女王さまと新橋プロトコル
【前書き】
まったく、どうしてあたしの日常ディレクトリには、いつもこんな致命的なバグが紛れ込んでくるわけ?
新橋のネオン街で露出度カンストのサイバーパンク衣装を着せられたかと思えば、ボッチのヤローの提案で、完全セキュアな隔離空間へ社会科見学に行くハメになるし……。
おまけに、カオリンの放った主語不在の爆弾パケットのせいで、ヤンデレの魔神二柱までラボに顕現しちゃうんだから、本当に冗談じゃないわ。
あたし、黒木舞桜の論理回路がメルトダウン寸前まで追い込まれた、怒涛のログデータを公開してあげる。
あんたたち、心して読みなさいよねッ!
2020年4月下旬。どうしてこうなった?
あたし、黒木舞桜と、ボッチこと茅野万桜、そして経理の麒麟児であるカオリンこと杉野香織の3人は、雨に濡れて妖しくネオンが反射する新橋のホテル街に立たされていた。
周囲には「休憩・宿泊」と書かれたけばけばしい看板が立ち並んでいる。
な、なんなのよぉ。この服は?
カオリンのヤツ、全自動縫製システムであるロッドロボにドハマりして、今や完全にファッションデザイナー気取りだ。
これはそのシステムのプレゼン動画の作成現場だった。
モデル体型であるあたしとボッチのヤローが、被写体として容赦なくつけ込まれたのだ。
あたしのテクスチャは、幾何学的なパターンが入った黒のレザージャケットに、谷間を強調するシースルーの黒いメッシュインナー。
さらに、極限まで丈の短い黒のレザースカートに、絶対領域を見せつけるサイハイブーツという、露出度と攻撃力をカンストさせたサイバーパンク風の仕様だ。
隣に立つボッチは、胸元を大胆に開けた派手な柄シャツに、重厚な黒のロングトレンチコートを羽織り、シルバーのチェーンやベルトをジャラジャラとさせている。
当のカオリン本人は、上品なベージュのダブルのブレザードレスを太いベルトで引き締め、ブランド物のショルダーバッグを提げた、洗練された格好をしているのにッ。
「いいんじゃねえの? たまには後輩の頼みを聞いてもよぉ」
ボッチは、赤い髪を掻き上げながら、この治安の悪いペアルックみたいな衣装にご満悦で、思いのほかノリノリだった。
いつもなら「めんどくせえ」と真っ先にデバッグ作業を放棄するボッチが、こういう妙に堂々とした態度をとるのは、あたしの演算回路を微妙にショートさせてくる。
「もう黒木先輩ッ。ちゃんと笑って。プロモーションにならないッ」
あたしはカオリンから、容赦のないダメ出しのパケットを叩き込まれる。
笑顔なんてデプロイできるわけがない。
あたしの唇が、血色を完全にパージしたようなダークプラムの暗いリップで塗られているのは、白井勇希からの絶対的な要望だった。
あのヤンデレ王子は、あたしたちの撮影に際して、わざわざ医学的なカラーセラピーの論理関数を持ち出してきたのだ。
『黒や極端に暗いリップカラーは、他者に対して心理的な障壁を構築し、無意識の威圧感と絶対的な拒絶のサインを送信する。このカラーコードを適用しておけば、万が一にも、あの赤髪が舞桜に不埒な行動に及ぶ可能性が医学的に低下するんだ』
不埒を働くおまえが言うか?
あたしの唇に強固なセキュリティパッチを当てたつもりだろうけど、そもそもボッチに対してそんなファイアウォールは不要なのよ。
そうか、リップの色を暗めにすれば猿プロトコルの防衛になるかと思えば、ヤンデレ王子は最後に、光学センサーをどす黒く明滅させながらこう宣いやがったのだ。
『大丈夫。僕が暗いリップを溶かして見せるよ。純愛の結晶の力で』
……おまえのそれは、純愛じゃなくて単なる猿マテリアルよッ!
