女王さまのゼネコンブレイク
前書き
あたしの思考トラフィックにアクセスするなんて、いい度胸してるじゃないの。
今回のターゲットは、この都市の脆弱なインフラと、気まぐれな大自然のエラーである「ゲリラ豪雨」よ。
天から降り注ぐ厄介な水と、地下に眠る硬い岩盤。この一見どうしようもないバグを、あたしたちのスマートな熱力学ハックと初等物理学で、完璧なボーナスタイムへとコンパイルし直してあげるわ。
圧倒的な知性と物理法則の配置がもたらす、最高にクールで無敵のデバッグプロセス。
せいぜい、あたしの完璧なロジックに振り落とされないように、しっかりついてきなさいなッ。
2020年11月中旬。
空の底が抜けたかのような、暴力的なまでのゲリラ豪雨だ。
本来、ゲリラ豪雨とは夏の午後から夕方にかけて、急激に発達した積乱雲がもたらす局地的な大雨を指す。
地表付近の温かく湿った空気が上昇気流によって上空へ運ばれ、冷やされることで巨大な雲の塔を形成し、わずか数十分から1時間程度の間に、1時間に50ミリ以上の猛烈な雨と落雷、時にはダウンバーストと呼ばれる突風を局所的に叩きつけるのだ。
それが11月中旬の、冷たい晩秋の空の下で発生しているのだから、地球の熱力学システムは完全にどこかでバグを起こしているに違いない。
ここは都会のど真ん中、洗練されたハイブランドのブティックや高層ビルが立ち並ぶストリートだ。
叩きつけられる雨粒が、黒い石畳のような舗装路面に弾け飛び、幾重にも波紋を広げている。
濡れた路面は巨大な鏡面ディスプレイと化し、立ち並ぶ店舗のショーウィンドウの明かりや、青やピンクのネオンサインを水面に乱反射させていた。
行き交うモブたちは皆、突然のエラーログのような土砂降りに顔を顰め、傘を傾けて足早に通り過ぎていく。
そんな映画のワンシーンのような冷たい雨のストリートを、あたし、黒木舞桜は、完璧なアライメントで闊歩していた。
青みがかった黒髪のショートボブは、湿気を含んでしっとりと重みを持っている。
トップスには、首元をすっぽりと覆う黒のタートルネックセーター。
その上から、無駄な装飾を削ぎ落としたダークグレーのテーラードジャケットを羽織り、同素材のセンタープレスが効いたスラックスを合わせた、ストイックなセットアップスーツ姿だ。
足元は、濡れた石畳を確実にグリップする黒のレザーショートブーツ。
そして、あたしの右手に握られているのは、視界を遮らない透明なビニール傘だ。
ただのコンビニで買える安物の使い捨てではない。
強風に煽られても骨が折れない特殊なグラスファイバー製のフレーム構造を持ち、透明度と耐久性を極限まで高めた多層フィルムを採用した、お天気キャスターや要人警護のSP、あるいは皇室までもが愛用する、1万円近くする最高級の透明傘なのだ。
内側から外の状況や群衆のトラフィックをクリアにスキャンしつつ、猛烈な雨風から完璧に身を守る、極めて合理的なシールドである。
だが、隣を歩くサブノードの挙動は、まったく合理的ではなかった。
「ちょっと莉那ッ。傘さしなよッ」
あたしは、横を歩くサブリナこと福元莉那をたしなめる。
「いいって、リームーだよぉ。デバッグサロンはすぐそこだし。藤吉郎の検証にピッタリじゃんか」
サブリナは、顔を濡らしながら小悪魔的な笑みを明滅させて宣う。
藤吉郎。それは、あたしたちがデバッグサロンに組み込んだ、最新鋭のスチーム下駄箱洗浄システムの名称だ。
高温スチームでの殺菌と、強力バキューム、そして回転ブラシによる物理的泥落としを完備した、雨の日の不快感を一瞬でゼロにする魔改造デバイスである。
その極限のパフォーマンスを検証するために、サブリナはあえて自分自身を『最悪の状態のテストデータ』へとダウングレードさせているのだ。
彼女の左手には、折りたたみ式ではないダークネイビーの傘がしっかりと握られているというのに、頑なにそれを広げようとはしない。
