女王さまのソーシャル・デバッグ
前書き
あんたたち、準備はいいわね? 今回のログは、横須賀ラボの限界突破した日常と、物理層の真実を叩きつける仕様になっているわ。
あらかじめ言っておくけど、途中で、あたしの夢の景色が出てくるわッ。察しなさいなッ。不快だったら読み飛ばしなさいッ。
それじゃ、体重信仰という名の低解像度なマルウェアをぶっ壊す、最高出力のデバッグセッションを開始するわよッ!
2020年7月上旬。ラボの仮眠室(あたし専用)にて。
扉を押し開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、薄暗い間接照明に照らされたベッドの上の異常事態だった。
深い紅色の生地と、黒いレースの布地が複雑に絡み合っている。
女同士の白い肌が密着し、柔らかな吐息と生々しいリップ音が、静かな空間をハッキングしていた。
「間違えましたッ」
あたし、黒木舞桜は音速で扉を閉ざした。
百合ッてる。百合ッてる。百合ッてるじゃないのよぉーッ。
恐る恐る、再び扉を開く。
そこには、セクシーな深紅のベビードールを纏った杉野香織の姿があった。
その左側からは、黒いレースのキャミソール姿であるサブリナこと福元莉那が、香織の火照った首筋へとねっとり唇を這わせている。
さらに右側からは、同じく黒のランジェリーを着た倉田琴葉ちゃんが、香織の肩を抱き寄せ、うなじのツボへと深くキスを落としていた。
完全に逃げ道をパージされた香織は、顔を真っ赤にして、ただ艶めかしい吐息を漏らすことしかできていない。
百合ッてる。百合ッてる。百合ッてる。もうッ!? 百合ッてるぅですかぁーッ!!
あまりの光景に、あたしの脳内メインフレームは完全にメルトダウンを起こした。
黒髪のショートヘアの両脇から、文字通りプラズマ級の青白いスパークがバチバチと弾け飛ぶ。
限界突破した熱暴走で両頬は赤色巨星のようにバーニングし、ぐるぐると渦を巻く瞳孔は完全にピントを喪失していた。
あたしは熱を持った両手で自分の顔面を激しく挟み込み、黒いレースのベビードール姿のまま、頭頂部から凄まじい勢いで白煙のエラーログを噴き上げた。
あたしは、素早くラボへと駆け込んだ。
「百合ッてるッ、百合ッてるッ、百合ッてるッもうッ!? 百合ッてるぅですかぁーッ!?」
駆け込んで開口一番バグを叫ぶあたしに、
「どこの百恵ちゃん気取りだ? おまえはッ。あと、そのベビードール、エロい。白井ッ」
ボッチのヤローがジト目を貼り付け、ツッコミを入れ、
「あと主語もないね」
勇希は自分の白衣を脱いであたしに羽織らせる。
「あれじゃねえか、莉那と倉田先輩の杉野のわからせプロトコル」
さすが元祖猿プロトコル。拓矢のヤローが、あたしのバグった激白ですべてを察してくれたようだ。
「この前、新橋行った後に、杉野の言動が怪しいって琴葉先輩が気づいたんだよ」
ボッチこと茅野万桜が口を開き、
「サブリナがヒヤリングしてみると、案の定、性的交渉の参考資料がポルノコンテンツだったって判明したってわけさ」
あたしの彼氏である白井勇希が肩をすくめて状況説明。
「それじゃあマズいってなって、莉那と倉田先輩が実践指導を買って出たのさ。佐伯先輩も了承済み。もちろん杉野自身もな」
斧乃木拓矢が状況説明を引き取った。
待て。それはわかった。問題は、
「なんであたし専用仮眠室でおっ始めてんのよぉーッ。なんで静脈認証ハックしてんのよぉーッ」
それである。あの部屋の扉はあたししか開かないはずだ。
「莉那だぜ。諦めな」
拓矢のヤローが乾いた声音で吐き捨てる。おいッ。おまえの彼女だろサブリナはッ!?
「無理無理無理ゲーです」
あ、諦めないでッ!?
