女王さまのヒートアイランド・ブレイク
前書き
PCMの実装から、都市全体のサーマルデバッグ、さらには『東京バナナ』の栽培プロトコルまで。今回のあたしたちの演算処理は、控えめに言っても限界突破してるわ。
でも、一番のバグは、サブリナのヤローが仕掛けてきた強制コスプレのアライメントね。ピンクの筋肉ダルマに狂気の老婆……ハッ、あたしのインジャン・ジョーだって、怒りでサーマルスロットリングを起こしそうだったわ。
まあいいわ。どんなポンコツな仕様だろうと、あたしのメインフレームがすべてを完璧なスペックに書き換えてやる。
それじゃ、銀座のディールから続く、あたしたちの最高にスマートでカオスな日常をデプロイしてあげる。しっかり脳内CPUをクロックアップしてついてきなさいなッ。
2020年8月下旬。九段下にある防音セキュア・スペース1号店。
コンセプトは、トム・ソーヤに出てくるハック・フィンのツリーハウスだ。
むき出しの太い木の幹がアーチを描く室内には、丸い小窓からフェイクの月明かりが差し込んでいる。
アンティークな薪ストーブの暖かな光と、ランタンのノイズが揺れるファンシーな隠れ家。
しかし、そのウッディなデスクの上には、不似合いなまでの緑色のコードを走らせたマルチモニターが鎮座し、壁には『オペレーション・ハックフィン』のブループリントがピン留めされている。
さらに異物感を放っているのは、この空間にログインしているあたしたちのアライメントだ。
あたし、黒木舞桜は、漆黒のライダースジャケットにタイトなスリットスカート、絶対領域を強調するニーハイブーツという、銀座仕様のフルアーマー状態である。
隣の使い込まれた一人掛けソファには、ボッチこと茅野万桜が深く腰を沈めていた。
赤い髪をラフに流したボッチは、深みのあるワインレッドのスリーピーススーツを隙なく纏い、胸元にシルバーのネックレスを覗かせている。
そして部屋の隅には、下僕である斧乃木拓矢が、同じく銀座のネオンに合わせたダークスーツ姿で、黒いレザーの鞄を抱えて丸まっていた。
どう見ても、巨大な金融インフラをハッキングしてきた直後の、企業マフィアのテクスチャだ。
このファンシーな秘密基地のレイヤーに、あたしたちの威圧的なドレスコードは完全にコンフリクトを起こしていた。
「勇希たち、遅いわね」
あたしは、可能性を試せないことに苛立ちを募らせる。
チッと舌打ちをして、思考のコンパイルを口に出した。
「PCMを家に着せる。現実的じゃないわ。でも、それに近いことはできる」
あたしがブレインストーミングのプロセスを立ち上げたというのに、拓矢のメインフレームは、未だに別のバグに囚われていた。
「あーあ……俺の豚骨と背脂のパケットが……幻のラーメン……」
拓矢は未だにラーメンへの未練を募らせているので、あたしは一切の躊躇なく拓矢の股間へと手を伸ばし、限界突破のアンダーアイアンクローを炸裂させた。
「ああがあッ」
拓矢の情けないエラーログが、ツリーハウスのセキュアな空間にこだまする。
物理的なデバッグを完了させたあたしは、拓矢の脂ぎった執着を払拭するように、隣に座るボッチの肩へと手を伸ばした。
そして、その仕立ての良いワインレッドの高級スーツで、ボッチのスーツで、手を清める。
「俺の服で拭くなッ」
ボッチが、顔面ディスプレイに怒りのエラーをレンダリングして抗議のパケットを叩き込んできた。
「うるさいわね。悪貨のスポンサーを落とした立役者への、名誉あるメンテナンスパッチだと思いなさいな」
あたしは不敵な笑みを明滅させ、到着が遅れている勇希たちを待ちながら、PCMの実装アーキテクチャの構築を再開したのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「お待たせ」
そう言って、ツリーハウスの重厚な木の扉が開いた。
入ってきた白井勇希たちの姿を見て、あたし、黒木舞桜は迷うことなく彼に飛びつき、その体をきつく抱きしめた。
「ちょ、ちょっと舞桜ッ、苦しいよ」
あたしの腕の中で、勇希が顔を真っ赤にしてパニックのログを吐き出している。
