女王さまとネオンサイン
前書き
ご機嫌よう。酸いも甘いも噛み分けた淑女、あたし、黒木舞桜よ。
今回は、2020年4月の中旬、夜の銀座でのログを公開してあげる。
隣を歩くのは、ルックスだけは無駄に良いデリカシーゼロの猿プロトコル、下僕の拓矢ね。道行くギャラリーが、あたしたちをお似合いのカップルだなんて、笑えない冗談をばら撒くから、開始早々に不機嫌さがプラズマ級に増幅しちゃったわ。
赤い大人たちとの重厚な会食と、江戸前の最高密度のファストフード……あたしの華麗なる思考実験と、果てしない胃袋の要求スペックを、しっかりその目に焼き付けなさいな。
2020年4月中旬。夜の銀座。
あたし、黒木舞桜と、下僕である斧乃木拓矢は並んで歩いている。
この下僕、ルックスはいい。中身はデリカシーゼロの猿プロトコルだが。
夜のネオンが、拓矢のダークグレーのブレザーと、タンとネイビーの幾何学模様の綿サテンシャツを鮮やかに照らし出している。
深いインディゴブルーのデニムパンツにブラウンのレザーベルトという出で立ちは、銀座の街並みに憎たらしいほど馴染んでいた。
対するあたしも、グレーとホワイトのペイズリー柄バンダナに黒髪をまとめ、同じくダークグレーのテーラードジャケットを羽織っている。
身長185センチの拓矢と、身長175センチのモデル体型である黒木舞桜が並んで歩けば、周囲のノードに異常なトラフィックを引き起こす。
「ねえ、あの二人……雑誌の撮影かなにか? めちゃくちゃスタイルいいんだけど」
「男の人、俳優さんみたい。隣のモデル風の女の人とお似合いのカップルだね」
「服のテイストも合わせてるし、美男美女で絵になりすぎ……」
おい、こいつのパートナーとか笑えない冗談は、おやめやがれ。
「あの10センチの身長差、すごく理想的じゃない? 絶対付き合ってるよ」
「あんなカッコいい男の人がパートナーだったら、毎晩最高だろうな」
「高嶺の花って感じの美人だけど、夜はあの男の人に甘えたりするのかな」
あたしはテラコッタとネイビーの幾何学模様ブラウスの胸元で、不機嫌さをプラズマ級に増幅させた。
ネイビーのハイウエストワイドパンツのポケットに手を突っ込み、ギリッと奥歯を噛み締める。
おい、なんで、あたし黒木舞桜が下僕ごときに、セキュアな領域を解放しないといけないんだ?
「下僕じゃねえし。何度も言うが、俺は莉那がいいの! おまえじゃ勃たないの。悪いな舞ぉーッ!?」
あたしは、下僕に対してデリカシーゼロの咎でアンダーアイアンクローを炸裂させる。
悪いなってなんだ? なんで、あたし、黒木舞桜がおまえを求めている前提だ!?
アイアンアンダークロー・ホーミングをキメてやろうか!?
「ま、舞桜? 俺が……俺のが物理法則に従っちゃう……」
アンダーアイアンクロー16連打で、道端に崩れ落ちそうになる下僕拓矢のことを、あたしはセカンドアイアンクローで片手で首根っこを鷲掴みにしてつかまえる。
そのまま、シルバーのクロスボディバッグを揺らしながら拓矢を引きずっている、あたしたちを見たギャラリーが、戦慄のパケットをばら撒き始めた。
「えっ……あの男の人、股間を押さえて白目剥いてない?」
「うわぁ、あんな綺麗な顔して、男の首根っこ掴んで引きずってるよ……」
「恋人同士じゃなくて、女王様と奴隷だったのか……逆らったら物理的に消されそう」
そうよ。主従関係は、あたし黒木舞桜が主よ? おわかりいただけたかしら。
「おいおい、なんだその絵面?」
ボッチこと茅野万桜が呆れたパケットを送信してくる。
和光の時計塔やネオンサインが煌めく夜の銀座を背に、ボッチは赤い髪を掻き乱しながら額に手を当てていた。
ダークグレーのジャケットに、植物柄のダークトーンのシャツを開襟で着こなしている。
首元にシルバーのチェーンを光らせるその顔面ディスプレイには、致命的なエラーを検知したような深い嘆息が浮かんでいた。
