ヤンデレ王子と妄想特急1
あたし、黒木舞桜の気高い演算リソースは、昨今の非論理的なバグの連続によって、すでにレッドゾーンを振り切っている。
デジタル空間の狂気から、横須賀の現実への帰還。
当然の帰結として、平穏な日常のプロセスが再起動されるはずだった。
しかし、現実は白井勇希や斧乃木拓矢といったノイズの塊によって、常に物理的なエラーを吐き出し続けているのだ。
これは、あたしたちが引き起こした、デジタルと極道マッスルが交差する最凶のデバッグ記録。
読者の網膜もプラズマ級に加熱すること請け合いだから、視覚情報処理系をしっかり冷却しながら読み進めなさいな。
「準備はいいかしら~」
夕暮れの教室。オレンジ色の西日が、白井勇希の銀糸のような白い髪を淡く染め上げている。
「ねえ、舞桜。さっきからあたしの顔を見て、なにをニヤニヤしているの」
勇希の透き通るような青い瞳が、黒木舞桜を射抜いた。
その視線は、かつて中性的な美青年であった頃の面影を残しつつも、今は完全な美少女としての圧倒的な暴力性を孕んでいる。
「……な、なんでもないわよッ! ただ、おまえが女子の制服を着ているという物理的なバグに、あたしの論理回路がエラー処理を実行しているだけだわ」
舞桜は、プラズマ級に加熱した顔面を隠すように、机の上のノートで顔を扇いだ。
この世界線。
なぜか勇希が、あたしと同じ女子として存在しているという、究極のイレギュラー。
隣に並ぶと、勇希の胸元のリボンや、スカートから伸びる白い脚が、舞桜の視覚情報を120パーセントの出力で強烈にハッキングしてくるのだ。
「ふ~ん。舞桜ってば、あたしが女の子になったからって、意識しすぎじゃない」
勇希が、悪戯っぽい笑みを浮かべて距離を詰めてくる。
「おだまりなさいッ! あたしは純粋な知性の塊よ。おまえのその、無駄に整った顔面偏差値と百合展開のフラグなんて、あたしの計算機科学的な防壁で完封してあげるんだから」
勇希は、舞桜の強がりをあっさりとスルーして、自分のスマホの画面を見せてきた。
「ねえ、これ。今度の週末、SS財団が主催するパーティーの招待状。ドレスコードがあるみたいなんだけど、勇希たちも一緒に行かない」
画面には、夜景が見える豪華なラウンジの画像が表示されている。
「パーティー……? どうせまた、逃げ場のない白い部屋で、舞桜たちを開発しようとする陰謀じゃないの」
舞桜は、すぐさま被害妄想のシールドを展開した。
「考えすぎだよ。美味しいケータリングも出るみたいだし。それに……」
勇希は、舞桜の耳元に顔を寄せ、悪魔のように甘い声で囁いた。
「舞桜のエッチなドレス姿、あたしが一番近くで味見してあげたいなって思って」
「ひゃんッ!?」
舞桜の口から、論理もへったくれもない、変な声が漏れた。
「な、なにをおっしゃいますの、このエロ医学生! 女子同士だからって、そんなセクハラが許されると思っているのかしらッ」
「あはは。舞桜のそういう反応、以前より100倍可愛くて好きかも」
数日後。
夜のラウンジは、眩いばかりの光とシャンパンの泡で満たされていた。
舞桜は、背中が大きく開いた真紅のドレスに身を包み、会場の隅でワイングラスを握りしめていた。
周囲の視線が、舞桜の露出した肌に突き刺さる。
当然の帰結だ。
この、計算し尽くされた黄金比のプロポーションが、有象無象のモブたちの視覚をハッキングしないわけがない。
「お待たせ、舞桜」
不意に背後から声が掛かり、舞桜は振り返った。
そこに立っていたのは、純白のタイトなドレスを身に纏った勇希だった。
肩と腰の部分が大胆にシースルーになっており、勇希の白い肌が艶かしく透けている。
