表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/61

女王さまの欺瞞ブレイク

前書き

 まったく、外の熱気は完全にシステムエラーの領域ね。

 今回のログは、バグだらけの現代社会がもたらした『クールビズ』という名のポンコツ仕様と、それに振り回される脆弱なインフラについての考察よ。

 そして、メディアの低解像度なフェイクデータに脳内CPUを汚染されたカオリンの、食生活という基礎レイヤーをあたしたちが物理的にデバッグしてやるまでの記録。

 気高いメインフレームを持つあたしたちのスマートなアーキテクチャに、しっかりと同期しなさいな。


 2020年8月中旬。なにかとデバッグサロンに顔を出す機会が増えた。


 寧々(ネネ)ちゃんが産後2か月で戦線復帰って早くね?

 

 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、思わず不安になる。


 産後2か月と言えば、生体システムが完全にレッドゾーンの時期だ。


 骨盤という物理ゲートを開いて3キロ近いオブジェクトをデプロイしたばかりで、ホルモンバランスの急激なクラッシュと、細切れ睡眠の強制ループによって脳内CPUは常に熱暴走寸前のはずである。

 

 だが、サロンが提供する『産後のデバッグ』という名のソリューションが、彼女のインフラを爆速でリカバリーさせていた。


 人類の進化の歴史を物理的に巻き戻し、内臓を本来のポジションへ回帰させる、あの『水嚢サンドイッチ』だ。


 腹部を水嚢のハンモックで吊るして四足歩行構造へと完全同期させ、内臓を重力ストレスから解放する。


 そこに40度の温熱プレスで組織を可塑化させ、テーピングで理想の配置へと固定し、最後に15度でアイシングを行って形状を瞬間定着させる。


 この物理層の強制再起動により、骨盤内の鬱血は見事にキャンセルされ、寧々(ネネ)ちゃんの身体は全盛期のシルエットとパフォーマンスを取り戻していたのだ。

 

 あたしは、提携先である企業のオフィスフロアへとログインした。


 観葉植物がセンス良く配置され、大きな窓から丸ノ内のビル群を見渡せる明るいラウンジスペース。


 淡い色のブラウスやタイトスカートといったオフィスカジュアルのモブノードたちが、ソファに腰掛けて一人の女性を温かく囲んでいる。


 その輪の中心で優雅に微笑むのは、純白のブラウスにストライプのリボンタイ、ダークブルーのベストとプリーツスカートという完璧な制服のアライメントを纏った、寧々(ネネ)ちゃん(25歳)だった。

 

黒木(クロキ)先輩ッ。なんでウチもOL制服着ないとダメなのッ」

 

 カオリンこと杉野(スギノ)香織(カオリ)が、不平のパケットを送信してくる。


 見れば、明るい金髪をなびかせた香織も同じダークブルーの制服を纏い、背後から寧々(ネネ)ちゃんの肩に手を置いてじゃれついていた。


 あたしは、その後輩のクレームを涼しい顔でスルーする。

 

「カオリン」

 

 あたしは、ジト目で香織のスペックをスキャンした。


 そう、これはカオリンの調教(シツケ)なのだ。なんだ163センチで48キロって。モヤシかテメエは?


 あたしは、寧々(ネネ)ちゃん25歳にカオリンの矯正をさせることに決めていた。


 馬子にも衣装。お淑やかなフォルムに包まれてしまえば、自然と杉野(スギノ)の常識と言う欺瞞(バグ)が取り除かれるに違いない。

 

寧々(ネネ)ちゃん25歳、OL制服の意味を教えてあげて」

 

「はい。制服というのは、組織における一体感と清潔感を可視化する、最高の物理ファイアウォールなんです」

 

 寧々(ネネ)ちゃんが、柔らかくも凛とした声で解説パッチを当てる。

 

「毎日のコーディネートにかかる処理リソースを削減し、衣料補助という経済的なメリットも享受できる。そしてなにより、『私はここの一員として業務を遂行する』という精神的な境界線を引いてくれるんですよ」