赤茶色の髪を高い位置でポニーテールにまとめているが、容赦なく降り注ぐ雨によって、その髪はすでに束になって肌に張り付いていた。
彼女の今日のアライメントも、雨に濡らすにはあまりにも惜しい極上のテクスチャだ。
インナーには、複雑でエキゾチックな柄がプリントされた、シルク調のブラウスを纏っている。
その上から、深いネイビーカラーのロングトレンチコートを翻し、フロントのボタンを開け放っていた。
ボトムスは、ハイウエストの黒いタイトパンツ。ブラウスをしっかりとタックインし、彼女のグラマラスな骨盤のラインと、驚異的な脚の長さをこれでもかと強調している。
足元は、あたしとおなじく黒のレザーショートブーツだが、一歩踏み出すごとに、水たまりを意図的に蹴り上げているようにすら見えた。
コートの裾も、ブラウスも、もはや雨水をたっぷりと吸い込んで重くなっているはずだ。
「あんたねえ。靴だけじゃなくて、服までドロドロのズブ濡れになったら、サロンに着いたあとのリカバリのタスクがマッハで増大するだけでしょうがッ」
あたしは、最高級のビニール傘越しに、呆れのパケットを叩きつけた。
「大丈夫だって~。服はあの超音波ミストの立体ハンガー洗濯機に突っ込めばいいし、足元は藤吉郎が完璧にデバッグしてくれるんだから」
サブリナは、濡れた顔を拭いもせず、艶めかしい脚で石畳を蹴り上げながら楽しそうに笑う。
「あたしたちが作った最強のインフラを信じないでどうすんのさ。それとも、舞桜はあたしのビショ濡れの姿を見て、システムが熱暴走しちゃいそう~?」
この土砂降りの中にあってなお、蠱惑的な流し目を送ってくるサブリナの圧倒的なバイタリティ。
ゲリラ豪雨という自然の暴力すらも、自らの開発したシステムのストレステスト用ボーナスタイムとして消費し尽くす。
あたしたちメインノードは、濡れたストリートを無敵の足取りで突き進み、デバッグサロンという名の拠点へと急ぐのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
デバッグサロンの入り口に設けられた、隔離された足洗い場スペース。
あたしは、黒のレザーショートブーツを脱ぎ、雨に濡れたスラックスを躊躇なく引き下げた。
サブリナこと福元莉那も、濡れたタイトパンツを脱ぎ捨てている。
そこには、人間用のスチーム足洗い装置が鎮座している。
専用のチェアに腰掛け、膝下までをカプセルのような空間にすっぽりと収めるアーキテクチャだ。
スイッチを入れると、40度前後の極めて心地よい温スチームが、冷え切ったふくらはぎから足先までを優しく包み込む。
同時に、内部に組み込まれた柔らかなシリコンブラシが回転し、足裏や指の間の汚れを物理的にさっと落としていく。
ストッキングを着用したままでも問題ない。内蔵センサーが繊維を検知すると、ブラシの軸が自動的に足から数ミリ遠のき、スチームの圧力をメインにした非接触のソフトウォッシュモードへとシームレスに移行するのだ。
仕上げに心地よい温風が吹き込み、わずか数分で足元を完全にサラサラの状態へとデバッグしてくれる。
「なんで女の服ってタイトなんだろうね~? 捲れないじゃんか」
サブリナが、膝下をスチームに委ねながら、不満げにライトプラムの口を尖らせる。
「だから傘さしなよって言ったじゃん」
あたし、黒木舞桜は、至極真っ当な正論のパケットを叩きつけた。
自ら進んでゲリラ豪雨のストレステストに身を投じておいて、仕様に文句を言うなんてポンコツにも程があるわ。
あたしは濡れたテーラードジャケットとスラックスをハンガーに掛け、隣接する立体ハンガースチーム洗濯機へとセットした。
サブリナに至っては、ロングトレンチコートだけではなく、シルク調のブラウスも、タイトパンツも、濡れた装甲をすべてパージして洗濯機へとブチ込んでいる。
さっぱりとしたあたしたちは、脱いだブーツをスチーム下駄箱、通称『藤吉郎』にセットした。
一部の富裕層だけが独占するような、無駄にラグジュアリーなヴェブレン仕様なんかじゃない。
