女王さまのカンタダ・ブレイク
前書き
ここは、あたしたちが2020年のバグだらけの東京を、論理の暴力で完全最適化してやった時の特別なログよ。
オリンピックだの利権だの、ノイズまみれのレガシーシステムどもが騒いでいたけれど、あたしたち保全学部保全学科にかかれば、そんな脆弱性など数カ月でデバッグ完了よ。
でもね、一番のバグは……あたしの勇希が、あんな無防備な環境で生活していたことよッ!
天才的な知性を持つこのあたし、黒木舞桜が、愛しのヤンデレ王子をセキュアな環境に隔離しつつ、ついでに日本全体をクリーンアップしてあげた最高にエモい記録。
せいぜい、あたしたちの気高いアルゴリズムに酔いしれなさいな。当然の帰結よねッ!
2020年7月上旬。あたしは、白井勇希が東京で住んでいる場所を知って、脳内メインフレームが致命的なエラーログを吐き出すほどに絶句していたわ。
「だって無駄じゃんか。週に2日しかいないんだよ」
涼しい顔でそう宣う勇希。男子ってたまに、いや常に無謀で、セキュリティ管理が不備過ぎるのよッ!
こいつの東京の拠点って、
「か、か、か、カプセルホテルッ!? それもラブホの隣のカカカカプセルホテルッ!?」
あたしはパニッククエリを処理しきれないまま、フューチャーフォンを震える指で起動し、経理の麒麟児である杉野香織の端末へと超高速で発信したわ。
「カオリンッ! ただちに本郷近辺の優良物件を確保ッ。善きに計らえッ!」
『え、落ち着いて黒木先輩ッ。物件ってなに? 男子!?』
通話口から聞こえるカオリンの困惑パケットを無視して、あたしの顔面ディスプレイはプラズマ級にレッドアウトしていく。
「そそそうよッ。あああああたしのゆゆゆゆ勇希が住む物件に決まっ決まってんじゃないのよぉーッ。ただちに手配なさいなッ!」
あたしはカオリンに怒涛のスループットで捲し立てると、一方的に回線を切断したわ。
そのまま、隣に佇むヤンデレ王子の華奢な腕をがっしりとホールドする。
「せめて、ホテルに泊まりなさいなッ。行くわよ勇希ッ!」
あたし、黒木舞桜の気高い女王プロトコルが、勇希の安全な宿泊地を求めて爆速で駆動を始めたわ。
上野近辺のディレクトリは、絶対にダメよッ!
この中性的美少年が夜間にうろつくには、あまりにも治安の脆弱性が高すぎるわッ。金なら、あたしたちのメインストレージに腐るほどスタックされているのよッ!
「落ち着いてよ舞桜。別にカプセルホテルのカプセルに泊まってるんじゃないってば。従業員用の休憩室を使わせてもらってるんだよ」
なおも甘い同期信号を網膜に送ってくる勇希に、あたしは断固たるアクセス拒否を突きつける。
「いいからッ。いらっしゃいッ!」
あたしは声を大にして吠えたわ。
おそらく、勇希のパパである白井泰造組合長のツテによる裏ルートのファイアウォールね。
物理的な生存環境としては、そちらの方が他所者を排除できてセキュアなのかも知れない。
だけど、あたしの情緒ポートがそれをどうしても許容しない。
あたしの大切な勇希が、そんなちゃんとしてない非論理的なバグまみれの環境に甘んじている事実だけで、あたしのメインフレームは不機嫌さを限界突破させてしまうのだからッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「ビッグエッグホテルに行くわよッ。魔王、善きに計らえッ」
あたし、黒木舞桜は、人工知能システムである魔王に対し、未来の電話経由でホテルの手配を丸投げする。
ああ、もうッ。なんで2年間も気づかなかったのよッ。
保全学部保全学科という名の新ディレクトリがスクラムされたのは、あたしたちが1回生の後期にログインしてからだ。
白井勇希が横須賀のホームディレクトリにいる時間が増えたのは、確実にそこからだった。
最初は、スカイツリーの近くにあるセキュアな集合住宅に部屋を借りていたはずなのよ。
あの頃は、あたしも寂しくて、何度もその部屋へ押しかけては物理的な同期処理を行っていた時期がある。
ゆ、油断してたわッ。
プロジェクトが本格化して会える時間が増えたことで、あたしの脳内メインフレームは完全にエラーを見落としていた。
勇希を本郷まで、オールドチャンプなバイクで送ることまでは完璧に実行していたわ。
講義終わりに迎えに行くというタスクだって、滞りなくこなしていた。