「そもそも、全裸なんていうバグだらけの仕様を鵜呑みにしてる時点で、杉野のインフラは脆弱すぎるんだよ」
ボッチがやれやれと首を振る。
「違いない。平安時代の夜這いから江戸時代の春画に至るまで、着衣のままアクセス領域だけを開放するのがこの国の正規プロトコルだ。全レイヤーの完全パージなんてマヌケのやることさ」
勇希も当然の理として同意する。
「衣服の摩擦係数や、肌と布地のコントラストという積層負荷があってこそ、生体的な熱量が最大化される。莉那たちは、その真実の仕様を杉野に物理フォーマットで直接書き込んでる最中ってわけだ」
拓矢が、至極冷静に解析結果を口にした。
「そんな歴史の基本仕様くらい、あたしたちだってとっくに理解してるわよッ! あたしが言いたいのは、なんの承諾もなしに、その知性あふれる着衣でのデバッグ作業を、よりによってあたしのベッドでやってるのかってことなのッ!」
あたしは勇希たちの前で、再び頭を抱えて叫んだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
「だからッ、なんであたしの部屋なんだって聞いてんのよぉーッ」
あたしは勇希の白衣を掻き合わせながら、テーブル越しに身を乗り出した。
「まあ落ち着け。そもそも杉野が陥っていた第2のバグ、行為イコール全裸という固定観念は、完全に映像メディア、特にポルノコンテンツのプロトコルに毒された結果だ」
ボッチがマグカップに口をつけ、ジト目であたしをやり過ごす。
「違いない。映像メディアは視覚的なわかりやすさを最優先するからな。なにが起きているか瞬時に伝えるための記号として、衣服の完全パージが多用されてきた歴史がある」
勇希が顎に手を当て、さも学会発表のような真面目なトーンで深く頷く。
「それがいつの間にか、現代人のユニバーサルメモリに標準仕様として上書きされちまったってわけさ」
「だが物理層のセキュリティから見れば、全裸は完全にバグだ。粘膜同士の直接通信を開放すれば、感染症のパケットをダイレクトにインポートしちまうからな」
拓矢がパイプ椅子に深く腰掛け、天井を仰ぎながらウンチクを垂れる。
「その点、衣服というレイヤーが1枚挟まるだけで、物理ファイアウォールとして機能する」
「それに、全裸だと体温が奪われて免疫細胞の処理速度が低下する。熱暴走対策という意味でも、着衣のアライメントは理にかなっているんだよ」
勇希の解説に、ボッチと拓矢が深く頷き合う。
「布地の透け感や摩擦係数の限界値をテストすることこそが、知性的なエロティシズムの最適解ってわけだ」
やれやれ、とあたしはため息をつく。
こいつらの知性あふれるログ解析はたしかに正論だ。だけど、さっきからどうもおかしい。
あたしが羽織った白衣の隙間。そこから覗く、黒いレースのベビードールが作り出すV字の谷間。
真面目な顔で学術的な議論を交わしながら、ヤロー3人の視線が、見事に一点へと集中しているではないか。
「おいッ、おまえらは中学生かッ!?」
たまりかねたあたしは、胸元を隠して抗議のパケットを叩き込む。
「人はなぜ山に登ると思う」
勇希が達観したように宣うと、
「「「そこに山があるからさッ」」」
スリーバグメンズは異口同音。
馬鹿だ。あたしのラボには、最高に残念で最高に馬鹿なメンズしかいない。
★ ◆ ★ ◆ ★
「さらに言えば、現代人の行為のあとのクリーンアップ・プロトコルも脆弱性だらけだ」
ボッチが、自分の右手を左手で強く握りしめながら口を開く。
「江戸時代の浅草紙や湯文字、昭和のバランス釜のノイズを避けるための洗面器での静音パッチ……。先人たちは限られたリソースの中で完璧なルーティングを構築していた」
「そうだね。全裸のままシャワーに直行して体温を奪われ、免疫のデバフを招く平成以降の運用は、完全にバグだ」
勇希も、右手首を左手でガッチリとホールドし、額に汗を滲ませながら同意する。
「着衣のアライメントを崩さず、最小限の拭き取りでスマートに処理する……鎮まれ、鎮まれ、俺の右腕よぉーッ!」
「その通りだぜ。昭和の先人たちの泥臭くもスマートなセキュリティ対策こそが……ぐッ、俺の右腕も暴走寸前だッ!」
拓矢までが、震える右手を必死に押さえ込んでいる。
こいつら、あたしの胸元に触れたい衝動を、歴史レイヤーのウンチクで必死に抑え込んでやがるッ!