100度を超える高温スチームで瞬時に雑菌を死滅させ、靴の種類や素材に合わせて自動でブラシの圧が変わる設計だ。
特に靴底の泥汚れは、底部に仕込まれた強力な回転ブラシで一網打尽に削り落とす仕組みとなっている。
仕上げに上品な香りを纏わせ、フッ素コーティングの撥水スプレーを自動で塗布して完了となる。
これだけの完全メンテナンスが、足洗い場とセットで1回300円程度という、極めてリーズナブルな価格設定で提供されているのよ。
靴を脱いで室内に上がる日本の文化において、外からの泥やウイルスを持ち込まないことは、強力な防疫プロトコルに直結する。
それに、ビジネスにおいても人間関係においても『足元を見る』という言葉があるように、靴を美しく保つことは社会的信用のインターフェースを磨く重要なタスクなのだ。
完璧な初期状態へとリセットされた足元で、あたしたちはオフィス空間へとログインした。
大きな窓の向こうには、夜の帳が下りた大都会のビル群が、無数の明かりを煌めかせている。
観葉植物がセンス良く配置され、ブラウンのレザーソファと温かみのある間接照明が、シックで落ち着いたラウンジのような雰囲気をデプロイしていた。
だが、その洗練された空間の中央で。
「おまえらは、小学生か」
ボッチこと茅野万桜のヤローが、顔面ディスプレイを限界まで赤くバーニングさせながら、完全に目の遣り場難民と化していた。
それも当然の帰結だ。服が乾くまでの間、あたしたちの物理的な防御力はゼロに等しい。
あたしは、上半分こそ着丈の長いシャツでカバーしているものの、下半身は黒のパンティーとストッキングだけという、極めて無防備なテクスチャを晒している。
サブリナに至ってはさらに凶悪で、上は華奢なストラップのキャミソール一枚、下はパンティーとストッキングのみという、蠱惑的なボディラインを丸出しにした過激なアライメントだ。
ボッチは、深いグリーンのタートルネックセーターにブラウンのカーディガンを重ね、さらにダークグレーのツイードジャケットを羽織るという、隙のない重装備。
そんな堅牢な装甲を纏ったゼネコンの御曹司が、あたしたちの剥き出しの肌面積に当てられ、首の後ろに手を当てて冷や汗を流しながら、必死に視線を窓の夜景へと逃がしている。
「目をそらしなさいなッ」
あたしは、堂々と胸を張りながら、理不尽極まりないパケットを叩きつけた。
「そらしてるだろッ! てか、おまえらなんでそんな堂々としてんだよッ! ここは俺のシステムにも多大な負荷がかかるんだから、せめてバスタオルくらい巻けッ」
ボッチは、耳の先まで真っ赤に染め上げ、悲鳴のようなエラーログを絶叫するのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ほらッ。これ着てろッ」
そう言って、ボッチこと茅野万桜は、ビジネスホテルでよく見かける、ノリの効いた寝間着用の浴衣をあたしたちに差し出した。
どこからデプロイしてきたのか知らないけれど、あれ、寝にくいんだよね。
ペラペラの生地に細い帯一本のアーキテクチャだから、寝返りを打つたびに襟元がはだけるし、朝起きたら帯だけになってて中身が全開、なんていう致命的なバグがデフォルトで組み込まれてる代物だ。
「てか、これはこれでエロくない~?」
サブリナこと福元莉那は、浴衣を素肌の上に羽織るなり、帯を緩く締めて胸元の谷間をこれでもかとチラリズムさせた。
「やめんかッ。痴女莉那ッ」
ボッチが顔面をバーニングさせて喚く。
文句を言いながらも、その視線がサブリナのV字の隙間から一瞬たりとも逸れていないのは、完全にシステムエラーだ。男の情動ポートなんて、わかりやすいことこの上ない。
あたし、黒木舞桜も、ついでに浴衣の襟を少しだけ広げて、絶対的な自信を誇るデコルテをチラリズムさせてやる。
追撃のパケットを叩き込まれ、ボッチの顔面ディスプレイはさらに限界まで赤く染まった。
