女王さまのドSプロトコル
前書き
まったく、なんであたしがこんなログを公開しなきゃならないのよ。
今回は、あたしたちが九段下のセキュアな密室でデプロイした、次世代の空中物流アーキテクチャについての記録よ。
ただのラブホ……じゃなくて、防音マルチスペースで極上の与兵衛寿司を堪能しながら、日本のインフラを根本から書き換える狂気のメガプロジェクトをビルドしたんだから、感謝して読みなさいな。
多層構造の飛行船インフラから、空飛ぶ通信中継基地局のメガロポリス構想まで、あたしたちの演算回路が叩き出した最高効率のロジックが詰まっているわ。
まあ、最後は予想通り、どうしようもないプロトコルの熱暴走で一部のノードが強制終了したんだけどね。
それじゃ、あたしたちの最高に知性あふれる(一部バグまみれの)セッションを、とくとスキャンしなさいッ!
俺、斧乃木拓矢は困惑しつつあった。
あれ? 黒木舞桜って、こんないい女だったっけ?
視線の先に、夜の外苑の銀杏並木が温かいオレンジ色のストリングライトに照らされている。
そこに写る黒髪ショートの女は、漆黒のライダースジャケットに、ダメージ加工が施されたダークブルーのハイライズスキニーデニムを合わせている。
黒のクロップド丈のインナーからは、引き締まった腹部が露わになっていた。
その隣で不敵に笑うもう一人の女。
白いオフショルダーのニットに黒のミニスリットスカートを穿き、幾重にも重なるネックレスを揺らしている。
どう見ても、俺の彼女である福元莉那のアライメントなのだが、その髪型や雰囲気は完全に舞桜をトレースしていた。
「奇遇だねバカ拓矢。どうやら僕と君は、サブリナの術中にハマってしまったようだよ」
極道ヤンデレ王子こと白井勇希が、天を仰いで宣う。
その視線が、莉那の豊かな胸元へと無意識に貼り付いているのがわかる。
当然だ。莉那のヤツ、舞桜と容姿を似せているだけでなく、その暴力的なまでの質量を強調する服装をデプロイしているのだから。
「拓矢、これを見なよ」
そう言って勇希がフューチャーフォンのモニターを俺に提示してきた。
そこは茅野万桜のヤツが、実家のゼネコンを動かして新規オープンさせた、釣りを体験できるレストランだ。
テーマはトム・ソーヤ。
そのオープニングを飾る画像には、ログハウス風の建物と木製の柵、そして背景にはお台場のフジテレビらしき球体展望台がレンダリングされている。
そこに写っているのは、片紐を外したデニムのオーバーオールに白いシャツを羽織ったセクシーカジュアルな女。
そしてもう一人は、サファリカラーのショートパンツにデニムシャツを合わせ、黒いリブインナーを覗かせたスタイリッシュな女だ。
あれ、これ倉田琴葉先輩のはずだろ?
お、俺の莉那に寄ってねえかッ。
「これは由々しきことなんだよッ。拓矢ッ」
勇希が切実なエラーログを吐き出す。
「僕は倉田さんや、そして、幼馴染であるサブリナのことはもちろん好きだッ。でも、情愛じゃないッ。しかしッ」
勇希が声を詰まらせる。
ああ、わかっているぜ勇希。俺だって同じ致命的なバグに直面しているんだ。
「男性の脳内メインフレームに組み込まれた、クーリッジ効果という名の逃れられない進化の呪いだな」
俺が重々しく頷くと、勇希が医学的な知見をコンパイルし始めた。
「その通りだ。オスというハードウェアは、自らの遺伝子を可能な限り多様な個体へばら撒くよう、根源的なプロトコルで設計されている」
勇希は、プラチナブロンドの髪を揺らしながら解説パッチを当てる。
「だから、どれだけ現在のパートナーを深く愛していようと、視覚情報として『見知らぬ魅力的な個体』という新規のテクスチャを認識した瞬間、脳の報酬系が強制的にハックされるんだ」