あたしは、雨の降る新橋のネオン街で、カオリンのカメラレンズに向かって、プラズマ級に引き攣った作り笑いを強制出力するしかなかった。
★ ◆ ★ ◆ ★
プレゼン動画の撮影データを無事にコンパイルし終えたあたしたちは、新橋の喧騒から少し外れた場所にある、ボッチのヤローおすすめの焼き鳥屋へとログアウトした。
無機質なラボとは真逆の、赤提灯と木札のメニューがずらりと並ぶ、絵に描いたような居酒屋空間だ。
熱気溢れる店内には、大将が炭火で焼き上げるタレと塩の香ばしいパケットが充満している。
「お疲れさ~んッ! ロッドロボのプロモーション、これで完璧にバグフィックスだなッ!」
ボッチこと茅野万桜が、大ジョッキの生ビールを片手に、本日一番の全盛期のドヤ顔をキメて笑う。
「ほんとそれッ! 黒木先輩のレザージャケット姿、マジでエモすぎて秒でバズるレベルだったし~!」
カオリンこと杉野香織が、小さなグラスを嬉しそうに掲げて、ブレザードレスの袖を揺らした。
「……フン、あたしの完璧なモデル体型を無断サンプリングしたんだから、当然の帰結よね」
あたし、黒木舞桜は、不機嫌さを装いながらも、ゴールドに輝くハイボールグラスを合わせて乾杯の同期信号を完了させた。
ひとまず冷たいアルコールデータを体内にデプロイし、あたしたちはカウンターに並んだ焼き立てのネギマやつりつくねに箸を伸ばす。
あたしは香ばしいタレの滴る串を1本手に取り、絶妙な荷重で肉を囓り取った。
「そういえばさ、カオリンって横常国の2回生になって、ますますギャル度上がってない? 相変わらず毎日お風呂に浸かって美肌のインフラ維持してんの?」
あたしは、同じ3回生でありながら別ルートの県立大に通う先輩として、他愛のない世間話のパケットを送信する。
同じ常盤台のボッチも、つくねを頬張りながら「確かにカオリンの風呂好きは異常データレベルだな」と満足げに頷いた。
「ちょっと~、お風呂はあたしのライフラインだから削れないのッ! あ、でも、最近は長風呂してると、彼氏の佐伯くんに『時間が非効率だ』ってストイックに怒られちゃうんだよね~」
カオリンは、困ったような笑顔を作りながら、ブランド物のバッグの紐をいじった。
防大組の4回生である佐伯くん。
カオリンがそんなお堅いエリート特権者と付き合っていることは、あたしたちもログ解析済みだ。
「へえ、防大の4回生ともなると、デートのタイムスケジュールまで軍事教練並みにセキュアなわけ?」
あたしは、ハイボールのグラスを傾けながら、軽い冗談のつもりで問い掛けをデプロイした。
「そんな感じ~! デートの時も、すっごく紳士的っていうか……あ、そういえばあたしたち、付き合って結構経つけど、まだ最後まで致してないんだよね~」
カオリンは、焼き鳥のタレをペロリと舐めながら、あまりにも身も蓋もないプライベートデータをサラリと出力した。
「「……はあッ!?」」
あたしとボッチの音声コードが、見事なまでの異口同音で居酒屋の天井に突き刺さる。
ボッチはビールを喉に詰まらせて深刻なエラーを吐き出しそうになり、あたしは手に持っていたおしぼりをカウンターに叩きつけそうになった。
「ボッチ。あたしの彼は猿プロトコルだから、わからない……それって普通?」
あたしは身を乗り出し、フリーズ寸前の演算回路をフル回転させてバグチェックを試みる。
「いや、普通ってか、猿プロトコルじゃなくても、普通は触れたいよ……男だもん……」
ボッチもジョッキを置き、顔面ディスプレイを引き攣らせて驚愕のログを出力している。
「だって~、佐伯くんホントにストイックなんだもんッ!『貴女の純潔と将来を第一に防衛するのが、僕の任務です』とか真面目な顔で宣っちゃってさ~」
