女王さまの見世棚コンビニ
前書き
あたし、黒木舞桜の気高いメインフレームに、またしても理不尽なエラーログが叩き込まれたわ。
まったく、どいつもこいつも社会のポンコツな仕様に踊らされて、物理法則の配置場所を見誤っているんだから。
今回は、あたしたちがコンビニや流通インフラのバグを、いかにスマートなアーキテクチャでデバッグしてやったかという、極めて理知的なログを開示してあげる。
……と言いたいところなんだけどッ。
どうしてあたしが、こんなフリルまみれの屈辱的なアライメントで、未就学児のモブノードたちにチョコレートをデプロイしなきゃならないのよぉーッ!
タキシード姿でマダムにチヤホヤされてるスリーバグメンズのヤローども、あとで絶対に物理フォーマットしてやるわッ。
2020年9月上旬。横須賀にて。
今日はダブルデートだ。ボッチこと茅野万桜と、防大4回生の倉田琴葉ちゃん。そして、あたしの彼氏である白井勇希と、あたし、黒木舞桜の4人である。
抜けるような青空と、海に浮かぶ威風堂々たる護衛艦。
絶好のロケーションを誇る海沿いの遊歩道で、琴葉ちゃんが振り返った。
「見てください、海軍カレーのキーホルダー買っちゃいました」
潮風に黒髪をなびかせ、無邪気に笑う琴葉ちゃん。
彼女が身に纏っているのは、ネイビーブルーのスタイリッシュなコートドレスだ。
白いパイピングとイカリ型の金ボタンがあしらわれ、首元には上品な柄のストール。
清楚さと可憐さが、完璧なアライメントで同期している。
……琴葉ちゃんッ。最近、可愛い過ぎないッ!?
普段の厳格な防大生というテクスチャからの、この破壊的なギャップは完全に反則だ。
さらに日差しが強くなると、琴葉ちゃんはコートを脱ぎ、ノースリーブのセーラー風ワンピース姿へとフォームチェンジした。
深いネイビーの生地から伸びる、華奢で白い腕。
手にはカフェのタンブラーと先ほどのキーホルダーを持ち、太陽の光を浴びてキラキラと笑っている。
その圧倒的なヒロイン属性を前に、隣を歩いていたふたりの男の顔面ディスプレイが、プラズマ級に赤くバーニングしていた。
ベージュの半袖シャツを着たプラチナブロンドの勇希と、オリーブ色のシャツを着た赤髪のボッチだ。
ふたりとも、琴葉ちゃんの眩しさに完全にフリーズし、頬を染めてぽかんと見惚れているじゃないかッ。
でも、なんなのッ。この敗北感ッ。
そりゃ、あたしは綺麗で美人なタイプだけどッ。こぉっちぃ向ぅいてぇッ、勇希ッ。
175センチという無駄にそびえ立つ高身長のスペックが、あたしの脳内で致命的なコンプレックスのバグを発生させる。
「……どうせあたしは、アナタの指先で踊らされるだけの、哀れな玩具……」
あたしは、シドと白昼夢のヒロインみたいな退廃的なセリフをわざと口ずさんで、自分の高身長コンプレックスを限界までバグらせていた。
そして、楽しそうに歩く勇希たちから、それとなく距離をとったのだ。
夕闇が迫る横須賀の海沿い。
港に停泊する巨大な護衛艦に、オレンジ色の照明がぽつりぽつりと灯り始める。
少し前を歩く勇希たちの楽しそうな音声ログに対し、あたしは、なんだか、居た堪れなくて、テキトーな相槌を返して流していた。
今のあたしのアライメントは、黒のタートルネックに、ゴツい漆黒のタクティカルコート。
ボトムスも黒のカーゴパンツという、完全に夜の港に溶け込む重武装仕様だ。
だって、こんなフルアーマーライダークイーンとッ、セーラー戦士をくらべたらッ。誰だってセーラー木星をとるに決まってるじゃないのよぉ~ッ。
あたしはコートのポケットに両手を深く突っ込み、街の灯りを映す暗い海を見つめながら、自分の可愛げのないスペックをひたすらに呪っていたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
気がつけば、あたし、黒木舞桜は、見知らぬバーのカウンターに腰をかけていた。
暖色のランプが照らす、重厚なウッド調のクラシカルな空間。
バックバーには琥珀色のボトルが整然と並び、静かなジャズのノイズが流れている。