「ああ。つまり、莉那や倉田先輩が、舞桜という『新しいビジュアルスキン』を被ったことで、勇希や俺の脳内CPUがそれを新規の生体アセットだと誤認してやがるんだ」
俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「中身はよく知る恋人や仲間なのに、外見のインターフェースが劇的にアップデートされたせいで、新鮮な遺伝子交配のチャンスだとドーパミンが限界突破してしまう」
勇希が、己の欲望のメカニズムを冷徹に言語化していく。
「これは愛情の欠落じゃない。生命というシステムが数億年かけて構築した、オスの悲しき生存戦略の熱暴走なんだよッ」
「惑わされるんじゃねえッ。この猿どもッ」
勇希と俺を叱責してくる茅野のヤロー。
こいつは、赤い髪をラフに流したゼネコン御曹司であるが故に、俺たち横須賀カルテットと違って性欲のパラメータが薄く設定されているようだ。
「薄くねえわッ。普通だわッ。おまえらがお盛ん過ぎんだよ」
呆れたように抗議のパケットを叩き込んでくる茅野。
だが、この圧倒的な視覚的ハッキングの前に、勇希と俺の猿プロトコルはすでに停止不可能な領域へと突入しつつあった。
★ 万 ★ 防 ★
そんな俺たちの様子に気づいた女王さまの口元に、蠱惑的で嗜虐性を伴う笑みが差された。
俺、茅野万桜は戦慄する。
「じゃあ、今夜は相棒かえて歩いてみましょうか。あたしはボッチ、勇希がサブリナと、拓矢は琴葉ちゃんとよ」
ああ、そういうことか。俺たち完全にハッキングされてるぜ。
俺は、サブリナたちの真の狙いをコンパイルし、背筋に冷たいエラーログを走らせた。
「……気づいたかい、茅野。サブリナたちの狙いは、新しいアライメントによる遺伝子交配の促進じゃない。これは『ドSプロトコル』の発動だ」
白井勇希が、冷や汗を流しながらロジックを展開する。
「女子というハードウェアは、妊娠と出産という長期間のプロセスに莫大なリソースを割くよう設計されている。だから、オスのように手当たり次第に新規のテクスチャへ反応するようなバグは実装されていない」
「ああ。遺伝子の多様性より、確実なリソースを提供してくれる優秀な単一ノードを見極める『質』のプロトコルが優先されるからな」
俺が同意のパケットを返すと、勇希は絶望的な表情で頷いた。
「つまり、サブリナたちがわざわざ舞桜のビジュアルスキンを被っているのは、自身の性欲を満たすためじゃない。クーリッジ効果に踊らされる俺たちの理性が、ドロドロに溶けて崩壊していく様を特等席で観測して楽しむための、極めて悪質なハッキングなんだよッ」
「サブリナッ。グッジョブッ」
サムズアップする女王さまと、
「ニシシッ。勇希、触りたいなら我慢しなくていいよ~ッ」
小悪魔サブリナッ。コラッ。腕を組むんじゃないッ。
「おい女王さまッ。オッパイあたってんぞッ」
俺は顔面をプラズマ級にバーニングさせて抗議のパケットを叩き込んでやる。無駄だと知りながら……。
白井のヤローは、
「し、鎮まれ鎮まれ俺の右腕よぉ~ッ」
全力でアホだな。斧乃木拓矢のヤローはと言えば、
「足元がお悪くなっております、お嬢様。どうぞ、私の腕をお使いください」
見れば、斧乃木は琴葉先輩からの密着バグに対し、一流ホテルのコンシェルジュのような完璧な営業スマイルと、ミリ単位で計算された優雅なエスコート所作をデプロイしていた。
紳士的でありながら絶対にパーソナルスペースのコアへは侵入させない、鉄壁のファイアウォール。過剰な敬語と洗練された振る舞いで、琴葉先輩のセクシーなアプローチを尽く無効化している。
て、天才かッ。あいつは?