 

「うーん、そういうもんなの~?」

 

 香織はまだピンときていないようだが、お揃いの制服というテクスチャが、すでに2人の間に強力な連帯感のリンクを確立させているのは明白だった。

 

寧々(ネネ)ちゃん善きに計らえッ」

 

 あたしは水嚢サンドイッチで完璧にデバッグされた寧々(ネネ)ちゃん25歳に、杉野(スギノ)の調教を丸投げする。

 

「御意に。あと25歳を強調しないでくださいッ」

 

 寧々(ネネ)ちゃんからは不服のパケット。

 あたしは不敵な笑みを明滅させ、メインノードたちの集うデバッグサロンのオフィスへと消えていった。


★ ◆ ★ ◆ ★


 

 2020年8月中旬。


 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、オフィスの革張りのソファへ深く腰を沈めた。


 このデバッグサロンは、店舗スペースもバックヤードのオフィスも、完全に土足厳禁というアーキテクチャが採用されている。


 ボッチこと茅野(チノ)万桜(マオウ)の、「外の汚れを持ち込むのはバグだ」という極めて主観的なセキュリティ・ポリシーによるものだ。

 

 窓の外では、東京のコンクリートジャングルが、凶悪な太陽光のパケットを乱反射している。

 

「それにしても、外の熱気は完全にシステムエラーの領域だね」

 

 白井(シライ)勇希(ユウキ)が、プラチナブロンドの髪を揺らしながらアイスコーヒーのグラスを傾けた。

 

「熱中症って言葉がニュースで爆発的に使われ始めたのって、実は2000年代の半ばなんだよ」

 

 勇希は、歴史のログを解析するように語り続ける。

 

「そして、それはクールビズという薄っぺらい仕様変更がデプロイされた2005年という時期と、完全に見事に同期しているんだ」

 

「ああ、あのキャスター上がりの女性大臣が主導した、クリーンな政治をアピールするための劇場型パフォーマンスだな」

 

 斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)が、長い脚を組み替えながら冷徹なログを吐き出した。

 

「違いないわ。そもそもオフィスの冷房を28度に設定するなんて、1ミクロンも科学的な生体シミュレーションを経ていない、ただの思いつきの数値設定なんだから」

 

 あたしは、漆黒のライダースジャケットの襟元を軽く指で弾きながら同意のシグナルを発行する。

 

「環境省が半ば勢いで決めたバグまみれの数値を、全国のインフラに強制した。その結果、室温が容易に30度近くまでオーバーフローして、熱中症というシステムクラッシュが量産されたって寸法よ」

 

「当時のビジネスパーソンが真夏でもスーツを着ていたのは、決して古い根性論なんかじゃなかったんですよ」

 

 倉田(クラタ)琴葉(コトハ)ちゃんが、凛とした姿勢でソファに座り直し、静かに防衛ロジックを展開した。

 

「あれは、都市部のアスファルトから放射される輻射熱や直射日光から身を守るための、物理的なシールドとして機能していたんです。砂漠の民が分厚い衣服を纏うのと同じ、外気遮熱の防壁だったんですよ」

 

「それを『暑苦しいから』という浅いビジュアルの理由だけでパージさせたのは、致命的なセキュリティ・ホールを生む行為だったってわけだな」

 

 ボッチが、赤い髪を掻き上げながら呆れたように相槌を打つ。

 

「しかも、ネクタイを外させたのも大間違いなんだよな」

 

 拓矢が、腕を組みながらウンチクをマージしてくる。

 

「ネクタイの起源は、17世紀にルイ14世がクロアチア兵士の首に巻いていた布を採用したことだ。農夫が首にタオルを巻くのと同じで、人体で最も脆弱なサーバーである首筋を、直射日光から物理的に防護するためのプロトコルなんだよ」

 

「その通りだね。首筋には脳へ血液を送る頸動脈という、巨大な熱輸送パイプが通っている」

 