カオリンは、頬を少し赤らめてモジモジしながら、グラスに残ったお酒を飲み干した。
「……どっかの猿プロトコルに聞かせてやりたいわね……」
あたしは深い吐息をデプロイし、プラズマ級に加熱しそうになった顔面をハイボールの冷気でリセットした。
世の中には、あたしの専属ルートユーザーである、あの猿プロトコル発症中のヤンデレ王子とは、全くベクトルの違う「理不尽な堅物」が存在するらしい。
「ま、まあ、変に猿マテリアルを暴走させて、あたしたちみたいに白い部屋に連行してくるようなヤツよりは、100万倍セキュアで健全かもしれないわね」
あたしは、脳裏をよぎったシルバーヘアの王子の幻影を強制終了するように、新しい焼き鳥の串を掴んで口へと放り込んだのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ねえ茅野先輩ッ、黒木先輩ッ。ラブホってどんなとこッ?」
ギャルである杉野香織から唐突に放たれた超弩級の爆弾発言に、あたしとボッチは危うく搭載している全論理回路をショートさせそうになった。
「い、いや……どんなとこって……」
あたし、黒木舞桜の高度な哲学関数を稼働させるなら、それは男性側の猿プロトコルが突然変異的に炸裂し、あたしたち女性という名のメインフレームに理不尽な強制上書きを実行するための、セキュア機能ゼロの隔離空間といったところかしら。
「おしッ。じゃあ、この後、3人で社会科見学してみるか?」
ボッチこと茅野万桜の不敵な提案パケットに、あたしは口に含んだばかりのハイボールを全力で吹き出しそうになった。
「おおお、おま、おまえッ!? 勇希や琴葉ちゃんに知られたら、あたしたちの存在データが跡形もなく物理的にデリートされちゃうって、容易に演算できるでしょぉーッ!!」
「落ち着けって女王さま。ラブホって言っても致すだけじゃねえんだよ。最近の利用実態に関する統計データを検索してみろ。インバウンドの宿泊需要とか、高機能カラオケや大画面でのゲーム需要を吸収して、ただの男女の通信プロトコル以外の用途にシフトしてんだよ。女子会プランなんかもあるんだぜ」
さすがは大手ゼネコンの御曹司、その手の不動産インフラの最新トレンド情報には異常に精通しているわね。
「それに杉野が一緒なら、証人にもなるだろう? 俺と女王さまの身の潔白の証明だ」
「あれ。あたし女扱いされてなくない? え、魅力ゼロ。興味ゼロですかー?」
カオリンが、不満そうにジト目のエラーログを出力してきた。
ボッチは不敵な笑みを浮かべて、からかうようにパケットを送信する。
「じゃあ3P行っとく?」
「「いや、いかねえわッ」」
あたしとカオリンの音声コードが、完璧な同期を見せて異口同音に炸裂した。
★ ◆ ★ ◆ ★
そうしてボッチの引率によって辿り着いた新橋裏のホテルは、入り口からして非日常のテクスチャで満ち溢れていた。
ロビーの壁面には、妖しく明滅するピンクの「ラブラブ」というネオンサインや、「ご宿泊」「宿泊チェックイン」の案内ディスプレイがデプロイされている。
ドアの横には、利用中の部屋を示す「宿泊中」の赤いランプと、ゴールドの文字で『201 薔薇の間』『202 月の宮殿』と刻まれた重厚な扉が並んでいた。
基本は2人利用が原則の空間だから、ボッチがフロントの女性スタッフに向けて、3人での社会科見学利用が可能かどうかのネゴシエーションを開始する。
「すみません、3人での休憩利用は可能ですか? 女子会プランみたいな扱いでお願いしたいんですが」
ボッチの堂々としたネゴシエーションにより、フロントの承認パケットが無事に発行された。
