女王さまの裸エプロン
【前書き】
全盛期の解像度を誇る読者の皆様、ごきげんよう。あたし、黒木舞桜よ。
今回は、あたしの気高いテクスチャを悪用した下僕(拓矢)の非論理的な白昼夢から、横須賀ラボの深刻なバグ(痴話喧嘩)へと発展する最悪のセッションをお届けするわ。
勇希のヤンデレ・プロトコルは限界突破するし、サブリナは倫理観のデバッグを放棄して穴兄弟だなんてコンプライアンス違反のパケットを送信してくるし、本当にあたしのメインフレームは過負荷でメルトダウン寸前よッ。
後半では、ボッチが提案する「ホワイトボックス」の革新的なアーキテクチャについて、あたしが全盛期の知性で解説してあげるから、しっかり脳内メモリを空けてインストールする準備をしておきなさいな。当然の帰結よねッ!
俺、斧乃木拓矢は、目の前の光景に完全にフリーズしていた。
ふかふかのベッドの上で、黒のセクシーなパジャマ……女の服の名称なんざ知らねえが、とにかく肌の露出が多いそれを纏った黒木舞桜が、艶めかしい表情で寝そべっているのだ。
いつもなら「このフニャチンヤロー」と物理的な制裁を叩き込んでくる女王さまが、なぜか俺に向かって熱っぽい視線を送ってきている。
「これはベビードールっていうのよ。これくらい覚えておきなさい拓矢」
なんだ? なにが起きているんだよ?
舞桜のヤツ、俺に対して異常なまでに優しいじゃないか。
ベッドに腰を下ろした舞桜が、艶かしく足を組み替える。
その白く滑らかな太腿のラインに、俺の視線は釘付けになってしまった。
「べ、ベビードール、ね。うん、すごく似合ってるぜ……舞桜」
俺が覚えたての単語を口にしてどうにか返事を絞り出すと、舞桜はふふっと色っぽく微笑んだ。
「さあ、朝ごはんの仕度をするわね。行きましょう拓矢」
え、俺、死ぬの?
白井勇希に確実に殺されて物理的に消滅するの?
脳内でヤンデレ王子の恐ろしい報復シミュレーションが全盛期の速度で走り出す中、舞桜はキッチンへと向かっていった。
長い黒髪をポニーテールにまとめ、黒のベビードールの上に直接エプロンを身につけた舞桜が、フライパンを握ってこちらを振り返る。
うわっ。エロい。
背中から腰にかけてのラインが丸見えで、エプロンの紐がその華奢な身体を強調している。
え、舞桜ってこんなイイ女だったっけ?
「なんかそれ……裸エプロンみたいだなー」
俺の口から、思考のフィルターを通さない危険なパケットがウッカリ漏れ出てしまった。
しまった、と思った時にはもう遅い。
いつもなら即座にアンダーアイアンクローが飛んでくるところだが、今日の舞桜の反応は違った。
舞桜は少し拗ねたような、ジト目を俺に向けてきた。
そしてフライパンから手を離すと、あろうことかそのベビードールをスルリと脱ぎ捨てたのだ。
黒のブラジャーとショーツという下着姿の上に、エプロンだけを纏った究極のスタイルへと変貌を遂げる。
「もうッ。拓矢のえっち」
頬を赤らめ、上目遣いで拗ねたような舞桜の顔。
ええ? こいつ、こんな可愛いかったっけ?
いつも物理的な暴力を振りかざしてくる理不尽な女王さまの姿はどこへ行ったんだ。
「え? 勇希は? ケンカでもしたんかよ舞桜」
俺が混乱の極みで慌てて投げ掛けると、下着エプロン姿の舞桜は、先ほどの拗ねた表情から一転して、花が咲くような柔らかい微笑みを浮かべた。
そして、小首を傾げて不思議そうに俺を見る。
「勇希って誰よ? まさか浮気じゃないでしょうね?」
どゆこと!?