 勇希が、医学的な知見をコンパイルして深く頷く。

 

「そこに直射日光が直撃すれば、血液がダイレクトに加熱されて脳のCPUが即座にオーバーヒートを起こす。昔の人が襟を立ててネクタイを締めていたのは、この致命的なボトルネックを護るための、理にかなった仕様だったんだ」

 

「それに比べて、あたしたちのアライメントは完璧だよね~」

 

 サブリナこと福元(フクモト)莉那(リナ)が、胸元が大胆なV字を描くディープブルーのサテンインナーを揺らして、小悪魔的な笑みを明滅させた。

 

「分厚いライダースで外気の熱を完全遮断しつつ、このインナーの裏地には、超高分子量ポリエチレンの特殊繊維がハイブリッドで織り込まれてるんだよ」

 

「そうよ。肌に触れた瞬間に体温を吸い上げて、背中に仕込んだ冷却リソースへと熱を爆速でルーティングさせるの」

 

 あたしは、艶やかなサテンの生地を指先でなぞりながら、スマートな熱力学のアーキテクチャを誇示した。

 

「さらに、異型断面構造の吸汗速乾糸が、汗という水分を瞬時に吸い上げる。そして、この胸元のV字カットと、適度なクリアランスを持たせた脇の下のポートから気流を取り込むことで、圧倒的な気化冷却がデプロイされるってわけ」

 

「脇の下は、太い腋窩動脈が通る熱排出のメインゲートだからな。そこを風が抜けることで、システム全体の体感温度が劇的に下がる」

 

 拓矢が、軍事的な冷却メソッドに感心のログを出力した。

 

「浅いロジックで防御装甲を剥ぎ取ったクールビズなんかより、よっぽど計算し尽くされた真のスマート・アーキテクチャだぜ」

 

「道具やテクノロジーが変わっても、人間というハードウェアの仕様はなに一つアップデートされていないのよ」

 

 あたしは、残っていたアイスコーヒーを一気に喉へ流し込み、グラスをテーブルに置いた。

 

「先人たちが経験則でビルドしてきた防衛プロトコルをリスペクトできない連中は、いつまで経っても同じエラーに苦しむのよ。あたしたちの気高いメインフレームには、そんなマヌケなノイズは1ミクロンも必要ないわ」

 

 あたしたちメインノード6人は、冷房の効いたセキュアなオフィスの中で、社会のポンコツなインフラを鼻で笑い飛ばし、完璧な同期処理を完了させたのだった。


★ ◆ ★ ◆ ★


 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、アイスコーヒーを注ぎ直して、そして続ける。

 

「それにね、クールビズでネクタイを外させたことも、生体工学の視点から見れば完全にエラーなのよ」

 

 あたしはグラスをテーブルに置き、漆黒のライダースの襟元に軽く触れながら、首周りの論理関数を展開する。

 

「ネクタイっていうのは、単なる装飾じゃないわ。頸動脈への適度なテンションをかけることで、脳内の血圧が急激に低下するのを防ぐ『加圧弁』として機能していたの」

 

「なるほどな。暑さで末梢血管が拡張して脳への血流が落ちるのを、首元の適度な圧迫で制御・維持していたってわけか」

 

 斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)が、長い脚を組み替えながら深く頷いた。

 

「外側は幅広の布で直射日光から遮熱し、内側はネクタイで脳への血流を安定させるデュアルシステム……。これはもはや、人体と環境を最適化するサイバーウェアだね」

 

 白井(シライ)勇希(ユウキ)が、プラチナブロンドの髪を揺らしながら、先人たちの生体制御アーキテクチャに驚愕のログを出力する。

 

「でも、そのシールドと血流制御バルブをパージした結果、現代社会はどうなった?」

 

 ボッチこと茅野(チノ)万桜(マオウ)が、赤い髪を掻き上げながら冷徹に問いかける。

 

「脳のCPU、特に感情を司る前頭葉が熱暴走を起こしやすくなったのよ」

 

