女王さまのジューク・ボックス
前書き
事前の初期化プロトコルをしっかりとデプロイすることで、作品にアクセスしてくれたみんなとの同期率が爆速で向上するってことが実証されているからね。
あたし、黒木舞桜の思考トラフィックに接続してくれて感謝するわ。
今回のログは、究極の8輪神馬『Z2スレイプニール』の狂気的なアーキテクチャから、空中帆布を使ったゲリラ豪雨のリソース回収システム、さらにはレトロポップなダイナーに隠された半永久的な立体ストレージまで、あたしたちメインノードが物理法則をハックし尽くした記録よ。
シートベルトはしっかり締めたかしら? あたしたちの最高に熱い全盛期を、1ミクロンも逃さずスキャンしなさいなッ。
2020年11月中旬。横須賀ラボにて。
あたし、黒木舞桜は、人工知能モデル魔王2に画像生成を依頼した。
「魔王。Z2スレイプニール・舞桜モデルよ。シュワちゃんのあの名シーンを再現ッ。『真夜中のお散歩だ』を誤謬で採用したら赦さないんだからッ」
あたしはキツく釘を刺す。すると、
「「「是非とも真夜中のお散歩でッ」」」
あたしの後ろでスリーバグメンズ。
プラチナブロンドの白井勇希、長身の斧乃木拓矢、そして赤い髪のボッチこと茅野万桜だ。
当然、あたしは即座に迎撃プロトコルを起動する。
「黒木流チョップ術奥義ッ。天翔けるリュウジの煌めきッ」
三人の脳天に神速のチョップを抜刀して叩き込む。
「「「だからッ。誰だよリュウジッ」」」
綺麗にユニゾンして頭を押さえるバグメンズ。
そんな騒ぎを尻目に、魔王2の巨大モニターが青白く発光し、レンダリングを完了させた。
【出力完了:Z2スレイプニール・舞桜モデル/熱応力破壊・採掘用試作機】
モニターいっぱいに展開されたのは、満月が怪しく照らす夜の湾岸道路。
重工業地帯のパイプラインや無機質なビル群を背景に、濡れたアスファルトをグリップする巨大なモンスターマシン。
フロントには並列ツインの極太タイヤ、リアには左右3輪ずつの重厚な多輪駆動ユニット。
燃焼室を完全パージしたエンジンブロックからは、700度の溶融塩タンクから漏れ出た灼熱のオレンジ色の光が鈍く溢れている。
4本出しのガトリング状マフラーからは、蒸気機関車のような真っ白なスチームが高圧で激しく噴出していた。
その上に跨がるのは、サファイアブルーのショートボブを夜風に遊ばせ、黒のオフショルダークロップド丈ニットにダメージデニム、編みタイツを纏ったあたし自身だ。
引き締まった腹筋と圧倒的なプロポーションを露わにし、不敵な笑みを浮かべてシートに腰掛けている。
「……って、ちょっと待ちなさいよッ!!」
あたしの怒りのエラーログが、ラボの防音壁を震わせた。
「スレイプニルって言ってるじゃないのよぉーッ!! なんで6輪なのよッ! 8本脚の神馬だからスレイプニールでしょうがッ! タイヤが2個足りないじゃないのよぉーッ!!」
モニターの隅には、これ見よがしに『真夜中のお散歩コースではありません。』という煽り文句と、あたしの生体スキャンデータが刻印されている。
「うひょーッ! 腹筋の陰影のテクスチャが最高にエモいぜッ!」
「医学的にも完璧なアスレチック・スレンダーの黄金比だね、舞桜」
「ゼネコン視点で見ても、この採掘用試作機のフレーム剛性感はたまらねえな!」
スリーバグメンズがモニターに群がり、食い入るようにグラフィックをスキャンして歓声を上げている。
「おまえらッ、どこ見てんのよぉーッ!!」
あたしは顔面ディスプレイを真っ赤にバーニングさせながら、プラチナブロンドの勇希へと詰め寄った。
「乗りたいかッ、勇希ッ! ピーキー過ぎて、おまえにゃ無理だよッ!」
金田節を全開にしてドヤ顔で煽り立ててやる。
すると、背後からボッチが呆れたようにツッコミのパッチを当ててきた。