隣の丸いスツールでは、赤いショートボブのおねえさんが、たぶんブラッディメアリーを煽っていた。
ダークグレーのカッチリとしたスーツに、白いシャツ。
頬をほんのりと赤らめた彼女は、グラスの赤い液体を一気に飲み干す。
「番長ッ。おかわりッ、濃いめにお願いします」
おねえさんが、カウンターに叩きつけるようにグラスを置くと、リーゼントのマスターが困ったように眉を下げた。
「お嬢、飲みすぎだぜ」
187センチはある大柄な体格に、黒いベストとネクタイ、純白のシャツを完璧に着こなしたバーテンダー。
通称、番長。
彼は、氷がカラリと音を立てる透明なチェイサーと、冷やしたトマトの酸味に合う、黒胡椒をたっぷりと効かせた厚切りのパストラミビーフを静かに滑らせて、お嬢をなだめた。
「だってッ、あたしCEOじゃんッ。カッチリスーツでタフな交渉は、ぜ~んぶお嬢CEOに丸投げッ。あんのオスカル女医ッ。自分ばっかり可愛い格好してぇッ!?」
お嬢の口から、悲痛なエラーログが吐き出される。
その言葉に、あたしの胸の奥で、致命的なコンフリクトが共鳴した。
あたしは今、黒のタートルネックに、ゴツい漆黒のタクティカルコートを纏っている。
腰にはタクティカルベルトを締め、ボトムスも黒のカーゴパンツという、完全に夜の港の重武装仕様だ。
「……わかるわ。そのバグりそうな気持ち」
あたしは、番長が用意してくれたチェイサーのグラスを見つめながら、ぽつりと同意のパケットを送信した。
「えっと、あなたは?」
ほろ酔いのお嬢が、怪訝そうにこちらをスキャンしてくる。
「そうね。女王さまかしらね。番長ッ、あたしとお嬢にブラッディメアリーをお願いします」
あたしは、そんな些末な個人情報はどうでもいいとばかりに退けて、マスターに追加のオーダーを通した。
「あいよ」
番長は苦笑して、重厚な手つきでシェイカーを振り始める。
シャカシャカというリズミカルな金属音が、あたしたちの傷ついたメインフレームを少しだけクーリングしてくれた。
「聞いてよ女王さまッ。そのオスカルみたいな女医、男装の麗人みたいな顔して、いざって時はめちゃくちゃあざといフリフリの可愛い格好するのよッ。男の視線なんか一瞬でハックされちゃうんだからッ!」
お嬢が、パストラミビーフを齧りながら、憤りをコンパイルする。
「痛いほどわかるわ。あたしのところのあざとい女子なんて、普段は厳格な制服着てるくせに、突然セーラー服みたいな反則級のワンピースをデプロイしてくるのよ。あんなセーラー木星みたいなヒロイン属性、勝てるわけないじゃないのよぉ~ッ」
あたしは、ブラッディメアリーのグラスを受け取り、赤い液体を喉に流し込む。
ウォッカとトマトの強烈な刺激が、あたしの弱気を容赦なく炙り出す。
「あたしだって、ほんとは可愛い格好で甘えたいのよ……。でも、175センチっていう無駄な高身長スペックのせいで、こういうフルアーマーライダークイーンみたいな装甲しか似合わないの。隣を歩いてて、自分だけゴツいモビルスーツみたいで、居た堪れなくなるのよ……」
ぽろりとこぼれた本音のログ。
あたしたち、カッチリとしたスーツとタクティカルコートという『戦う女』のテクスチャを纏わされたふたりは、あざとい女子たちへの敗北感で見事に意気投合してしまった。
「ほんと、やってられないわよねッ。最近なんて、街のインフラであるコンビニまで、無駄に可愛いパッケージやディスプレイで客に色目を使い始めてるじゃないッ」
お嬢が、ブラッディメアリーのグラスを揺らしながら、矛先を唐突に社会システムへと向けた。
「オープンな性善説ベースの構造だからこそ、万引きロスや陳列の手間、防犯コストが膨らみ続けてるのよね」
あたしも、即座にビジネスロジックを展開する。
「このままだと、圧縮陳列と高密度ジャングルでお馴染みの量販店みたいになっていくわ。だからこそ、コンビニには新しいアーキテクチャが必要なのよ」
「そうね。見世棚と地下倉庫を完全に分離するのよ」
お嬢の目に、CEOとしての冷徹な光がバーニングする。