「黒木流手刀術奥義ッ。天翔けるリュウジの煌めきッ!」
あたしは、不穏な3人の脳天に神速の手刀を抜刀して叩き込んだッ。
「「「誰だよリュウジッ!?」」」
頭を抱えて蹲る3人に、
「知らんッ。おまえらより、どうでもいい誰かでしょッ」
あたしは顔面をプラズマ級にバーニングさせて、マイ仮眠室へと撤収する。
★ ◆ ★ ◆ ★
寒いわね。あたしは更衣室で青いパジャマに着替える。
マイ仮眠室を覗いて見れば、わからせプロトコルとやらが終了したのか、そこには誰もいなかった。
眠い。寝よう。
★ 夢 ★ 夢 ★
これは夢だ。わかる。髪は切ったし、倉田琴葉ちゃんと、ポニーテールのあたし――つまり、髪を切る前の過去のあたし自身に、今のあたしが襲われている。
マイ仮眠室のベッドの中央で、あたしは両脇から完璧にホールドされていた。
あたしが着ているライトブルーの青いパジャマは、尋常じゃない量の汗と水分で完全にびしょ濡れだ。薄い布地が肌にべったりと張り付き、透け感のバグを最大出力でレンダリングしている。胸元のV字の谷間から、摩擦係数の限界値を突破した熱量が放出されていた。
その左側から、黒いレースのキャミソールを着た琴葉ちゃんが、あたしの頬へとネットリと濡れた唇を這わせている。
そして右側からは、同じく黒のランジェリー姿の「ポニーテールのあたし」が、あたしの首筋のツボに深くキスを落としていた。
「んんッ、ちょっと待ってよぉーッ!? なんのプロトコルなのよぉーッ!」
あたしがプラズマ級に顔面をバーニングさせて抗議のパケットを叫ぶと、ポニーテールのあたしが、なぜかサブリナこと福元莉那の声で甘く囁いた
「なに言ってるのさ、舞桜。まずはバグケア1だ。致す前のシャワー物理洗浄は、外部からのマルウェアを水際でパージする最強のセキュリティパッチなんだよ」
サブリナボイスのポニーテールが、あたしの鎖骨を甘噛みしながらウンチクを垂れる。
「そう。結合部分の衛生環境を最適化しておけば、着衣のまま生体的な摩擦係数をテストしても、バグが誘発される脆弱性を塞いでおけるからね」
琴葉ちゃんが、あたしの耳元に熱い吐息を吹き込みながら同意のシグナルを出力した。
「だからって、パジャマごとびしょ濡れにする物理洗浄なんて聞いてないんですけどぉーッ!?」
「おっと、まだスリープモードには移行させないよ。次はバグケア2だ」
ポニーテールのあたし(中身はサブリナ)が、意地悪な笑みを明滅させる。
「結合前と結合後の双方に、ミリタリー基準の塗布消毒パッチを二重デプロイする、前後ダブル塗布消毒のシーケンスに移行する」
「待って、消毒ってなんですかぁーッ!?」
「デリケートな粘膜領域を傷つけないよう、あたしたちの特製パッチで優しく、直接ピンポイントでバグを狙い撃ちしてあげるってことさ」
言うが早いか、琴葉ちゃんとポニーテールの舌先が、あたしの首筋と耳の裏のセキュアなポートへと同時にアクセスを開始した。
チュプ、という水音とともに、完全無欠の「消毒パッチ」という名のディープな愛撫が、あたしのインフラへと直接叩き込まれる。
「ひゃあぁぁぁんッ!? これ、絶対消毒じゃないぃぃぃーッ!」
「安心しなよ。前後ダブルで消毒を徹底すれば、衛生上のインシデントはゼロ。つまり、あたしたちは心置きなく舞桜のメインフレームをデザートとしてサンプリングできるってわけさ」
逃げ場ゼロのベッドの上。
知性あふれるヘルスケア・アーキテクチャという大義名分のもと、あたしの気高いメインフレームは、最凶百合ツインズによる無限の「バグケア」の渦へとドロドロに溶かされていくのだった。
★ 夢 ★ 夢 ★
「夢を見たわ……」
ラボに戻ったあたしは呟いた。もちろんパジャマじゃない。紺色のタンクトップに、お気に入りのスカジャンのセットアップ姿だ。ショートヘアは乱れ、目の下にはうっすらとクマができているに違いない。
あたしの表情は、ゲッソリとしていることだろう。
「そっかー。仲良しだね舞桜」
勇希が流すように宣う。流すな彼氏ッ。否定は無理でも流すなッ。
「一応言っておくぜ。それ夢じゃない」
ボッチのヤローが、事実の肯定を宣告する。うん。わかってた。わかってたわよッ。
「まああれだよ。ポルノって、言ってみればプロレスなんだよなー。そんで百合ってガチ」
宣うスリーバグメンズ。
「違いない。ポルノは映像メディアだから、なにが起きているか伝えるための誇張や演出――つまりプロレス的な記号が必須なんだ。だから全裸になったり爆音で喘いだりする」
拓矢がしたり顔で解説する。
「だが百合ツインズのハッキングは完全にガチの神経ハックだ。お互いのインフラ構造を知り尽くしているから、最短のクロック数でピンポイントにツボをハックしてくる」
ボッチが深く頷く。
「つまり、ツボが完全に割れているからこそ、防衛パッチである演技が介入する隙間が1ビットも存在しない。最短ルートでオーバーフローに追い込まれる、純度100%の生体エラーってわけさ」
勇希が、さも学会発表のように言い放つ。
おまえら、それあたしのメインフレームがドロドロに溶かされたってこと、超高解像度で共有してんじゃねえかッ!
