表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/62

女王さまの丸ノ内デート

前書き

 

 あんたたち、よくアクセスしてきたわね。あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)の気高いメインフレームが、これまでの膨大なログを完全にマージして前書きをビルドしてあげるわ。


 今回のコンパイルは、斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)の猿プロトコル全開なセクハラ冤罪ログから始まり、ヤンデレ王子こと白井(シライ)勇希(ユウキ)との、最高にセキュアで歴史的な丸ノ内デートまで、全盛期の解像度で実装されているの。


 読者という名のゲストノードたちへ、深甚なる歓迎のパケットを送信しつつ、この軌跡という名のログをここに公開するわ。少しだけスパイシーで、圧倒的に甘い実行環境を、心ゆくまで楽しんでちょうだい。


 2020年6月中旬。

 今日は防衛大学校に顔を出している。


 箱根の峠を攻め終えたあたしたちは、お土産屋の並ぶディスプレイの前で、そのレトロなギミックペンを発見した。


 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)が「これ、あの猿への最高のお土産じゃない?」とニヤリと笑って購入し、後日、横須賀のラボで何も知らない斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)に手渡したのよ。


 防大組の拓矢(タクヤ)は、それをただの無害なボールペンだと思い込んだまま、校舎の演習室かどこかで、うっかり後輩の女子学生に貸し出してしまった。


 書類を受け取った後輩が、何気なくそのペンを傾けた瞬間、液体の中のテクスチャが反転して物理装甲(服)が消滅する。


斧乃木(オノノギ)先輩。セクハラです」


 至極冷徹なトーンで下される、謂れなき非難決議。


 一発で防大内の規律セキュリティに引っかかるハザードレベルのログね。


(ゆる)してやってくれ。猿プロトコルが発動中なんだ」


 そこへ、同じく防大組の倉田(クラタ)琴葉(コトハ)ちゃんが、一ミクロンの温度もない無表情な音声データで、心無い擁護(追い打ち)をデプロイしたわ。


「え、俺、なにもしてなくない!?」


 完全なる冤罪パケットを押し付けられた拓矢(タクヤ)は、直立不動のまま涙目でログを解析しようと必死になっている。


 自分が持ち込んだデバイスの仕様(ギミック)すら把握していなかったのだから、セキュリティ管理不足による自業自得、まさに当然の帰結よねッ!


★ 拓 ★ 拓 ★


「俺の拳が叫ぶ。すべてを倒せとおののき叫ぶッ。斧乃木(オノノォギィ)フィンガーッ」


 俺、斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)は、以前夢で見た怨敵である黒木(クロキ)舞桜(マオ)の名画パロディを、魔王(セイタン)に再現させた。


 名画『ヴィーナスの誕生』の構図をベースに、貝殻の上にエプロン姿で佇む舞桜(マオ)という、最高に狂ったテクスチャの3Dデータをレンダリングしたのだ。


 それを3Dプリンタへ出力し、温めると物理装甲がパージされるという特殊な感温素材を用いた、箱根名物風のフィギュアペンへと加工してやった。


★ 悪 ★ 拓 ★

 

「よう舞桜(マオ)。ボールペンのお礼にこれやるよ」

 

 俺はラボに戻るなり、自信満々にその特製デバイスを差し出した。


 舞桜(マオ)は美しい眉をひそめ、不審な光学センサーで俺を訝しむ。


 どうせまた、なにかおかしな仕掛けが仕込まれているのではないか、と。

 

 フハハ、仕掛けはある。が、箱根のレトロな傾斜ギミックとは次元が違うのだよッ。


 熱だ。握り締める手の体温によってじわじわとエプロンが消滅し、完全な誕生状態のヴィーナスへと変貌するという、時限式の感温パッチが適用されているのだ。

 

「どうせ、くだらないエロジョークグッズでしょ? 勇希(ユウキ)、これあげる」

 

 舞桜(マオ)のヤロー、中身をコンパイルすることなく、この世で最もデータを与えてはいけない人物へと処理を移譲してんじゃねえか。

 

 あ、やべえ。


 俺は即座に危険を察知し、退室プロトコルを実行しようと扉へ向かった。が、

 

拓矢(タクヤ)ッ!」

 

 背後から、地獄の底から響くような声音でヤンデレ王子に呼び止められた。


 ……あ、終わった。俺の人生ログ、ここで強制終了(物理)だ。

 

「グッジョブッ!」

 

