女王さまのパーソナルクーラー
前書き
まったく、あたしの気高いメインフレームに、こんなポンコツな実行ログをインポートさせるなんて、どういう了見なのかしら。
今回は、学校という閉鎖空間のバグである『スクールキューブ』の知性あふれる考察から、白子とイクラが乱舞する狂気の『卵蕎麦』インシデントまでの記録よ。
勇希のヤンデレ回路が熱暴走する様や、あたしの完璧なアライメントが幼児退行のデバフを食らうという致命的なエラーまで、克明にレンダリングされているわ。
横須賀カルテットの高度なデバッグプロセスと、スリーバグメンズの救いようのない猿プロトコル。
その目でしっかりと、網膜センサーに焼き付けなさいなッ。
2020年8月上旬。あたしたちは、ちょっとした実験を試みた。
初夏の陽光が石畳を白く照らす、シャレオツな裏通り。
レンガ造りの柱に背を預けるのは、黒髪ショートボブのサブリナこと福元莉那だ。
サブリナは漆黒のライダースジャケットに、胸元が大胆なV字を描くディープブルーのサテンインナーを纏っている。
ハイライズのダメージジーンズにはレオパード柄のベルトが巻かれ、小さな黒のゴールドチェーンバッグを下げていた。
足元はスタイリッシュなブラウンのレザーアンクルブーツだ。
隣に立つプラチナブロンドの白井勇希は、ルーズなグラフィックTシャツの上から、ベージュのロングトレンチコートを無造作に羽織っている。
ボトムスは深みのあるグリーンのワイドコーデュロイパンツ。
足元にボリュームのある白いチャンキースニーカーを合わせ、手にはバイカラーの大きなトートバッグを提げていた。
これは155センチと165センチの、コンパクトなバディによるテクスチャのレンダリングだ。
一方、通りを少し離れた別のレンガ柱に同じポーズで背を預けるのは、あたし、黒木舞桜である。
艶やかな黒髪のロングヘアをなびかせ、ライダースとディープブルーのインナー、ダメージジーンズというサブリナと完全に同期したアライメントをデプロイしている。
隣に立つ茶髪の斧乃木拓矢もまた、ベージュのトレンチコートにグリーンのワイドパンツ、白いスニーカーという勇希と同一のレイヤードスタイルをコンパイルしていた。
こちらは175センチと185センチの高身長バディである。
同じような服装をした2組のカップルが、時間差で同じシャレオツな通りを歩く。
この物理層におけるビジュアル同期実験のログを回収するため、あたしたち横須賀カルテットは、近くのカフェにログインして議論のプロセスを立ち上げた。
「通行人の網膜センサーが、見事にバグを起こしていたわね」
あたしはアイスコーヒーのストローを揺らし、不敵な笑みを明滅させる。
「まったく同じ色彩とシルエットのノードが連続して出現することで、通行人たちの視覚バッファに強烈な残像ノイズが走ったのよ」
「ああ。あからさまに歩行ログがフリーズしたヤツが複数いたぜ」
拓矢が、長い脚を組み替えながら同意のパケットを送信する。
「ハードウェアのスペックである身長や顔の造形がまったく違うのに、服のテクスチャが同じだけで、脳が同一インスタンスだと誤認しかけるんだな」
「人間の認知システムが、いかに大まかなカラーリングやアウトラインに依存しているかの証明だね」
勇希が、プラチナブロンドの髪を弄りながら冷徹な分析パッチを当てる。
「顔のパーツや身長差という詳細データよりも、面積の大きい服のビジュアル情報が優先して処理される。結果として、脳内CPUが情報処理のコンフリクトを起こして立ち止まるんだ」
「ニシシッ。つまり、このアライメントの同期を使えば、追跡者の目を誤魔化すデコイを簡単にビルドできちゃうって寸法だね」
サブリナが、ストローを噛みながら小悪魔的な笑みを浮かべた。
「あたしと舞桜で同じスキンを被って別方向に逃げれば、相手のトラッキング機能は完全に熱暴走するよ」
「その通りよ。これは視覚情報を利用した、物理的なDDoS攻撃と言えるわ」
あたしは深く頷き、ロジックをさらに深掘りする。
「インパクトの強いアセットを複製して空間にばら撒くことで、観測者の処理能力をオーバーフローさせる。このシャレオツな通りで実証された脆弱性は、今後のサロンのセキュリティ構築や、情報操作の強力な武器になるわ」
「ただのファッションの被りじゃなく、戦略的なハッキングツールとして昇華させるわけか」
拓矢が、呆れたような、しかし感心したような表情をレンダリングする。