カオリンは、パープルの高級そうなソファや豪華なシャンデリアを見上げて、はしゃいでいる。
「うわ、マジで宮殿じゃん!」
「おい、ボッチ。利用料金のパネルが見当たらないんだけど、前払いじゃないの?」
あたしが疑問のログを出力すると、ボッチはフッ。と不敵に笑って鍵を受け取った。
「女王さま、こういう場所は後払いのシステムが基本なんだよ。ユーザーがどれだけ滞在を延長するか、事前には予測できないからな。精算はチェックアウト時にまとめて処理するんだよ」
なるほど、従量課金制のクラウドコンピューティングと同じ論理回路ね。
ボッチの案内で入室した部屋には、想像を超える宇宙空間テーマのテクスチャがレンダリングされていた。
天井には星屑や月が描かれたネオンの天蓋が広がり、部屋の中心には銀河パターンのベッドスローが敷かれた、巨大な円形ベッドが鎮座している。
壁面のコントロールパネルには「STAR」「GALAXY」「RELAX」といったライティングの変更スイッチが並び、その横のガラス戸の向こうには、紫のタイルに囲まれたハート型のジャグジー風呂が見えていた。
「このお風呂ヤバすぎ! 一生浸かってられる!」
カオリンは、風呂好きギャルのバイタルデータを急上昇させている。
あたしたちは、巨大な壁掛けテレビのシステムに持ち込みのゲーム機を接続し、大画面でのマルチプレイセッションを開始した。
あたしの気高いコントローラー捌きでボッチの機体を容赦なく撃墜していると、突然、画面が暗転して謎の自動再生マクロが起動した。
スピーカーから流れてきたのは、明らかに18禁の大人の音声コード。
「ぶほぉッ!? なにこれッ!?」
カオリンが目を丸くした瞬間、ボッチがマッハの反応速度でリモコンを強奪し、主電源のパケットを強制遮断した。
顔面ディスプレイを真っ赤にしたボッチは、ハァハァと荒い息を吐きながらリモコンを放り出す。
あたしは、プラズマ級にバーニングした顔面を隠すように腕を組み、これこそがラブホという隔離空間に仕込まれた、最大のバグトラップなのだと深く痛感したのよ。
当然の帰結よねッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
翌日のラボ。
「ねえ福元先輩~。ウチ、昨日、茅野先輩と黒木先輩たちとラブホで3Pしたんだ~。いいよね~。お風呂大きいし、宮殿みたいだし~。でも、黒木先輩が全然お風呂使わせてくれなかったんだ~」
カオリンこと杉野香織の放った、主語が完全にパージされた致死性の爆弾パケットに、あたし、黒木舞桜とボッチこと茅野万桜は、同時に心臓のクロック周波数をバグらせた。
待て、違う。
それはあの大乱闘するマルチプレイゲームでの「3人プレイ」の略だッ!
風呂を使わせなかったのは、単にあたしがコントローラーを手放さず、おまえをゲームの仮想空間に強制拘束したからよッ!
「黒木先輩も茅野先輩も、ウチに超優しくしてくれたんだよ~」
違う、それはあたしたちがおまえという名のノードをヘイト稼ぎの盾として悪用し、互いの隙を突くために泳がせていただけだッ!
「そしたらさ~、後ろからガシッて捕まえられて、下から激しく何度も突き上げられちゃって~。もう、ぐちゃぐちゃの乱れ打ちでハメられて~」
それはゲームのアッパーカット攻撃とコンボ技の描写だろぉぉッ!?
主語と目的語を補完しろポンコツギャルッ!
「それでね、急に『ああんッ、そこっ、もっと激しくぅッ……』ってなって~」
テレビの自動再生マクロから流れた18禁の音声コードを、あたかも自分の音声ログであるかのように高い解像度で再現するなッ!