無理もないわ。今日の勇希は、フリルがあしらわれた上品な白いブラウスに赤い蝶ネクタイ、そして青いハーフパンツに白いハイソックスという、どこぞの良家のお坊ちゃんのようなアライメントを強制デプロイされているのだから。
シッド・ソーヤ。優等生で少し生意気な弟役を見事にコンパイルしたその破壊的な可愛さに、あたしの脳内CPUは限界突破しそうだった。
「ヘッヘッヘー。さあ3人とも、このカードを引いて貰うぜ」
麦わら帽子に赤いバンダナ、そして赤いビキニトップの上にデニムのオーバーオールを纏ったサブリナこと福元莉那が、不敵な笑みを浮かべてカードを提示してくる。
その隣には、茶色いハットに破れたチェックシャツ、黒の網インナーにペンキまみれのカーゴパンツという出で立ちで、釣り竿を肩に担いだ倉田琴葉ちゃんが、腕を組んで仁王立ちしていた。
どうやら、サブリナと琴葉ちゃんでトム・ソーヤとハックルベリー・フィンを分担しているらしい。
あたしは、サブリナが突きつけてきたカードを無造作に引いた。
「インジャン・ジョー?」
斧乃木拓矢とボッチこと茅野万桜も、残りのカードを引く。
「ベッキー? ベッキーってベッキー・サッチャーかッ」
拓矢が困惑のエラーログを吐き出し、ボッチに至っては、
「ポリーおばさんッ?」
それだった。
「ニシシッ。ラーメンの恨み、ここで晴らさせてもらうからねッ」
サブリナの復讐プロトコルが発動した。あたしたち3人は、有無を言わさずチーム・トム・ソーヤたちによって更衣室へと押しやられた。
数分後。
ツリーハウスのモニターの緑色の光が、あたしたちの絶望的なテクスチャを無慈悲に照らし出している。
「ヒャハハハハッ! 似合ってる、似合ってるぞ俺ッ! 最高のバグだッ」
ボッチは、クラシカルな黒のメイド風ロングドレスに純白のエプロン、頭にはフリルのついたモップキャップを被り、丸眼鏡の奥でやけくそ気味に目を血走らせていた。ポリーおばさんというより、完全に狂気にハックされた老婆だ。
「……殺してくれ。俺の物理レイヤーを今すぐシャットダウンしてくれ……」
中央に立つ拓矢は、185センチの鍛え上げられた筋肉質の体に、フリフリのピンク色のワンピースを無理やりマウントされていた。
頭にはツインテールのおさげ髪という致命的なアドオンが追加され、顔面を土気色にして全身をプルプルと痙攣させている。もはやベッキーではなく、ただの巨大な処理落ちエラーだ。
そして、あたしだ。
あたしは、両手に小さな手斧を握りしめ、ボロボロに引き裂かれた茶色い貫頭衣のようなボロ布を纏わされていた。
インジャン・ジョー。殺人鬼の悪党という最悪のロールである。
あたしの顔面ディスプレイは、極限の屈辱と怒りによって、文字通りプラズマ級に赤くバーニングしていた。
体温が急上昇し、周囲の空気がサーマルスロットリングを起こしそうなほどの熱を放っている。
「サブリナぁ……。おまえのメインフレーム、粉々にクラッシュさせてやるわッ」
あたしは、ギリリと奥歯を噛み鳴らし、手にした二丁の斧を構えながら、地獄の底から響くような音声ログを出力したのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
この防音セキュア・スペース、冷蔵庫のスペックが半端ない。
理由? 冷凍食品って美味しいからじゃないのよぉーッ。
あたりまえだが、冷凍食品は悪じゃない。
野菜の美味しい時期、つまり旬という完璧な状態の生体データをそのままフリーズしているんだから。
流通過程で劣化するくらいなら、場合によっちゃ、生鮮食品の栄養価というスペックだって上回ることがあるのよ。
あたしは、ラーメン、脂とうるせー、斧乃木拓矢とサブリナこと福元莉那のために、ラーメンを電子レンジでチンする。
そこに加工食品である背脂と味玉をトッピングしてサーブしてやった。
てか、こんくらいやれよ、おまえたちッ。
「いやぁ~、舞桜がデプロイするラーメンって一味違うよなぁ~」
ピンク色のフリフリワンピースを着た筋肉ダルマが宣う。
「そうそう。理由はわからないけど、美味しいんだよねーッ」
麦わら帽子にビキニトップのサブリナも宣う。
まあ、親たちの目を盗んで、高カロリーを摂取していた成功体験が、あんたたちの最高のスパイスなんじゃねえの?