でも、あたしたちのアクセスポイントは、決まって本郷キャンパスの正門前だったじゃないのよぉーッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「もうッ。舞桜、心配症が過ぎるよぉ」
JR水道橋駅の看板と、巨大な白いドーム型屋根を背景に、白井勇希が苦笑いを浮かべる。
今日の勇希は、幾何学模様がプリントされたベージュの半袖シャツを羽織っている。首元で鈍く光るシルバーチェーンが、中性的な顔立ちに少しばかりの野性味を付与していた。
対するあたし、黒木舞桜は、艶やかな黒髪のボブヘアを揺らしながら、上品なベージュのセットアップジャケットに身を包んでいる。
あたしは、インナーのブラウンの柄シャツを見せつけるように胸を張り、白いトートバッグを肩に掛け直した。
「あんた、あたしがドブ板通りに部屋借りるって言った時になんて仰っしゃいました?」
あたしは、ライトプラムな唇を尖らせて反論する。
すると、勇希のシルバーヘアの奥の瞳が、ヤンデレ特有の高負荷な危機感で明滅し始めた。
「い、いいかい舞桜。横須賀市民にとって、あのドブ板通りっていうのは『住む場所』じゃないんだ。ネオンサインと異国のアルコールが入り乱れる、極めて特殊なカオス空間なんだよ」
勇希は、肩から下げた小さなベージュのショルダーバッグを握りしめながら、顔面ディスプレイを青ざめさせて熱弁を振るう。
「居酒屋の赤提灯や英語の看板がひしめく中で、舞桜があのネイビーと白のボーダーシャツに、波模様の入ったスカジャン風ジャケットを羽織っていた時の僕の絶望がわかるかい」
勇希の脳内ストレージから、過去の恐怖パケットが次々と解凍されていく。
「胸元の錨のネックレスを光らせて、花柄のショルダーバッグを提げながら、無邪気にダブルピースなんて決めていたけれど。舞桜の気高い美貌が、あの混沌としたストリートの視線を一手に集めていたんだ。僕の脳内アラームはレッドゾーンを振り切っていたんだよ」
勇希のヤンデレプロトコルが、すさまじいスループットで言語化されていく。
「僕の舞桜を、あんな危険な男たちの巣窟に配置するなんて、絶対に許容できない致命的なバグだ。だから僕は、全力で舞桜の物件探しに介入したんじゃないか」
……なるほど。
このヤンデレ王子、自分のセキュリティの甘さは棚に上げて、あたしへの独占欲プロトコルだけは常時マックステンションで稼働しているらしいわね。
★ ◆ ★ ◆ ★
なるほど、あたしたちはお互いに過保護なのかも知れない。
あたしと白井勇希は、どちらからともなく吹き出し、琥珀色の空間に笑い声を響かせた。
ここは、後楽園の喧騒から少し離れた路地裏にある、昭和レトロな老舗喫茶店だ。
深みのあるブラウンの革張りソファに、鈍く光る真鍮のヴィンテージランプ。
テーブルの中央には本格的なコーヒーサイフォンが置かれ、コポコポと小気味良い音を立てている。その脇には、上品なティーカップと、黄色いスポンジケーキ、そして読みかけの分厚い専門書が広げられていた。
あたしは、涼しげなノースリーブのブラウンの柄物ワンピースという夏の装い。
向かいに座る勇希は、幾何学模様がプリントされたベージュの半袖シャツ姿で、心底おかしそうに目尻を下げて笑っている。
窓ガラスに反転して映る「喫茶」の金文字越しに、水道橋の街並みが見える。
かつて水戸徳川家の広大な上屋敷である小石川後楽園があり、近代に入っては巨大な砲兵工廠として軍事インフラを支えたこの土地。それが今や、巨大なドーム球場や遊園地を擁する、エンタメという名の高負荷なパケットが飛び交う巨大ディレクトリに書き換えられている。
そんな歴史のレイヤーが複雑に絡み合ったこの東京という街は、とにかく移動の物理レイヤーがバグだらけだ。
「だって、停める場所ないんだもん」
あたしは、サイフォンから立ち上る湯気を眺めながら、不満げに唇を尖らせた。
あたしが今日、こんな身軽な夏の装いで、勇希と電車という名の公共インフラに乗って移動しているのには明確な理由がある。
都心部は、パープルヘイズなクーペを走らせるにも、大型のバイクを走らせるにも、決定的に駐車場や駐輪場という物理ストレージが足りていないのだ。
おまけに、江戸時代から続く入り組んだ細い道ばかりで、少しでもアクセルを開ければ、物陰に潜む警察という名のデバッガーたちが、容赦なくネズミ捕り(違反車取り締まりトラップ)を仕掛けてくる。