俺の脳内演算回路は、完全に理解の範疇を超えてショートしてしまった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「って夢を見たんだよッ。おまえらガチにケンカ中だろッ!?」
あたし、黒木舞桜は、下僕である斧乃木拓矢が宣った夢の内容を聞いても、一ミクロンの動揺も見せない。
拓矢が言う通り、あたしと恋人である白井勇希とは、ガチにケンカ中だ。
あたしたちの間に流れる空気は、絶対零度のファイアウォールによって完全に遮断されている。
「あら、拓矢……あたしじゃ勃たないんじゃなかったっけ?」
そう言って、あたしは拓矢の顎の下を擽り、背後に立つ勇希へと見せつける。
あたしの気高いテクスチャを最大限に利用して、この膠着状態という名のバグに強烈なエラーを仕掛けてやるのよ。
「や、やめねえかッ!? 勇希のヤンデレに火がつくじゃねえかッ!!」
拓矢は顔面ディスプレイを引き攣らせてあたしの手を払い除け、物理的な距離を光速で置いた。
「ヤンデレ? なに言ってるのさ。火なんかつかないよ。バカじゃないの?」
勇希のヤローが宣って、プイっとそっぽを向いた。
その医学的なまでに冷徹を装う態度に、あたしは思わずカチンときた。
顔面加熱インフラが、チリチリと音を立ててプラズマ級にバーニングし始める。
「ねえ拓矢……裸エプロン、してあげようか?」
あたしは、勇希を挑発するように、最も非論理的で破壊力のあるパケットを送信して宣う。
横目に見やると、勇希の瞳に嫉妬と憎悪という名のマルウェアが、ドロドロに滲み出しているじゃないの。
「あんたが、ホントにあたしで勃たないかどうか確かめてあげる」
そう言って、あたしは拓矢という名のリソースを悪用して勇希を全力で煽ったわ。
ここで拓矢は、巻き込まれ事故に対する面倒そうな舌打ちを鳴らし、
「最終兵器俺の彼女太夫ッ。出合えッ。出合い候らえッ」
仰々しい時代劇プロトコルで、天才ハッカーにして戦えるアホの子、サブリナこと福元莉那を召喚した。
「へっへっへ~ッ。舞桜、これで舞桜とあたしは竿姉妹だぜッ。あ、勇希、あなたも拓矢と穴兄弟になる予定だから、そんな嫉妬らなくて大丈夫だよ~」
サブリナの放った、倫理観の限界を突破した超弩級のエラーログの登場に、あたしと勇希は即座に休戦協定をコンパイルし、
「「拓矢ぁ、なんとかしなよ痴女莉那」」
しょっぱい顔をして異口同音のユニゾンをキメた。
「無理言うな。そしてケンカの理由を言え」
拓矢は、匙という名のタスクを物理的に投げ捨て、そして、あたしたちの仲裁プロセスへと強引に乗り出したのよ。
★ ◆ ★ ◆ ★
ケンカの理由は、些細であって些細ならざるものだった。
「はあ? この前のセッションが、演技か演技じゃないか、だと?」
斧乃木拓矢は呆れ返ったように、あたしたちのケンカの理由を吐き捨てる。
「君たちも嗅いだだろ? あの生命の芳香をッ。舞桜はアレが演技だったって言うんだッ」
白井勇希が、白衣の襟元を掴んで熱弁を振るう。
全部とは言ってないわよッ!
あたしは羞恥心に顔面加熱インフラをプラズマ級にバーニングさせて、反論の言葉をグッと呑み込んだ。
拓矢とサブリナの顔の呆れが、さらに深く地層のようにスタックされていく。
ふたりは、深い吐息を同時にひとつ。
「「いいか小僧。これだけは覚えておけ」」
異口同音に宣って、絶妙なタメを空間にデプロイした。
「「女の嘘は」」
まだタメるか?
