012話 標的
幼馴染達と別れたユウリは、作戦を再考していた。
境内から崩壊した三の鳥居まで、つまりユウリとムカデとの距離は五百米。ムクゲの家までは、境内から階段を降りて、参道を百米南下して、丁字路を左に曲がって東に三百米。瞬間的に、彼我との距離が二百米にまで近づく
(「カイブツの脚は遅いみたいだ。けど、鉢合わせは危ない。道中は、十分カイブツとの距離を確認しよう。動きを遅く見せているのは妖獣の本能的な罠かもしれない。それに飛び道具に対する警戒も必要だ」)
ユウリは得意の悲観的思想で、可能性を次々に検討する。
(「何より警戒しなくてはならないのは、目的だ。もしカイブツがムクゲを狙っているなら、その場合、僕達には見向きもしないだろう。」)
その時、ユウリの頭の中を、微かなひらめきが過ぎった。
(「…何だっけ。神社での会話の中で、その答えがあるような気がする。何だ?……」)
トヨ婆との会話が再生される。
(「『今日龗神様の岩水の所で、白狐を見つけたんじゃ。ムクゲは白狐に懐かれて、連れて帰ったんじゃ。ムクゲを見つけたら、一緒に白狐様も連れて帰ってくれんか』。
キツネ?もしカイブツの目的が白狐だとしたら、カイブツが結界を破ってまでこの村に侵入した理由もわかる。そして一直線にムクゲを狙っていることも。まだ可能性だけだけど、早くムクゲのいる場所を探さないと」)
カイブツとの距離を詰めての鬼ごっこに対して、ユウリは「絶対に負けない」とその目が光った。
ムクゲの家への最短距離は、東の林の中を抜け、田畑を越えた先にある。
チームリーダーの学級委員長ハネズの心の中は穏やかではなかった。
(「ウチらみたいな子供で、迫ってくる妖獣から逃げられるだろうか。踏み潰されたらどうしよう。丸呑みにされたらどうしよう。…違う、一番危ないのはユウリだ。一番危険な役回りを自分から買って出た。ユウリはもっと怖いよね。…うん、そうだ。必ずみんな無事にムクゲの家に行く!」)
心を切り替えたハネズはカクゲン達と境内を駆ける。
月はその高度を上げ、青白い光が境内に降り注いでいるが、目指す林の中は、月の光も飲み込まれ、その胃袋に収められたように、真っ暗の闇で覆われている。
それとは対象的に、林に面する境内は、大晦日の夜に参拝するための準備が進められており、一定間隔で置かれた燭台の上には、ガラス瓶の中に入った灯の明かりが地面を照らしている。ガラスの瓶の中に入ったドラゴンフルーツのような形をして、光を発しているそれは、妖獣の火袋から作られた加工品で、「玉灯」と呼ばれている。玉灯はチロチロと燃える蝋燭のように、橙色の光を放っている。
ハネズは(「後で返します」)、と心の中で謝り、玉灯を拝借して右手に持つと、三人はカクゲンを先頭にして、闇が広がる林の中に続く獣道に飛び込んだ。この丘や神社の裏山の洞窟で、何十回、何百回とかくれんぼをしたり、数えられないほどの回数を駆け巡った経験は、玉灯の小さい光でも、道を見失うことなくズンズンと進めた。
ツキヨミ神社の境内は丘の頂上に鎮座しており、階段がある南側以外の三方は林に囲まれている。東側のこの林は、緩急のある斜面になっており、ときどき足元を這う木の根によって転びそうになる。しかしハネズ達はその度に足を踏ん張り耐えると、額や頬にムチのように当たる枝の痛みに顔を顰めることもせず、腰を低く保つようにしながら斜面を駆け下りた。
斜面を滑るように降り始めてから二分ほどすると、木々の間から、月の光を浴びて白さを際立たせた大根畑が見えてきた。
林を抜けた。眼の前には、寒さに耐え忍ぶ大根や、白菜の畑、乾いて何も植わっていない田んぼが広がっている。踏み荒らしてごめんなさい、と小さくつぶやきながら、目的地を目指して、畑の中を最短距離で走る。
左手には村を囲う樹木の列、右手には明かりを消して、闇の中に佇む茅葺屋根が見える。目を前方に戻すと、闇の中に浮かぶ、村で唯一の煙突を持つ家が見えてきた。
(「ムクゲの家だ。灯が点いてる。やっぱり逃げ遅れたのかな? もう少し。後少し。すぐ行くからね」)
ムクゲの家が見え、ハネズが一抹の安心を覚えた時、左後ろ後方でザ、ザ、ザと地面を擦るような音が微かに聞こえたような気がした。
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