あたしは、狂気のメイド服姿でラーメンを啜るボッチこと茅野万桜と、シッド坊ちゃんのアライメントで優雅に箸を進める白井勇希を見渡し、先ほどのPCMの代替プロトコルを再起動させた。
「さっきの続きだけど。エアコンの室外機の前に穴掘って、密閉容器に水入れて埋めるのよ」
あたしがロジックを展開すると、勇希がプラチナブロンドの髪を揺らして即座にコンパイルする。
「なるほど。室外機周辺の熱力学的な過負荷を、地中インフラを利用してデバッグする究極のローテック・ハッキングだね」
「そういうこと。灼熱の外気を無理やり吸い込んで、さらに熱い熱を排出しなければならないという致命的なボトルネックを、物理層で解消するの」
あたしは、ツリーハウスのモニターに図面をレンダリングする。
「密閉された大容量の水槽を地中に埋設して、そこに蓋をする」
「その蓋を貫通させるように、無数の熱伝導ロッドを縦に並べて立てるわけだね」
勇希が、医学と工学の知見をマージして解説パッチを当てる。
「網じゃなくて縦の金属棒にすることで、排気ファンに無理な静圧の過負荷をかけることなく、風を滑らかにすり抜けさせることができる」
「そう。風は遮られないのに、棒の表面に触れることで、熱だけが爆速でロッドへと吸い込まれていくわ」
あたしは、不敵な笑みを明滅させた。
「ロッドの内部を熱振動がマッハで伝わり、蓋の下にある冷たい水、さらには常に15度から18度で安定している地中の土へと、一気に熱パケットがアースされるって寸法よ」
「素晴らしいアーキテクチャだ。水の巨大な熱容量と、土という無限のヒートシンクを活用するんだね」
勇希が、感嘆のログを出力する。
「吸気口の前に設置すれば吸気温度が下がり、コンプレッサーの消費電力が劇的に低下する」
「排気口の前に設置すれば、猛烈な排気熱をダイレクトにキャッチして土に逃がし、ベランダに熱がこもるショートサーキット現象を完璧に防止できるわ」
あたしは、手斧をテーブルに置き、腕を組んだ。
「電気代という名の余計なコストを払う前に、ただの物理現象で空気をクーリングする。最高にスマートじゃないのよぉーッ」
★ ◆ ★ ◆ ★
「これって、街の街路樹とかにも応用が効かない?」
あたし、黒木舞桜は、手斧をテーブルに置き、思いついたロジックをメインノードたちへデプロイした。
「エアコンの室外機という極小のハードウェアを冷やすためのローテクなロジックを、メガロポリス全体のサーマルデバッグへとスケールアップするのよ」
「なるほど、アスファルトやコンクリート、そして大量の室外機の排気で熱暴走を起こしている現代の都市空間をハックするわけだね」
白井勇希が、シッド坊ちゃんのフリルブラウスを揺らしながら即座にコンパイルする。
「ええ。熱伝導ロッド・アースシステムを、街路樹やベンチ、あるいはフェンスといった既存のストリートアセットにマージしてデプロイするの」
あたしは、ボロ布のインジャン・ジョー衣装のまま不敵な笑みを明滅させた。
「そうすれば、電気を1ミリも使わずに、街全体の気温を物理層からクーリングする最強のパッシブ型ヒートシンクが構築できるわ」
「アスファルトに反射した熱風や行き交う車の排気が、金属棒の間をすり抜ける瞬間に熱をハックするってことか」
斧乃木拓矢が、ピンクのツインテールを揺らしながらゼネコンの視点で分析パッチを当てる。
「吸収された熱は、地表面の熱いコンクリートレイヤーを完全にスルーして、地中深くの巨大な水槽へと向かう」
狂気の老婆と化したボッチこと茅野万桜が、丸眼鏡の奥で目を光らせた。
「そして、年間を通じて約15度前後で安定した冷たい土壌へと、文字通りアースされる仕様だな」
「既存の街路アセットにマウントするだけなら、わざわざ新しい構造物を建てる必要もないね~」
サブリナこと福元莉那が、麦わら帽子を押さえながら楽しげなログを出力する。