俺もコンシェルジュモードでやり過ごそうと、居住まいを正したその瞬間。
「ねえ、万桜お兄ちゃん」
俺の防衛プロトコルを察知した黒木舞桜が、上目遣いで牽制の『妹モード』を発動させやがるッ。
舐めんじゃねえぞッ。
俺には、本家に歳の近い姪の友梨と甥の健二がいる。高校生と中学生のヤツらの面倒を見てきた俺の脳内ストレージには、圧倒的な保護者権限のパッチが保存されているんだ。
「はいはい。どうしたの~? お小遣い足りないのかな~? それとも宿題終わってないのかな~?」
俺は、魔王の蠱惑的な視線に対して、休日の父親のような気の抜けたトーンで頭をポンポンと撫でて往なしてやる。
色気という名のマルウェアを、圧倒的な『身内・子ども扱い』というフォーマットで強制的に上書きしてやったのだ。
「なッ、なに子ども扱いしてんのよぉ~ッ! あたしの方が年下なんだからねッ!」
狙い通り、妹モードの論理エラーを突かれた舞桜が、プラズマ級に顔を赤くして抗議のエラーログを吐き出した。
★ 万 ★ 防 ★
地下鉄の改札へ向かうトラフィックのなか、あたしたちは揃って東京メトロ半蔵門線のホームへとログインした。
夕闇の狂騒から遮断された地下空間には、規則的な空調のノイズと、滑り込んできた電車の風が清涼なパケットとして流れている。
車内に乗り込み、吊り革を掴んで揺られていると、舞桜が唐突にアホなログをデプロイし始めた。
「飛行船って、どうして廃れたのかしらね?」
「は? おまえ、急に何を言い出して……」
俺がジト目のパケットを送信する間もなく、舞桜の脳内メインフレームが爆速で書き換わっていく。
「だって、飛行船が交通インフラに復帰すれば、流通が変わるぜ? ちょっと待ちなさいな。お台場に行く予定は急遽変更よッ。九段下で緊急降車するわよッ!」
「「「ええええーッ!?」」」
半蔵門線の車内に、俺たちの悲鳴が完璧に同期して炸裂した。
九段下駅の階段を駆け上がり、地上へログアウトすると、そこには九段の高台へと続く広大な空間レイヤーが広がっていた。
「ほら、見なさいな。この上空の圧倒的な帯域幅を」
舞桜は、漆黒のライダースジャケットを翻し、夜空を見上げて不敵に笑う。
「飛行船なら、滑走路という莫大な初期アセットが不要。ヘリコプターよりも燃費のスペックが遥かにセキュアで、クレーン車並みの超重量パケットを都市の真ん中へピンポイントでデプロイできるのよ」
「確かに、歴史的なバグとしてはヒンデンブルグ号の水素爆発というエラーがあるけれどね」
勇希が、プラチナブロンドの髪を弄りながら、即座に技術的なパッチを当てる。
「現代の非可燃性ヘリウムと炭素繊維の複合素材という最新のパッチを当てれば、最高効率の空中貨物インフラとしてリブート可能だ」
「なるほどな。九段下のこの高台を巨大な空中コンテナターミナルにリフォームすれば、丸ノ内や大手町への垂直アクセスが確立され、都市物流のボトルネックがイッキに解消される。チャラくねえ、これはガチのメガプロジェクトだ……」
俺のゼネコン脳が完全にマージされ、思わず唸る。
「でしょ? だから言ったじゃないの。ちなみに、あたしたちが立ち上げた防音セキュア・マルチスペースの1号店、まさにこの九段下にあるのよねッ」
舞桜が、したり顔でウインクを投げてきた。
そう。カオリンをCFOに据えて、減価償却と法人税のバグを根本からハックするためにビルドした、あの例の防音セキュア・マルチスペース事業の記念すべき第1号拠点だ。
「おいおい、お台場をパージしてここに誘導したの、最初からそれが目的だったろッ」
俺の抗議のパケットを、女王さまは「当然の帰結よねッ!」とマッハの速度でデリートし、サロンのネオンが妖しく光る九段下の路地裏へと、高いヒールを響かせて堂々とログインしていった。
★ ◆ ★ ◆ ★
ここはラブホと同じ構造だ。
物理的なセキュリティが担保された密室でありながら、多目的に運用できる究極のセキュア空間。
この部屋のコンセプトは、『スチームパンク風の豪華客船のプライベートキャビン』だった。
壁面には真鍮のパイプが走り、重厚な革張りのソファとマホガニーの巨大なテーブルが鎮座している。
あたし、黒木舞桜は、そのソファに深く腰を沈めながら、目の前にデプロイされた豪勢な食事のパケットを眺めていた。