「さあ? 女王さまと下僕かしらね。慈悲深いって枕詞をつけてもいいわよ」
白眼を剥いていた拓矢が、体勢を立て直して、噛みつくように吠え立てる。
「物理法則に従って消滅させられるとこだよッ。おまえ、報復としてオッパイにアイアンクローしてやろうか!?」
おーおー。威勢がよろしいこって。
あたしは、無駄に反抗的な下僕を冷ややかに見下ろした。
「あ、静かなる御曹司だ」
いつの間にか、白井勇希がその場に立っていた。
後ろで一つに結んだ銀髪に、目元を完全に隠す漆黒のサングラスを装着している。
黒のドレスシャツに深紅のネクタイを締め、純白のスリーピーススーツを隙一つなく着こなしていた。
両手に黒いレザーグローブをはめ、微動だにしないその直立姿勢は、銀座の喧騒を完全に遮断するような異様な威圧感を放っている。
「……キレたぜ」
「ま、待て勇希! 話せばわかるッ」
後退る拓矢と迫る勇希。
「だから、銀座ではしゃぐなバカどもッ」
ボッチがキレ散らかす。
★ ◆ ★ ◆ ★
あたしたちは、ボッチの案内で路地裏にある小さな寿司屋に向かった。
「な、なによ。この栗田さんと山岡さんが入りそうな雰囲気」
暖簾をくぐった先は、他の客の気配が一切ない、完全予約制の静謐な空間だった。
白木のカウンターの向こうでは、ねじり鉢巻を締めた職人が黙々と寿司を握っている。
職人気質な鋭い眼光を放つその両目は、瞳孔が見えないほどの完全な白眼だった。
彼は並外れた集中力で、シャリのパケットを精緻にコントロールしている。
背景の棚には、線画で描かれたような酒瓶や和食器が整然と並んでいた。
障子戸から漏れる光が、張り詰めた経済の取引所のようなオーラを醸し出している。
「まあ、おまえらに会わせろって、うるせえんだよ。オヤジ、連れてきたぜ」
そう言って、ボッチこと茅野万桜が暖簾をくぐる。
そこには、ボッチの異母兄である赤い経済マフィア、茅野淳二社長の姿があった。
そして、あたしたちのパパ世代である淳二社長と同世代の、赤いスーツを着た人物が――。
「女王さま。そこはグッと我慢したってくれや……ヅラだってのは、本人も重々承知なんだ。アレはアレだよ。言わばビジネスヘルメットだよ。そうだなオヤジ?」
屈託なく笑って宣うボッチ。
オヤジとやらは、どうやら寿司屋の大将のことではないらしい。
グッと我慢って。失礼ね?
あたしは、酸いも甘いも噛み分けた淑女なのよ。
ハゲやヅラに面と向かって、
「ハゲだなんて言わないわよ。ヅラずれてるとか言わないんだから」
あれ。おかしい。
赤いスーツのオジさまが泣きそうだ。
ボッチの兄ちゃんである赤い経済マフィアことシャアが、必死に笑いを堪えている。
げ、解せぬ。
「声に出てたよ舞桜。お久しぶりです晴景さん。彼女は黒木舞桜。そっちの彼は斧乃木拓矢。舞桜、拓矢。こちらは赤いメガバンクの頭取である土御門晴景さん。銀行家で父さんの先輩である淳二さんよりオッサンだ。うんメンドクセ」
白井勇希のぞんざいな紹介に、赤いヅラは苦笑した。
「うっさいわ勇希くん。オッサンを強調すんなや。万桜と淳二の従兄弟の土御門晴景ですわ。万桜がオヤジ呼んでるからわかるやろうけど、万桜の親代りやね。いつもウチのハナタレがお世話になってます」
★ ◆ ★ ◆ ★
あたしたちが、カウンターにつくと、ねじり鉢巻を締めた白眼の大将が、一切の無駄のないモーションでシャリのパケットを握り始めた。
完全予約制の静謐な空間に、職人の指先が擦れる小気味よい音だけが響く。
まあ、ここはお任せでいいのか。
だが、あたし黒木舞桜の胃袋の要求スペックは、銀座の標準的なお上品サイズでは満たされない。
「できれば、ご飯は多めがいいわ。文政や天保年間に華屋与兵衛が考案したっていう、あのテニスボール大の江戸前ガッツリ系のサイズ。あの圧倒的な炭水化物の質量で、胃袋を満たしてくれないかしら……」