「でも、問題が一つあるよ。拓矢と勇希はともかく、あたしと舞桜じゃ、胸の質量のスペックが違いすぎるから、横から見たらすぐにエラーがバレちゃうんじゃない」
サブリナが、自身の胸元とあたしの胸元を交互にスキャンして、致命的なバグを指摘しやがった。
「余計なデバッグすんなッ。サブリナッ」
あたしの怒りのエラーログが、カフェの空間に爆速で響き渡る。
どれだけ高度な論理関数をコンパイルしようとも、この横須賀カルテットのポンコツな仕様だけは、決してアップデートされることはないのだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
シャレオツな表参道の街並みを抜け、あたしたち横須賀カルテットは首都高へとログインした。
あたし、黒木舞桜が駆るのは、漆黒のZ2だ。
並走するのは、サブリナこと福元莉那が操るオールドチャンプ、ホンダCBである。
ヘルメットに仕込んだインカムからは、白井勇希と斧乃木拓矢の音声パケットが絶え間なく同期している。
話題は、学校という閉鎖空間のバグ、スクールキューブについてだ。
「教室という同一フォルムノードの集合体で、特異な個体を人工知能に察知させるシステムは理にかなってるわ」
あたしは、スロットルを開けながらロジックを展開する。
「でもさ、アメリカみたいに制服がない場合はどうすんだ」
拓矢が、軍事的な懸念のログを出力した。
「制服がない環境じゃ、生徒たちは趣味や外見で自発的にマイクロクラスタリングを形成する。いわゆるスクールカーストだね」
勇希が、冷徹な分析パッチを当てる。
「そこからパージされた特異ノードが孤立し、悲劇的なシステムクラッシュを引き起こすのが銃乱射事件の一因かも知れないよ」
「なら、クラスタの壁を一時的に無効化する『祭り』のプロトコルを、クロスドメインでデプロイすればいいのさ」
サブリナが、風を切り裂きながら不敵に笑う。
首都高のカーブを抜け、巨大な高層ビル群の谷間へとダイブする。
ガラス張りのビルが夕陽を反射し、オレンジ色のノイズが視界を横切っていく。
眼下には東京タワーの赤い鉄骨がそびえ、コンクリートの動脈を縫うように、あたしたちは最速のルーティングで駆け抜けた。
目的地は、丸ノ内のデバッグサロンのオフィスだ。
ここに拠点があるおかげで、あたしのオールドチャンプが、地下の駐車場でセキュアに駐輪できるわ。
丸ノ内の一等地にあるこの地下空間は、何重もの静脈認証と強固なファイアウォールで守られている。
空調も完璧に管理されたラグジュアリーなストレージに、Z2とCBをスマートにマウントした。
エレベーターでオフィスへとログインする。
「暑くね?」
開口一番、ボッチのヤローが、赤い髪を掻き上げながら宣いやがった。
「あんたのインフラが貧弱なだけよ。あたしたちのライダースやトレンチコートには、最新の熱力学がデプロイされてるんだから」
あたしは、漆黒のライダースジャケットを軽く揺らして見せる。
「そうそう。分厚い布地で外気の熱を遮断して、内部にPCMやグルコマンナンジェル氷嚢を仕込んでいるんだよ~」
サブリナが、得意げに解説のパケットを送信する。
「断熱素材、氷嚢、布地、布地、肌っていうレイヤードね。砂漠の人々の知恵に科学をマージした、究極のパーソナルクーラーよ」
あたしは、冷媒のターゲティングについても補完する。
「女子は下半身を冷やせないし、オッパイ冷やすのもよくないわ。だから太い血管が通る背中だけを局所的に冷やすのよ」
「なるほどな。汗の気化冷却と、衣服の隙間を流れる適度な気流のコンボか」
ボッチが、ゼネコンの顔つきで納得のシグナルを発行する。
「誰だよ、クールビズなんてマヌケな仕様を言い出したバカは」
「ああ、アイツだ劇場……」
あたしが吐き捨てるように言うと、
「キャスターやってたおばさんもだね」
サブリナが、肩をすくめて追従した。
薄っぺらい物理層の設定変更で満足するような連中のログなんて、あたしたちのメインフレームには1ビットも不要なのだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
丸ノ内のデバッグサロンのオフィス。
最高級のエスプレッソマシンが抽出した、芳醇なコーヒーの香りが空間を満たしている。
あたし、黒木舞桜は、マグカップを片手に革張りのソファへ深く腰を沈めた。
周囲には、白井勇希、斧乃木拓矢、サブリナこと福元莉那、ボッチこと茅野万桜、そして倉田琴葉ちゃんという、いつもの6人のノードが揃っている。