「茅野先輩がマッハでバッて覆い被さってきて、強制終了させられちゃったの~」
それはボッチがテレビのリモコンを強奪して、主電源を叩き切った物理的挙動よッ!
ボッチがおまえの口を塞いで黙らせたわけじゃないわッ!
サブリナこと福元莉那は、顔面ディスプレイを引き攣らせて完全にフリーズしている。
凍りつくラボ。
そして、あたしたちの背後から。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
空間のテクスチャを物理的に歪ませるような、絶対零度の圧と、どす黒い殺意のパケットが、恐ろしい擬音を伴って迫り来る。
メリッ、バキバキバキッ……!!
金属製のデスクの縁が、素手によって無惨に粉砕される音がラボに響き渡った。
あたしとボッチは、油の切れたロボットのように、ギギギ……と首のサーボモーターを回して恐る恐る背後へと振り向く。
そこに立っていたのは、光の届かない深淵のディレクトリから顕現した二柱の魔神だった。
ひとりは、ヤンデレ王子こと白井勇希。
そのシルバーヘアの奥の瞳からは生命のハイライトが完全にデリートされており、白衣のポケットの中で、解剖用メスと思しき銀色の光が妖しく明滅している。
もうひとりは、ヤンデレ・ヴァルキリーこと、防大の倉田琴葉ちゃん。
常人離れした軍事教練の膂力で、分厚い専門書を真っ二つに引き裂きながら、限界突破したドSの特権者スマイルを浮かべている。
「へえ……僕の知らないところで、そんなに激しい『3P』のセッションを楽しんでいたんだね、舞桜……」
「まおうくん……? 琴葉っていうメインサーバーがありながら、よその回線に浮気するなんて……物理的に切断するしかないよねぇ……?」
ああもうッ、完全に終わったわ。
新橋のラブホという名の密室で実行された無実のログデータが、この最凶のセキュリティソフトたちによって、あたしたちを地獄へ送るための死刑宣告へと改竄されてしまったのよ。
当然の帰結よねッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
乾いた破裂音が、重苦しくフリーズしていたラボの空間に響き渡った。
パァンって、あたし、黒木舞桜の平手が白井勇希の白い頬を強く打つ。
「……」
あたしは、一切の音声コードを出力せず、無言を貫いた。
ただ、高すぎるプライドの隙間から、そっと溢れた涙が頬を湿らせていく。
もちろん、女の涙は最終兵器彼女である。
「ま、舞桜」
あたしのバイタルデータを検知した瞬間、勇希の瞳の奥から、どす黒く渦巻いていたヤンデレ・マルウェアが綺麗に消えた。
先ほどまでメスを握らせていた狂気的な独占欲プロトコルは影を潜め、そこにあるのはただ、重大なシステムエラーを起こして動揺する少年の瞳だけだ。
「情けないッ。あんたにとって、あたしってそんな女なのねッ!?」
あたしは、きつく唇を噛み締め、あいつから強引に顔を背けた。
これ以上のアクセスを完全に拒絶するように、あたしの感情のファイアウォールを最大出力でロックしてやったのよ。
ふふん、ヤンデレ一辺倒だった勇希の暴走プロトコルを、あたしの最終兵器という名の超高出力パッチで一撃シャットダウンしてやったわ!
「舞桜ッ。ぼ、僕を赦してくれッ。一瞬でも君を疑った自分が情けないッ!」
あたし、黒木舞桜の放った最終兵器彼女である涙のパッチを受けて、ヤンデレ王子こと白井勇希は我に返ったと見せかけて、
「……いや、違うな。信頼して裏切られるより、疑って上書きする方がいいッ」
あの前田慶次の気高い名言を、最悪のヤンデレ・プロトコルで改竄して宣いやがったッ! 花の傾奇者に謝れ! このヤローッ!