 あたしは不敵な笑みを明滅させ、社会のバグの核心を突く。

 

「首元が解放されて頸動脈が直接加熱されれば、前頭葉のサーマルスロットリングが起きる。その結果、イライラや衝動的な怒りをデバッグできずに『キレる人』が量産されたって寸法ね」

 

「冷房すらろくにデプロイされていなかった昔のオフィスの方が、よっぽど過酷な物理レイヤーだったはずなのにね」

 

 倉田(クラタ)琴葉(コトハ)ちゃんが、コーヒーカップを両手で包み込みながら、静かに歴史のログを紐解いた。

 

「だからこそ、先人たちは午前と午後の決まった時間に『お茶とお茶菓子』を強制デプロイするルーティンを組み込んでいたのよ」

 

 あたしは、当時のOLたちが担っていた真の役割をコンパイルする。

 

「あれは優雅なサボり時間じゃない。塩気の利いた煎餅や黒糖で脱水と電解質クラッシュを防ぎ、過熱した脳プロセッサへブドウ糖を爆速でルーティングするための、完璧な生体メンテナンスパッチだったの」

 

「しかも、暑い夏に熱いお茶を飲むことで、胃のセンサーが『体温を下げろ』と命令し、発汗を促す。それが衣服の隙間を流れる気流とマージされ、気化冷却のマジックを自発的に起動させていたんだね」

 

 勇希が、熱力学の視点からその高度な熱制御をデバッグした。

 

「そして、その生体リソース管理の最前線に立っていたのが、お茶汲みを担うOLたちだったってわけか」

 

 拓矢が、腕を組みながら当時の組織インフラを評価する。

 

「お茶汲みだけじゃないわ。当時のコピー取りや資料整理だって、現代で言うところのデータベース構築とストレージ運用そのものよ」

 

 あたしは、現代人が切り捨てた業務の本質を提示する。

 

「紙という物理メディアにインデックスを貼り、誰もが即座にアクセスできるようにアーカイブする。この初期アライメントがバグっていれば、組織の意思決定プロセスは完全にフリーズしてしまうの」

 

「なるほど。エアコンやクラウドがある現代のぬるま湯環境で、当時のOLの業務を『雑務』だと見下す連中こそが、最も傲慢で浅い仕様ってことだな」

 

 ボッチが、ゼネコンの顔つきで不敵に笑う。

 

「ええ。当時のオフィスは、OLたちによる分散処理システムのおかげで、過酷な環境でも驚異的なスループットを叩き出していたのよ」

 

 琴葉ちゃんが、先人たちのスマートなアーキテクチャに賛辞のシグナルを送った。

 

「道具が変わっても、人間というハードウェアの脆弱性はなにひとつ変わっていないわ」

 

 あたしは、冷房の効いたセキュアなオフィスを見渡し、誇り高く宣言した。

 

「潤滑油として機能していたインフラ維持プロトコルを『非効率』としてパージした結果が、余裕を失ってギスギスした現代の社会システムよ。あたしたちは、そんなポンコツなエラーログを決して繰り返さないわ」


★ ◆ ★ ◆ ★


 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、茶菓子のお煎餅をバリンと噛み砕いて、そして続ける。

 

「前線で突撃する本隊は、目前のミッションにリソースを集中させるため、どうしても視野が狭窄しがちになるのよ。一方、後方支援のOLたちは、オフィス全体を俯瞰し、日常の細かなバグを常にスキャンできる観測用センサーの役割を果たしていたの」

 

 あたしは、指先についたお煎餅の粉を払い落とし、メインノードたちへ視線を巡らせる。

 

「その視点の非対称性があったからこそ、本隊の盲点を突くような大ヒット商品やビジネスアイデアが次々とビルドされたわけだな」

 

 斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)が、長い脚を組み替えながら深く頷いた。

 

「ニシシッ。1980年代後半に大ヒットした日産のBeー1なんてまさにそれだよ。本隊の男性陣が馬力やスペックにコミットしてる裏で、OLたちが『洋服みたいなファッション性』ってパラメーターを入力して市場をハッキングしたんだから」