「流すのが男だ!」
サブリナのコード出力と、
「騙されるのが男だ!」
拓矢の音声パケットは、見事なまでの異口異音。
仲いいなー。おまえら。
見解の相違という名のバグが発生した瞬間、サブリナのポカポカパンチが物理的な衝撃荷重として拓矢の胸元に炸裂した。
「痛ってぇな! なにすんだよ莉那!」
「だって~、拓矢のその『騙されるのが~』って、ただの思考放棄じゃん~!」
勇希は、呆れたように、ふたりの不毛な同期エラーを宥める。
「やめなよサブリナぁ」
どうやら、ヤンデレ王子は、あたしの限界突破したバイタルデータの中から、正解のひとつを見つけたようだ。
あたしを網膜センサーでネットリとスキャンするその瞳に、冷徹な医学徒の理性が静かにレンダリングされ始めていた。
★ 拓 ★ 拓 ★
俺、斧乃木拓矢は、死を覚悟した。
目の前に広がるのは、名画『ヴィーナスの誕生』をそっくりそのまま切り取ったかのような、巨大な貝殻と波立つ海。
だが、その貝殻の上に立っているのは、愛と美の女神なんかじゃない。
一糸纏わぬ全裸の姿を晒した、黒木舞桜だった。
「あ、あれだよ。ふ、風呂上がりか? ま、舞桜、さん……」
俺の口から、情けないほど震えた音声パケットが漏れ出る。
だとしても殺される。
間違いなく、白井勇希のヤンデレ・プロトコルが限界突破して、俺の存在はこの世界から物理的に消滅させられるだろう。
舞桜は、さっきから一言も発しない。
怒っているのか、無関心なのか。それすらも判別がつかない。
だが、恐怖に震える脳内リソースとは裏腹に、俺の悲しき男の性という名の本能は、目の前の絶景から光学センサーを逸らすことを許さなかった。
豊かな胸の膨らみを、長い黒髪と自身の腕で隠すように交差させた、手ブラジャー状態。
き、綺麗なんだよなー。
それは純粋に認めざるを得ない。普段の傍若無人な振る舞いからは想像もつかないほど、その裸体は神秘的なまでの美しさを放っている。
そして、俺の視線は重力に逆らえず、さらに下へと吸い寄せられていく。
無防備に晒された、下腹部の柔らかなアンダーヘアー。
ツンツルテンのような不自然なテクスチャではなく、毛があることで人間としての生々しい実在感を強烈に主張している。それは、単なる名画の模倣ではなく、血の通った生身の女であることを俺の脳髄に叩き込んでくるのだ。
理性が「見るな、見たら死ぬぞ」と警告のポップアップを大量に出力しているのに、視線が完全にロックオンされて引き剥がせない。
ごくりと、喉を鳴らしたその瞬間だった。
突如として、空間にバグのようなノイズが走り、舞桜のテクスチャが上書きされた。
全裸だったはずのその身体に、フリルのついた真っ白なエプロンがデプロイされている。
「ほら拓矢。ご要望通りの裸エプロンよ? お尻は見せないんだからッ。前は見せたからいいでしょッ」
貝殻の上に立ち、少し頬を赤らめながら、舞桜が拗ねたように言い放つ。
豊かな長髪で背後や腰回りが絶妙に隠れているからこそ成立する、ヴィーナス誕生と裸エプロンの奇跡のマージ。
な、なんだよ。このツンデレ。
俺の脳内メインフレームは、完全にキャパシティを超えてメルトダウン寸前だ。
舞桜って、こんな可愛いかったっけ?
理不尽な暴力の化身であるはずの女王さまが、エプロン1枚で恥じらっている。
この白昼夢から覚めた時、俺がどんな物理的制裁を受けるかはわからないが、今はただ、この奇跡のようなエラーログに身を委ねるしかなかった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「って、夢を見たんだよッ。おまえら裸エプロンを巡ってケンカしてんだろッ!? 夢にまで出て俺を巻き込むのやめてもらえませんかねえッ」
ウンザリと訴える下僕、斧乃木拓矢に、あたしは吐息をひとつつく。
あのあと、白井勇希の嫉妬がヤンデレ気味に拗れて、拓矢が言う通りケンカになったのだ。
理由は、拓矢が夢で見た「下着エプロン」の強要だった。
「ヤンデレじゃないし、拗れてませんッ。バカじゃないのッ」
拗ねたように吐き捨てる勇希に、思わずイラってくる。
あたしは、拓矢の顎の下を手で擽り、