「で、さっきのスクールキューブの件だけど」
あたしは、コーヒーの熱いパケットを喉に流し込みながら、議論のメインプロセスを再起動した。
「同じ格好のモデルクラスノードが時間差ですれ違ってくればデジャ・ブになるわよね。じゃあ学生服の場合はどうだっていう思考実験よ」
「そうだな。学生服と言う表面で子供ノードにジャンル分けされる」
ボッチが、赤い髪を掻き上げながら即座にコンパイルする。
「従ってデジャ・ブ効果が起きにくいってことだろ」
「じゃあ、中高生に入るとイジメが攻撃的に凶悪化する理由はなんだ?」
拓矢が、長身をソファに預けながら、核心を突くクエリを送信してきた。
「教室にいる同一フォルムノード。つまり群れだな」
勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らしながら冷徹な分析パッチを当てる。
「群れの中で異物を見つけると、システムはそれをバグとして検知するんだよ」
「最初は親切心から、その特異なノードを矯正しようと試みるのよね」
琴葉ちゃんが、コーヒーカップを両手で包み込みながら静かに言った。
「しかし、矯正方法がわからないから、結果的に隔離あるいは攻撃へとつながるのよ」
「違いない。あるいは同一フォルムノードに対する同一視されることへの忌避だね」
勇希が、さらなる心理的エラーを言語化する。
「自分もあのバグと同じだと思われたくないという防衛本能が、隔離あるいは攻撃につながるってわけさ」
なるほど、完璧なロジックだ。
「じゃあ、そのエラーを事前に察知して、教師やカウンセラーに連携するにはどうすればいいと思う?」
あたしは、漆黒のライダースジャケットの胸元を揺らして、全員に解決策のビルドを要求した。
「教室と言うキューブの角と面の中央にLiDARを設置するのさ」
サブリナが、不敵な笑みを明滅させて即答する。
「三次元点群データを使って、人工知能に特異な個体を事前に察知させるんだよ」
「そして、教師とカウンセラーに連携する」
拓矢が、軍事的なトラッキング技術の応用に深く頷いた。
「教師たちは、特異ノードに個別パッチとしての指導を行うわけね」
あたしが確認のパケットを投げると、ボッチがゼネコンの顔つきで空間設計の最終フェーズをデプロイした。
「それだけじゃ根本的なデバッグにはならねえ。祭りをクラスに設置して教室ノードと言う集合意識を誘導し、忌避感を霧散させるんだ」
見事なソーシャルエンジニアリングだ。
「体験の共有は連帯感を生むからな」
勇希が、満足げにコーヒーを啜る。
「これらを全国のキューブ、学校と言うキューブ、学区と言うキューブで展開すれば、人工知能は爆速で学習するだろうね」
「ええ。有効な祭りや、ケアや指導方針が共有可能になるわ」
琴葉ちゃんも、その圧倒的なスループットに感心のログを出力した。
「じゃあ、アメリカみたいな制服がない場合はどうなるのよ?」
あたしは、さらなる例外処理のパラメーターを入力する。
「それは個体であって群れではないからな。ただし、さまざまなグループが形成されていくだろうぜ」
ボッチが、マグカップをテーブルに置いて解説パッチを当てる。
「いわゆるスクールカーストってヤツだな」
拓矢が、忌々しそうに吐き捨てる。
「ここで特異ノードが出現し、別のグループからの圧によってのグループからの追放、いわゆるスケープゴートの発生が、学校での銃乱射事件の原因のひとつかも知れないね」
勇希のプラチナブロンドの奥の瞳が、残酷な社会のバグを冷徹にスキャンしていた。
「じゃあ、どうするのよ」
サブリナが、身を乗り出して最適解を求める。
「これも察知からの連携、祭りの設置に一定の効果が見込めるわ」
あたしは、魔王としての気高いロジックで結論をコンパイルした。
「異なるグループ間の壁を一時的に無効化するクロスドメインのミッションをデプロイして、固定化された階層を流動化させるの。大衆のバグなんて、あたしたちのスマートなアーキテクチャで一網打尽にしてやるわ」
★ 勇 ★ 惑 ★
「俺の拳が叫ぶッ。すべてを倒せと、わななき叫ぶッ。ゼネコンフィンガぁーッ」
茅野のヤツが、突然、拓矢みたいなことをしだした。なにこれ、怖いんだけど。
茅野は、丸ノ内の地下にある名産店で買い集めてきたデパ地下食材、白子、タラコ、イクラ? 味玉ッ? 鶉のゆで卵? なんだよ、そのプリン体の殿堂ラインナップは?