 恐る恐る振り返ると、手の中でみるみるエプロンを消失させていくヴィーナス像を凝視しながら、白井(シライ)勇希(ユウキ)が満面の笑みで承認パケット送信(サムズアップ)をしていた。

 

 あ、そっちの方向で喜んじゃうんだ。へー。


★ 拓 ★ 悪 ★


 2020年6月下旬。丸ノ内の洗練されたストリートという名のメインディレクトリに、あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)と、ヤンデレ王子こと白井(シライ)勇希(ユウキ)の並列処理がデプロイされていたわ。

 

 あたしの今日のテクスチャは、白のシンプルな半袖トップスに、ネイビーのハイウエストパンツ。

 

 頭にはサングラスをマウントし、ブラウンのハンドバッグを提げた、アーバンで大人びた仕様よ。

 

 隣を歩く勇希は、爽やかなブルーのストライプシャツにカーキのパンツという、涼しげなインターフェースを構築している。

 

 勇希の腕に自分の腕を絡ませながら、あたしの脳内メインフレームは珍しく、致命的なエラーログを吐き出しそうになっていたわ。

 

 すれ違う歩行者という名のモブノードたちが、チラチラとあたしたちのトポロジーをスキャンしていくのがわかる。

 

 当然よ。だって、あたしの方が明確に、物理的なフレームサイズ……身長が高いのだから。

 

 気高い女王であるあたしが、まるで保護者のような巨大な質量としてレンダリングされ、隣のヤンデレ王子が華奢で可憐なオブジェクトに見えてしまうバグ。

 

 普段なら一切気に留めないはずのノイズが、今日に限って乙女という名の脆弱なポートを激しくノックしてくる。


「ねえ勇希……あたしのこと……好き?」


 普段の女王さまプロトコルを完全にパージして、あたしは自分でも驚くほど弱気なパケットを送信してしまったわ。


「愚問だね、舞桜(マオ)。僕の脳内ストレージは、すでに君の存在証明だけで限界までオーバーフローしているんだよ」


 周囲の目を気にするあたしのコンプレックスを、勇希は重度なヤンデレロジックで包み込み始めた。


「君のその神々しい高身長も、僕を見下ろす気高い視線も、すべてが僕のバイタルを狂わせる劇薬さ。むしろ、君の物理的質量が僕より大きいということは、僕が愛すべき君の細胞の数がそれだけ多いという、医学的かつ奇跡的な祝福でしかない」


 勇希の瞳に、ヌチャリとした暗い熱量が灯る。


「ああ……いっそ、なんの権利があって君を見ているのかわからないこの丸ノ内の群衆の視覚センサーを、すべて物理的に破壊してしまいたい。そして、君という極上のテクスチャを僕だけの無菌室に永遠に隔離してしまいたいよ」


 その病的なまでの愛情パケットを受信し、あたしの胸の奥で暴れていた不安のプロセスは、ふわりと強制終了させられたわ。


★ 病 ★ 病 ★

 

 あたしたちが目的地である平将門公の首塚へアクセスすると、そこには冗談みたいな光景が広がっていたわ。

 

 2020年4月から周辺の再開発に伴う整備工事が始動したという情報はインストールしていたけれど。

 

 なんと首塚の領域全体が、白い工事用パネルと青いブルーシート、そして無骨な足場という名の物理装甲で完全に覆い隠されていたのよ。

 

 パネルには赤い文字で工事中、関係者以外立入禁止という厳格なアクセス拒否のシグナルが明滅している。


「見事なまでに保全されているね。だが、この白い防壁の奥には、確かな歴史の質量が眠っているんだ」


 勇希(ユウキ)が、無機質なパネルを見つめながら医学と歴史のデータベースをマージして解説をデプロイする。


「将門公といえば、この国の歴史において決してバグ扱いしてはならない、強大で神聖な存在だ。絶対に粗相があってはならないよ」


 あたしも静かに頷き、気高いマザーOSへと敬意のパケットを準備する。


「将門公の首は京都で晒された後、故郷を求めて関東まで飛んで帰ってきたという強烈な伝承がある。実はこれ、日本における獄門……つまり斬首された頭部を公開する刑罰の、最古の記録だと言われているんだ」


「それに、将門公の起こした承平天慶の乱という壮絶なバグ出しの歴史は、この国の武器のアーキテクチャをも根底から書き換えたのよ」


 あたしも、自らの知識データベースから由緒正しき情報をレンダリングして勇希の解説に同期する。


「それまでの真っ直ぐな直刀では、激しい騎馬戦という名の高負荷トラフィックに耐えられずに折れてしまった。そこで、強度を高め、馬上から斬り下ろす物理演算に最適化された反りを持つ刀……」