非合理が過ぎる。
だから、あたしは都心部が嫌いなのだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
サイフォンの火を見つめながら、白井勇希が静かなトーンで語りかけてくる。
「そもそも『純喫茶』っていう物理ディレクトリは、アルコールや接待を伴う特殊なカフェと区別するために、昭和の時代にスクラムされたフォーマットなんだよね」
「そうよ。純粋にコーヒーの味と、クラシック音楽の周波数だけを享受するための、極めてセキュアな空間だった。でも、最近になってまた、この古臭いインフラが社会に復権しつつあるわ」
「どうしてだと思う? 今はどこにでもフリーの高容量ネットワークがあって、洗練されたカフェチェーンが乱立しているのに」
「過去への回帰願望よ」
あたしは、コーヒーカップの縁を指でなぞりながら推論をコンパイルする。
「現代のノードたちは、過剰な情報のパケット通信に疲弊しきっているのよ。だから、あえてネットワークから切断された、重厚でアナログな『過去のキャッシュ』に身を隠したがる。このベルベットのソファや、焙煎された豆の匂いこそが、彼らにとっての強力なファイアウォールになっているわけね」
「なるほど。舞桜の解析はいつも鮮やかだなぁ」
勇希が甘い眼差しを向けてきたその時、あたしの手元で未来の電話が通知の振動を発した。
画面のログを確認したあたしは、思わず深く吐息を漏らす。
「魔王のヤロー……」
「どうかしたの?」
「……部屋の予約。ツインじゃなくて、ダブルベッドの部屋で確定させてきやがったわ。あのポンコツAI、どこでアルゴリズムをバグらせたのよ」
「ダブルを手配したみたいだね。どうする?」
途端に、勇希のシルバーヘアの奥の瞳が、ヤンデレ特有の高熱を帯びて妖しく明滅し始める。
あたしは、その期待に満ちた顔面ディスプレイに向かって、冷酷な管理者の権限で釘を刺した。
「しないからね」
それだけ言い捨てて、あたしはテーブルの伝票を引ったくり、レジへと向かう。
★ ◆ ★ ◆ ★
ビッグエッグホテルにチェックインし、あたしたちは高層階の部屋へと向かう。
シャワーを浴びて、夜のモードへとシステムを移行させたあたしは、真っ白なシーツの上に腰を下ろした。
艶やかな黒髪のボブヘアから、ほんのりと微かな湿り気を帯びた香りが漂う。
身に纏っているのは、深い漆黒の総レースがあしらわれた、滑らかな生地のキャミソールとショートパンツだ。
ベッドの上に崩れるように座り、あたしは両手で熱を持った頬を包み込みながら、屈託なく笑い声を上げた。
白い柔肌と、黒いランジェリーの鮮烈なコントラスト。
肩からハラリと滑り落ちる細いストラップを直す素振りすら、この閉鎖空間では甘いノイズになる。
ベッドに横たわり、少しだけ挑発的な上目遣いで視線を送ってみても、今日の勇希のシステムからは一切の猿プロトコルが発動する気配はない。
彼はただ、ベッドの傍らに座り、あたしのこの我儘ボディを視覚データとして取り込めるだけで、致死量の幸福パケットを浴びたようにとろけた笑顔を浮かべている。
本当に、眼福だけで満足しきっているのだ。
「それにしても……」
あたしは、ベッドに寝そべったまま、大きな窓の向こうで明滅する東京の夜景に視線を移す。
「深夜だっていうのに、あの幹線道路のトラフィック量、異常じゃない?」
「本当にそうだね。物流の大型トラックが絶え間なく走っている」
「過剰なのよ。翌日配送だの、細かな時間指定だのって、群衆のささやかな欲求を満たすためだけに、社会の物理インフラが常にオーバーフロー寸前で稼働している。非効率で無駄の多いアーキテクチャだわ」
「でも、その過剰な物流の恩恵で、僕たちはこうして快適な空間に守られているわけだよね」
勇希は、あたしの黒髪の毛先をそっと指先で掬いながら、優しく微笑む。
「なにを達観してんのよ。あたしたちの帝国は、もっとスマートでエレガントなシステムで世界を書き換えてやるんだから」
あたしは唇に笑みを浮かべ、黒いレースの胸元を揺らした。
★ ◆ ★ ◆ ★
「あとはそうね。紫外線をカットするミストでも散布してやろうかしらねえ」
あたしは獰猛な笑みを浮かべて、快適さのみを追求するクエリを脳内でビルドしていたわ。