「地上は極限までミニマルな見世棚にして、服や高単価な商品はサンプルと引換用カードのみを配置する。客はカードで決済するから、万引きロスは完全にゼロよ」
「最高にスマートなソリューションね。そして地下倉庫には、人間の最強ローテックによる高速ピッキングをデプロイする」
あたしは、不敵な笑みを明滅させてアイデアをマージする。
「商品の移送には、空気の力で吸い上げるシューター型エアリフトと、水圧式のヘビーリフトを使うの。これなら爆速で地上カウンターへ商品を送れるし、メンテナンスコストも劇的に下がるわ」
「スタッフの機能も完全にセパレートするのよ」
お嬢が、パストラミビーフをフォークで刺しながら追撃する。
「地上は決済と引き渡しだけ。地下はピッキング専門で、フライヤーの調理も完全に密閉された地下で行う。そうすれば、店内に油の匂いも充満しないし、スタッフの接客ストレスも消滅するわ」
「トイレも冗長化して、バックヤードから裏アクセスで清掃できるようにするの。客とスタッフのエンカウントをゼロにすれば、究極に気楽で働きやすいインフラが完成するわ」
あたしたちは、あざとい女子たちへのルサンチマンを動力源にして、次世代のコンビニエンスストアのブループリントを爆速でコンパイルし続けた。
見知らぬバーの片隅で、フルアーマーの女王さまと、スーツ姿のお嬢による、傷だらけのシステム構築の夜は更けていくのだった。
「ここ気に入ったわッ。番長ッ、この店の名前は?」
あたしが顔をあげて尋ねると、番長とお嬢は異口同音に答えた。
「「バー・リバース」」
その言葉を聞いた瞬間、あたしの視界がフッと暗転した。
★ ◆ ★ ◆ ★
気がつけば、あたしたちは、スポーツバーのテーブル席にいた。
上の空でのダブルデート。あたしは自分の見事なオートパイロット機能に感心する。
「僕がフォローしてたからだよ。バカ女王。なにさ、ちょっと倉田先輩が可愛い過ぎて見惚れただけじゃないか」
隣で拗ねている勇希にあたしは苦笑する。
「ねえッ、白いラボ行かない? バー・リバースって空間で、面白いアイデアを思いついたのッ」
ここは横須賀。あたしたちのホームタウンだ。セイタンシステムズの白いラボはすぐそこにある。
「バー・リバース? ひょっとして、リーゼントの番長がマスターやってる店か」
ボッチの問い掛けに、あたしはコクリと頷き、3人を連れてスポーツバーを後にした。
★ ◆ ★ ◆ ★
セイタンシステムズの白いラボ。
あたしは、マルチモニターの中央に『次世代コンビニ・アーキテクチャ』のブループリントを展開した。
「これが、さっきのバー・リバースで、ある赤い髪のCEOと一緒にコンパイルした、コンビニエンスストアの最適解よ」
あたしが概要を共有すると、勇希がプラチナブロンドの髪を揺らして感心のログを出力する。
「見世棚と地下倉庫の完全分離か。たしかに、今のオープンな性善説ベースの構造だと、万引きロスや陳列の手間が膨れ上がる一方だからね」
「ああ。このままだと、圧縮陳列と高密度ジャングルの量販店みたいになっちまう」
ボッチも、ゼネコンの視点から現状のエラーを指摘する。
「だから、地上はカード交換式の見世棚にして、地下倉庫から水圧や空気圧のローテックリフトで商品を爆速で上げるの。そうすれば、万引きロスはゼロで、在庫切れも起きにくいわ」
あたしがロジックを展開すると、琴葉ちゃんが凛とした姿勢で深く頷いた。
「スタッフの機能を完全に縦割り(セパレート)にするというのも、理にかなっていますね。地上の接客と、地下のピッキング、そして調理専門と清掃専門。客とスタッフのエンカウントを減らすことで、双方のストレスが激減します」
「まさにそれよ。特に最近のコンビニは、パンやピザまで店で焼いたり、コーヒーやスムージーをセルフサービスにしたりして、完全にキャパオーバーなのよ」
あたしは、モニターの画面をスワイプして『見世棚コンビニ2』の資料を表示させる。
「客にセルフサービスを丸投げしてるけど、あの空間の衛生的な危うさは異常だわ。不特定多数が触るタッチパネルのすぐ横を、剥き出しの状態で食品が行き来している。誰かの飛沫が飛ばない保証なんてどこにもないわ」