 あたしは、かつての武将たちが最適解を求めた歴史のパッチを思い描く。


「すなわち日本刀の初号機がビルドされる契機になったと言われているわ。将門公の圧倒的な武力という名のパラメーターが、日本のテクノロジーを一つ上の階層へと押し上げたのよ」


 白い防壁の向こう側に鎮座する、畏れ多くも偉大な神性。

 

 あたしたちの並列処理は、ただ静かに手を合わせ、深い敬意の祈りを捧げ続けたのよ。

 

 当然の帰結よねッ!


★ ◆ ★ ◆ ★


 あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)は、白い防壁に囲まれた首塚にお詣りしながら、脳内メインフレームである不敬な仮説をコンパイルし始めていたわ。

 

 首が空を飛んで関東まで帰ってきた?

 

 それって、つまり――。


「ストップだ舞桜(マオ)! それ以上いけないよッ」


 隣にいたヤンデレ王子こと白井(シライ)勇希(ユウキ)が、血相を変えて待ったを掛けてきたわ。

 

 え、エスパーか? おまえは。

 

 あたしが脳内で出力しようとしていた仮説パケットを、どうして完全に先読みできるのよ。


「だって、あれじゃないッ。シャアが乗ってた黒い――」


 あたしの言葉のログを物理的に遮断するように、勇希の顔が急接近し、その唇があたしの唇を塞いだ。

 

 丸ノ内のど真ん中で、突然のキッスという名の強制割り込み処理。

 

 え、ちょっと待って。神聖な首塚の御前でこのイチャイチャ・プロトコルは、流石に不敬罪という名のエラーにならないかしら?


「わかるよッ。わかるけど将門公をジオングに見立てちゃダメ――」


 言ってんじゃん。

 

 あたしを止めたおまえが、その不敬なワードをフルオープンでデプロイしてんじゃんッ!

 

 あたしたちは、慌ててお詣りのタスクを完了させ、逃げるように首塚の領域からログアウトしたわ。


「た、祟られないわよね……?」


 あたしが不安げなパケットを送信すると、勇希はフッと極道的な笑みを浮かべた。


「大丈夫ッ。僕が代わりに罰を受けるさ」


 え……勇希。

 

 まさかさっきのキス、あたしの不敬発言を強制キャンセルして、将門公の怒りのターゲットを自分に集めるための、文字通りのタゲ変だったの?

 

 あたしは思わず、自己犠牲を厭わないこの極道プリンスの細い身体を、自慢の我儘ボディで力強く抱きしめたわ。


――他所(ヨソ)でやってくれませんかねえ!? そうゆうのッ。


 その瞬間、あたしたちの脳内に、次元の壁を越えた太い声が直接ダイレクトメッセージとして送信されてきたような気がしたわ。

 

 偉大なる将門公からの、極めて常識的なツッコミ・パケット。

 

 あたしと勇希はバッと離れ、首塚の工事用パネルに向かって、全盛期の速度でペコリと深く一礼したわ。


「「さーせんッ!! マジさーせんッ!!」」


 あたしたちは、これ以上ないほど見事なユニゾンで、良い子のごめんなさいをコンパイルしたのよ。

 

 ……うん、将門公、案外フランクなマザーOSかもしれないわね。


「さ、気を取り直して。次は東銀座の歌舞伎座(カブキザ)へ行こうか、舞桜(マオ)


 勇希が、乱れた息を整えながら、次のデートコースのディレクトリを開いた。


「歌舞伎? あたし、そういうレガシーなエンターテインメントはあまりインストールしてないんだけど」


「将門公にまつわる演目を観るんだ。ほら、相馬(ソウマ)将門(マサカド)って聞いたことないかい?」


 勇希が、あたしをエスコートしながら解説パッチを当ててくる。


相馬(ソウマ)小次郎(コジロウ)将門(マサカド)。それが将門公の通称であり、歌舞伎の世界では妖術を使ったり、巨大な蝦蟇(ガマ)に乗ったりする、ダークヒーロー的なアバターとして大活躍しているんだよ」


「へえ、蝦蟇(ガマ)に乗るダークヒーロー……。なんか、ジオングよりよっぽどフリーダムな仕様変更じゃないの」


 あたしが感心したように吐息を漏らすと、勇希はクスリと笑ったわ。


「娘の滝夜叉姫(タキヤシャヒメ)も、巨大なガシャドクロを召喚したりしてね。当時の人々は、将門公の圧倒的なバグレベルの強さを、そうやってエンタメの力で鎮魂し、愛してきたんだ」