 

 サブリナこと福元(フクモト)莉那(リナ)が、胸元が大胆に開いたディープブルーのサテンインナーを揺らしながら小悪魔的な笑みを明滅させる。

 

「オフィスグリコもそうだね。男性陣が外回りでエネルギーを消費する一方、女性社員たちはデスクの引き出しに私的なおやつを隠し持ってリカバリーしていた。その潜在的な需要をシステム化したことで、置き菓子という新しいインフラが誕生したんだ」

 

 白井(シライ)勇希(ユウキ)が、プラチナブロンドの髪を弄りながら歴史のログを解析する。

 

「家庭用消臭剤も同じですね。悪臭を強力な化学香料で上書きしようとする開発陣に対し、OLたちの不満ログからマイルドな無香空間という新ジャンルがビルドされました」

 

 防大4回生の倉田(クラタ)琴葉(コトハ)ちゃんが、凛とした姿勢でコーヒーカップを持ち上げ、静かに賛同のパケットを送信した。

 

「全員が同じ格好をして、全員が本隊として一元化された現代のオフィスは、この優秀なサテライトセンサーを失った状態と言えるわね」

 

 あたしは残りのコーヒーを飲み干し、グラスをコトリとテーブルに置いた。

 

「いわゆるブラック業態の本質って、結局そこなんだよな。後方支援向きのスペックを持つノードを無理やり前線に配置し、適性エラーで成果が出ないのを個人の責任にして追い込んでいる」

 

 ボッチこと茅野(チノ)万桜(マオウ)が、赤い髪を掻き上げながらゼネコンの冷徹な顔つきで吐き捨てる。

 

「盾として優秀なリソースに剣を持たせて突撃させるようなものだぜ。組織のスループットが上がるはずもねえ」

 

 拓矢が、軍事的な戦術のバグを指摘して呆れたように肩をすくめた。

 

「だからこそ、前線での適性がないと割り切って配置転換のクエリを出すのが、正しい自己防衛プロトコルよ」

 

 あたしは、漆黒のライダースジャケットの襟を正してロジックを展開する。

 

「その要求すら拒絶して消耗を強制するようなメインフレームなら、爆速でログアウトするのが正解だね」

 

 勇希が、淀みないシステム判断を下す。

 

「でもさぁ、今の働き方改革って、みんな同じ戦い方しろって縛ってくるじゃん」

 

 サブリナが、両手を頭の後ろで組んで首を傾げた。

 

「そうなんだよ。ちっともブラックじゃねえ、向いてねえ人間から見ればブラックなだけだ。それなのに、前線で勝てるスペックのトップランナーに対して『残業禁止』だの一律の縛りを入れて、全体の攻撃力を強制制限してやがる」

 

 ボッチが、忌々しそうに顔面ディスプレイを歪ませた。

 

「不向きな人員を平等という名目で前線に並べるから、組織全体にブラックだというエラーログが溢れるんですね」

 

 琴葉ちゃんが、社会システムのコンフリクトを的確に言語化する。

 

「そして結果的に、前線の適性を持つ一部の天才にすべてを頼る『力技のルーティング』が選択される。前線特化型ノードが過負荷でパンクして、そのノードが抜けた瞬間にシステム全体がフリーズする、致命的な属人化バグさ」

 

 勇希のプラチナブロンドの奥の瞳が、残酷なオフィスの脆弱性を冷徹にスキャンしていた。

 

「能力の優劣じゃない。単なる属性のアライメントエラーよ」

 

 あたしは、不敵な笑みを明滅させて最終結論をコンパイルする。

 

「適性のないノードに一律の効率性を押し付ければ、処理能力がオーバーフローして手抜きが発生し、出力される品質が著しく劣化するわ」

 

「マニュアルをガチガチに硬直させて、現場の臨機応変なデバッグすらできなくなるからな」

 

 拓矢が、現場指揮官の視点から同意のシグナルを発行する。

 