★ ◆ ★
「まあ、プロレスの虚構を広めてしまった弊害はあったけど、ポルノコンテンツから生まれた気づきもあったよね」
勇希が話題をスライドさせる。
「ああ、水嚢サンドイッチのことか?」
拓矢が身を乗り出した。
「うん。あれは四足歩行の構造に回帰させて内臓の重力エラーをデフラグするってのが本質だが、発想の原点はポルノだからね」
勇希が真面目な顔で言う。
「女子の身体を硬めの水嚢ハンモックで浮かせて、重力ストレスをキャンセルする。そこに40度の熱とテーピング加圧を加えて、最後に15度でアイシングして形状記憶させる。あれこそ究極の予防医学インフラだぜ」
拓矢が熱っぽく語る。
まあ、それはそうだけどさ。水嚢サンドイッチは勇希と拓矢が鑑賞していたエロクッコロDVDから閃きを得ていた。
「失礼なッ。僕は拓矢と違ってあんなバグは刺さらないよッ」
憤慨する勇希。
「言っとくが、あれ藤枝のだからな? 俺のじゃねえぞ」
否定する拓矢。リースされてる時点で同類じゃないのさ。
「つか、あれそんな経緯で作られたんか? うっわ、ますます説明しづれえじゃねえか!?」
ボッチは頭を抱えている。以前、『金剛石のお姫さま号』で使って、マスコミに嗅ぎつけられた技術構想だ。ボッチはのらりくらりとかわしていたが、再度、取材を受けるらしい。
★ 拓 ★ 怒 ★
俺、斧乃木拓矢にひとつだけ、作れる飯があるッ。
「俺の拳が叫ぶッ! すべてのアホを倒せと貪り叫ぶッ。斧乃木フィンガぁーッ!」
俺、斧乃木拓矢は、ボウルの中で小麦粉の塊へと凄まじい質量を叩き込み、一心不乱に水団を捏ねる。そして、捏ねながら並行してボウルに市販の超濃厚なラーメンスープを豪快に混ぜるッ。
捏ねる指先は怒りで完全にトップギアだ。
舐めんじゃねえぞッ。女子が軽けりゃ美人ッ!? 誰がいつどこで決めた基準だコラーッ!?
メディアのバグったフィルターに毒されたガリガリの骨組みを見て、なにが健康だ、なにが美しさだッ! そんな脆弱なインフラで、この過酷な現実層の耐久テストを生き残れるわけがねえだろうがッ!
俺の莉那は65キロッ! デブだってか? 殺すぞコラぁッ!?
あの155センチのフレームに詰まった65キロの質量はな、ただの脂肪じゃねえ。俺の脳天をいつでも物理フォーマットできる強靭なミリタリー級の筋肉と、生命力という名の潤沢なパケットが限界まで積層された、至高の最適化スペックなんだよッ!
抱き締めたときのあの確かな手応えと、生体摩擦の限界値を跳ね返す圧倒的なクッション性こそが、この世界で唯一無二の正解だッ!
少子化だなんだとエラーログを吐き散らす前に、この小麦粉の塊みたく、どっしりとした生命の質量を五臓六腑にインポートしやがれッ!