「金属製の防護柵をそのまま熱伝導ロッドに置き換えて、支柱を地中の水槽へとダイレクトにルーティングする、ガードレールハックねッ」
「ストリートベンチのフレームや背もたれを金属ロッドでビルドすれば、座る人を冷やすだけでなく、周辺の空気の熱も常に地面に逃がし続けられるよ」
勇希が、さらなるインターフェースの拡張を提案する。
「動力ゼロ、稼働パーツゼロよ。ただそこに立っているだけで、都市の熱エネルギーを地中の無限ヒートシンクへ一方通行で流し込み続けるわ」
あたしは、腕を組んで堂々と宣言した。
「完全なメンテナンスフリーで街を冷まし続ける。それがヒートアイランド・ブレイクよ」
「でも、それって冬場はどうなるの?」
ハック・フィン姿の倉田琴葉ちゃんが、もっともなクエリを送信してきた。
「そこが一番美しい対称性のバグだね。冬場はまったく逆のプロセス、つまり地熱による都市の凍結防止や暖気バッファとして機能するんだ」
勇希が、熱力学のロジックを反転させる。
「冬の冷たい外気がこの金属ロッドに触れると、今度は地中から熱が逆流し、地表を温める暖房パッチとして駆動するってわけさ」
「最高にスマートじゃないのよぉーッ」
あたしたちメインノードは、ツリーハウスの中で都市計画の仕様書を根底から書き換えるような、世紀のハッキング構想に熱狂したのだった。
そして、議論が一段落し、胃袋の要求プロトコルに従って、あたしがレンチンした特製ラーメンを啜っていた時のことだ。
「美味えな。これ……でも、女王さまの手料理って実際、どうなん白井?」
ボッチのヤローが、突然、不敬極まりないパケットを送信しやがった。
「えっ? あ、いや……その……」
勇希が、急に挙動不審なエラーログを吐き出して視線を泳がせる。
あたしは、獰猛な笑みを浮かべてキッチンに立つ。
この魔王のスペックを疑うポンコツ共には、圧倒的な暴力という名のフルコースをデプロイしてやるしかないわね。
ターゲットは、ツリーハウスの高性能冷凍庫にストックされていた冷凍チキンだ。
あたしは、凍りついた鶏肉のブロックを耐熱皿にマウントし、電子レンジに放り込む。
出力ワット数と加熱時間のパラメーターを、コンマ1秒の狂いもなく脳内CPUで計算し、解凍と本加熱のデュアルプロセスを同時に走らせる。
その間に、同じく冷凍庫から発掘したマスカットの果肉をクラッシュし、白ワインビネガー、塩、そして極秘のスパイスパッチをマージして、特製のソースコードを爆速でコンパイルしていく。
チーンッ。
電子レンジの完了音が、勝利のファンファーレのように鳴り響く。
あたしは、完璧な温度でジューシーに仕上がったチキンの上に、艶やかなエメラルドグリーンに輝くマスカットソースを惜しげもなくデプロイした。
熱々の肉汁と、フルーティーな酸味が混ざり合い、暴力的なまでの香りのパケットが室内に充満する。
「必殺料理の撃ち方を知っているかだって!?」
ドンッ。
あたしの背後で、目に見えない巨大な和太鼓が打ち鳴らされたかのような、重厚な効果音が響き渡った。
あたしは、完成した『冷凍チキン、マスカットソースがけ』の皿を、ボッチの目の前に叩きつけるようにサーブした。
ボッチは、狂気の老婆の丸眼鏡をズラしながら、おそるおそるそのスペシャリテを口に運ぶ。
……ッ。
ボッチの顔面ディスプレイから、一切のノイズが消え去った。
冷凍食品の常識という名のファイアウォールが、甘酸っぱいマスカットの風味と完璧な鶏肉の旨味によって、一瞬で粉砕されたのだ。
レンチンだけで完遂されたとは信じがたいその圧倒的な処理能力の前に、ボッチは完全なる沈黙のログを出力し、ただ静かにひれ伏すように咀嚼を続けるしかなかったのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「これでも、果樹園の娘ですからね。舐めないで欲しいわ」
あたし、黒木舞桜は、手斧を置き、胸を張って宣言する。