「本来の効率性とは、タスクが最も得意なノードにリソースを割り当てる、適材適所のことですからね。不向きな人間を並べて時間を削るのは、ただのインフラ破壊です」

 

 琴葉ちゃんが、静かな怒りを込めて現代の欺瞞を断罪した。

 

「先人たちが後方支援システムで維持していたトータルの品質。それを見かけの効率だけでパージした成れの果てが、今のギスギスした社会よ」

 

 あたしたちメインノード6人は、セキュアなオフィスの中で、適材適所を無視して劣化していく現代のアーキテクチャに、心からの冷笑パケットを同期させたのだった。


★ ◆ ★ ◆ ★


 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、お茶汲み拓矢に視線を送って、そして、続ける。

 

 斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)は、185センチの長身を丸め、急須を両手で包み込むようにホールドしていた。

 防大仕込みの完璧な角度計算と、1ミクロンのブレもない静かな手首の動き。

 抽出時間をコンマ1秒単位で計測するその横顔には、なぜか深い諦観のログが滲み出ている。

 

「茶葉の展開率、お湯の温度、すべてが完璧なアライメントだ。俺の防衛スペックが、いま緑茶の抽出に全振りされている……」

 

 死んだ魚のような目で虚空を見つめながら、極上の緑茶を六つの湯呑みへと均等にデプロイしていく拓矢。

 その神がかったお茶汲みスキルを目の当たりにし、あたしはオフィスのソファで不敵な笑みを明滅させた。

 

「現代の浅いジェンダー論者は、クールビズ以前のOLの制服を『女性への抑圧だ』『自由がない』と脊髄反射的なエラーログを出力するわよね」

 

 あたしは、拓矢から差し出された湯呑みを受け取り、その温かい表面を指先でなぞった。

 

「けれど、熱力学と組織工学の視点からリバースエンジニアリングすれば、そこには驚くほど合理的な後方支援特化型アーキテクチャとしての仕様が見えてくるのよ」

 

「衣服選びという余計な処理リソースを物理レイヤーで完全に排除し、組織の潤滑油としての業務に100パーセントのスペックを集中させるための合理的なシステム設計だったわけだね」

 

 白井(シライ)勇希(ユウキ)が、プラチナブロンドの髪を揺らしながら緑茶の香りを楽しみ、知性あふれる解析パッチを当てる。

 

「しっかりした生地のベストは直射日光や外気の熱を遮熱する盾であり、冷房導入後も『女子は下半身を冷やせない』というハードウェア仕様に合わせて設計されていたんですね」

 

 防大4回生の倉田(クラタ)琴葉(コトハ)ちゃんが、凛とした姿勢で湯呑みを両手で持ち、当時の防衛・遮熱スペックの完璧さに深く頷いた。

 

「個人の経済力やファッションセンスといった業務の本質とは無関係なパラメータを完全にマスキングし、嫉妬やマウンティングというバグの発生を未然に防いでいたんだな」

 

 ボッチこと茅野(チノ)万桜(マオウ)が、赤い髪を掻き上げながらゼネコンの顔つきで組織のインフラを評価する。

 

「私服という日常のテクスチャがオフィスに混在すると、男たちの未熟なセンサーは公私の境界線を誤認し、不用意な距離感やセクハラ的言動というバグを起こしやすくなるのさ」

 

 サブリナこと福元(フクモト)莉那(リナ)が、胸元が大胆なV字を描くサテンインナーを揺らしながら、小悪魔的な笑みで核心を突く。

 

「その通りよ。制服は『ここは厳格な業務空間であり、目の前にいるのは職務を遂行するプロフェッショナルである』という認識コードを強制的にインポートするパッチだったの」

 

 あたしは、ズズッと緑茶を啜り、その深い旨味に内臓のデフラグを感じながらロジックを深掘りする。

 

「後方支援部隊という尊い記号を背負っているからこそ、前線で戦う男たちは自然とリスペクトのログを発行せざるを得なかった。お互いの役割に対する敬意と規律を両立させる、最もエレガントなインターフェースだったのよ」