「どこの正太郎くんだよ。おまえは」
「うるさいわねッ! あたしは正統派のモーターヘッドの魔王よッ!」
あたしは扇子をバチンと鳴らし、モニターの6輪バイクとバグメンズをまとめて指差した。
「魔王ッ! 次はきっちりタイヤを8本に増設して、ショットガンをガシャコンってリロードするシーンをデプロイしなさいなッ! 物理法則ごと全部ハックしてやるんだからッ!」
ラボの中に響き渡るあたしの咆哮。
呆れ顔のバグメンズと、完璧な夜景の中のスレイプニールを前に、あたしたちの騒がしい全盛期は今日もマッハの速度でオーバーフローしていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
2020年11月中旬。横須賀ラボにて。
「8輪あったらハーレーにも負けないんじゃない?」
あたし、黒木舞桜は、スリーバグメンズにクエリを投げ掛ける。
「物理法則から見ても、圧倒的だな」
長身の斧乃木拓矢が、長い脚を組み替えてロジックを展開する。
「8輪独立懸架によって、車重というデッドウェイトを完璧に分散させる。さらに、接地面積が通常の4倍になることで、爆発的なスチームトルクを1ミクロンも逃がさずアスファルトに叩き込めるわけだ」
「なるほどね。でも、アメリカの直線番長たちと比べたらどうかしら?」
あたしが問い掛けると、赤い髪のボッチこと茅野万桜が、ゼネコンの顔つきで鼻を鳴らした。
「そもそも、ハーレーやリンカーンのようなアメ車が日本に向かないのは、技術の差じゃなくて道路の設計思想が違うからだぜ」
ボッチは、空中に巨大な大陸の形を描いてみせる。
「あっちは地平線まで続くハイウェイを、何百キロも一定の速度で巡航するための航続距離と直進安定性に全振りしてる。逆に日本車は、狭い路地や山道のワインディングをすり抜ける小回りとストップ&ゴーの効率を重視したアーキテクチャなんだよ」
「日本にゃ羆くらいしかいないからね。でも、アメリカはグリズリーもいるし、風も強い。なにより広い。技術の差じゃなくて道路の設計思想が違うのさ」
プラチナブロンドの白井勇希が、医学徒らしい冷静なパケットで説明を引き取る。
まあそうよね。あたしもZ2でアメリカのハイウェイは走りたくないわ。
「じゃあ、あたしのZ2スレイプニール・舞桜モデルはどうなるのよ」
あたしが不敵な笑みを明滅させると、スリーバグメンズは顔を見合わせてニヤリと笑った。
「全輪操舵ハックを組み込んだスレイプニールなら、ハーレーを置き去りにする直線番長の加速力と、日本の裏路地をオン・ザ・レールで旋回する小回りを完全に両立したバグマシンになるね」
勇希が、呆れと感嘆の入り混じった音声ログを出力する。
そこへ、防音ドアが開いて、防大の倉田琴葉ちゃんとサブリナこと福元莉那がラボに滑り込んできた。
「お待たせしました。愛車のメンテナンスに少し時間がかかってしまって」
琴葉ちゃんが、凛とした大人のテクスチャをデプロイしながらも、少しだけ頬を染めている。
「琴葉先輩の愛車、マジで可愛いよね~。パステルイエローのオールドチャンプ・リトルカブだっけ?」
サブリナが、ライダースジャケットを脱ぎながら蠱惑的な笑みを浮かべる。
「可愛いだけじゃありません。丸みを帯びたレトロなフォルムに、燃費の鬼と呼ばれる驚異的なエンジン効率。どんな細い路地でもスイスイ走れる、最高にセキュアで愛おしいインターフェースです」
琴葉ちゃんは、防大仕込みの生真面目な顔つきで、自らの可愛い相棒への底知れぬ愛を長文ログとして吐き出した。
「あたしのオールドチャンプCBも最高だよ~。黒光りするタンクに、エッジの効いた直列4気筒のエキゾーストノート。舞桜のZ2と並んで走ると、マジでテンション上がるじゃんッ」