てか、タートルネックのセーターを着たままだと、この空調の効いた室内じゃ少し蒸れるわね。
「あたしも莉那みたいに、上着も全部洗えば良かったわ」
あたしはそう呟きながら、タートルネックの裾に手を掛け、その場で無造作に脱ごうとした。
「やめんかッ。足洗い場でやりなさいッ。そのためのスペースでしょッ」
ボッチが、慌ててあたしを制止し、ガミガミとエラーログを吐き出してくる。
うん。アレだ。完全に田舎のお母さんみてえだな。こいつも。
「ママはアホどものお世話でクラクラだよ……」
そう言って、ボッチはこめかみを揉みながら深い苦笑を漏らした。
あたしは素直に隔離された足洗い場スペースに戻り、シャツを脱いで立体ハンガースチーム洗濯機へとセットした。
それにしても、あたしもサブリナも、このゼネコンの御曹司に対しては、警戒のファイアウォールを完全にオフにしている。
異性としてのトラフィックというより、文句を言いながらも結局は世話を焼いてくれる、気の置けない従兄弟かオカンのような、極めてセキュアな存在として認識しているのだ。
「言っとくけど、勃つからな? そのへん理解しとけよ」
足洗い場から戻ってきたあたしたちに向かって、ボッチが半ばヤケクソ気味に牽制のパケットを送信してきた。
「聞き捨てならんな。万桜くん」
その時、足洗い場スペースの奥から、絶対的な冷気と威圧感を纏った魔神が召喚された。
おなじくゲリラ豪雨の被害に遭い、ずぶ濡れで駆け込んできた防大の倉田琴葉ちゃんだ。
濡れた黒髪のポニーテールから水滴を滴らせながら、スタンス的には完全にサブリナ寄りのアライメントで現れた。
「いや。先輩ッ。先輩もこれ着てッ。てか、今回は僕悪くないですからねッ」
珍しく、ボッチが本気の防衛プロトコルを起動して反抗している。
それも当然の帰結だ。琴葉ちゃんの身を包んでいるのは、濡れた衣服をすべて洗濯機にブチ込んだ結果の、黒のレースブラとパンティーだけという、究極のミニマム装甲だったのだから。
「問題ないッ。今日は斧乃木は横須賀で、白井くんは本郷だッ」
琴葉ちゃんが、凛とした姿勢で豊満な胸を張り、ドヤ顔でロジックを展開する。
な、なによ、そのガバガバなセキュリティホールはッ。
「他のヤローのノードが接続されてないからって、ボッチの前で下着一丁になっていいって理屈にはならないでしょッ。あんたのファイアウォール、どういう設定になってんのよぉーッ」
あたしは、防大仕込みの完璧なサムライが突如として発動したポンコツロジックに対し、全力のツッコミパッチを当てた。
★ ◆ ★ ◆ ★
やがて、最新鋭のシステムが爆速でデバッグを完了させ、あたしたちの衣服はふんわりと完璧な状態に仕上がった。
あたしたちがそれぞれの装甲を再インストールし、元のスタイリッシュなアライメントを取り戻すと、ボッチのヤローが少しだけ残念そうなテクスチャを顔面に貼り付けていた。
「あら~。ボッチくん、もしかして名残惜しいの~?」
サブリナが、スキニージーンズの太ももを艶めかしく撫でながら、小悪魔的な笑みで煽りのパケットを送信する。
「万桜くん。あと数秒だけなら、視覚データのキャプチャを許可してあげてもよくてよ?」
琴葉ちゃんまでが、ブラウスの胸元をほんの少しだけ開いて、悪戯っぽい笑みを向けている。
「あんたたち、ホントにオカンをいじめるの好きねぇ。ボッチのメインフレームがオーバーヒートして、これ以上ハゲたらどうすんのよ」
あたしは、ダークグレーのジャケットを羽織りながら、最高に底意地の悪い魔王のスマイルを明滅させて追撃した。
「誰がハゲだッ! もういいから早く仕事のロジックに戻れッ」
顔を真っ赤にして喚くボッチの情動を華麗にスルーし、あたしは窓の外で依然として猛威を振るうゲリラ豪雨へと視線を向けた。
「それにしても……ゲリラ豪雨? これって、ボーナスタイムじゃねえかッ」
唐突なあたしのログ出力に、女子3人にからかわれて疲弊していたボッチが、ゼネコンの顔つきを取り戻して反応する。