脳内でシミュレートしていたはずの独り言が、うっかり音声出力ポートから漏れ出てしまっていた。
その刹那、職人気質な鋭い眼光を放っていた白眼の大将の口元が、わずかにピクリと動いた。
「……ガッツリ系、ですか。銀座のこのカウンターで、与兵衛寿司の再現を求められたのは初めてですが……面白い。お嬢さん、お安い御用だ」
大将は苦笑しながらも、プロフェッショナルとしての職人魂に火がついたようで、通常の3倍のシャリを圧倒的なクロック周波数でまとめ上げ、あたしの前に差し出した。
「相変わらず米大好きやね君」
ボッチの異母兄である赤い経済マフィア、茅野淳二社長も、その豪快な食べっぷりに苦笑している。
フン、笑いたければ笑いなさい。
日本人は米だ。百回咀嚼して、完璧にアミラーゼで糖化してから胃袋にデプロイするから安心しなさい。
「万桜から聞いとる。君らいろいろと手を広げているそうやんか」
赤いヅラこと、赤いメガバンクの頭取である土御門晴景さんが、大将の握った大ぶりの寿司を見つめながら、静かに口を開いた。
「温泉帝国のこと? それとも海底都市鉱山。心当たりがあり過ぎるのは確かですけど、引き下がるつもりはないわよ」
土御門晴景さんの声に牽制の意を感じとった、あたしは、自分のスタンスだけは明確に提示する。
だって、分類的なお諏訪さまからの宿題だもの、ここで一歩でも引き下がるわけにはいかないじゃない。
「転び方を知らない僕らが、手を広げ過ぎていることは承知しています。晴景さん。でも、舞桜や拓矢の気づきを埋もれさせるわけにはいかないんです」
横に座る勇希が、大将の握った美しい江戸前寿司を、ひょいと口に放り込んだ。
「……美味い。職人の手による温度管理と、ネタのバランスが完璧だ」
ハグハグと咀嚼しながら、いかにも至高の美食を堪能しているという風に舌鼓を打つ勇希。
演技上手いわね勇希。確かにこのお寿司、美味しいわ。
でも漁協のギルマスの御曹司である勇希は、そしてあたしたちは、普段から獲れたての鮮度という最高のスパイスに胃袋のシステムを慣らされて、魚に関しては舌が山岡さんたちよりもグルメさんなのだ。
もちろん、あたしはこればかりは、顔に出さないし、言葉に出さない。
職人さんへの敬意に欠けるし、ご馳走してくださる大人たちに失礼だからだ。
だが、その静かな美食空間の防壁を、隣のデリカシーゼロのハードウェアが最悪の形でハッキングした。
「これ。大将のこの『握り』の圧力をセンサーで数値化してさ。魚介の旨味を極限まで濃縮したフリーズドライの粉末を使うんだ。そこに蒟蒻と寒天パウダーで人工の脂の筋をマージして、植物由来の成分でカサ増しすれば、全自動で最高級の大トロを出力できる『再構築フードメイカー』がビルドできるんじゃね? 一匹のマグロから何倍もの大トロ寿司を量産できるじゃんか!」
こ、こいつ……ッ!
よりによって、職人の目の前で、その伝統技術をオートメーション化して、おまけにフリーズドライと蒟蒻でマグロのサシを再構築するロジックをのたまうなんて、なんということを言うのよ。
黒木舞桜が冷や汗を流しながら、再び右腕にアンダーアイアンクローのエネルギーをチャージしようとした、その時。
「はははッ! こら面白い! 大将の技術をプログラム化して、さらに植物由来のパウダーで大トロを増幅させるか。粉末から本物を超える寿司を物質構成するとは、凄まじい経済的合理性やな!」
土御門さんが、歯に衣着せぬ斧乃木拓矢の暴論に、怒るどころか大口を開けて愉快そうに笑い出した。
「万桜の周りには、本当に面白い奴らが集まる。晴景、今の若者の斬新な再構築ロジック、おまえの銀行の投資案件としてどうや?」
茅野社長も、楽しげにグラスを揺らしている。
白眼の大将すらも不敵な笑みを浮かべて包丁を握り直した。
げ、解せぬ。なんでこの大人たちは、このKYな下僕の猿プロトコルに、こんなに好意的なのよ……ッ!?