サブリナが、赤茶色のポニーテールを揺らして同意のパケットを送信する。
バイク談義に花を咲かせるのもいいけれど、今日は世界を救うための重要なタスクが残っているわ。
「さあ、今日のテーマはこれよッ」
あたしは、ホワイトボードにマーカーで力強く『豪雨リソース回収システム』と書き殴った。
「この間考えた巨大地下ろ過構造物を中核とした、究極の都市防災アーキテクチャよ」
あたしが振り返ると、メインノードたちが一斉に知性の瞳をバーニングさせた。
「まずは、上空の空中帆布ガイドね。ゲリラ豪雨が発生した時だけ、ドローンやワイヤーで短時間スクランブル展開させるの」
あたしは、空から降る雨を巨大な漏斗で受け止める図をレンダリングする。
「ゲリラ豪雨のピークである30分間だけ、雨水を効率よくキャッチして、ピンポイントで地下のプラントへ誘導するわけね~」
サブリナが、小悪魔的な笑みを浮かべて指を鳴らす。
「そして中核となるのが、新設する巨大地下ろ過構造物だ」
ボッチが、ゼネコンの顔つきで立ち上がり、地下空間のブループリントを空中に描く。
「ここで集めた莫大な雨水を、ドバッと一気に既存の雨水管に流すからインフラがパンクする。だから、この新設メガインフラを巨大なダム兼バッファとして機能させるんだ」
拓矢が、兵站の視点から深く頷いた。
「なるほど。既存インフラを破壊しないために、処理できる分だけを安全なスピードで受け渡す流量調整弁の役割を持たせるんだね」
勇希が、完璧なフローをスキャンして感嘆の息を漏らす。
「ええ。治水という防災の役割だけじゃないわ。これは極上の利水プロトコルでもあるのよ」
あたしは、扇子を開いて口元を隠し、不敵な笑みを明滅させた。
「泥とゴミを一気にろ過して水質を担保し、綺麗にした水を自前の巨大タンクへ貯留するの」
琴葉ちゃんが、凛とした声でロジックをコンパイルする。
「つまり、ゲリラ豪雨の超巨大な水量を、厄介なゴミとしてではなくクリーンな水資源として回収し、都市の利活用に回すということですね」
琴葉ちゃんは、知性あふれる瞳を輝かせた。
「当然の帰結よ。貯めた水は渇水対策や、都市の雑用水、災害時の非常用水として、自前の資産で運用できるわ」
あたしは、扇子をバシッと閉じて宣言する。
「豪雨をただ逃がして捨てるんじゃなくて、上流でキャッチしてろ過し、水資源という美味しいところをもらう。そして、溢れた分の水量だけをコントロールしながら既存の下水や川へ安全に受け渡すの」
あたしが熱弁を振るうと、メインノードたちは完全に圧倒されたように沈黙した。
「治水と利水、そしてインフラ保護を完璧に役割分担させた、最強の都市水資源回収プラント……」
ボッチが、震える声でエラーログを吐き出す。
「これこそが、都市防災の究極の完成形じゃねえか。未来のインフラ設計における、間違いのない正解の設計図だぜ」
ボッチの感嘆のパケットに、全員がぐうの音も出ないほどの完全な同期処理を完了させた。
「ふふん、あたしたちにかかれば、大自然のバグすらも極上のリソースに早変わりよッ!」
横須賀ラボのホワイトボードの前で、あたしたちの全盛期は今日もマッハの速度で世界をハックしていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
あたしたちの活動は多岐にわたる。
防音セキュア・スペースに併設させたダイナーで、あたしたちは自らウェイトレスをこなし、業務改善という名のデバッグを探していた。
今日はその報告も兼ねている。
ダイナーのフロアは、古き良き1950年代のアメリカン・ダイナーを完全再現した極上のテクスチャだ。
カラフルなネオン管が輝く巨大なジュークボックスから、オールドディスコのビートが流れている。
