011話 ニチーム
重量のあるものが倒壊する重低音が響き渡り、人々がビクッと身体を強張らせる。赤鳥居の下で警戒していた若い男が、吃りながら叫ぶ。
「さ、三の鳥居が…、三の鳥居が、た、た、倒れた」
群衆の中から、息を呑む音、髪を振り乱す音、叫び声がこだまする。
ユウリもそれを聞き、驚愕に息をすることを忘れた。だんだん近づいて来ている。
村の入口から本殿まで伸びる参道には、村の入り口に立っている一の鳥居から、境内の赤鳥居まで五基の鳥居が立っている。
ユウリは村の地図を頭に思い描いた。三の鳥居は村の中央付近に立っている。つまり、南東から侵入した妖獣が三の鳥居まで直進したとしたら、その直線上には…。
「みんな!このまま妖獣が進んだら、ムクゲの家に行ってしまう」
ユウリは、ムクゲがまだ家にいるかもしれない可能性を考えつつ、ハネズ達に向かって叫ぶと同時に、東の林に向かって、地面を蹴った。
その時、群衆の中で立ち上がった老婆が、しわがれた大声で、ユウリに向けて叫んだ。
「ユウリや、どこに行くんだい。妖獣が来る所に行ってはダメだ。アンタらはまだ子供じゃないか」
「婆ちゃん。ムクゲがいないんだよ。助けにいかないと。このまま妖獣が進んだらムクゲの家に行ってしまう!」
「お前が行って何が出来るんだい。共倒れになるだけだよ」
「でも、僕達が走ったら間に合うかもしれない。」
ユウリが育ての親と問答をしていると、本殿の扉が開いて、トヨ婆が出てきた。
「セツが何を言ってもお前らは行くんじゃろ。」
「トヨ、子供を唆すようなことを言うんじゃないよ」
トヨ婆と我が孫を心配する祖母が口論する。
「トヨ婆さん、ムクゲの姿が見えないんだ。今どこにいるか知りませんか」
「今日はワシの家に泊まる予定だったんじゃが、龗神様の岩水を頂いて村に帰ってきた後、一度家に帰るって言っておったから別れたわい。その後すぐに今の騒ぎになったから、ムクゲは家にいるか、神社に向かっているかどっちかだと思うわい」
「どうしてすぐに連れてきてくれなかったんですか! もしまだ家にいたら…、もし家に帰る途中でアイツに襲われたら…」
「ワシの家からムクゲの家まではそう離れてはおらん。今頃家を飛び出していると思いたいがのぅ。」
「とにかく、ムクゲの家まで見に行ってきます。」
「すまぬ、頼んだぞ。ユウリや。」
そう言うと、トヨ婆は一枚の鏡を出した。
「これは神社に代々伝わる鏡じゃ。ユヅキ様の妖力が込められておる。どうしても危なくなったらこの鏡を使うんじゃ。ムクゲを連れて、ここに戻ってきておくれ。頼んだぞ」
トヨ婆は手に持っていた鏡をユウリに手渡した。ユウリが受け取って鏡を見てみると、鏡の表面はピカピカに磨かれ、ユウリの顔を反射している。裏面は手に持って構えられるように、腕を通すための輪と、握るための取っ手がついており、文字のようなものがびっしりと外縁を周回している。
「わかりました」
ユウリが決死の形相で言うと、トヨ婆が心配したような顔で口を開いた。
「今日龗神様の岩水の所で、白狐を見つけたんじゃ。ムクゲは白狐に懐かれて、連れて帰ったんじゃ。ムクゲを見つけたら、一緒に白狐様も連れて帰ってくれんか」
「わかりました。必ず連れて帰ります」
そう言って、ユウリたちが駆け出した背中に、精一杯の心配を込めた声が飛んできた。
「危なくなったらすぐ逃げるんだよ。」
ユウリは鏡を持っていない右手で拳を作ると、頭上に伸ばしてその声に応えた。
(「よし行くぞ、ムクゲ。すぐに助けるからもう少し待っててくれ」
ユウリ達は境内を走りながら、幼馴染達と方針を共有する。
「ムクゲは家にいる可能性が高いみたいだ」
「そうね、家を見に行きましょう」
ユウリとハネズの意見は一致した。アサギとカクゲンからも、反対意見は出ないようだ。
「それじゃあ、僕が階段を降りて、道沿いにムクゲを探すよ。」
四人の中で最も走るのが早いユウリが、そう切り出した。
「走るのはウチらの中で、ユウリがダントツで速い。でもカイブツが三の鳥居まで来たってことは、五百米しか離れてないんだよ。そして今もその距離は縮まってるんだよ」
ハネズが心配するように眉尻を下げる。それでも反対しないのは、ムクゲが道沿いに神社に向かっている場合、巨大ムカデから逃れることができる可能性が一番高いのがユウリだからだ。
「わかってる。日頃の鍛錬の成果を活かす時が来た。それにどのように使うかわからないけど、この鏡もあるから、ムクゲを連れて、必死に走るよ」
ユウリは臆するような表情は表に見せず、皆を安心させるように言った。
(「セツナの伝記にあった。『忍の重要な資質として、危険予知がある。任務を全うするためには、いつでも最悪を想定し、逃げ道を確保しなければならない。そのためには、【もしかしたら、こうなるかもしれない】という、悲観的な考えが出来なくてはならない』。僕は悲観的な考え方は得意だ。必ずやれる」)
ユウリはセツナの伝記を丸暗記できるほど読み込んでいた。セツナの教えは全て頭の中にある。大切な親友を助けるために、今こそ実践する時だと固く決意した。
「ハネズ、カクゲン、アサギは、境内の東の林の小道から頼むよ」
「「「 わかった 」」」
三人は声を合わせて了承した。一番危ない役目をユウリに任せることになるが、自分たちが行っても足手まといになる可能性がある。
「頼んだぞ。ユウリ」
カクゲンはユウリの手をがっしりと握った。
ユウリも強く握り返す。
それだけで、不安な気持ちが焼き尽くされたかのように、心が燃え上がる。
ユウリはハネズとアサギを見る。二人は心配そうな目をしていたが、ユウリが目を合わせると、その心配の色は消え、しっかりとユウリの目を見た。
「それじゃあ、行くぞ!」
「「「 おぉ! 」」」
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