★ ◆ ★ ◆ ★
あたしは5貫目のお寿司を口に運ぶ。
華屋与兵衛の与兵衛寿司って、実際どうだったのかしら。
白眼の大将は大きめにネタを盛ってくださるけど、江戸に今ほどの潤沢なリソースがあったとは思えない。
あたしが巨大なシャリのパケットを咀嚼しながらそんな思考実験を走らせていると、カウンターの向こうで白眼の大将が、ねじり鉢巻をきゅっと指先で直して不敵に微笑んだ。
「お嬢さん、お目が高い。江戸の文政や天保年間は、今の銀座のように世界中から最高級のマグロが空輸されてくるような潤沢なリソースじゃありませんでしたからね。当時の与兵衛寿司がなぜテニスボール大のガッツリ系だったのか――理由は、コメを美味く食わせるための『保存の最適化』と『ファストフードとしての経済性』ですよ」
大将は白眼の奥の集中力を微塵も切らさず、次の巨大なネタに包丁を入れながら解説のパケットを出力し始める。
「当時は冷蔵庫なんて便利なハードウェアはありません。東京湾で獲れた魚は、醤油にドブ漬けして『漬け』にするか、酢や塩で限界まで締めるか、あるいは火を通すしかシステムを維持する方法がなかった。つまり、ネタ単体の塩気や酸味が、今の寿司とは比較にならないほど超過負荷だったんです」
なるほど。
そんな塩辛いネタを、今の銀座サイズのお上品なシャリに乗せてデプロイしたら、人間の味覚センサーが塩分エラーでオーバーフローを起こしてしまうわね。
「その通りです。だからこそ、強い味のネタとバランスを取るために、大量のコメが必要だった。さらに当時は、おにぎり感覚で屋台でパッと2、3個つまんで腹を満たす、職人や町人のための超高速ファストフード。あの大きさは、当時の江戸という限られたリソースの中で、労働者たちのカロリー消費効率を最大化するためにビルドされた、完璧な経済的合理性のカタチだったんですよ」
大将の歴史解説に、あたしは深く納得のログを脳内に書き込んだ。
「そう考えると昨今のコンビニのオニギリブームって、与兵衛寿司の後継って言えるのね」
へー。2つも食べれば、オナカいっぱい。
ヘイヘイ。テニスボール2個じゃ、あたしの胃袋は満たされないわ。
「巻物の気分。忍者の気分よ」
ニンニン。
あたしが脳内で密かに印を結びながらそう呟くと、白眼の大将はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
まるで、こちらの思考プロトコルを完全にハッキングしたかのような速度で海苔の束を取り出す。
「忍者の気分、ときましたか。いいですね。お嬢さんのその大容量なメインメモリを満たすため、特級の海苔という名の最高防壁で、極上のネタとシャリのパケットをガッツリ巻き込んで差し上げましょう」
大将はねじり鉢巻をきゅっと締め直すと、白木のカウンターの上にサッと巻きすを広げた。
「それじゃあ、江戸前の伝統的な『細巻き』の規格を上書きして、お嬢さんのために極太の『忍びの巻物』をビルドします。闇に紛れる忍びのように真っ黒な最高級の海苔に、これでもかと米を敷き詰めて、マグロの芯をこれでもかと包み隠す。これならテニスボールの質量にも負けない、最高密度のファストフードになりますよ」
大将は苦笑しながらも、あたしの我が儘なオーダーに完璧に同期する。
凄まじい筋力とスピードで巨大な巻物を1本、鮮やかに巻き上げてみせた。
白木のカウンターを見渡してみれば、そこには醤油差しや塩といった調味料の類いが一切置かれていなかった。
観察して気づいたけれど、白眼の大将は手元で握り終えた寿司へ、丁寧に刷毛で醤油を塗ってから差し出している。
あ、これ思いついちゃったかも。
「ねえ、勇希。回転寿司での調味料への動画テロってあるじゃん」
あたしは、不意に浮かんだ思いつきを隣の勇希に投げ掛ける。
すると、それを聞きつけたボッチこと茅野万桜が、慣れた手つきで懐からフューチャーフォンを取り出した。
人工知能システムである魔王のインターフェースへと接続し始める。
「ただの思いつきよ。雑談を記録しないで欲しいわね」