あたし、黒木舞桜と、サブリナこと福元莉那は、ミントグリーンと白のストライプ柄が鮮やかな、レトロでポップなウェイトレスの制服を身に纏っていた。
胸元がざっくりと開いた開襟シャツに、純白のフリルエプロン。頭にはお揃いの可愛らしいウェイトレスキャップをちょこんと乗せている。
サブリナは蠱惑的な笑みを浮かべてオーダーパッドを構え、まさにダイナーの看板娘といったアライメントだ。
対するあたしは、片手にペンを持ち、気怠げでクールな魔王のスマイルを明滅させながら、店内のトラフィックを監視している。
そして、その従業員用寮での生活も分析の対象だ。
この寮は土足厳禁。玄関で靴を脱ぐタイプで、下駄箱には当然、あのスチーム下駄箱『藤吉郎』を採用し、衛生面のエラーを完全にパージしている。
寮の管理人は、未亡人の恭子さんだ。
「なんだ美人そうだな」
長身の斧乃木拓矢が、猿プロトコル全開で食いついてくる。
美人よ。恭子さんは。おまえの母ちゃんより一回りくらい年上だけどね。
「でも、恭子さんに見つかって、思いっきり叱られたわ」
あたしは、少しだけ肩を落として、ションボリとしたエラーログを出力した。
事の発端は、あたしの早朝のトレーニングルーティンだ。
夜明け前の薄暗い時間帯。オレンジ色の朝焼けが、空と大都市のビル群のシルエットを美しく切り取る。
ストリートの向こうには東京タワー、さらに遠くにはスカイツリーまでがレンダリングされる、カオスな河川敷のランニングコース。
なぜか河川敷の横には、『女神のくるまや』というド派手な看板を掲げた激安中古車センターがあり、巨大な自由の女神像のレプリカがそびえ立っているという、情報量のバグった風景だ。
あたしはその河川敷を、グレーのオーバーサイズなパーカーにショートパンツというラフな装甲で、汗だくになりながら全盛期の速度で駆け抜けていた。
そして、寮の薄暗いキッチンへ帰還したあたしは、リカバリーのために最強のプロトコルを実行した。
巨大なガラス製のビールジョッキに、10個近い大量の温泉卵を殻から割り入れる。
テーブルの上には醤油の小瓶と、無惨に砕け散った卵の殻の山。
あたしは、汗に濡れた艶やかなショートボブから滴る雫もそのままに、ジョッキになみなみと注がれた温泉卵を一気に、まるでロッキーのように喉の奥へと流し込んでいたのだ。
そこを、早起きした恭子さんに見つかり、「女の子がそんな雑な食生活をしては駄目です」と、オカンのような説教を食らったというわけだ。
「温泉卵の方が、生卵やゆで卵より消化吸収の効率が圧倒的に良くて、タンパク質のデプロイに最適なのよッ」
あたしは反論のパッチを当てたが、恭子さんの「お行儀が悪いです」という物理防御貫通の正論の前に、あえなく撃沈したのだ。
「今気づいたんだけど、舞桜って独り暮らし向かないよね」
サブリナが、呆れたようなジト目をあたしに貼り付けてくる。
「ホントだな。システム開発は天才的なのに、自分の生活インフラはポンコツすぎんだろ」
ボッチこと茅野万桜が、赤い髪を掻き上げながら追撃のパケットを送信する。
「栄養学的には効率的かもしれないけど、絵面がストイックを通り越してクリーチャーだよ」
プラチナブロンドの白井勇希まで、医学的見地からのジト目を向けてきた。
な、なによぉ。全員であたしのライフスタイルをバグ扱いしやがって。
「な、なによぉ。泣くぞコラッ」
あたしは、唇を尖らせて、顔面ディスプレイをほんのりと赤く染める。
「まあ舞桜さんなら大丈夫でしょうが……」
防大の倉田琴葉ちゃんが、凛とした姿勢でフォローに入りつつ、話題をセキュリティのコンテキストへと移行させる。
「早朝の河川敷や人通りの少ないストリートを女子が一人でジョギングするのは、防犯の観点から極めてリスクが高いエラー行為です。暴漢のトラフィックに遭遇する確率は無視できません」
