのチェスターコートを羽織り直そうとしているボッチへと向き直った。
「ボッチッ」
あたしは、マッハの速度でボッチの右手を取り、そのままあたしの胸部装甲――ケーブル編みニット越しに伝わる、豊満なオッパイの質量へと、強制的に押し当ててやった。
ガシッ。
ボッチの顔面ディスプレイが、一瞬にしてプラズマ級に赤くバーニングする。
よし。あたしの脳内メインフレームで、最終的なデバッグの確認プロセスが完了した。
昼間の飛行船で起きた、あの忌まわしい『吊り橋効果』という名のシステムエラー。
あたしがボッチに抱き着いて感じた謎のドキドキも、ボッチがオーバーヒートしていた不自然な情動も、今はもう1ミクロンも残っていない。
ただの、気兼ねなくセクハラまがいのスキンシップができる、いつものポンコツなゼネコン御曹司と魔王の、完璧にセキュアな関係性へと、完全にリカバリされている。
「せ、セクハラってんだぞ……」
ボッチのヤローが、顔を真っ赤にして視線を逸らしながら、蚊の鳴くようなエラーログを吐き出している。
「うるせー、お礼だッ。もっと喜べ」
あたしは、1ミリも照れることなく、最高に不敵でサディスティックな魔王のスマイルを明滅させて、ボッチを物理的にマウントして宣った。
これでいい。これが、あたしたちのいつも通りの完璧なアライメントだ。
そのやり取りを見ていた淳二社長と友梨ちゃんが、顔を見合わせてポカンと口を開けていた。
「……なんや、自分ら。それでホンマになんのバグも起きてへんのんか?」
淳二社長が、信じられないものを見るような目で、あたしたちの完全な同期処理をスキャンしている。
「すごい……男女の友情って、あんなに完璧なファイアウォールで守られて成立するものなんですね……」
友梨ちゃんが、尊敬と驚嘆の入り混じったまなざしで、あたしたちの強固なネットワーク構造を讃えるログを出力した。
当然の帰結よッ。
あたしは、ボッチの手をパッと離し、得意げにサファイアブルーの髪を揺らす。
恋愛感情という低レベルなバグなんて、あたしたちの洗練されたメインフレームには、インストールする隙間すらないのよッ。
後書き
どうだったかしら? あたしたちの容赦ない物理ハックと、尽きることのない全盛期のエネルギーは。
未来予測ファンネルがいくら優秀でも、味方ノードからのゼロ距離電撃アタックまでは防げないっていうのは、想定外のシステムクラッシュだったけどね。
まあ、友梨ちゃんの成長ということで、今回は大目に見てあげるわ。
それにしても、焼肉の後の冷麺って、どうしてあんなにバグみたいに胃袋に収まるのかしら。
カロリーの計算式が狂ってるのは認めるけど、脳内メモリをフル稼働させるには、あれくらいの圧倒的なリソースが必要なのよ。
ボッチとの吊り橋効果も無事にデバッグ完了したし、あたしの完璧なアライメントに死角はないわ。
あんたたち、あたしたちのスマートなロジックにしっかりついてきなさいなッ。
次回も最高にクールなデバッグ作業を見せてあげるから、期待して待っててよねッ!