そう、あたしは黒木果樹園の跡取り娘でもあるのだ。
まあ、いずれ白井勇希の嫁になる予定だから、あたしが直接継げるかどうかはわからない。
でも、果樹園のシステム自体は絶対に継続させる。
国家や貨幣のインフラがどれだけバグろうとも、土地と作物を自力でビルドする墾田永年私財法の精神は、決して人間を裏切らないんだからッ。
その時、あたしの脳内メインフレームを、プラズマ級の閃きが打ち抜いたッ。
「ねえッ。もし仮に、都心の高層ビル群の外壁が溜め込む真夏の熱源を回収して、有効活用できたら、東京でバナナやアボカドの栽培ってできないッ?」
あたしの突拍子もない発言に、あたしのスペシャリテに舌鼓を打っていたボッチこと茅野万桜の目が見開かれた。
狂気のメイド服姿の老婆というバグったテクスチャの奥で、ゼネコンの御曹司としての鋭い光学センサーがギラリとバーニングする。
咀嚼の手が完全にフリーズし、フォークからエメラルドグリーンのマスカットソースがポタリと滴り落ちた。
「だって、外壁を冷やして、地面に熱をアース線の要領で捨てるんだから、巨大な熱のパケットが確実に余るわッ」
あたしは、湧き上がるインスピレーションを爆速でコンパイルしていく。
「冷熱源には、ゲリラ豪雨で発生する雨水を有効活用するのよッ。温められた温水と回収した熱波を使って、ビル内でバナナやアボカド、それにカカオの栽培環境をデプロイするッ。最新のテクノロジーなら、水質も土壌の質も完全に設計可能でしょうッ!?」
あたしは、引き裂かれたボロ布の胸元を揺らして断言する。
「これぞまさに、本物の『東京バナナ』じゃないのよぉーッ」
あたしは即断する。
これは間違いなく、黒木果樹園の新たな目玉商品になり得るッ。
「ボッチッ。さっきの健二ってボウヤに、あたしの妹である桜を紹介してあげるッ。だから、あんたの兄貴の会社ッ、今すぐ動かしなさいッ」
ヒートアイランド現象が、都会の負の側面ですってッ?
そこに未利用の熱源が大量にあるってことは、果樹農家にとっちゃ、永遠に続くボーナスタイムでボーナスステージじゃないのよぉーッ。
「え、桜ちゃんをッ?」
ボッチが、メイド服のフリルを揺らしてパニックのエラーログを吐き出した。
あたしの妹の桜。現在中学生だが、成長期のパラメーターが完全にバグっており、身長はすでに170センチへと急成長を遂げている。
おまけに、あたしと完全にキャラ被りする暴力的な我儘ボディというアライメントまでデプロイしてしまった、生意気な妹だ。
「あ、あの我儘ボディを、ウチの中学生の健二にッ? ダメだダメッ、あんな刺激的なテクスチャの同年代をぶつけたら、健二のメインフレームが即座に熱暴走するッ。万が一の間違いが起きたら、おまえらの親御さんに申し訳がたたねえッ」
ボッチは、メイドキャップを押さえながら頑なに拒む防衛プロトコルを起動させたが、
「桜は同年代のフニャチンヤローには容赦ないわよ。そんな間違い、物理的に起き得ません」
あたしは、1ミクロンのブレもなく断じる。
あの妹の強固なファイアウォールを、中学生のガキが突破できるわけがないのだ。
あたしの強引なディールに圧倒されながらも、ボッチの脳内CPUは、すでにゼネコンとしての巨大なアーキテクチャ設計を無意識に走らせていた。
「……くそッ、だが、システムとしては完璧すぎるバグだぜ」
ボッチは、丸眼鏡を指で押し上げ、狂気の老婆の顔面ディスプレイに冷徹な設計者の笑みをレンダリングした。
「都心の高層ビル群の外壁に熱交換構造物をマウントして、排熱を根こそぎハックする。さらに、都市の排水インフラを圧迫している雨水を、地下に設置した巨大な濾過構造物へルーティングして有効活用する」
ボッチから、次々と建設的なロジックが吐き出されていく。
「熱交換で温まった有り余る雨水を、ビルの地下や屋上へ還流させて、農園の熱源や、さらには『温泉』として再設計してデプロイする。エネルギーの完全なクローズドループだ」