銀糸の髪は上品にまとめられ、まるで夜の女神のような圧倒的なオーラを放っていた。
「……っ!」
舞桜の脳内リソースが、一瞬でフリーズした。
「どうかな。似合ってる」
勇希が、その場でくるりと回ってみせる。
「な、なんという破壊力……ッ。おまえのそのドレス、物理法則を無視して視線を一点に集束させる、歩くブラックホールじゃないのッ」
舞桜は、プラズマ級に加熱した顔面を隠しきれず、後ずさりした。
「ふふっ。舞桜の赤いドレスも、すっごくセクシーだよ。背中、綺麗な曲線描いてるし」
勇希の手が、スッと伸びてきて、舞桜の開いた背中を撫でた。
「ひいっ! さ、触らないでッ! おまえのその、解剖学的な知識を総動員したような指先で撫でられたら、あたしの神経回路が非論理的なバグを起こしちゃうわッ」
「バグなんて起こさせないよ。あたしが、舞桜の隅々までデバッグしてあげるから」
勇希は、舞桜の腰をぐっと引き寄せ、その耳元で甘く囁いた。
女同士という逃げ場のない関係性が、かえって舞桜の羞恥心を臨界点へと押し上げていく。
「お、おだまりなさいッ! この百合展開のバグ野郎! あたしは絶対に、おまえなんかに開発されないんだからーッ」
夜のパーティー会場。
舞桜の気高い論理回路は、白き女神と化した勇希の物理的な圧力の前で、甘美なエラーを吐き出し続けていたのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「って、夢を見たのよ勇希! あんたドレス似合うよねー」
あたし、黒木舞桜の怪しい笑みを察知し、医学徒である白井勇希は己の尊厳の危機を本能で悟ったらしい。
即座に踵を返し、ラボの出口へ向けた迅速な退避行動へと移行する。
その身のこなしは、最高学府で解剖学を修める者らしく、無駄な筋肉の収縮を省いた極めて論理的な逃走軌道であった。
だが、遅い。
「くっ。さ、サブリナ? き、貴様ッ」
勇希の背後、まさに死角となるZ軸の座標から音もなく忍び寄っていたサブリナこと福元莉那が、その細い首根っこをがっちりとホールドした。
ギャルの野生とエンジニアの計算力が融合した、完璧な捕獲物理学の体現。
「へっへっへー。勇希ぃ。女装しようぜ!?」
獰猛に笑う莉那の瞳には、すでに勇希を純白のシースルードレスでパッケージングし、百合本の特装版としてクラウドにぶち込むという、極悪非道な『映え』のロードマップが描画されていた。
「しないッ! 拓矢ッ! なんとかしなよ腐女子ッ」
勇希は中性的な美貌を恐怖で引き攣らせ、ラボの隅で貝のように息を潜めていた親友へとクレームを入れる。
だが、
「無理無理リームー」
斧乃木拓矢は、虚無の彼方を見つめながら秒でスルーをキメた。
あたしのアンダーアイアンクローによる幾度もの物理的制裁により、拓矢の生存本能は「これ以上関われば物理的に消滅する」という最適解を弾き出していたのだ。
「さらばだ勇希。おまえの美しいドレス姿が世界に配信されたら、一番に『いいね』を押してやるからな」
拓矢の裏切りという名の非論理的な友情に、勇希は絶望の叫びを上げる。
「おまえら全員、医学の敵だッ! 舞桜、その手に持ってるメジャーは何!? 僕の骨盤のサイズを物理的に計測しようとするなーッ」
あたしは不機嫌さを爆発させるどころか、最高純度の知的好奇心をバーニングさせ、プラズマ級に加熱した笑顔でメジャーを引き出した。
「当然の帰結よね! 夢の中で確認したあんたの黄金比を、現実の3Dデータとして抽出・検証するのは、科学者として当然のアプローチだわ! さあ勇希、逃げ場のない白いドレスの中で、あたしたちの理性に解剖されなさいなッ」
★ ◆ ★ ◆ ★