「マルチタスクのバスターミナル現象だね」
勇希が、医学的な視点から問題の核心を突く。
「さっきまでゴミを回収したり、宅配便の荷物を触っていた店員が、いくら消毒しても、すぐに焼き立てのパンやピザを扱うなんて、構造的に無理がある」
「おまけに、マシンのメンテナンスも人手不足でワンオペ状態だ。内部のノズルやミキサー部分のクリンネスが、本当に毎回完璧に保たれているかって言えば、現場のモラルに依存するしかない」
ボッチが、忌々しそうに吐き捨てる。
「そこで、この裏方隔離型のアーキテクチャが生きるわけよ。ピザもパンも、客の飛沫が一切届かない地下の完全密閉されたクリーンルームで調理する」
あたしは、不敵な笑みを明滅させて設計図を指差す。
「焼き上がったら、密閉リフトで地上カウンターへポンと上げる。スムージーも紅茶も、地下の専門スタッフが裏で作って密閉状態で届けるから、客がマシンのノズルに触れてバイオハザードを起こすリスクは根絶されるわ」
「なるほど。利便性を優先して、客の善意と現場の無理な労働に衛生面を人質に取らせている現状を、物理的な隔離でデバッグするわけですね」
琴葉ちゃんが、見事な要約パッチを当てる。
「イートインスペースも同じよ。あそこは、誰も得しないカオスな空間になってるわ」
あたしは、さらなる最適化のロジックを展開する。
「おにぎり一個で何時間も粘る客や、スマホの充電目当ての連中が席を占領している。完全にコストとリスクの温床よ。だから、ゲート式の従量課金システムを導入するの」
「15分いくらで自動決済する、完全有料のタイムチャージ・ラウンジか。それなら、タダで粘る客は100パーセント排除できるな」
拓矢が、軍事的な防衛ロジックに感心する。
「席からの注文も、地下の厨房から空気圧・水圧リフトで直接せり上がってくるようにすれば、店員と一言も話すことなく、完璧にクリーンな食事が楽しめるわ。清掃も客が退室した瞬間に自動でパーテーションが閉まって、裏から専門スタッフがサッと完了させる」
「入るならチャージ料を取る。水や空気で裏から届ける。スタッフと客は接触させない。この一貫した合理主義こそが、ギスギスしたインフラを救うスマートな解決策だね」
勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らして完璧な同期処理を完了させた。
「このシステムなら、人材のミスマッチも解消できるわ。言葉の壁がある技能実習生は、フロントの理不尽なストレスから解放されて、地下でのピッキングや調理といったマニュアル重視の業務に特化できる」
あたしは、社会システム全体へのパッチを宣言する。
「シニア層にとっても、地下のコンパクトな設計なら、歩き回る肉体労働なしで、座ったまま確実丁寧な仕事ができる。フロントとバックヤードを物理的に切り離すだけで、みんなが得意分野で輝ける、真のダイバーシティ・インフラが完成するのよ」
夜の白いラボで、あたしたちメインノードは、次世代コンビニという名の強固なアーキテクチャ設計に、深い同期処理を完了させたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ダイバーシティインフラねえ。モノは言いようよね」
あたしは、忌々しげに吐き捨てる。
「コンビニで料金収納サービス。コンビニで集荷宅配サービス。おまけにマイナカードと連動させて、住民票の写しから印鑑登録証明書、各種税証明書の発行まで、全部コンビニのマルチコピー機とレジでやらせてるじゃない」
要はコンビニに、地方行政と都市行政を代行させているだけじゃないのさッ。
当然、煩雑な手続き、複数のサービスを背伸びして担えば属人化だって起きる。
人件費? 笑わせないで、人権無視も甚だしいッ。
寃罪で人生奪ったことに関しては、法改正してでも糾弾するのに、属人化と過重労働で人生奪っても、誰も糾弾しないのねッ。笑っちゃうわッ。適正な対価だって支払ってないじゃないッ。これじゃあ、現代の奴隷となにが違うって言うのッ!?