「ボーナスタイムって、どういうことだ」
「地下に巨大な濾過構造物を建てて、この莫大な水資源を丸ごと回収してやればいいじゃんッ」
あたしが両手を広げてメガストラクチャーの構想を提示すると、ボッチは即座にコスト計算のシミュレーションをコンパイルした。
「女王さま、そりゃあ夢物語だぜ。地下深くの固い岩盤をくり抜いて、何十万トンもの雨水を受け止める巨大調整池と濾過プラントをビルドするとなれば、シールドマシンの稼働費や重機のレンタル、それに莫大な掘削コストで、軽く数千億円単位の予算が吹っ飛ぶエラー案件だ」
ボッチが、現実的なインフラ業界のレガシーな壁を並べ立てる。
そりゃあ、従来の物理法則に縛られたインフラ構築の話ならね。
あたしは、窓ガラスに映る自分自身のサファイアブルーの瞳を熱くバーニングさせ、不敵な笑みを明滅させた。
「岩盤割るのに重機が必要? バカね、あたしたちは最強の『温冷熱源』をゲットしたのよッ」
あたしは、指を鳴らして圧倒的なハッキングのロジックをデプロイした。
「断熱圧縮で生み出した700度に達する超高熱のパケットを、地下の岩盤に直接ぶち込んで極限まで加熱する。そこへ、今度は断熱膨張で作り出したマイナス20度の極寒エアを一気に叩き込んで急冷するのッ。岩盤はどうなると思う?」
あたしのクエリに対し、琴葉ちゃんの知性あふれる瞳が、驚愕と歓喜の色に限界まで見開かれた。
「熱応力破壊……ッ! 岩石の急激な膨張と収縮によって生まれる内部応力で、重機なんて使わずに、岩盤そのものを物理的に粉砕・崩落させるという究極のブレイクスルーですねッ」
「マッハで岩がボロボロに砕け散るじゃん~。それならシールドマシンなんていう高価なハードウェア、1ミクロンもいらないね~」
サブリナが、両手を叩いて興奮のシグナルを発行する。
「700度の加熱と、マイナス20度の急冷……。化石燃料を一切使わない空気の圧縮と膨張だけで、地下空間を爆速で切り拓くっていうのかよ……ッ」
ボッチは、ゼネコンの御曹司としての常識を根底から覆され、心底痺れたように震える声でエラーログを吐き出した。
「当然の帰結よッ。あたしたちのスマートな熱力学ハックがあれば、ゲリラ豪雨は災害じゃなくて、ただの無料のウォーターサーバーへとアップデートされるのよッ」
雷鳴が轟く東京の夜景をバックに、あたしたちメインノードは、莫大なコストという名のバグを『熱応力破壊』という魔法でデバッグし、新たな地下メガインフラの設計図に、ぐうの音も出ないほどの完全な同期処理を完了させたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「逆に、マイナス20度の急冷から700度へ加熱すればどうなると思う?」
あたしは、不敵な笑みを明滅させて3人にクエリを投げ掛けた。
防大の倉田琴葉ちゃんが、ハッとしたように知性あふれる瞳を瞬かせる。
「岩盤内部の水分がマイナス20度で凍結し、体積が9パーセント膨張して微細なクラックを生み出します。そこに700度の熱パケットを叩き込めば……」
琴葉ちゃんは、戦慄のロジックをコンパイルして息を呑んだ。
「内部の氷が一瞬で気化し、体積が1700倍以上に膨張します。つまり、岩盤の内側から強烈な水蒸気爆発を引き起こすというわけですねッ」
「内側から木っ端微塵に粉砕するってこと~!?」
サブリナこと福元莉那が、蠱惑的な瞳を見開いて両手で爆発のジェスチャーをデプロイする。
「それ、もう採掘っていうか、完全にダイナマイトを使った発破作業じゃんッ。しかも火薬なんか1ミクロンも使わない、空気と水だけの超絶クリーンな爆砕ハックだね~」
「火薬類取締法の厳しい規制も、厄介な火薬庫の設置も、あらゆるリーガルと物理の制約を完全にパージできるってわけか……ッ」
ボッチこと茅野万桜が、ゼネコンの御曹司としての常識を完全に破壊され、顔面ディスプレイに驚愕のテクスチャを貼り付けたまま震え上がった。