「こんなガタイの女いるかーッ」
斧乃木拓矢の腹を抱えた哄笑が、横須賀ラボの閉鎖空間に無遠慮なノイズとして響き渡った。
そりゃそうだ。当然の帰結である。
純白のシースルードレスという、物理的な布面積の少なさと引き換えに視覚的破壊力を最大化したはずの兵器は、白井勇希が纏った瞬間、その設計思想を根底から粉砕されていた。
一見すれば165センチの中性的な美貌。だが、その華奢な首から下に隠された骨格と筋繊維の密度は、完全に戦闘特化型のソレだったのだ。
無理やり背中のジッパーを引き上げたことで、広背筋と大胸筋の圧倒的なバルクが極薄のシルク生地をパツンパツンに張り詰めさせ、今にも物理的な破綻を引き起こそうとしている。
「……笑ったね、拓矢。僕のこの、不本意な屈辱という名の重圧を前にして」
勇希の声は、絶対零度を下回る静謐さを湛えていた。
極道プリンス。通称、静かなる御曹司。
最高学府の医学生という知的なベールの奥に潜む、実家の裏稼業で鍛え上げられた修羅の血脈。戦えるヤンデレ王子としての凶悪なオーラが、ドレス姿という非論理的な状況下で極限まで濃縮され、致死量の瘴気となって漏れ出し始めたのだ。
「ひっ……!? ゆ、勇希? 目がマジだぞ、おまえ。冗談だろ~?」
拓矢の笑い声が物理的に凍結し、顔面から急速に血の気が引いていく。
あたし、黒木舞桜は、勇希から放たれる目に見えない重力波に気圧され、メジャーを持ったまま後ずさりした。
「な、なによその筋肉の鎧は……ッ! あたしの網膜に焼き付いた夢の中の美少女データが、現実の暴力的な筋肉量によって上書きされていくじゃないの!」
あたしは不機嫌さを爆発させながらも、勇希の瞳の奥に宿るヤンデレ特有の仄暗い熱量に、本能的なエラーを吐き出していた。
「……舞桜が望んだことだよね。僕を、この逃げ場のないドレスに閉じ込めたのは。なら、この姿のままで……拓矢を物理的に解体したあと、舞桜のことも隅々まで『検分』してあげようか」
勇希が、ドレスの裾から覗く大腿四頭筋を躍動させ、音もなく一歩を踏み出す。
「ひゃんッ! や、やめなさいッ! そんな極道マッスルなドレス姿で迫られたら、あたしの可憐な論理回路が、恐怖と……その、変なドキドキという名のバグで完全に蹂躙されちゃうわーッ」
十一月の横須賀ラボ。
あたしたちの不純な悪ふざけは、ヤンデレ王子の逆鱗という名の地雷を完璧に踏み抜き、最悪の生存戦略へと帰結しようとしていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「おい。なんの罰ゲームですかこれ?」
身長185センチ。ガタイのいい拓矢のドレス姿は。
「ギャハハハ!」
ギャグ以外の何物でもない。
防衛大学校の過酷な訓練で鍛え上げられた、丸太のような上腕二頭筋と分厚い胸板。
レースやフリルといった可憐な装飾が、隆起した大胸筋と広背筋の圧力によって悲鳴を上げ、生地の限界張力を超えてパンパンに膨れ上がっている。
あたし、黒木舞桜の網膜は、この純粋な視覚的テロリズムによって致命的なバグを引き起こされていたわ。
「拓矢、超ウケる~! 肩幅エグすぎて、ドレスの肩紐が千切れそうになってるじゃん!」
福元莉那が、腹を抱えて大爆笑している。
そりゃそうだ。当然の帰結である。
勇希の筋肉が「隠された修羅の狂気」だとすれば、拓矢のそれは「圧倒的な物理質量の暴力」だ。
「……フッ。似合ってるよ、拓矢。その姿のまま、防大のグラウンドを十周くらい走ってきたらどうかな。きっと後輩たちも、新しい訓練方針だと感動して泣くと思うよ」