あたしから滲み出る魔王の覇気に、白いラボの空気が凍りつき、勇希たちが若干ドン引きしている。
「無駄な自動化システムだってそうッ。通路でロボットが『ご注意くださいッ』って喚いて、それでお掃除ロボット未来でしょッ? 舐めてんじゃないわよぉーッ! 減価償却すらまともにできない高額な備品は、持続可能って言わねえんだよッ!?」
激しく吠えるあたしに、みんなはさらにドン引き。
いいわよ。あたしは女王さまで魔王さまなんだから。怯えられてなんぼですもんッ。誰が、琴葉ちゃんみたいな可愛いフリルなんか着るもんですかッ。あたしには、この戦闘用の漆黒フルアーマーがお似合いなのよッ。
「高価なセンサーやAIカメラで、ヴェブレンなだけの無駄に豪華な選別システムを置けば人件費が浮く? 浮かねえわッ。企業が浮いた気になって、メーカーの莫大な研究費を肩代わりして搾取されてるだけだわッ。その後の高額な維持費は? 数年後の設備更新費はどうすんのよッ!」
あたしは吠え、そして続ける。
「人工知能? この社会には、単調な作業なら完璧にこなせるシニアや外国人の『自然知能』が余ってんだったら、そっちを有効活用なさいなッ。地下で決められたひとつの役割をたんたんとこなす、簡単なお仕事としてねッ。勇希ぃ、ボッチッ、拓矢ッ。あたし、なにか間違ったこと言ってる? ビジネスはヴェブレン財みたいな、見栄えのいい最新テクノロジーじゃなきゃダメですかッ!?」
あたしは吠える。そして、ヒートアップした脳内CPUから究極の結論をコンパイルして、続ける。
「みんな本質を見誤っている。人間と機械、アナログとデジタルの物理法則の配置場所を間違えてんのよッ」
あたしの激しい熱量を持ったパケットがラボに響き渡ると、深い沈黙ののち、白井勇希がプラチナブロンドの髪を揺らして、深く、深く頷いた。
「間違ってないよ。医療の世界でも同じだ。無駄に高度な機械を入れて現場を混乱させるより、単調な作業を確実にこなすマンパワーの分業こそが、一番エラーを起こさないんだ」
赤い髪を掻き上げたボッチこと茅野万桜も、ゼネコンの顔つきで不敵な笑みを明滅させる。
「違いないぜ。最新システムってのは見栄えはいいが、メンテ費用で首が締まる。減価償却できない設備投資はただの自己満足だ。ローテクな人間の手足を、最適化された物理空間に配置する。それが一番のスマートアーキテクチャだ」
斧乃木拓矢が、長い脚を組み替えながら同意のシグナルを発行する。
「属人化と過労のバグを、地下と地上の分断構造でデリートする。現場の兵站を無視して、末端の歩兵にマルチタスクを強要する今の流通システムは、どのみち物理的に崩壊するからな」
「ええ、その通りですッ」
倉田琴葉ちゃんが、セーラー風ワンピースの胸元で両手をギュッと握り締め、あたしに向かって尊敬の眼差しを向けてきた。
「舞桜さんの言う通りですッ。見栄えだけのテクノロジーに踊らされず、人間の自然知能が一番輝ける場所を再設計する。それこそが、本当の意味での持続可能な社会防衛ですッ!」
どうやら、あたしの暴力的なまでのロジックは、この空間のメインノードたちに見事な同期処理を完了させたらしい。
★ ◆ ★ ◆ ★
ど、どうしてこうなったッ。
あたし、黒木舞桜は、フリルなんか着ないと言った矢先に、ビュッフェコーナーのチョコレートフォンデュのサーブ要員として駆り出されていた。
頭には純白の丸いコック帽。
黒を基調としたタイトなジャケットは胸元が大胆に開き、クラシカルなフリルがあしらわれている。
腰には赤いリボンで結ばれた純白のフリルエプロンだ。
ボトムスは黒と白のチェック柄ミニスカートに、黒のガーターベルトとニーハイストッキングという、完全にハニトラ仕様のアライメントである。
手には衛生用の青いゴム手袋を嵌め、串に刺したイチゴに、3段のタワーから流れ落ちるチョコレートをコーティングさせられているのだ。
あたしの前に群がっているのは、目をキラキラさせた未就学児や小学生のモブノードたちである。
「俺、ビュッフェって嫌いなんだよねぇ。汚えじゃん」