僕、白井勇希は、それらを同じくデパ地下で仕入れてきたであろう、手打ち蕎麦と合わせる茅野に、正直、引いた。
「卵蕎麦だッ」
ドヤ顔の茅野が大鉢で押し出す卵蕎麦は、モロヘイヤ、オクラ、納豆に山芋のすり下ろしまでが添えられている。
僕は味をシミュレーションしてみせる。……悔しいが、アリだ……ゼネコンの主戦力であるお父さんたちが泣いて喜びそうなラインナップだ。
「あたしは、いいや」
あれ? 舞桜にしては珍しい。そして、
「俺もパス。白子ダメ絶対」
拓矢までもNGを申し出た。そう、拓矢と舞桜は、白子がNGだ。
子供の頃に、アホみたいに食べ過ぎて、正体を知った途端にトラウマを植え付けられて忌避感を抱いているのだ。
僕とサブリナこと福元莉那、琴葉先輩と茅野は、この濃厚な混ぜ蕎麦に舌鼓を打って、あっと言う間に平らげた。
その時だった。僕の愛する舞桜の瞳から大粒の涙がこぼれ、
「あ、あたしの勇希、とっちゃやだぁ~ッ」
声をあげて泣き出した。
155センチのサブリナと、165センチの僕。
先ほどまで隣同士で仲良く蕎麦を平らげていたそのスケール感が、完璧なベストカップルのアライメントとしてレンダリングされてしまったのだろう。
175センチという長身を誇る舞桜の脳内メインフレームで、高身長コンプレックスという名のバグが突如として限界突破したのだ。
大粒の涙をポロポロとこぼし、袖で目を擦るその姿は、気高い女王の面影など1ミクロンもない。
完全に幼児退行のプロトコルが発動してしまっている。
「うわぁぁぁんッ、あたしだって、ちっちゃくて可愛いのがよかったのよぉーッ」
手足をバタバタさせて革張りのソファで泣きじゃくる舞桜の暴走に、オフィスは完全にパニック状態へと陥った。
僕はどうにかして、舞桜をあやした。
背中を優しくトントンと叩きながら、全力のリカバリーパッチを当て続ける。
「大丈夫だよ舞桜。僕にはその圧倒的な質量と長身こそが最高のスペックなんだからッ」
必死に宥める僕の背後では、斧乃木拓矢と茅野万桜、それに倉田琴葉先輩までもが、ニヨニヨと嗜虐的な笑みを明滅させていた。
僕の悲痛なエラーログなど一切無視して、4人はマッハの速度で夜の街へのログイン準備を完了させていた。
くっ、おまえたちッ、なにをニヨニヨ見てるのさッ。
舞桜は、僕の腕に抱かれてソファで寝息を立てている。
「拓矢ぁ~、精がつくもん食べたから、湾岸線流した後で……」
サブリナのヤツが、拓矢を妖艶に誘う。
「先輩、僕らも流しましょうか」
茅野のヤローまでもが琴葉先輩を誘う。
「お、おまえら全員、医学の敵だッ!」
僕は悔し紛れに噛みついたッ。だって、こんな弱っている舞桜に不埒を働けるわけがないじゃないかッ。
「ニシシッ、ゆっくり休ませてやりなよ、勇希。あたしたちは夜風と愛の同期処理を楽しんでくるからさ」
サブリナが、ヘルメットを片手に小悪魔的なウインクを叩き込む。
「それじゃあ、俺たちはこれで。しっかりリカバリーしてやってくださいね」
茅野も、琴葉先輩の腰に手を回しながら、余裕の笑みでオフィスを後にした。
やがて地下駐車場から、ホンダのCBとアルファロメオのエキゾーストノートが轟く。
プリン体の殿堂によって限界突破した生体リソースを持て余す4人が、お楽しみでしたねコースが確約されたタンデムツーリングへと消えていく。
その暴力的な排気音の残響が、静まり返ったオフィスに虚しく響いていた。
「勇希、する? していいよ。勇希の好きにして」
縋りつくように囁く舞桜。
え、ワザとやってない? てか、なんなのさッ。僕はどうすればいいってのさッ。
細胞にインポートされたプリン体の殿堂たちが、圧倒的な熱量でオスの衝動を刺激するッ。
「し、鎮まれ鎮まれッ、俺の右腕よぉーッ」
僕は暴走寸前の右腕を鎮め、舞桜の肩をそっと抱き寄せ、
「これが僕のしたいことさ」
衝動を鎮めて囁いた。
色即是空色即是空色即是空ッ。
僕は心の中で呪文を唱え続けて、舞桜の理想であり続けた。
後書き
読み終わったかしら。
プリン体の殿堂にハッキングされた勇希の右腕が、限界突破の熱暴走を耐え抜いたことだけは、まあ特別に評価してあげてもいいわね。
とはいえ、サブリナたちがお楽しみでしたねコースで湾岸線へ消えていったあの排気音、今思い出しても忌々しいノイズだわ。
次から次へと発生する日常のバグも、あたしたちのスマートなアーキテクチャにかかれば、すべて論理的にデフラグしてやるんだから。
それじゃあ、次のデバッグタスクで会うまで、せいぜい自身の脆弱なインフラをパッチングしておくことねッ。