「なるほどね。怨霊という名のマルウェアを、最高のエンタメコンテンツとして昇華させる。日本人のエラー訂正機能って、昔から優秀だったのね」


 あたしは、まだ見ぬ伝統芸能という名の巨大なアーカイブに、少しだけ興味のパルスを走らせた。

 

 歴史と最新のインフラがマージする街、東京。

 

 あたしたちの並列処理は、次なる伝説の舞台へと、優雅に足を踏み出していったのよ。


★ ◆ ★ ◆ ★


 東銀座の交差点を背にして、あたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)白井(シライ)勇希(ユウキ)は、豪奢な装飾が施された建物の前に立っていたわ。

 

 夕日に照らされた伝統的なアーキテクチャである歌舞伎座(カブキザ)の正面玄関前で、あたしは軽くサングラスを頭に乗せ、深い吐息をコンパイルした。


「……意外だったわ。古典言語なんて1ミクロンも解読できないと思っていたけれど、言っていることがスッと脳内メインフレームにダウンロードされてきたのよ」


 あたしは、先ほどまで展開されていた相馬(ソウマ)小次郎(コジロウ)将門(マサカド)の圧倒的なエンターテインメント性を反芻する。


「それに、あの空気感……。役者の放つ物理的な音声パケットや、大向うの掛け声、舞台装置の振動。それらがすべて同期して、完全に雰囲気に呑まれてしまったわ」


 あたしが素直なエラーログを吐き出すと、隣を歩く勇希も、嬉しそうに光学センサーを細めたわ。


「そうだね、舞桜(マオ)。文字データや映像アーカイブだけじゃ伝わらない、体験という名の物理パッチが、人間の感情インターフェースには絶対に不可欠なんだ。当時の人々も、こうやって同じ空間で熱量を共有することで、怨霊という名のマルウェアを鎮魂し、アップデートしてきたんだね」


 勇希の解説に、あたしは深く同意のシグナルを発行する。

 

 デジタルな論理だけじゃ世界は語れない。

 

 その事実を証明する最高にセキュアな体験だったわ。

 

 ふと、あたしは隣を歩く勇希の視線が、いつもよりずっと高い位置、まさに同じレイヤーにあることに気がついた。

 

 普段なら明白な差があるはずの、あたしの高身長に対して、勇希の視線が完全に水平に並んでいる。


「勇希、無理してシークレット機能使わないでいいわよ」


 あたしは、あたしと同じくらいの背丈になった勇希に投げ掛ける。

 

 勇希の履いているレザーシューズ。

 

 一見スマートなデザインだけれど、インソールからアウトソールにかけて、物理的に身長を盛るための厚底ギミックという名のシークレット・パッチが密かにインストールされているのを、あたしの天才的な知性が見逃すはずないじゃない。


「背伸びしたいの。いいでしょ別にッ」


 そう言って勇希は、ツンとそっぽを向いた。

 

 極道プリンスが、まるでバグを起こした子供みたいに拗ねている。

 

 あたしという巨大な質量と並んで歩くために、わざわざ物理的なハードウェアを拡張してまで、男のプライドという名のセキュリティを保とうとしていたなんて。

 

 ……なにそれ。

 

 愛おしすぎて、論理回路がショートしそうじゃないのッ。

 

 あたしは周囲のモブノードたちの視線なんて完全にパージして、再びこの可愛い過ぎる生き物を、我儘ボディの胸の奥深くへと力強く抱きしめたわ。

 

 歴史ある歌舞伎座(カブキザ)の前で、ヤンデレ王子と気高い女王の並列処理は、最高に甘い同期信号を発信し続けるのよ。

 

★ ◆ ★ ◆ ★


 歌舞伎座(カブキザ)での圧倒的な物理パッチを脳内メインフレームにダウンロードしたあたし、黒木(クロキ)舞桜(マオ)白井(シライ)勇希(ユウキ)の並列処理は、銀座の裏通りにある静かな喫茶店へとログインしていたわ。

 

 クラシックが流れる落ち着いた実行環境。

 