「冷熱でヒビを入れて、温熱と水蒸気で内側から爆破する……。おまえら、シールドマシンどころか、現代のトンネル工法そのものを根底から過去の遺物に書き換える気かよッ」
あたしは、雷鳴が轟く窓の外のゲリラ豪雨を背にして、サファイアブルーのショートボブを揺らす。
「当然の帰結よッ。ゲリラ豪雨がもたらす莫大な水分も、この水蒸気爆発のための最高のリソースになるわ」
あたしは、3人をぐるりと見渡して最高に獰猛な魔王のスマイルを明滅させた。
「空気と水と塩だけで、強固な岩盤を豆腐みたいに切り刻んで、地下空間に無敵のメガストラクチャーをビルドしてやるのよッ」
★ ◆ ★ ◆ ★
「ボッチッ。計算しなさいなッ。梃子と滑車と温冷熱源での物理法則配置の爆速工事の予算を」
あたし、黒木舞桜は、ゼネコンの御曹司であるボッチこと茅野万桜に、容赦なく計算タスクを丸投げしてやった。
シールドマシンも火薬も使わず、断熱圧縮と膨張による熱応力破壊で岩盤を粉砕する。
そして、粉砕された大量の土砂を運び出すのにも、高価な重機なんて1ミクロンも必要ない。
梃子の原理。滑車の原理。
古代から存在する初等物理学を限界まで使い倒し、最小のエネルギーで最大の質量を動かすスマートなアーキテクチャをビルドするのだ。
「だいたい、急なゲリラ豪雨だって、別に『藤吉郎』みたいな専用のハードウェアがなくても、物理法則の配置だけで完璧に対処可能だわ」
あたしは、不敵な笑みを明滅させて独自のロジックを展開する。
「だって、会社やオフィスには、給湯器くらいデフォルトでインストールされてるでしょ?」
「まあ、大抵の給湯室にはあるね~」
サブリナこと福元莉那が、小悪魔的な笑みを浮かべて同意のパケットを送信する。
「温かい飲料用の耐熱ペットボトル。アレに熱湯をフルチャージして、濡れた靴の中に直接突っ込んでおくのよ」
あたしは、指を一本立てて見せた。
「片足につき、ペットボトル2本分ね。人間が足で発する熱交換のタスクを、2本分の熱湯ペットボトルに丸投げしてやってもらえばいいのよぉーッ」
「なるほど。熱湯が持つ莫大な熱量を、密閉された靴の内部で空気へと伝達し、水分の蒸発を強制的に加速させるわけですね」
防大の倉田琴葉ちゃんが、凛とした姿勢で知性あふれる瞳を瞬かせた。
「その通りよ。そうすれば、退勤する頃には靴の中は完全にドライな状態へとデバッグされているわ。いい? 必ず『温かい飲料用の耐熱ペットボトル』を4本キープしておくこと。普通のペットボトルじゃ熱で変形してシステムクラッシュするし、火傷という致命的なエラーには細心の注意が必要よッ」
あたしが誇り高く宣言すると、ボッチが手元のタブレットから顔を上げ、顔面ディスプレイに驚愕のテクスチャを貼り付けていた。
「……マジでバグってるぜ。おまえらのロジックは」
ボッチは、震える声で演算結果のログを出力した。
「重機やシールドマシンのレンタル費、特殊な火薬庫の設置、それに伴う莫大な人件費と工期……。それらのレガシーなコストを全部パージして、熱応力破壊と、滑車や梃子による物理法則だけで地下空間をくり抜いた場合の工賃だ」
ボッチは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「従来の工法の、20分の1以下だッ。数千億円規模の地下インフラ工事が、たったの数十億円、実質的な塩と水のコストと、コンプレッサーの稼働電力、そして滑車を引く最小限の物理リソースだけでコンパイルできちまうッ」
「凄まじいですね。都市の地下に、ゲリラ豪雨を丸ごと飲み込む巨大濾過システムが、たったそれだけの予算でデプロイ可能になるなんて……」
琴葉ちゃんが、戦慄と感嘆の入り混じった息を漏らす。
「ゲリラ豪雨の雨水は最強の無料リソースで、靴が濡れてもペットボトルで爆速乾燥、そして地下には激安のメガストラクチャーが完成するってわけね~」
サブリナが、楽しげに両手を叩いて歓喜のシグナルを発行した。