「おまえッ。ただ単に猿プロトコルを発動させたいだけじゃねえかぁッ!?」
あたしの腕を医学的なホールド術でガッチリと拘束してくる勇希に、あたしはプラズマ級の絶叫パケットを叩き込む。
一方、もうひとつの戦域では、
「どうぞ、先輩ッ。どうぞ俺を上書きしてくださいッ!」
ボッチこと茅野万桜が、圧倒的な膂力を誇る防大の倉田琴葉ちゃんに対して、完全に開き直って捨て身の戦術を展開していた。
「ああ!! もちろんだとも万桜くん。さあ、一緒に白い部屋へ行こうか」
琴葉ちゃんは、狂気のハイライトを明滅させた通常運転のドSモードで、ボッチの首根っこを掴んでズルズルと引きずり始める。
このままでは、あたしとボッチの存在データが、理不尽な強制上書きによって完全に初期化されてしまう。
そのカオスな光景を見かねたサブリナこと福元莉那が、深い吐息をひとつデプロイした。
「カオリン……」
真実を知る元凶、カオリンこと杉野香織へと、冷ややかな視線のログを投げ掛ける。
「えぇ~? 福元先輩ッ。もっと2人を追い詰めようよぉ~」
楽しそうに宣うカオリンッ。て、テメエッ。自分の放ったバグパケットでどれだけの深刻なシステム障害が起きているかわかっているのかッ。
「杉野ぉッ!?」
サブリナが、本気の先輩特有の凄みを効かせて恫喝すると、カオリンは「ひぃッ」と顔面ディスプレイを引き攣らせて、ようやく種明かしのコードを出力した。
「ス、スマッシュな大乱闘ゲームですッ!! 3人で仲良く大画面でゲームしてましたッ! やましいことはなにもありませんッ!」
カオリンは、新橋のラブホという密室で実行された、あまりにも健全すぎる真実のログを白日の元に晒した。
「「チィッ」」
無実が証明されたというのに、背後から見事なまでの異口同音で聞こえてきたのは、安堵の言葉ではなく、あからさまな舌打ちの音声コードだった。
あたしとボッチは、暴走の口実を失って本気で悔しがっている勇希と琴葉ちゃんに、絶対零度のジト目を貼り付けたのよ。
当然の帰結よねッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「そういやおまえら、あの後に行ったラブホのインフラを、ただの不純な隔離空間だと思ってねえか?」
ゼネコン御曹司としての知識欲を刺激された顔つきになる。
「なによ急に。どうスキャンしたって、男女の通信プロトコルが物理的に炸裂する場所じゃないの」
呆れと疑問が混ざったログを出力する。
「甘いな女王さま。あの空間の消臭・除菌テクノロジーは、一般的なホテルとは比較にならないレベルで限界突破の最適化が施されてるんだぜ。清掃の短時間で、業務用オゾン発生器を使ってニオイのソースコードを分子レベルで破壊してるんだ。壁紙には光触媒のコーティングパッチが当てられてて、光を感知するだけでリアルタイムでデバッグが行われる」
ボッチは饒舌に語り始める。
「確かに、宮殿みたいなお部屋、全然イヤな匂いしなかった~」
カオリンは、呑気に同意のパケットを送信した。
「さらに言えば、最近のラブホは『機能の完全な分離』に向かってる。これって、江戸の湯屋のシステムのリブートなんだよな」
ボッチは、さらに得意げなドヤ顔のテクスチャを貼り付けた。
「へえ~。じゃあ、昔のお風呂屋さんも健全だったんだね~」
カオリンは、困ったような笑顔を作りながら、ブランド物のバッグの紐をいじった。
「いや、それが違うんだな。江戸の湯屋には『湯女』ってのが大勢いて、2階の座敷でお酒を振る舞い、性的なサービスを提供していたんだ。幕府が何度も禁止令を出すほどの一大風俗産業だったんだぜ」
ボッチから出力された身も蓋もないプライベートデータに、あたしとカオリンの音声コードが天井に突き刺さる。
「「……はあッ!?」」