ボッチは、両手を広げてツリーハウスの空間を支配する。
「熱と水という都市のノイズを、農作物と温泉という極上のアセットに変換する。これこそ、空間とインフラをデザインする俺たちゼネコンの、真の領分ってやつだッ」
★ ◆ ★ ◆ ★
2020年9月上旬。三笠公園。
あたし、黒木舞桜は、ボッチこと茅野万桜と共に、横須賀の海沿いへとログインしていた。
抜けるような青空の下、威風堂々たる記念艦「三笠」の鈍色の船体と主砲が背景に鎮座し、その手前の台座には東郷平八郎の銅像が威厳を放っている。
噴水の水面が太陽光を乱反射する石畳の広場の中央で、奇妙なアライメントのふたりが対峙していた。
ひとりは、あたしの妹である黒木桜。
中学生でありながら成長期のバグによって170センチまで急成長したその体躯は、薄い茶色のロングヘアを風になびかせ、見事な我儘ボディをデプロイしている。
黒のタイトなタンクトップから豊かな胸の起伏と引き締まった腹部を覗かせ、オフショルダー気味に羽織ったベージュのざっくりとしたニットカーディガンが、アンニュイな色気を醸し出していた。
ボトムスは限界まで短いライトブルーの切りっぱなしデニムショートパンツで、すらりとした長い脚を誇示。足元には黒の厚底サンダルをマウントし、右手を腰に当てて見下ろすように立つそのテクスチャは、完全に女王のそれだった。
対するもうひとりは、大手ゼネコン茅野建設が御曹司、茅野健二少年。
155センチの小柄な体躯に、オレンジのツバを持つネイビーのベースボールキャップを後ろ被りしている。
オーバーサイズの黒いヴィンテージ風ヒップホップTシャツに、ダボダボの迷彩柄カーゴパンツ。足元は白と黒のハイカットスニーカーを合わせ、首元には太いシルバーチェーンを揺らしていた。
一見すると、腕を組んで不敵な笑みを浮かべるストリート系の生意気なキッズだが、その実態は完全に異なっていた。
まあ、上手くやれてるようね。
「貴様に赦された返事は、イエスかイエスだッ。言葉の始めと終わりにイエスとマムを挟むのを怠るなッ」
うん。順調、想定通りッ。桜の容赦のない怒号に、ストリートキッズ風の健二少年は、腕を組んでイキったポーズのまま、マッハの速度で首を縦に振った。
「マムッ! イエスッ、マムッ!」
条件反射。うん。想定通りッ。
「おい女王さまッ。あれ、どう見てもッ、おまえと斧乃木じゃねえかッ」
隣で観測していたボッチのヤローが噛み付いてくるので、
「あたし、女子として紹介するって言ってないわよ。あれを乗り越えられないなら、ハナから望みないわよ」
あたしは、漆黒のライダースジャケットを揺らして涼しい顔で受け流す。
「ヤキソバパンだッ。5分以内ッ。買ってこれたらサンガリアを奢ってやろうッ」
「サーッ、イエスッマムッ!」
桜の無慈悲な怒号に、健二は完璧な条件反射。ヒップホップのテクスチャを纏いながら、中身は完全に軍隊のブートキャンプ仕様に書き換えられている。
調教は極めて順調なようだ。
「あー、まー、色々だよねー。うん」
ボッチのヤローは、乾いた笑みに諦念を捨てた。
後書き
どう? あたしの特製マスカットソースがけチキンと、極上のインフラハッキングの味は。
黒木果樹園の未来も、都市の熱暴走のエラー処理も、すべてあたしたちの手でシームレスにマージしてやったわ。
それにしても、あの生意気な健二ってボウヤ……あたしの妹である桜の完璧な調教の前に、たった5分でイエスマンのモブノードに成り下がったわね。完全に想定通りの挙動で、笑いが止まらなかったわ。
斧乃木拓矢とあたしの関係に似てるって? 冗談じゃないわ。あたしたちの絆という名の強固なシステムは、あんな底の浅いプログラムとは歴史のキャッシュが違うのよ。
さあ、次はどんな社会のバグをデバッグしてやろうかしら。楽しみに待っていることねッ。