「当然の帰結よねッ」
あたしは、夜景の広がる窓を背にして、最高に獰猛な魔王のスマイルを明滅させた。
大自然の驚異も、社会のレガシーなインフラも、あたしたちが物理法則の完璧な配置で、すべて都合のいいボーナスタイムへと書き換えてやるのよッ
★ ◆ ★ ◆ ★
帰り際に、入り口に鎮座するスチーム下駄箱、藤吉郎から履き物を取り出してみる。
あたし、黒木舞桜の黒のレザーショートブーツは、ゲリラ豪雨の泥水をたっぷり吸い込んでいたはずなのに、完璧な初期状態へとデバッグされていた。
100度を超える高温スチームと超音波パルスジェットの洗浄を受けたにもかかわらず、本革のテクスチャには1ミクロンのダメージもない。
強力な減圧バキュームと遠赤外線で芯まで乾燥され、足を入れた瞬間に、人肌のような心地よい温もりが伝わってくる。
泥汚れは回転ブラシによって完全にパージされ、表面にはフッ素コーティングの撥水スプレーが均一にデプロイされて、鈍い光沢を放っているのだ。
さらに、ブーツの内部からは、上品な白檀の香りがふわりと立ち昇る。
「ん~ッ。最高の上出来な仕上がりじゃないのよぉーッ」
あたしは、完璧にリカバリされたブーツの履き心地に、歓喜のログを出力した。
隣では、サブリナこと福元莉那も、自分の黒いレザーショートブーツを履きながら、蠱惑的な笑みを明滅させている。
「ほんとだね~。あんなに水たまりを蹴り上げて泥だらけだったのに、新品みたいにピカピカじゃん。おまけに足先がポカポカして、超キモチイイ~」
防大の倉田琴葉ちゃんも、凛とした姿勢で自分のパンプスに足を通し、知性あふれる瞳を輝かせた。
「完璧な熱マネジメントですね。革の油分を奪うことなく、ニオイの原因となる雑菌だけを物理的に全消しする。まさに無敵のアーキテクチャです」
ボッチこと茅野万桜も、満足げにゼネコンの顔つきで頷いている。
あたしたちメインノードは、極上の状態に仕上がった足元で、デバッグサロンの自動ドアを抜けて外へとログインした。
先ほどまでの、空の底が抜けたようなゲリラ豪雨は、すでに嘘のようにパージされている。
雨上がりの夜の丸ノ内は、圧倒的な解像度で再レンダリングされていた。
暴力的なまでの雨が、都市の空気中に漂っていた排気ガスやノイズを完全に洗い流し、冬の冷たく澄んだ空気が肺の奥まで通り抜けていく。
黒い大理石のように磨き上げられた濡れた石畳が、巨大な鏡面ディスプレイと化している。
そこに映り込むのは、天を突くような近代的なオフィスビル群の無数の明かりと、ストリートを彩るオレンジ色の街灯、そして行き交う車の赤いテールランプだ。
水たまりの中で、それらの光のパケットが幾重にも乱反射し、足元にサイバーパンクのような煌びやかな電脳空間を構築している。
風に揺れる街路樹の葉から、クリスタルのような雫がポロリとこぼれ落ちた。
「雨上がりの摩天楼って、最高にクールなインターフェースよね」
あたしは、サファイアブルーのショートボブを夜風に揺らし、サディスティックで不敵な魔王のスマイルを明滅させた。
あたしたちは、煌めく水鏡のストリートを、心地よい温もりを保ったブーツで力強く蹴り上げながら、夜の深淵へと堂々たる足音を響き渡らせるのだった。
後書き
どう? 空の底が抜けるようなゲリラ豪雨すらも、あたしたちの美しく合理的なアーキテクチャの前じゃ、ただの無料のウォーターサーバーへとダウングレードしちゃうのよ。
スチーム下駄箱『藤吉郎』の完璧な仕上がりといい、岩盤を水蒸気爆発で粉砕するメガストラクチャーの設計図といい、今回も最高の上出来な仕上がりだったでしょ?
それに、高価な重機なんて使わなくても、温かいペットボトルと滑車があれば日常のバグは余裕でデバッグできるってことも証明してやったわ。
レガシーなシステムに縛られて絶望している連中を尻目に、あたしたちはこれからも世界を根底から書き換えていくわ。
次のデプロイメントも楽しみにしてなさいなッ。当然の帰結よねッ!