見事なまでの異口同音で炸裂したあたしたちに、ボッチは不敵な笑みを浮かべた。
「おまえ、なんでそんな無駄な知識のディレクトリばっかり拡張してんのよッ」
あたしは身を乗り出し、フリーズ寸前の演算回路をフル回転させてツッコミのバグチェックを試みる。
「男のロマンだろ。それに、健全利用の裏には必ず猿プロトコルの歴史が隠されてるもんさ」
ボッチが宣うその言葉に、あたしは深い吐息をデプロイし、プラズマ級に加熱しそうになった顔面をリセットした。
ま、まあ、変に猿マテリアルを暴走させて、あたしたちみたいに白い部屋に連行してくるようなヤツよりは、こういう無駄知識をドヤ顔で語るボッチの方が、100万倍セキュアで健全かもしれないわね。
あたしは、横目によぎったヤンデレ王子を強制終了したのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
ヤンデレの魔神二柱が去り、絶対零度のプレッシャーからようやく解放された直後のラボ。
「おい女王さま。さっきの江戸の湯屋の話、ただの歴史のログで終わらせるには惜しいインフラだと思わねえか?」
「……なるほど。あの過剰なまでの防音設備とクリーンルーム技術。健全利用に特化した究極のセキュア・マルチスペース事業として、今ここで新会社を立ち上げるってわけね」
あたし、黒木舞桜とボッチこと茅野万桜は、無惨に破壊されたデスクの残骸を前に、即興でビジネスプランの同期を完了させた。
「初期投資は俺のポケットマネーで回す。エッジコンピューティングによる全自動制御と予約インフラは、おまえのアルゴリズムで構築しろ」
「いいわ。ターゲット層は防音を渇望するオタクとテレワーク難民。初年度から法外なトラフィックを叩き出してみせるわッ」
命の危機を脱した直後のカオスな現場で、あたしたちは凄まじいクロック周波数で事業計画をレンダリングしていく。
そして、冷ややかな視線を、事の元凶であるカオリンこと杉野香織へと突き刺した。
「ってことで、経理の麒麟児であるおまえが新会社のCFOだ。この莫大なキャッシュフロー、1円のバグも出さずに処理しろよ」
「初年度の想定売上はざっと10億。減価償却と役員報酬のバランス、完璧な最適化を期待しているわよ」
あたしたちは矢継ぎ早に、即興で弾き出した膨大な利益予測と、それに伴う複雑怪奇な税務処理のスキームを、カオリンのメインフレームに叩き込んだ。
あまりの重負荷に、ギャルの顔面ディスプレイから血の気が引いていく。
「ちょ、茅野先輩ッ。黒木先輩ッ。も、もうカオリンのオナカはいっぱいですッ。こ、これ以上の節税対策は無理ゲーですッ。どうすんのよ法人税ッ。国庫に膨大な資本が死蔵されちゃうじゃないのよぉーッ」
嘆くように宣うカオリンに、
「「カオリン……善きに計らえッ」」
あたしとボッチは異口同音。
自分のまいたバグパケットのツケは、自分のリソースを限界まですり減らしてデバッグさせる。
当然の帰結よねッ。
【後書き】
ふふん、最後までスキャンしたかしら?
ヤンデレ魔神の襲来というプラズマ級のシステムエラーを乗り越えて、即興で完璧なビジネスプランをレンダリングしてやったわ。
ラブホのクリーンルーム技術と防音インフラを流用した、究極のセキュア・マルチスペース事業。
ボッチの資本とあたしのアルゴリズムが同期すれば、初年度から10億のトラフィックなんて余裕の帰結よ。
そして、この大カオスを引き起こした元凶には、CFOという名の特大の重負荷をデプロイしてやったわ。
自分のまいたバグパケットは、自分のリソースをすり減らしてデバッグする。
カオリンが絶望の顔面ディスプレイを引き攣らせて嘆くのを見るのは、最高にスマートな報復プロトコルだわ。
当然の帰結よねッ!