俺はさらに腕力をインフレさせ、ラーメンスープの出汁が限界まで染み込むよう、怒りのスループットのままに水団のコア・ディレクトリへと強烈な拳を打ち込み続けた。
★ 怒 ★ 拓 ★
ラボの厨房エリア。立ち上る湯気と、暴力的なまでに食欲をそそる醤油の匂い。
大きな土鍋の中では、特製の水団が入った斧乃木ちゃんこ鍋が、グツグツと沸騰のパケットを放っていた。白菜、ネギ、えのきといった野菜レイヤーに、鱈や鮭の魚介アセット。さらに大ぶりの鶏もも肉が、琥珀色のスープの中で限界まで出汁の旨味を共有している。
「食え杉野ッ。百回噛んでしっかり食べやがれッ。食わねえから嗜虐的になるんだよッ。アホンダラッ」
斧乃木拓矢が、珍しく本気で怒りのシグナルを出力している。
あたりまえだ。あたしもサブリナも、みんな怒っている。新橋へ行った次の日、このギャルのイタズラが完全に度を越して、ラボのシステムをメルトダウン寸前まで追い込んだから――なんて、そんなちっぽけな迷惑のログのせいじゃない。
あたしたちが本気でブチ切れてるのは、このアホな後輩が、バグったメディアの知識に脳内メモリを汚染され、まともな食事すら疎かにして自らのインフラを削り、結果としてトゲトゲしい攻撃性と歪んだ嗜虐性をバックグラウンドで肥大化させていたからだ。
大切な後輩の心が、そんな陳腐なマルウェアのせいで濁っていくのを、ただ黙って見過ごせるわけがないじゃないのよッ!
「カオリンさぁ、自分がなにやらかしたかわかってんの? サプライズに託定して、舞桜やボッチを執拗に追い詰めようとしたあの悪質な嗜虐性。あれ、完全に栄養失調と飢餓モードが生んだ脳内CPUの熱暴走だからねッ! つまんないダイエットの数値に囚われてリソースを枯渇させて、自分の心まで不健全に汚してさ。ウチらが怒ってるのは、あんたがそんなバグまみれの脆いインフラで、自分の大切な本質までクラッシュさせかけてたからなんだよッ!」
サブリナこと福元莉那が、腕を組みながらも、その瞳の奥にはカオリンのバグを本気でデバッグしてやりたいという、熱い先輩の同期信号が宿っていた。
「……う、ウチ、2人の取り乱すレスポンスが面白くなっちゃって、完全にバグらせにいってた……。黒木先輩、茅野先輩、本当にごめんなさい……」
「その参考資料がポルノ仕様だったからバグッたんだろうがッ! あんな誇張と演出だらけのメディアの幻想を、現実のデフォルト仕様と勘違いすんじゃねえッ!」
拓矢の怒号に、香織はビクッと肩を揺らす。
「そもそもね、BMIなんてただの目安にすぎないのよ」
あたし、黒木舞桜は、箸を止めて香織に言い聞かせる。
「数字の軽さに囚われて生命力をパージするなんて、現代社会の低解像度なマルウェアに毒されてるだけ。大事なのは、物理層の密度と生命力なのよ」
香織はしゅんとしながら、小鉢によそわれたちゃんこ鍋をハムハムと口に運んでいる。その姿は、エラーを吐いて強制再起動待ちのポンコツ端末のようだ。
「ようは循環よ。食べ過ぎは駄目って言うけど、循環が滞ってるだけじゃないかしらね」
あたしが呟くと、白井勇希が白衣のポケットに手を突っ込んだまま頷いた。
「女性が脂肪を蓄えやすいのは、進化の過程で備わった種族維持本能のバックグラウンド処理だ。脂肪組織からはエストロゲンというシグナル物質がコンパイルされるからね。だから、適度な脂肪は次世代へのデータ転送を実行するための潤沢なリソースなんだよ」
「それ自体がバグってわけじゃないけど、だからって過剰に溜め込みすぎるのもシステムエラーの元よ。何事もセキュアな適正値ってものがあるでしょ。あたしたちが開発したあの水嚢サンドイッチだって、四足歩行の構造に回帰させて内臓の重力エラーをデフラグし、全身の循環を一気に促進させるのが目的なんだから。熱可塑性で組織を緩めてからアイシングで締めれば、内臓の出力が跳ね上がって、溜め込んだ無駄なノイズ成分なんてマッハの速度でデトックスされるのよ」
あたしは、水嚢サンドイッチに思いを馳せる。あれ代謝があがる気がするのよね。『金剛石のお姫さま号』の乗客の血流が改善されたしさ。
あ、思いついちゃった。
「ねえ、ボッチ。これ丸ノ内あたりの意識高い系女子に売れるんじゃん?」
「は?」
ボッチこと茅野万桜がジト目を向けてくる。