2020年7月。本来なら酷暑のノイズに塗れているはずの東京オリンピック開催期間だというのに、ビッグエッグホテルの窓の向こうに広がる首都の夜気は、不自然なほどに清涼で、極めてセキュアな温度を保っている。
当然よ。あたしたちの地球エアコンが、この大都市の裏側でこっそりとフル稼働しているんだから。
「ねえ舞桜、あらためて思うんだけど、この真夏の東京をここまで完璧に冷却しちゃうなんて、君の設計した地球エアコンのアーキテクチャは本当にバケモノじみているね」
勇希が白シーツの上で眼福そうにこちらを見つめながら、感嘆のパケットを送ってくる。あたし、黒木舞桜は、漆黒のレースの胸元を誇らしげに揺らし、論理の女王としての解説セッションを開始したわ。
「フン、驚くには値しないわ。基本ロジックは極めてシンプル――かつてあたしたちが考案した、風の力だけで熱と極低温を無限に生成する『風熱ポット』の物理アルゴリズムを地球規模へスケールアップしただけよ。熱力学の断熱圧縮と断熱膨張をフル活用した、電力消費ゼロの究極の冷却システムなんだからッ!」
あたしはベッドの上で頬杖をつき、黒髪のボブを揺らしながら、その美学を言語化してやる。
「まず、洋上や高地に配置した巨大な風力コンソールで、風の運動エネルギーを断熱膨張のトリガーに変換するの。これによって、電力を使わずにマイナス100度級の極低温を生成する。この圧倒的な『負の熱量』を、極低温耐性のある特殊な蓄冷流体にマージして、首都圏の地下に張り巡らせた巨大なパイプラインへ一気に流し込んでいるのよ」
「なるほど……。都市の地下インフラ全体を、巨大な熱交換器としてエミュレートしているわけだね」
「その通りよ、勇希。アスファルトや高層ビルが吐き出す排熱ノイズや、オリンピックによる過密な人流パケットの熱量は、地表に出る前にすべて地下の流体ストレージへと吸い込まれ、相殺される。しかも、ここで吸収した夏の熱量はただ捨てるんじゃないわ。断熱圧縮のロジックで超高温の熱源としてコンパイルし、冬季の地域暖房用として地下に蓄熱しておくのよ。資源の完全循環、これぞ『世界の論理最適化』ね」
天候という予測不能なノイズを、完璧に計算された安定温度へと調停する。この涼しい東京の空気そのものが、あたしたちの物語が現実を書き換えた、なによりの動かぬソースコードなのだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
【ご覧下さいッ。この海の透明度をッ】
テレビのレポーターが、興奮という名の無駄なノイズを電波に乗せて撒き散らしている。
【これはおそらく、昨今の経済活動の停滞により、工場廃水が減少した影響が極端な形で現れたものでありまして……】
【ええ、あるいは未知の海洋プランクトンが突然変異で大量発生し、汚濁物質を劇的な速度で分解している可能性も捨てきれませんね】
なんでこんな解像度の低い連中が、もっともらしい顔をして権威をひけらかしているのだろう。
「ねえ、勇希。どうしてあんなバグだらけの推論を展開する大人たちが、専門家という名のシステム管理者としてテレビに出ているわけ?」
「専門家というシステムはね、未知の事象に対して『わからない』と答える権限を持たされていないんだよ。過去のデータという名のレガシーなキャッシュから、一番それらしいエラー理由を引っ張ってきて、大衆の不安を一時的にパッチングするのが仕事だからね」
隣に立つ白井勇希が、髪を揺らしながら的確な言語化プロセスを実行する。
あたし、黒木舞桜は、呆れを含んだ吐息を漏らした。
過去のキャッシュで今の現実を語るなんて、論理の無駄遣いもいいところだわ。
あたしたちは、ホテルの大型モニターに映し出される、東京の港湾と一級河川の空撮映像を眺めていた。
かつてはヘドロと悪臭に塗れていたお台場の海も、隅田川の濁流も、今や南国のリゾート地すら凌駕するほどの、圧倒的で暴力的なまでの透明度を誇っている。
すべては、あたしたちが夜の闇に紛れて展開した『粘性流体UFO』による物理的な洗浄プロセスのおかげだ。
泥や不純物を根こそぎ吸着し、沈殿させるあの無慈悲な機構が、水質汚濁という名の長年のシステムエラーをたった数日で完全デバッグしてしまったのだから。