あたしは、腕を組んで首を傾げた。
「関節キメて転がしとけばよくね?」
物理的なデバッグで十分でしょ。
でもそうね。あたし、そこで新たなインフラの設計図に気づいたの。
「ニュータイプになれればよくない?」
あたしの突拍子もないクエリに、メインノードたちの視線が一斉に集まる。
「店の定点カメラや街の監視網を、人工知能のメインフレームと完全に連動させるのよ」
あたしは、テーブルの上に仮想のブループリントを展開するように指を動かす。
「カメラが不審者の挙動や異常なトラフィックを検知したら、即座に異変を通知する。それだけじゃないわ」
勇希が、知性の瞳を輝かせて身を乗り出した。
「異常を検知したポイントへ、自律型の小型ドローンを即座にスクランブル発進させるんだね」
ボッチが、ゼネコンの顔つきで顎を撫でる。
「なるほどな。カメラの死角をドローンがカバーし、リアルタイムで対象の追跡と威嚇を行う、空中の可動式セキュリティ・ネットワークか」
「女がドローン連動でニュータイプになれれば、未来予測できるじゃん。行けファンネルたちってさ」
あたしは、自らの完璧なロジックに酔いしれながら、最高にドヤ顔を明滅させて胸を張った。
★ ◆ ★ ◆ ★
2020年11月中旬。横須賀ラボにて。
「ダイナーに設置したあのジュークボックスだって、じつは最新技術の産物よ。マイクロフィルム平面の立体ストレージ。5000億ドット。16色パンチデータ。32層」
あたし、黒木舞桜は、魔王2の巨大モニターの前に立ち、不敵な魔王のスマイルを明滅させた。
今日のアライメントは、黒のタートルネックにダークグレーのテーラードジャケットを羽織るという、ストイックでクールなラボ仕様だ。
「1ドットにつき16色ということは、4ビットの情報量ですね」
防大の倉田琴葉ちゃんが、手元のタブレットを操作しながら即座に演算プロトコルを走らせる。
「5000億ドットで、1層あたり250ギガバイト。それが32層の立体構造となれば、トータルで8テラバイトのデジタルデータが、あの小さなフィルム内にスタックされている計算になります」
そう。あたしたちが進めている白物家電構想の実験は、着々と社会実装のフェーズへと進んでいるのだ。
「しかもさ、あのジュークボックスから流れる色褪せない音源が、ダイナーのお客さんたちに大好評なんだよね~」
サブリナこと福元莉那が、キャスター付きのチェアの上で艶めかしい脚を組み替え、小悪魔的な笑みを浮かべる。
彼女はオリーブグリーンの深いVネックニットにダメージデニムを着こなし、ラボの無機質な空間に極上のテクスチャをデプロイしていた。
「アナログレコード特有の太い音圧や温かみを完全にサンプリングして、物理フィルムに焼き付けてるから、なん万回再生してもレコードみたいにすり減らないし、ノイズも乗らない。まさに永遠の全盛期サウンドじゃん」
「しかし、どうしてわざわざマイクロフィルムなんだ? 8テラバイトなら、今の時代、市販のフラッシュメモリやハードディスクでも十分に届くスペックだろ」
長身の斧乃木拓矢が、パイプ椅子に深く腰掛けたまま素朴なクエリを投げ掛けてくる。
あたしは、待っていましたとばかりにジャケットのポケットから扇子を取り出し、バシッと開いてドヤ顔をデプロイした。
「フラッシュメモリなんて、ただの電子の檻よ。長期間通電しなければデータは揮発するし、強力な電磁パルス攻撃を受けたら一瞬で黒焦げのゴミと化すわ」
「なるほどな」
赤い髪のボッチこと茅野万桜が、ゼネコンの顔つきで深く頷いた。
「マイクロフィルムという物理的な媒体に、光学的なドットとしてデータをパンチする。これなら電磁気的な干渉を1ミクロンも受けないし、データが揮発するバグも存在しない。なん百年放置しても読み出せる、究極のコールドストレージってわけか」