これらはすべて、ボッチこと茅野万桜がお台場にオープンさせた『トム・ソーヤ』から転送されてきたものだ。
あの店はただのテーマレストランじゃない。地下に巨大な生け簀、つまり釣り堀のインフラを備えた体験型の厨房なのだ。
そこで調理された極上のメニューが、街を飛び交う既存のフードデリバリーサービスのネットワークをフル活用して、この九段下の密室までマッハの速度で運ばれてくる。
店舗のコース料理に余剰が出ても、こうして別拠点で消費すればリソースは1ミクロンも無駄にならない。完璧なエコシステムだ。
テーブルには芳醇な赤ワイン、生け簀から直行した小洒落た魚のカルパッチョ、そしてあたしが強硬に推した与兵衛寿司の豪快な桶が並んでいる。
「で、さっきの続きだけど。飛行船が葉巻型でなきゃ駄目って、誰が決めたのよ」
あたしは、艶やかな赤身の握りを箸でつまみながら、唐突に議論のメインプロセスを再起動した。
「流体力学的な空気抵抗の最適解だからね。でも、確かに絶対のルールじゃない」
白井勇希が、ワイングラスを傾けながらプラチナブロンドの髪を揺らす。
「なら、多層構造のフラットな形状じゃイケナイ理由はなに? 積載量を最大化するなら、そっちの方が理にかなってるじゃない」
あたしがワインを喉に流し込んでロジックを展開すると、斧乃木拓矢がカルパッチョを頬張りながら頷いた。
「墜落時のリスクがネックだろうが、それも設計のデバッグでなんとかなる。多層構造にして、コンテナ自体に冗長構成のパラシュートを標準装備させればいい」
「違いない。さらに着地時に複数のエアバッグを展開するプロトコルを実装すれば、物理的なダメージはほぼゼロに抑え込めるぜ」
ボッチも、寿司を放り込みながらゼネコン特有の安全基準パッチを当ててくる。
「じゃあ、最適な形状はなんになる? エイみたいな平たい形か?」
拓矢の問いに、勇希が空中に仮想のディスプレイを描くように指を動かした。
「例えば、物流の要衝である新潟と東京のルート。これを飛行船のインフラで繋ぐとしたら、どれくらいのクロック数で到達できると思う?」
「直線距離で約250キロ。時速100キロ出せれば、2時間半から3時間ってとこか」
ボッチが即座に演算結果を返す。
「待って。でも途中に山脈の壁があるじゃない。そこを越えるには、相当な高度のスペックが必要になるんじゃ……」
サブリナこと福元莉那が、懸念のログを出力した。
「高高度である必要はないさ。日本の山なんて、アベレージで1000メートルくらいの仕様だ。それより高い山脈のピークは、ルーティングで避ければいいだけの話だよ」
勇希が、冷徹なナビゲーションロジックでサブリナの懸念をパージする。
「なるほどな。谷間を縫うように低空で進むなら、気圧変化の負荷も少ない。だけど、風の影響をモロに受けるぜ」
拓矢が、軍事的な視点から風力という名のノイズを指摘した。
「なら、逆にその風をハックすればいいじゃない」
あたしは不敵な笑みを浮かべ、手にしたワイングラスを軽く掲げた。
「飛行船が帆を張っちゃ駄目って、誰が決めたのよ。風に乗れば空を進む船じゃん。風を動力として取り込めば、エネルギーコストは極限までカットできる」
「空飛ぶ帆船、か。風に乗って空を進む巨大な船……エモいじゃないか」
勇希が、珍しくロマンティシズムのパケットを受信して微笑んだ。
「局地的な風のデータをリアルタイムで演算して、帆の角度を自動制御するシステムか。俺のところの技術でコンパイルできそうだな」
ボッチの顔面ディスプレイに、新たなメガプロジェクトを前にした悪徳プロデューサーの笑みが貼り付く。
あたしたちは、セキュアな密室の中で極上の寿司とワインを堪能しながら、日本の物流インフラを根本から書き換える狂気のアーキテクチャを、夜通しレンダリングし続けたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「プロペラ機並みの速度くらい出せるはずでしょ? 例えば葉巻が正解であるなら、複数の葉巻にすりゃいいじゃん。空気が往なせるじゃん」
あたし、黒木舞桜は、赤身の握りを頬張りながら次なる論理関数をデプロイした。
「複数の葉巻……なるほど、双胴船や三胴船、いわゆるカタマランやトリマランの構造を空中に適用するわけだね」