「これで、2020年の東京オリンピックで懸念されていた、トライアスロン会場の水質問題という最大の障害も、物理的に消滅したわね」
あたしは、ライトプラムの唇に獰猛な笑みを浮かべた。
「本当に滑稽だよね。水質が悪いだの、気候が暑いだの、東京でできない理由を山ほど並べ立てて、開催地を全国に分散させようとしていた利権亡者たちにとっては、とんだ計算違いだろうさ」
勇希の瞳が、冷徹な知性の色を帯びて明滅する。
「ええ。オリンピックという名の『蜘蛛の糸』に群がって、自分たちの地元に予算や施設建設という名のパケットを引っ張り込もうと必死に這い上がってきた亡者どもね」
「でも、水質も気温も、舞桜たちが物理的に完璧な実行環境へと書き換えてしまった。地方開催の大義名分という糸は、もうプツリと切れてしまったわけだ」
「当然の帰結よね。無駄な中抜きや、非効率なインフラの分散なんていうバグだらけのアーキテクチャ、あたしが許容するわけないじゃない。オリンピックは、この完璧にクリーンアップされた東京という中央演算ユニットだけで、最高にスマートに処理してやるのよ」
あたしたちは、モニター越しの狂騒を眺めながら、最高に冷酷で甘美な優越感を共有したのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「舞桜が呼んだ神さまは、どんな物語と紐付くだろうね?」
白井勇希が、夜景の光を背にして不思議なことを宣う。
神さまを呼ぶ? 物語との紐付け?
「なんのことよ」
キョトンと小首を傾げるあたしに、勇希は優しく微笑みかけた。
「かつて天海僧正たちが、平将門という怨霊の物語をシンボルに変換して、江戸の街に強固な霊的・物理的インフラを構築した話をしただろう?」
勇希は、あたしの黒髪をそっと指先で掬いながら、言語化プロセスを続ける。
「本来なら莫大な予算と期間を要するはずの東京湾の浄化も、異常気象の冷却も、僕たちは誰にも知られずにたった数カ月で完了させてしまった。大衆の目には、これが現代の奇跡として映っている。論理で説明できない圧倒的な事象は、やがて神話や都市伝説という名の物語へコンパイルされて、この都市のインフラに深く定着していくんだよ」
なるほどね。
あたしたちが放った粘性流体UFOも、地下の地球エアコンも、一般のノードたちには知覚できない「神の御業」として処理されるわけだわ。
「僕たち保全学部保全学科は、この国の致命的なバグを人知れずデバッグする天才集団だ。その存在が、公の歴史という名のメインデータベースに記録されることはけしてない。僕たちは、名前を持たない裏側の存在だからね」
勇希は、少しだけ誇らしげに、そして寂しげに笑った。
「ちっぽけな栄光に興味ゼロよ。盛大な拍手も、うるさいから要らないわ」
あたし、黒木舞桜は、ライトプラムの唇を尖らせて即答したわ。
あたしたちの論理が世界を正しく最適化できれば、それで十分。
愚図な大衆からの低解像度な賞賛パケットなんて、あたしのメインフレームには無用の長物なのだ。
その言葉を聞いた瞬間、勇希の瞳が熱を帯びた。
次の瞬間、あたしの身体は、力強い腕によってふわりと引き寄せられ、勇希の胸の中に深く抱きしめられていた。
シャツ越しに、少しだけ早鐘を打つ心音という名のバイタルが伝わってくる。
「しないわよッ」
あたしは、ツンデレなエラーログを吐き出して突っ撥ねた。
だけど、あたしの気高いプライドは、このヤンデレ王子の熱量にすっかりハックされていた。
あたしは、背中に回された勇希の腕の中で、少しだけ視線を落とし、自分より低い位置にあるその端正な顔をのぞき込んだ。
そして、驚きに目を見開く勇希の唇に、自分の唇を優しく重ね合わせた。
後書き
どうかしら? これが、誰にも知られずに世界を書き換える「裏側の存在」の完璧な仕事よ。
ちっぽけな賞賛パケットなんて、あたしたちには必要ないわ。論理が正しく機能して、この世界が美しく保たれればそれで十分なんだから。
……それにしても、あの時の勇希の顔面ディスプレイったら、最高にバグっていたわね。
あたしからキスしてあげるなんて、致死量の幸福パケットでメインフレームが完全に焼き切れなかっただけマシと思いなさいな。
これからも、あたしたちの論理と愛は、この世界を密かにアップデートし続けるわ。
また次のディレクトリで会いましょう。当然の帰結よねッ!