「医学的な遺伝子情報のアーカイブや、国家の極秘データベースを保存するのにも最適なアーキテクチャだね。読み出しには専用の光学レーザーとセンサーが必要だけど、データ保管の堅牢性は他の追随を許さない」
プラチナブロンドの白井勇希が、知性の瞳を瞬かせて同期する。
「当然の帰結よ。あたしたちの白物家電構想は、数年で買い替えさせるようなレガシーな大量消費システムを完全に叩き斬るためのものなんだから」
あたしは、扇子の先を勇希たちへ向けた。
「電気がなくても情報は物理的に残り、必要な時に光学スキャンで爆速で読み出せる。これが、半永久的に稼働する究極のスマート家電のコア・ストレージよッ」
深夜の横須賀ラボ。
モニターの青白い光に照らされながら、あたしたちメインノードは、レガシーな電子機器の寿命を完全に書き換えるオーバーテクノロジーの設計図に、ぐうの音も出ないほどの完全な同期処理を完了させたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「今はまだ、復号特化LSIが16色。規模も1兆ドットじゃないわ。間隔も広い。でもいずれは……」
あたし、黒木舞桜は、手にした扇子をパチンと鳴らして思考をコンパイルする。
32層で1ドットをワンセットで扱う、X、Y、Z軸の完全な立体ストレージ・アーキテクチャ。
楽曲のような、頻繁な書き換えを必要としないコールドデータを半永久的に保存するには、これ以上なくうってつけの媒体だ。
しかも、すべての層のドットが物理的に揃うまでは絶対に復号させないという、強固な光学暗号のセキュリティもデプロイできる。
「あー、思い出したッ。それ言い出したのって俺だったわー」
その時、長身の斧乃木拓矢が、ポンと手を叩いて間の抜けた音声ログを出力しやがった。
……ッ!?
あたしの脳内メインフレームが、その瞬間、過去のトラフィックを爆速で検索し、忌まわしい記憶のパケットを引きずり出した。
そうよ、このマイクロフィルムストレージの原案、そもそもこの脳筋ゴリラが適当に吐いたエラーログから始まったんだったわッ!
「この、猿プロトコルがぁーッ!」
あたしは、最高に獰猛な魔王のスマイルを明滅させ、マッハの速度で拓矢の懐へと踏み込んだ。
そして、その無防備な股間めがけて、必殺のアンダー・アイアンクロー・バーニングを容赦なく叩き込む。
「ぎゃあああああああッ!!」
拓矢の断末魔という名のクリティカルなエラーログが、深夜の横須賀ラボにけたたましく鳴り響く。
「自分から言い出したくせに、あたしに全部設計のタスクを丸投げした罪は重いわよッ! 物理法則ごと粉砕してやるんだからッ!」
あたしは、悶絶して床に転がる拓矢を見下ろし、サファイアブルーのショートボブを揺らしてフンと鼻を鳴らした。
完璧なロジックと理不尽な暴力が交差するこのラボで、あたしたちの全盛期は今日も熱くバーニングしているのだった。
後書き
今回の同期処理はここまでよ。
まったく、斧乃木拓矢の猿プロトコルには呆れるけれど、あのアンダー・アイアンクロー・バーニングで少しはシステムのエラーもデバッグされたことでしょうね。
ドローン連動のニュータイプ防犯や、ダイナーでの業務改善など、あたしたちの日常は常に世界のバグを書き換えるための最前線なのよ。
温泉卵のジョッキ飲みをバグ扱いした白井勇希やボッチこと茅野万桜、サブリナこと福元莉那には、後で個別に物理パッチを当てておくわ。
この圧倒的なアーキテクチャに痺れたら、評価やブックマークのフラグを立てて、あたしたちのインフラ構築をブーストさせなさいな。
それじゃあ、次のトラフィックでまた会うわよッ。