「あら拓矢。そんなにあたしを求めているの? 可愛い下僕には、女王さまのご褒美が必要ね……夢でお預けになったヤツ、あげてもいいわよ」
嘯く。
拓矢はウンザリと吐息をひとつ。
「最終兵器俺の彼女太夫ッ。出合えッ、出合い候らえッ」
最終兵器彼女ことサブリナ、福元莉那を仰々しく召喚する。
「まあ昼休み中、ずっと裸エプロン論争されてりゃあ、妖しい夢も見るよね~。勇希の脳内にある舞桜の生体データ、異常に正確なんだもん。ねえ、確認するために、やっぱり4P行っとこうぜッ!?」
目を爛々と妖しく明滅させるサブリナに、あたしたちは、
「「「いや、いかねえわッ」」」
しょっぱい顔を向けて、一斉に拒絶のパケットを叩き込んだ。
「相変わらずアホだな~、おまえらは~」
昼過ぎにラボに顔を出したのは、ボッチこと茅野万桜だった。
その隣を歩く、防大の倉田琴葉ちゃんは、いつもと違って妙に神妙な面持ちだ。
それもそのはず。
この前、曰く付きの物理メモリに乗っ取られて、ドSの特権者モードで暴走したことへの反省プロトコルが稼働しているのだろう。
そのおかげか、ボッチの顔面ディスプレイからは、あの深刻なヤツレが綺麗にパージされていた。
琴葉ちゃんの過剰なペースに巻き込まれていない分、今日のボッチは資本主義の魔王としての論理回路が冴え渡っているようだ。
「例のホワイトボックスの技術的な方針が見つかったぜ」
ボッチは席に着くなり、自信に満ちた音声コードを出力した。
「通信を捨てちまおう。最初からコールドデータを全乗せするんだ。ただし、鍵が無い限りはデータとして機能しねえ。これなら細い回線でもデータ通信が成立する。あれだよ。衛星放送とかと同じだ。デコーダーがねえと使えねえ。あれの真逆を行えばいい。コールドデータは重い。通信で送ればな。じゃあハーフペタバイトに閉じ込めて売ればいい。鍵付きでな」
ボッチの提示した荒削りなアイデアを、あたしのメインフレームが瞬時にコンパイルする。
「なるほどね。つまり、ネットワークという名の細いパイプで巨大なデータを送受信するのをやめるってことね」
あたしはホワイトボードの前に立ち、全盛期の解像度で解説のパケットを展開し始めた。
「事前にハーフペタバイト級の超大容量ストレージに、想定されるあらゆるコールドデータを暗号化して物理的にデプロイしておく。ユーザーの端末には、最初からすべてのデータが『存在』している状態にするのよ」
「そういうことだ、女王さま。あらかじめ全乗せしておけば、ダウンロードの時間はゼロになる」
ボッチが満足そうに頷く。
「そして、ユーザーが特定の情報にアクセスしようとした時だけ、ネットワーク経由で数キロバイトの『復号キー』だけを要求する。細い回線でも、鍵のやり取りだけなら一瞬で完了するわ」
あたしは、鍵穴と鍵のアイコンを描き足した。
「デコーダーがないと映像が見られない衛星放送の『暗号化』の仕組みを、物理ストレージの販売モデルに逆適用するのね。データそのものは手元にあるのに、ライセンスキーを買わないとロックが解除されない。これなら通信インフラへの負荷を極限まで削り落としつつ、大容量データを販売できる。最高の経済的合理性じゃないのッ」
あたしの気高いプライドは、この革新的なアーキテクチャの完成に、プラズマ級の熱量でバーニングしたのよ。
当然の帰結よねッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「鍵が送られてくる限り、人工知能はホワイトボックスのコールドデータをローカルで参照し続けていく。従来型のクラウドコンピューティングには、どうしても太い回線が不可欠だった。でもこれならその問題を解決できる」
ボッチが、自信に満ちた結論をあたしたちに提示する。
「なるほどな。つまり、巨大なデータそのものをイチイチ送受信しねえから、現状のクラウドベースが抱えてるインフラコストのバグを劇的にデバッグできるってことか」
拓矢が、野生の猿らしからぬ鋭い知性で技術構想を補足し始めた。