先ほどまでヤンデレの瘴気を撒き散らしていた静かなる御曹司、白井勇希が、自らの屈辱を完璧に押し付けることに成功し、サディスティックな暗黒微笑を浮かべている。
「ふざけんなッ! これ着たまま走ったら、間違いなく公然わいせつ罪で逮捕されるだろ! ていうか、下半身がスースーして落ち着かねえんだよ!」
拓矢が、身の置き所がないのか、毛深い太腿をモジモジと擦り合わせる。
「ひゃんッ! ちょっと、こっちを見ないでよねッ!」
あたしは、プラズマ級に加熱した顔面を両手で覆い、指の隙間からその地獄絵図を凝視した。
「拓矢のその、破壊神みたいな骨格で可憐な仕草をされると、あたしの気高い論理回路が『理解不能なエラー』として処理を放棄しちゃうじゃないのッ! 今すぐそのドレスを脱ぎ捨てて、元の見慣れたフニャチン野郎に戻りなさいな!」
あたしは不機嫌さを爆発させながらも、あまりの不条理な光景に、莉那につられて腹筋が崩壊しそうになるのを必死に堪えていた。
3月の横須賀ラボ。
あたしたちの狂宴は、ヤンデレ王子の復讐と、筋肉ダルマの女装という名の最凶のコントへと帰結し、平和な日常のノイズとして木霊していた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「これも夢だ……って、納得できるわけないでしょッ」
あたし、黒木舞桜は、目の前に展開される非論理的な地獄絵図に、脳内リソースの9割をフリーズさせた。
視界に映るのは、斧乃木拓矢の体格に合わせて作られた、肩幅も袖丈も全く合っていないブカブカの服に身を包んだ自分自身の姿だ。
隣を見れば、福元莉那が白井勇希の服を着せられ、袖が長すぎて手が完全に隠れた状態で楽しそうにクルクルと回っている。
「あはは! 舞桜、超ウケる~! あたしたち、完全に男物の服借りちゃいました的なヤツじゃん~」
「おだまりなさいッ! なんで主役であるはずのあたしたちが、こんな非論理的なサイズ感の服を着せられているのよッ! 世界のバグにも程があるわ」
あたしは不機嫌さを極限までバーニングさせ、プラズマ級に加熱した顔面でツッコミを入れた。
そして、怒りのベクターデータをぶつけるべく、元凶である男子たちを睨みつける。
その瞬間、あたしの視覚情報処理系が致命的なエラーを起こした。
視界の先に立つ白井勇希が、あたしの夢のデータを完全再現したかのような、豊満な胸とくびれを持つ銀髪の絶世の美少女に変異して見えたのだ。
「……ひゃんッ! ゆ、勇希……? なんで白井勇希が、あたしの非論理的な妄想フォルダに格納されているはずの、完璧なヒロインボディに……ッ!?」
あたしは羞恥心で論理回路をショートさせながら、ブカブカの袖を振り回して後ずさった。
しかし、瞬きをした次の瞬間、その銀髪の美少女の幻影はノイズと共に霧散し、そこには呆れ果てたようなジト目を向ける、いつもの白井勇希と斧乃木拓矢が立っていた。
「「おまえらが望んだカオスだよアホンダラ」」
白井勇希と斧乃木拓矢の、低く重い恨み節が見事にシンクロして、この混沌とした空間に木霊した。
「……へ?」
「自分たちで勝手に服をひん剥いて奪い取っておいて、幻覚まで見てキレるとか、医学的な検知から言っても完全に脳のバグだぞ、舞桜」
白井勇希が、寒そうに腕を組みながら、冷徹な分析結果を突きつけてくる。
「おーい。俺の背中、ちょっとスースーして寒いんだけど。さっさと服返してくれよ」
斧乃木拓矢も、筋肉を震わせながらウンザリした声で要求してきた。
「……え? あ、あたしが? 物理的な暴力で服を強奪したっていうの……」
