013話 初見
ユウリは境内の前の階段の前に立った。満月の青白い光が地上を照らすが、カイブツの姿は見えない。階段の中腹で玉灯の光が人魂のように左右に揺れている。たぶん、周辺警戒をしている村の青年だろう。ユウリは階段を降りていった。
タッ、タッ、タッと気気味良いリズムで階段を降りる音に、柿渋色の着物を着て、黒髪を団子状に縛った男が振り向く。
「センシュウさん!」
「あぁ、ユウリ。参道近くに妖獣がいるんだ。階段を降りてはいけない」
「ムクゲがまだ神社に来ていないんです。カイブツはムクゲの家の方に進んでて、もしムクゲがまだ家にいたら、食われちゃうかもしれないんですよ」
「妖獣は今、東の方に進んでいるみたいだ」
ユウリが耳を澄ますと、ザザッ、ザザッ、ザザッという、大きな物を地面に擦る音が、微かに左耳に届く。
「行きます!」
ユウリはセンシュウに腕を掴まれて止められないように、身を翻すと階段を駆け出した。
「待つんだ!行くな!」
ユウリはセンシュウの声を背中で聞きながら階段を駆け下りる。
(「ごめんなさい、今は言う事聞けないです。もし生きてたら、明日謝ります。」)
ムクゲは今も助けを待って、泣いているかもしれない。その思いを原動力とし、ユウリはセツナのように駆け抜ける。
(「セツナのように颯爽と助け出して、妖獣に追いつかれないように逃げて、神主さんの結界の中に入ろう。大丈夫、大丈夫、妖獣の足は遅いみたいだ。間に合う。大丈夫、大丈夫。早くムクゲを助けたい。もっと速く走れ」)
ユウリは心の中で、今朝おにぎりを持ってきてくれた少女の笑顔を思い浮かべた。
(「忍になれなくてもいい。もしムクゲを助けるために走って、太ももの筋肉が千切れたとしても。片足でしか走れなくても、ここは僕らの村だ。ムカデよりも早く神社に行く自信がある。父さんや母さんのように大切な人を失わないなら、僕は自分を犠牲にしてでも、大切な人を守る。」)
それは、悲観的消極思考のユウリが初めて思った積極思考。想い人への気持ちが精神を超越した初めての瞬間だった。
顔は前を向き、上体は少し前に傾け、背筋は伸ばす。腕は前後に激しく振って、腿を高く振り上げ上げ、地面を蹴る。
ユウリはぐんぐんとスピードを上げ、ムクゲの家を目指す。
月夜に浮かぶ煙突屋根の陰影。ユウリは懸命に脚を上げて走った。その音が聞こえるまでは。
ザシュッ ザシュッ ザシュッ ザシュッ
ユウリは、そちらに目をやると、心臓が破裂するかのような驚きに足を止めた。
三百米ほど右、月光を照り返す大きな金属質の反射光。黒い金属質の装甲が蠢いている。月下の下でもわかる紅色の無数の足を動かし、子牛を丸呑み出来そうな太い胴体が、身をくねらせながら前に進んでいる。
(「なんじゃこりゃあーーーーーー。こんなのに潰されたら、ひき肉になるしかない。ムリ、ムリ、ムリ! ムクゲ、早く出てきてーー。 『いつでも最悪を想定し、逃げ道を確保しなければならない。』
セツナさん、この最悪を超える状況では、逃げ道の確保は無理です」)
ユウリは生物的本能に従い、その場からなるべく距離をとるように疾駆した。
◆
ハネズ達は音のした方を見遣ると、声にならない声をあげ、驚愕の表情をしている。
「な、なにこれ。こんなん反則じゃ…。」
「こんなバケモン初めてみたぞ」
「激突されたら、吹っ飛んでいっちゃいそうだわさ」
ハネズ、カクゲン、アサギの順に次々と呟く。
「そりゃぁ、こんなカイブツがぶつかったら、結界も破れるよね」
でも、とハネズは違和感に気づく。妖獣が走るスピードがあまりにも遅い。まるで歩くのに疲れたか、無理して進んでいるかのような鈍足だ。
「怪我してるのかも」
「何を目指しているんだ?」
ハネズの呟きに、カクゲンが答える。
「どっちにしても、今はムクゲが最優先だね。みんな行こう」
小学校では学級委員長を務め、成績も最優秀のハネズが、今すべき最優先事項を思い出させた。
「うん、行くだわさ」
アサギの声を聞き、カクゲンが先頭に立ってムクゲの家を目指す。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話以降も楽しみにして頂けましたら嬉しいです。




