010話 あの人は今
ようやく神社に辿り着いたユウリとハネズ。
幼馴染と合流できたのでしょうか。
境内を取り巻くように広がる緑色の結界。中心で祝詞を唱えている神主。その周りには不安な顔色をした女性や、子供。戦うすべを持たない者達を守るように外側に立ち、斧や短刀を構え、緊張した面持ちの男たち。階段を登りきったユウリの身体は重かった。ガクガクと震える膝に耐えながら、結界の中で老婆を下ろすと、集まった人の群れを眺める。
あそこで周りを警戒している偉丈夫はカクゲン似ている。きっと近くにいるだろう。
いた、偉丈夫のすぐ側に坊主頭の大柄な少年。カクゲンだ。怪我はなさそう。
眼鏡を掛けた万屋を営むおばさん、アサギのお母さんだ。
その足元には、こちらに背を向けて座っている蝶の形の髪留めの少女。アサギだ。こちらも異常なさそうだ。
二人共、突然の妖獣の襲撃に顔には怯えの色が出ている。いや、この状況で怯えない人など、訓練を積んだ忍や、侍だけだろう。
あと一人。どこだ。数十個の頭を順に見る。
黒髪のお団子の少女、違う。クリクリとした丸目の男の子、違う。ペールピンクのワンピースの少女、違う。
どこだ。
ピンクブラウンの髪に、愛嬌のある丸い目、瑞々しい果物のような唇、お気に入りの薄紫色の服を着た少女がいない。
ユウリは大きな声で少女の名を呼ぶ。
「ムクゲーーーーー‼」
ユウリの声が虚しく境内を反響する。
(「どこだ。返事をしてくれ」)
ユウリの声を聞いて、カクゲン、アサギも合流する。
幼馴染の中でも特別な思いを寄せる少女が、「ここにいるよー」と手を上げることを期待したが、姿も声もない。
ハネズ、カクゲン、アサギがそれぞれに少女の名を呼ぶ。
応答なし。やはりムクゲは神社に来ていない。
でもこの異変に気付いていないはずもない。
そうだとしたら、もう巻き込まれてしまったのか。
ユウリの頭の中が絶望に支配されそうになる。
(「諦めるな、思考が停止したら何もかもが終わる」)
ムクゲの家族は、お父さん、お母さん、ムクゲ、弟の四人家族だ。確か、ムクゲの父は行商人をしていた。この村の特産品や皇都で見繕った物を、近隣国に売り、それを元手にして、他国の特産品を買い取る。それを自国に持ち帰り、皇都で売り、利ざやを得ている。そのため、一年を通して家を空けていることが多い。そういえば、お父さんは正月に帰ってくると、ムクゲが言っていた。
そうすると、お母さんはどうだ。ムクゲの母は薬草を採取し、積んできた薬草を煎じて薬を作っている。たしか、今日の朝ムクゲが言っていたな。スクナの村に薬を届けに行って帰るのは明日だと。
そしてもう一つ思い出した。
今日はトヨ婆と一緒に水を採りに行ったはずだ。
トヨ婆なら何かを知っているかも。
ユウリは近くにいたおばさんに、トヨ婆の所在を尋ねた。
すると、おばさんは、本殿の方を向いた。
「トヨ婆はさっき、本殿の中に入って行ったよ。」
ありがとうございます、と言うと、ユウリも本殿の方を伺う。
本殿の中は限られた人しか入れない。もちろんユウリも入ることが出来ない。
どうしようかと、ふたたび頭の中の思考の歯車を回しだした時に、またしても村民をさらなる恐怖に陥れることが起こった。
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