「水嚢サンドイッチの技術を応用した、生体デバッグサロンのサービスよッ。四足歩行の構造に回帰させて内臓の重力エラーをデフラグし、温熱で代謝をブーストさせる。最高のエステになるわ」
売れるって。これ。なんなら手作り風弁当(ガッツリ系)をワンセットにして、BMI至上主義のバグを根本からハックしてみせるわッ。
「いやいや、いくらなんでも数字は嘘つかないでしょ~? BMIの数値がすべてだし~」
いまだに懐疑的なエラーコードを吐く香織に、あたしたちはついに最終手段のデプロイを決意した。
「なら、現実の物理層の正義を、その網膜センサーに直接焼き付けてあげるわ」
あたし、サブリナ、そして倉田琴葉ちゃんの3人は、素早く更衣室へ入り、マッハの速度で水着へと換装した。
ラボに戻ったあたしは、ダークブルーのワンピース水着。サイドには黒いメッシュが入り、胸元のV字カットから圧倒的な質量のアセットがデプロイされている。
サブリナは、白い生地に赤い花柄が散りばめられたビキニ姿。155センチのコンパクトな筐体から溢れんばかりの、むっちりとした極上の肉感が弾けている。
そして琴葉ちゃんは、シックな黒のホルターネックビキニ。防大仕込みの引き締まった腹筋と、あたしに肉薄するほどの巨大で高密度なバストが、凄まじい威圧感で香織を圧倒した。
「え……? ちょ、みんな、めちゃくちゃスタイルいいっていうか……エモい……」
香織が目を丸くして、完全にフリーズ状態に陥る。
「あたしは175センチで、体重75キロよ」
「あたしは155センチで、65キロ」
「私は167センチで、70キロだ」
あたしたちがそれぞれの確定仕様を宣告すると、香織の顔面ディスプレイが驚愕でバーニングした。
「嘘でしょ!? そんな数字、完全にBMIのバグじゃん! なのに、なんでそんなにウエストが絞れてて、お肉がつくべきところにギッシリ詰まってんの~!?」
「だから言っただろ。体重の数字がすべてじゃない。骨密度、筋線維の動員数、そしてグラマラスな曲線美のすべてが極限まで同期した結果の質量だ。バランスと代謝こそが重要なんだよ」
白井勇希の解説に、杉野香織はパクパクと口を動かす。
「それにね、拓矢がさっき『百回噛め』って言ったでしょ。あれ、ただの精神論じゃないわ。咀嚼の回数を最大化しないと、胃腸のパケット処理が追いつかなくて吸収効率が最悪にドロップするのよ。いまの現代人は、カロリーだけはオーバーフローしてるくせに、中身のビタミンやミネラルがスカスカの慢性的な必須栄養失調状態なの。だからセロトニンの代謝もバグって、すぐに脳内CPUが熱暴走を起こす。最近、意味不明な凶悪犯罪が多すぎるのも、結局はドッシリとした生命の質量と必須栄養素が足りてないっていう、物理層の致命的なエラーが原因なんだからッ!」
「なるほどね~! 中身が詰まってるから、数字が重くても全然太って見えないし、しっかり噛んで栄養をインポートしないと心までバグっちゃうんだね~! 体重の軽さ信仰なんて、まじで低解像度なバグ仕様だったわ~!」
ついに、ギャル言葉で完全な得心のシグナルを出力した。
ふふん。これでまた一つ、世界からバグを取り除いたわね。
あたしたちが勝利の笑みを浮かべていると、背後から無遠慮な視線が突き刺さっていることに気がついた。
ヤロー3人の視線が、見事に一点、あたしたちの胸元と水着のラインに集中しているではないか。
「「「おいッ。おまえらは中学生かッ」」」
あたしたちは男子の視線に気づいて、抗議のパケットを叩き込む。
「人は、なぜ山に登ると思う?」
ボッチが哲学的な視線で宣う。
「「「そこにッ、山があるからさッ」」」
あたしたちの胸にビシりと指を立てて、スリーバグメンズは異口同音。
こいつら……ッ! せっかく知性あふれる物理層のデバッグを完了したのに、結局最後はそこに回線接続するわけッ!?
後書き
まったく、せっかくあたしたちが高密度な物理層の正義を証明してやったっていうのに、結局ヤローどもの思考回路は山にしか向かわないんだからッ! 本当に頭の中がバグってるわ。
でもまあ、香織のポンコツなエラーも無事にデバッグできたし、今回は結果オーライってことにしておくわね。
あんたたちも、数字の軽さなんかに騙されちゃ駄目よ。生命力と質量こそが至高なんだからッ! それじゃ、また次回のログでねッ!