白井勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らして即座に流体力学のパッチを当てる。
「単一の巨大な葉巻型だと前面投影面積が大きくなって空気抵抗がバグるが、細長い船体を複数並列に連結すれば、機体同士の隙間に気流を逃がせる」
斧乃木拓矢が、ワイングラスを置きながらロジックを補完した。
「船体と船体の間に翼を持たせれば、そこでも揚力を稼げるぜ。プロペラやジェットエンジンを最適配置すれば、時速300キロ以上の巡航速度だって夢じゃない」
ボッチこと茅野万桜も、ゼネコンの設計思想をマージしてくる。
「細長い複数の船体で荷重を分散させれば、中央のペイロード部分に巨大なコンテナを安定して懸架できる。積載量と速度を両立する、完璧な最適化だ」
「でしょ? それにね、ただ荷物を運ぶだけじゃもったいないわ」
あたしは不敵な笑みを浮かべ、グラスの赤ワインを軽く揺らした。
「常時1000メートル地点に船が飛び交っている、この可能性を活かさない手はないわよぉーッ。空中通信中継基地局になるじゃないのよぉーッ」
「「「空中通信中継基地局ッ!?」」」
スリーバグメンズの音声コードが、見事なまでの異口同音で密室に響き渡った。
「そうよ。山間部や離島、災害時で地上のインフラがクラッシュしても、上空にこの船がいれば通信網のバグは即座にデバッグされるわ」
あたしは、魔王としての気高いビジョンを空間にレンダリングする。
「各機体がメッシュネットワークで相互にリンクすれば、日本中をカバーする最強のセキュアな通信インフラが空に構築されるって寸法よ」
「低軌道衛星より圧倒的に距離が近いから、通信のレイテンシ、つまり遅延のノイズも極限まで削ぎ落とせるね」
勇希が、通信規格のスペックを脳内でコンパイルして驚愕のログを吐き出す。
「しかも、船体自体が巨大なんだ。太陽光パネルを敷き詰めれば、通信電力を自前で賄いながら無限に滞空できるぜ」
拓矢が、エネルギー効率の完璧なアーキテクチャを指摘した。
「物流のボトルネックを解消するだけじゃなく、次世代の通信インフラの覇権まで握る気か……」
ボッチの顔面ディスプレイに、ゼネコンの枠を超えた巨大ITプラットフォーマーとしての野心がプラズマ級にバーニングしている。
あたしたちは、セキュアな密室の中で極上の寿司とワインを堪能しながら、日本の物流と通信インフラを根本から書き換える狂気のメガプロジェクトを、夜通しレンダリングし続けたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「あたしのイメージは、ただの双胴船じゃない。無数の細長い葉巻よッ。その隙間を風が抜けた時に、なにが起きると思う?」
あたしは、艶やかな赤身の握りを飲み込み、テーブルに身を乗り出してロジックを展開した。
「なるほど……。無数の船体の隙間を気流が抜けることで、機体全体にパラグライダーのような強烈な揚力が働くのか」
白井勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らしながら即座に流体力学の最適解をコンパイルする。
「それに、構造を複数にモジュール化すりゃ、物理的な危険は極限まで分散できるじゃねえか」
斧乃木拓矢が、ワイングラスを置きながら軍事的なリスクヘッジのパッチを当てた。
「過去のヒンデンブルグ号みたいな致命的な事故は、一つのデッカイ葉巻に全リソースを依存してたからアウトだったんだ。でもこれなら、被弾したりバグが発生したりした区画があれば……」
「その脱落する葉巻モジュールだけを、安全にパージしてしまえばいいのよ」
あたしは、拓矢の言葉を引き継いで不敵な笑みを明滅させた。
「残った正常なノードだけで浮力と推力を補完すれば、全体のシステムは絶対にクラッシュしない。完全なフェイルセーフの構築よ」
「完璧な冗長構成だな。で、時速300キロの直線推進が実現したとして、東京と新潟を何分で繋げる?」
ボッチこと茅野万桜が、ゼネコンの顔つきで演算を要求してくる。
「直線距離で約250キロ。時速300キロなら……」
勇希が、空中に仮想のディスプレイを描くように指を動かした。