ボッチこと茅野万桜は忌々しげに宣い、完璧なタキシードをキメてサラダコーナーでトングを振るっている。
ここは防音セキュア・スペースに併設されたビュッフェ形式のレストランだ。
あたしは、子供が嫌いである。
「子供っぽいヤツに限ってそれ言うよねー」
隣で同じくハニトラ・シェフ仕様のテクスチャを纏う、金髪の元ハニトラ要員である三華が、あたしにジト目を貼り付けポソリと宣う。
「エスパーか、おまえはッ?」
と言うか、口に出ていたのかッ。
「まあ、似たようなものかなー。スピ担当だしー」
そう言って三華は、豊かな胸の谷間を揺らしながら、子供たちに手際よくチョコレートフォンデュをサーブしていく。
まあ、27歳なら子供のひとりやふたりいるか。
「いませんッ。無宿浮浪児だっただけだよ」
あっけらかんと宣う三華の言葉を、あたしは華麗にスルーした。
そもそも、なぜラボのメインノードであるあたしたちが、デバッグ・サロンのママさんたちとその子供たちへのご奉仕要員として駆り出されているのか。
理由は単純だ。『簡単な仕事』の解像度を上げるための、実地でのフィールドワークである。
作業動線や無駄なタスクを洗い出し、省力化とシステム化の余地を物理層で見極めるためのミッションなのだ。
たとえば、駅前によくある格安の散髪チェーン店。あそこのアーキテクチャは見事だ。
洗髪というインフラを水から『空気で吸い取る』システムに置き換え、客の荷物は鏡の裏のクロークに収納させ、スタッフの動線を極限まで削ぎ落としている。オマケに床に散らばった髪をデッキブラシで集めて、同じく『空気で吸い取る』システムだ。
あれには唸った。論理演算子を使わないで、必ずその数値になる数式を見つけたような快感を覚えたものだ。これはプログラム言語と言う人工言語を組み上げる人間にしかわかるまい。
ああいう、インダストリアル・エンジニアリング――いわゆる業務改善のプロフェッショナルたちが行うタイム&モーション・スタディを、あたしたち自身のアセットで実践しているってわけだ。
だが、あたしが子供たちにイチゴを手渡しながら背後をスキャンすると、そこには致命的なバグが発生していた。
「きゃーッ、勇希くんッ、こっちのお肉も切り分けてぇ~」
「拓矢くんの筋肉、タキシードの上からでもわかるわぁ~。お願い、あたしにお酒作ってぇ~」
「万桜くんッ、そのサラダ、あたしのお口にあーんしてッ」
丸ノ内OL上がりであるデバッグ・サロンのママさんたちのテーブルで、白井勇希と斧乃木拓矢、そしてボッチの『スリーバグメンズ』が、完全にホストクラブ状態に陥っていた。
3人はスタイリッシュなタキシード姿で優雅にローストビーフをカッティングし、カクテルをシェイクし、甘い音声ログを出力してマダムたちの承認欲求を満たしまくっている。
あいつら、フィールドワークの目的を完全にロストして、ただの愛玩用モブノードに成り下がってんじゃないわよッ。
あたしは、チョコレートにまみれたイチゴを、満面の笑みの男の子に押し付けながら、ギリリと奥歯を噛み鳴らした。
フリルとガーターベルトという屈辱的な装甲で子供の相手をさせられているあたしと、タキシードでマダムにチヤホヤされているスリーバグメンズ。
労働の対価も、物理法則の配置場所も、完全にバグってるじゃないのよぉーッ。
後書き
まったく、省力化とシステム化のフィールドワークだっていうのに、あのポンコツメンズどもは完全に目的をロストして熱暴走していたわね。
労働の対価も、インフラの構築も、すべては自然知能である『人間』をどこに配置するかがコアロジックよ。
それを理解できない連中は、永遠にヴェブレンなだけの無駄なシステムの維持費に搾取され続ければいいわ。
とりあえず、ホスト気取りだった勇希たちには、バックヤードで極限の皿洗いとピッキングという名の、地獄の最適化シミュレーションを強制実行させてやったわッ。
あたしたちのスマートな日常は、いつだって物理的なデバッグで治安が保たれているって寸法よ。
次こそは、こんなあざとい装甲、絶対にパージしてやるんだからッ!