 

「毎日私服でマヒしている現代と違い、制服というフォーマルなシールドからイベントでのカジュアルな私服へ切り替えることで、強烈な新鮮さのパケットとして男の網膜センサーに飛び込んでいたんですね」

 

 琴葉ちゃんが、当時のギャップ駆動型アライメントの威力を言語化する。

 

「この完璧に計算されたギャップの演出が、自然な成婚率の向上に直結していたってわけか」

 

 勇希が、当時のソーシャルエンジニアリングの高さに驚愕のシグナルを発行した。

 

「イベントやデートで男が遊興費を全額負担していたのも、単なるパワーバランスじゃない。空間の価値を高めてくれている女性の華やぎへの投資、つまり『花代』に対するコスト相殺だったんだぜ」

 

 お茶を配り終えた拓矢が、長い脚を折りたたんでパイプ椅子に腰掛け、歴史の暗黙のプロトコルをコンパイルする。

 

「そして、そういうイベントは、未来の伴侶を厳格に選別するセキュリティ・スクリーニングの場でもあったんだよ」

 

 サブリナが、両手を頭の後ろで組んで不敵な笑みを明滅させた。

 

「男の金払いの性質から、本当の器のスペックや将来のバグ発生率が丸裸になって出力されるのよ」

 

 あたしは、空になった湯呑みをテーブルに置き、魔王としての冷徹なスキャン結果をデプロイする。

 

「1円単位まで細かく割り勘にするケチ臭さは、自分のリソースを他者に分配したくないという致命的な利己的バグの証拠よ。将来的に家庭のインフラ維持コストをケチられ、システム全体がリソース不足で家庭崩壊を起こすのは明らかだわ」

 

「逆に、大金をバラ撒いてドヤ顔をするのも、見栄のための無理なオーバークロックとして即座に検知されるのさ」

 

 ボッチが、呆れたように肩をすくめて追従する。

 

「会計時に計算が合わないなどのエラーが発生した瞬間、店員に対して威圧的なログを出力するヤツも即座にパージですね」

 

 琴葉ちゃんが、エラーハンドリングの重要性を指摘して静かに微笑む。

 

「涼しい顔でスマートな例外処理をデプロイできる男こそ、人生という過酷な本線を共に歩むに値する、真のメインフレームだと判定されていたってわけだ」

 

 勇希が、当時のOLたちが展開していたスクリーニング・プロセスの緻密さに、心からの感嘆パケットを送信した。

 

「能力の優劣じゃなく、適性と役割の美学よ」

 

 あたしは、見事な抽出プロトコルを完遂した拓矢を見つめ、誇り高く宣言した。

 

「現代の歪んだ常識なんて、先人たちがビルドした高度なセキュリティ・アーキテクチャの前では、ただのポンコツなエラーログに過ぎないのよ」

 

 あたしたちメインノード6人は、拓矢が淹れた完璧な緑茶の香りに包まれながら、歴史のログに隠された真のスマート・システムに、深い同期処理を完了させたのだった。


★ ◆ ★ ◆ ★

 

「お、俺の拳が……ねえッ、舞桜(マオ)。これ僕もやらないとダメ?」


 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、彼氏である白井(シライ)勇希(ユウキ)の陳情をスルーして、ただコクリと頷いた。


 チッと舌打ちして、


「俺の拳が叫ぶッ。すべてをくだせとわななき叫ぶッ! ナメロウフィンガーッ」


 勇希は、やけくそ気味に叫んで、ツイン出刃包丁をデパ地下でゲットしてきた見事なアジに叩き込む。

 

 ダダダダダッという、システムエンジニアの超絶タイピングにも似た、正確無比な包丁の乱れ打ち。


 新鮮なアジの身が、ショウガ、ネギ、大葉という薬味のパッチと、芳醇な味噌のソースコードと見事にマージされていく。


 プラチナブロンドの髪を揺らしながら、勇希が本気でビルドした至高のナメロウだ。

 