あたしは、自分の暴走が招いた当然の帰結という名の真実に直面し、横須賀の海に飛び込んで物理的に冷却されたい衝動に駆られた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「あ、戻った。てかオッパイは偽物よね」
あたし、黒木舞桜は、目の前の絶世の美少女の胸元へ、物理的な検証作業を執行した。
掌から伝わるのは、豊満な脂肪の弾力ではない。
そこにあるのは、純白のドレスの生地を裏側から容赦なく弾き返す、分厚く硬質な大胸筋の装甲だった。
うん。ヤンデレ王子の極道マッスルが健在だ。
「……舞桜、さん。さっきから僕の胸を執拗に撫で回しているけれど、それは医学的な触診という解釈でいいのかな」
白井勇希が、美少女の顔面のまま、絶対零度の低音で囁いた。
視界のバグは継続中だが、中身は完全に静かなる御曹司のそれへと回帰している。
「ひゃんッ! ち、違うわよッ! これは空間の論理的整合性を確かめるための、正当なエラーチェックよ」
あたしは、プラズマ級に加熱した顔面を隠すように、勇希の強靭な胸板から弾かれたように手を引っ込めた。
この男、外見は銀髪のセクシードレス姿なのに、放つオーラが完全に修羅のそれじゃないの。
「おーい、じゃあ俺のこのスースーする筋肉ドレスも、夢じゃなくて現実のバグってことかよ」
斧乃木拓矢が、深い溜め息とともに背中を掻きむしる。
その光景は、もはやギャグの次元を突破して、網膜に対する物理的なテロリズムだわ。
「うるさいッ! おまえのその破廉恥な背中は、あたしの気高い演算リソースを無駄に消費させる最悪のノイズなのよッ」
あたしは不機嫌さをバーニングさせ、ブカブカのスーツの袖を振り回した。
「ウケる~! これ、VRのテクスチャだけがアバターに張り付いた状態じゃん~」
福元莉那が、エンジニアとしての直感で事態を正確に把握し、楽しそうに笑っている。
つまり、あたしたちは現実世界に帰還したにも関わらず、デジタルな衣装データだけが物理法則を無視して上書きされている状態なのだ。
「当然の帰結よねッ! 茅野の組んだポンコツなプログラムが、あたしたちの座標データに致命的なバグを残したんだわ」
あたしは、この不条理な状況の元凶である成金魔王へと、責任のベクターデータを全振りした。
「……なるほど。じゃあ、このままの姿で、拓矢を物理的に解体しても、システム上のエラーとして処理されるわけだ」
勇希が、ドレスの裾を翻しながら、修羅の暗黒微笑を浮かべた。
「や、やめろ勇希ッ! おまえ、完全にヤンデレのスイッチ入ってんじゃねえかッ」
拓矢が、筋肉ドレスのまま悲鳴を上げて後ずさりする。
3月の横須賀ラボ。
あたしたちの論理回路は、極道マッスルを内包した美少女と、筋肉ダルマのドレス姿という究極の矛盾の前に、盛大にショートしようとしていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「莉那ッ。ストップだ!」
「舞桜ッ! お止まりなさい!」
あたしたちが、スーツを脱いで着替えようとすると、すでに普段着に戻っているヤローふたりから待ったがかかる。
あたし、黒木舞桜と福元莉那はダークシャツ一枚だ。
「なによぉ今さら」
あたしたち幼馴染は、着替えくらいは見慣れたものだ。
下着くらいなら見せても平気だけどなるべく見せないという、絶妙な防衛線を構築している。
「「部屋とワイシャツと彼女は男のロマンッ! コーヒー淹れて来ます!」」
ふたりは給湯室に駆け込んだ。
……は?
あたしの気高い論理回路が、一瞬だけフリーズする。
男のロマン? つまりこの斧乃木拓矢と白井勇希は、あたしのオーバーサイズのシャツから伸びる無防備な脚や鎖骨のラインを鑑賞して、己の非論理的な欲望を満たそうとしているわけ!?