苦笑しながら、あたしは話を続けた。
「ビーフンや春雨で食べられるブラシを作るの。そこに調味料のパレットを組み合わせる。醤油、煎り酒、梅醤、塩、抹茶塩。まあ寿司ネタにあわせた調味料をセットにして売るわけ。醤油って、自分でつけづらいってずっと思ってたけれど、与兵衛寿司の時代にセルフでなんかやらないわよね。大将も仰ってたけど、元々は味付きだもの」
そう。お刺身が一般の家庭で手軽に手に入るようになったのは、歴史的に見ればつい最近のこと。
あたしたちのパパたちが生まれるよりも、ほんの少し前だろう。
あたしの突飛な調味料パレットのアイデアと歴史への考察に、白眼の大将は感心したように、手元を動かしながら言葉を繋いだ。
「素晴らしい着眼点です、お嬢さん。お説の通り、江戸前の流通構造を紐解けば、客が自分で醤油をつけるなんてシステムは存在しませんでした。当時は冷蔵技術はおろか、物流のトラックもありませんからね。東京湾で獲れた魚は、日本橋の魚河岸から職人の腕へと直行し、その場で『漬け』や『締め』の処理を施されて、完全に味が完成された状態で屋台に並んだんです。醤油を小皿に出してつけるという文化は、戦後になって低温流通システムが全国に普及し、どこでも『生のお刺身』が安全に運べるようになってから誕生した、極めてモダンなシステムなんですよ」
「でしょうね。だから、従来のお寿司とは違っているのが、スーパーや回転寿司で食べられるあれよ」
あたしは、大将の流通解説に深く頷きながら、現代の寿司の構造を脳内で定義する。
あれは、お刺身と酢飯をマージした亜種なのだ。
だから、初期状態の味が素材とワサビのみで構成されている。
そのままでは物足りないから、あとからユーザー側で必死に味を足すことになる。
あたしたちがお刺身を食べる時に、小皿の醤油にどっぷりと浸すように。
「だから、お寿司に醤油をつけると崩れちゃう。だって、本当は味がついているのが正解なんだもの。じゃあセルフで塗って、ブラシの部分は出汁割り番茶で吸い物にすればいいじゃん。柄からは着脱可能。ゴミも出ないじゃん。調味料パレットと出汁割り番茶、ビーフン・春雨ブラシで130円。売ればいいじゃん」
「「転がる夢やね。君ら。誰も追いつかんわ。でも追いかけたい」」
あたしが思いつきを披露すると、赤い大人たちが感心したように宣った。
「え、なにセクハラ?」
「「なんでやねんッ!?」」
赤い大人たちのノリツッコミが炸裂する。
★ ◆ ★ ◆ ★
「「「ご馳走様でした!!」」」
あたしたち横須賀トリオは、行儀よく並んで良い子のお礼とご挨拶。
圧倒的な知のパケットを放っていた赤い大人たちと別れた、あたしたちは、すぐに次のプロトコルへと移行する。
「ボッチ。ラーメン。脂っこいヤツ」
あたしは、一切の躊躇なくジャンクな給油タイムを要求する。
江戸前寿司の極致を味わい、極太の忍びの巻物を胃袋にデプロイした直後だというのに、あたしたちのメインメモリは、まだ激しく空き容量を訴えていた。
横に立つ拓矢と勇希も無言で深く頷き、脂質と塩分という名のチートコードを渇望している。
ボッチは、呆れたように赤い髪を掻き回し、深く苦笑すると。
「へいへい。おまえらの燃費の悪さは、相変わらずバグってるな」
首元のシルバーチェーンを揺らし、夜の銀座のネオンの海へと水先案内人を買って出る。
あたしたちは、高級店の余韻など秒でデリートして、欲望の赴くままに夜の街を闊歩し始めた。
後書き
最後まで読んでくれてご苦労様。
どう? あたしの「食べられるブラシ」と調味料パレットのアイデア。赤い大人たちも、あたしの斬新なロジックにすっかり感心していたわね。
でも、あんなテニスボール大の極太「忍びの巻物」を胃袋にデプロイしたくらいじゃ、あたしたち横須賀トリオのメインメモリは満たされないのよ。高級寿司の余韻なんて秒でデリートして、脂っこいラーメンでジャンクな給油タイムに移行するわ。
水先案内人は、もちろんボッチ。それじゃ、あたしたちは夜の銀座へ再出撃するから。また次のログで会いましょう。