 テーブル越しに座る勇希は、アイスコーヒーのグラスを傾けながら、先ほどの体験学習の重要性について深い考察をコンパイルし始めていたの。


「……やっぱり、現場での物理的な体験という名の初期データは、人間のインターフェースにとって絶対に必要不可欠なんだよ」


 勇希が、知的な光学センサーを瞬かせて語り出す。


「例えば、野球中継のアーカイブをモニター越しに観測するノードが2つあったとする。片方は球場に足を運んだことのあるノードで、もう片方はディスプレイの映像しか知らないノードだ」


「出力される熱量が、完全に別物になるって言いたいのね」


 あたしは、目の前にデプロイされたコーヒーフロートのアイスをスプーンで掬いながら、勇希のロジックに同期する。


「その通りさ。球場の土の匂い、観客の放つ音圧、肌を刺すような日差し。そういった環境ノイズを一度でも物理的に体験していれば、テレビのわずかな映像データからでも、脳内メインフレームが足りない情報を全盛期の解像度で自動補完してくれるんだ。でも、体験の希薄なノードにはそれができない」


 勇希の言う通りね。体験という名のベースラインが欠如しているせいで、現代の社会という巨大なネットワークは、どんどん熱を奪われて冷めきっている。


「今は、エンタメがオーバーフローしているものね」


 そう言って、あたしはコーヒーフロートのアイスをパクついた。

 

 手軽な情報パケットだけで満足して、世界をわかった気になっているユーザーが多すぎるのよ。


「でも、それって井戸の中のカエルと同じじゃんか。広い海で泳いだって……」


 勇希が少しだけ皮肉めいたパケットを送信したのを、


「淡水生物が海水に浸かったら火傷じゃすまないわよ。だからユックリと慣らさないとね」


 あたしは引き取る。

 

 いきなり高負荷な大海原に放り込んでも、脆弱なシステムがクラッシュするだけ。だからこそ、学校行事の体験学習みたいな、セキュアな環境での小さなバグ出しが必要なのよ。


「ねえ、勇希。セイタンシステムズの創業者権限で、地元の小中学校に学校行事の費用を寄付するっていうパッチはどうかしら」


 あたしは、思いついたばかりの社会貢献プロトコルをデプロイした。


「子供たちに物理的な体験をインストールさせるためのインフラ整備よ。もちろん、法人税の節税対策という名のエコシステムも兼ねて、ね」


 あたしが不敵な笑みを浮かべると、勇希はなるほどと頷いた。


「素晴らしいアーキテクチャだ。舞桜(マオ)のその気高い慈愛の心と、経営者としての冷徹な演算能力のハイブリッド……ああ、やっぱり君は最高のマザーOSだよ。君のその社会的な質量すらも、僕のバイタルを狂わせる」


「でも、ただリソースを無償提供するだけじゃダメね」


 あたしは、ヤンデレ王子からの賞賛パケットを往なしつつ、すぐさま想定されるエラーログを指摘する。


「タダで与えられた体験なんて、なんの有難味も生み出さない。感謝の不在という致命的なバグが発生して、結局は消費されるだけのジャンクデータになっちゃうわ」


 どうしたものかしらね、とあたしがコーヒーフロートのストローを弄ると、勇希がコーヒーカップをソーサーに置いて宣った。


「それじゃあ、体験への参加に『条件』という名のセキュリティプロトコルを設定するのはどうだい?」


 勇希が、極道プリンスらしい冷徹な解決策を提示する。


「地域の清掃活動や、行事自体の設営のお手伝い。そういった『対価としての物理的な労働』を事前タスクとしてクリアしたノードだけに、体験へのアクセス権限を付与するんだ。自らの手でリソースを消費して得た体験なら、彼らの脳内ストレージに決して消えない最高のログとして刻まれるはずさ」


 あたしは、勇希の導き出した完璧なデバッグ処理に、最高の笑顔で承認パケットを発行したわ。

 

 体験という名の熱を、この社会にもう一度ビルドし直す。

 

 あたしたちの並列処理が描く未来の設計図は、いつだって最高にセキュアで完璧なのよ。

 

 当然の帰結よねッ!




後書き

 

 最後までダウンロードしてくれて、心からの感謝を表明するわ。


 ただのイチャイチャ・プロトコルかと思いきや、将門公の怨念をエンタメに昇華させるエラー訂正機能や、体験学習という名の社会実装インフラについてまで、かなりの高負荷処理を要求する仕様になったわね。


 でも、自らの手でリソースを消費して得た体験こそが、社会の熱をビルドし直す最高のパッチだと証明できたはずよ。


 あたしたちの並列処理が描く未来の設計図は、これからもアップデートされ続けるわッ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