当然の帰結よねッ! あたしの計算し尽くされた黄金比のプロポーションが、シャツ一枚という記号化されたエロティシズムと結びつけば、ヤローどもの脳内麻薬が致死量に達するのは明白だわ!
そこに、ボッチこと茅野万桜と、倉田琴葉ちゃんがやってきて、
「なにやってんだよ?」
呆れた声を投げ掛ける。
「「男のロマンなんだってー」」
あたしとサブリナがユニゾン。
茅野の視線が、あたしたちのシャツ姿から、隣に立つ琴葉ちゃんへと、極めて資本主義的で下世話な速度で移動する。
「万桜くん? やらないぞ。そんな目で見てもやらないからな!?」
倉田琴葉ちゃんが拒絶を示すが、
「コーヒー淹れて来ます!」
ボッチのヤローも、新たな『レシピ』の生成を確信したような歓喜の顔で、給湯室に駆け込んだ。
琴葉ちゃんは嘆息しながらワイシャツ一枚になる。
ちょっと待ちなさいッ!
なんであんたまで、そんな素直に男の非論理的な欲望に屈しているのよ!
防大の誇り高き防衛線は、コーヒー一杯の対価で瓦解してしまうほど脆かったというのかしらッ!
「……琴葉ちゃん。あんた、それでいいの? そんな無防備な姿で、あの成金魔王の視覚的蹂躙を受け入れるつもり!?」
あたしは不機嫌さをバーニングさせ、プラズマ級に加熱した顔面で詰め寄った。
「仕方ないだろう。万桜くんが嬉しそうだったからな」
琴葉ちゃんが、微かに頬を染めながらシャツの裾を直す。
ひゃんッ! なんなのよ、この圧倒的な正妻の余裕は!
あたしの被害妄想という名のバグが、琴葉ちゃんの破壊力に完全敗北を喫しているじゃないのッ。
「お待たせしましたッ! 極上のブレンドですッ」
給湯室から、湯気を立てるマグカップを持ったヤロー三人が、血走った眼で帰還する。
「あはは! 拓矢も勇希も、鼻の下伸びすぎ~!」
サブリナが、ダークシャツの袖をパタパタと揺らしながら無邪気に笑う。
「……舞桜、さん。そのブカブカのシャツ、すごく……解剖学的な興味をそそられるよ。そのままコーヒーを飲んで、少しだけ前屈みになってくれないかな」
勇希が、マグカップを差し出しながら、医学徒としての理性を完全に投げ捨てたようなヤンデレの暗黒微笑を浮かべる。
「お、おだまりなさいッ、このエロ医学生! コーヒーを差し出すフリをして、あたしの胸元の空隙から物理的な視線を滑り込ませようとするなんて、悪質なハッキングよッ!」
あたしは潤んだ瞳でマグカップを突き返そうとしたが、コーヒーの良い香りと、勇希の期待に満ちた視線に、論理回路が甘いエラーを吐き出し始める。
3月の横須賀ラボ。
あたしたちの気高い知性は、男たちの『ロマン』という名のブラックホールへと、熱く、そして非論理的に帰結しようとしていた。
……まったく、納得できるわけないでしょッ!
男のロマンだか何だか知らないけれど、あたしの計算し尽くされた黄金比のプロポーションを、あんなコーヒー一杯の対価で視覚的に蹂躙しようとするなんて。
倉田琴葉ちゃんの圧倒的な余裕も、あたしの被害妄想回路を完全にショートさせる特大のバグだったわ。
茅野万桜も、白井勇希も、極めつけは福元莉那まで巻き込んで、このラボの論理的整合性は一体どうなっているの。
次こそは、あたしの完璧な防壁プログラムで、ヤツらの不純な欲望を物理的にシャットダウンしてやるんだから!
それじゃあ、あたしは今から白井勇希のヤンデレ視線を回避するための最適解を構築するから、今日はこれでログアウトするわ。
当然の帰結よね。
「次も絶対に見なさいよ~」