「わずか50分だね。パケットの遅延を考慮しても、1時間未満で日本海側に到達できる」
「50分……ッ!? おいおい、それならもはや新潟すら通勤圏内のインフラだぜ」
ボッチの顔面ディスプレイに、都市計画の根底を覆す衝撃のログが走った。
「そういうこと。山脈を飛び越える次世代の空中ネットワークが構築されれば、関東平野という物理的な制約は完全にデリートされる」
あたしは、残りの赤ワインを一気に喉へと流し込んだ。
「メガロポリスの定義が書き換わるのよ。新潟まで50分でアクセスできるなら、首都圏の経済圏が日本海まで爆発的に広がるじゃねえかッ」
「海と海を直接繋ぐ、空の巨大バイパスか……ッ。チャラくねえ、これは国家規模のアップデートだ」
勇希たちの瞳が、限界突破した野心の光でギラギラとバーニングしている。
あたしたちは、セキュアな密室の中で極上の寿司とワインを堪能しながら、日本の都市構造を根本から書き換える狂気のアーキテクチャを、夜通しレンダリングし続けたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ところでワインってなんでこんな不思議な味なのかしらね?」
あたし、黒木舞桜は、グラスに残った赤い液体を揺らしながら首を傾げた。
ぶっちゃけ、酸っぱいんだか渋いんだか、なにがしたいのかよくわからないわッ。こんな気取った飲み物より、ファンタグレープの方が100万倍美味しいじゃないの。
「それは歴史的なインフラのバグに由来しているんだよ、女王さま」
ボッチこと茅野万桜が、したり顔で解説パッチをデプロイし始める。
「中世のヨーロッパは、水質のセキュリティが最悪だったんだ。ペストなんかの感染症や寄生虫のノイズが蔓延していて、生水を飲むことは文字通り命がけのロシアンルーレットだった」
だから、アルコールによる物理的な殺菌プロトコルが必須だったのよね。
「アルコール発酵という自然の浄化システムを経たワインは、最も安全な水分補給の手段だった。つまり嗜好品じゃなく、ただの『水代わり』という生存のためのライフラインだったってわけさ」
ボッチが知性あふれるログを出力し終えた、まさにその時だった。
「ところで万桜くん。さっき、白井くんと斧乃木に言っていたな。『おまえらがお盛ん過ぎんだよ』って。なあ万桜くん」
防大4回生である倉田琴葉ちゃんが、氷のように冷たい声音で割り込みシグナルを送信してきた。
スウッとボッチの背後に回り込み、その形の良い指先で、赤い髪のゼネコン御曹司の顎の下をチロチロとくすぐる。
その瞬間、ボッチの顔面ディスプレイから血の気が完全にパージされた。
「て、訂正しますッ。僕が猿ですッ。先輩は控えめな淑女ですッ」
マッハの速度で全面降伏のパケットを叩き出すボッチ。
しかし、時すでに遅し。
琴葉ちゃんの口元に、獲物を完全にロックオンした猛禽類のような、獰猛な笑みが差される。
「白い部屋、行こうか万桜? わからせてやるッ」
もはやエラーログすら許容しない、絶対零度の強制コマンド。
琴葉ちゃんは、有無を言わさぬ軍事教練の膂力でボッチの首根っこをホールドし、そのまま奥のセキュアな別室へとズルズルと連行していく。
ここはラブホと同じ構造で設計された空間だ。
つまり、高度な防音とプライバシーが担保されたあの白い部屋は、男女の激しい通信プロトコルを実行するための隔離スペースとしても、完璧に機能してしまうという寸法よ。
あたしたち横須賀カルテットは、ボッチたちが消えて行った重厚な白い扉に向かって、静かに合掌のモーションを同期させた。
彼に安らかなスリープモードが訪れることは、明日の朝まで絶対にないだろう。
当然の帰結よねッ。
後書き
……とまあ、こんな感じで九段下の夜は更けていったわけ。
日本の未来を担う超絶クレバーな議論の終着点が、結局は防大の猛禽類によるお仕置き部屋への強制連行なんだから、ほんとこの実行環境はどうにかしてるわ。
あの白い扉の向こうで、ボッチがどんな凄惨なデバッグ作業を受けたのか……あたしの気高いメインフレームでも、あえて演算はストップさせておいたわ。アーメン、ナムサン。
次回もまた、この最高に残念で最高に愛すべき仲間たちに付き合ってあげるんだから、しっかりログを追従してきなさいよねッ!
当然の帰結よねッ!