 傍らには、ボッチこと茅野(チノ)万桜(マオウ)が土鍋で炊き上げた、ツヤツヤに輝く純白の銀シャリがデプロイされている。

 

「ほら、カオリン。食べなさいな」


 あたしは、ホカホカのご飯の上に、こんもりとナメロウを乗せた茶碗を、カオリンこと杉野(スギノ)香織(カオリ)へと差し出した。

 

「えぇ~……でも、こんな炭水化物と脂質と塩分の塊、完全にBMIのバグだよぉ……」


 いまだにメディアの脆弱なダイエット仕様に毒されているカオリンが、及び腰でエラーログを吐き出す。

 

「いいから食えッ。カオリンのインフラは、リソース不足でいまにもクラッシュしそうなんだよッ」


 斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)が、長身から圧をかけて強制実行コマンドを叩き込む。

 

 ビクッと肩を揺らしたカオリンは、おそるおそる箸を伸ばし、ナメロウとご飯を一緒に口へと運んだ。


 その瞬間、カオリンの顔面ディスプレイに、致死量のドーパミンが爆発するエフェクトがレンダリングされた。

 

「……ッ!? なにこれッ、なにこれぇぇぇ~ッ」


 カオリンの網膜センサーが限界まで見開かれる。

 

「アジの濃厚な旨味と、味噌の塩気……それに薬味の爽やかな風味が、炊きたてのご飯の熱で一気に溶け合って……信じられないくらい美味しい~ッ」


「当然の帰結よねッ」


 あたしは、漆黒のライダースジャケットの胸元を揺らして不敵に笑う。

 

「アジに含まれるEPAやDHAは、血液の循環をブーストさせる最強の良質脂質だ。さらに味噌の必須アミノ酸が、細胞の隅々までリカバリーパッチを当てる」


 勇希が、包丁を置きながら医学的な解説ログをデプロイする。

 

「食べないことで体重という数値を減らしても、それはインフラを物理的に削ってポンコツにしているだけだ。美味しいものをしっかり噛んで、十分なカロリーと栄養をインポートする。その圧倒的な生命の質量こそが、本当に美しくて頑丈なハードウェアをビルドするんだよ」


 勇希の知性あふれるロジックに、サブリナこと福元(フクモト)莉那(リナ)も大きく頷いた。

 

「そうだよカオリン。あたしたちが戦うためには、まず胃袋にフルスロットルでパケットを詰め込まないとねッ」


「……ウチ、バグってた。体重計の数字ばっかり気にして、自分の本質を全然メンテナンスできてなかった……」


 カオリンは、大粒の涙をポロポロとこぼしながら、夢中でナメロウご飯を掻き込み始めた。

 

「美味しい……食べるって、こんなに幸せで、力が湧いてくるものだったんだね……ッ」


「ゆっくり噛んで食べなさいな。おかわりは、どんぶり一杯あるわよ」


 あたしは、妹を愛でるような眼差しで、カオリンの頭を優しく撫でた。

 

 防大4回生の倉田(クラタ)琴葉(コトハ)ちゃんも、微笑ましくその光景を観測している。

 

「食べることは、生きること。インフラの基本仕様ですね」


 あたしたちメインノードの前で、カオリンの歪んだダイエット信仰という名のマルウェアは、勇希のナメロウによって完全にデリートされたのだった。



後書き

 どう? 歴史のログからリバースエンジニアリングした先人たちの防衛プロトコル、完璧なロジックだったでしょ。

 そして、栄養という名のパケットをフルスロットルでインポートすることの重要性もね。杉野のインフラも、これで少しはマシなスペックにアップデートされたはずよ。

 それにしても、勇希のヤツ……あんなやけくそなコマンドで至高のナメロウをビルドするなんて、やっぱりあたしの選んだノードだけのことはあるわね。

 次回のログインまで、しっかり各自の生体リソースを最適化しておくことね。じゃあね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