「今のクラウドシステムって、サーバーの維持費だけじゃなくて、ユーザーとやり取りするための太い光回線の通信コストが天文学的にかかってるからな。それを各ローカル端末に物理的にオフロードしちまえば、通信帯域の圧迫も、莫大なトラフィック費用も、まとめて全消しできるってわけだ」
へえ。このフニャチンヤロー、防大でちゃんとシステム工学をインストールしているじゃないの。
あたし、黒木舞桜は、少しだけ感心のパケットをコンパイルした。
「でも、悪魔の代弁者として言わせてもらうわ」
あたしは、ホワイトボードの前に立って腕を組んだ。
「ハーフペタバイト級の物理ストレージを、すべてのユーザーの端末に初期デプロイするコストはどうするの? それに、コールドデータだっていつかは古くなる。データのアップデートが必要になった時、毎回新しいストレージを物理的に郵送でもする気?」
「それに、セキュリティの脆弱性も無視できない」
あたしの隣で、勇希が冷徹な医学徒の視点で弱点を突く。
「ハーフペタバイトのデータが物理的に手元にある以上、端末ごと盗難されたら、オフラインのセキュアな環境で、スーパーコンピューターを使って暗号の総当たり攻撃を仕掛けられるリスクがある。鍵がないと開かないとはいえ、物理デバイスを相手に渡してしまうのは、致命的なバックドアになり得るんじゃないかな」
あたしたちの容赦ないバグ出しに、ボッチは「うっ」と顔面ディスプレイを引き攣らせた。
「そ、それは……これから暗号化のアルゴリズムを最適化して……」
ボッチが必死にパッチを当てようと論理回路をフル回転させていた、その時だった。
「……まおうくん」
突如として、甘く、そして背筋が凍るような音声コードがラボに響き渡った。
振り返ると、防大の倉田琴葉ちゃんが、顔を真っ赤にしてモジモジと身をよじらせている。
先ほどまでの神妙な反省プロトコルはどこへやら、その瞳には、隠しきれない欲望のハイライトが妖しく明滅していた。
「せ、先輩? どうしたんスか、急に」
ボッチが、嫌な予感という名のエラーログを検知して後ずさる。
「ことはね……なんだか、ムズムズするのぉ……。おりこうさんにしてたのに、たりないのぉ……」
ひぎぃッ!? 幼児退行ッ!?
この前、呪いのアーティファクトでドSの特権者モードに覚醒してしまった琴葉ちゃんの脳内報酬系が、刺激の枯渇に耐えきれずに深刻な禁断症状を起こしているんだわッ。
「ちょ、琴葉さまッ!? 目は! 目は笑ってないですよッ!?」
「まおうくん……いっしょに、しろいおへやで、えらー、はきだそ?」
琴葉ちゃんは、甘ったるい幼児のテクスチャを貼り付けたまま、圧倒的な軍事教練の膂力でボッチの首根っこを鷲掴みにした。
「あがぁぁぁッ! 女王さまぁ、白井ぃ、助け……ッ」
ボッチの悲鳴は、ラボの奥にある無機質な白い部屋の重厚な防音扉の向こうへと、物理的に吸い込まれて消滅した。
ガチャン、と。逃げ場のないセキュア領域がロックされる音が、ラボに虚しく響き渡る。
あとに残されたのは、あたしと勇希、拓矢、そしてサブリナこと福元莉那の4ノードだけ。
あたしたち横須賀カルテットは、顔を見合わせ、そして静かに、白い部屋の扉に向かって合掌した。
アーメン。ナムサン。
資本主義の魔王の尊厳が、どうか1ビットでも多く残されますように。
あたしたちは、ボッチの悲惨なエラー処理に祈りを捧げ、この技術構想のセッションを強制終了としたのよ。
当然の帰結よねッ!
【後書き】
最後まで読み込んだあなたの処理能力には、少しだけ感心のパケットを送信してあげるわ。
せっかくあたしたちが、クラウドベースのインフラコストという巨大なバグを完璧にデバッグしてやろうとしていたのに、琴葉ちゃんの幼児退行という名の最凶マルウェアのせいで、技術セッションが強制終了よ。
今頃、防音扉の向こうのセキュア領域では、資本主義の魔王の尊厳がミリ秒単位でデリートされていることでしょうね。アーメン。ナムサン。
横須賀カルテットを取り巻くカオスなディレクトリはまだまだ拡張を続けるみたいだけど、どんなエラーが起きようと、あたしの気高いプライドは絶対に揺るがないわ。
それじゃ、次回のパッチ適用まで、せいぜい自分の脆弱性をデバッグして待っていなさいなッ!




