セカイの中心で愛を告げる蜥蜴。
第28話です。
放課後の教室。
差し込む夕日と、黄昏時の暗がり。
何でしょうね。この、取ってつけたようなシチュエーション。
「ごめんね。新藤君。もう、私に無理につきわなくていいから」
思いっきり泣きそうな顔が隠せてませんよ姉さん。
思えば、事はクラスの親睦会をVRゲームの中でやろうという話になったのが最初でしたか。
何とも奇妙な偶然ですが、どうやら僕のクラスメートは全員がBEOをプレイするプレイヤーだったそうです。
しかも、15人中5人に関してはβテスターからやっていたというのですから、世間は狭いという話ではありませんね。
ですが、僕は正直なところ、もうこのゲームは止めようと考えていました。
確かに、ゲームは楽しいです。
ゲームの中で知り合えた方々との旅は面白かったですし、モンスターやNPCとの戦闘も、僕を存分に楽しませてくれました。
でも、姉さんが泣くのは嫌です。
姉さんが、僕のアバターについてしまった称号を見ると、泣いてしまうのでは仕方ありません。
それに、その原因になったシャルロッテさん――いや、まさかアンダーソン先生だったとは露ほども気づきませんでしたが――が、このゲームをしているのであれば、もうあのアバターは使えないでしょう。
リザードマンのシン。
僕は、彼が嫌いじゃありません。僕にない見上げるような巨体と、逞しい筋骨隆々の体躯。愛利栖ちゃんに嫌われる男か女かよくわからない顔じゃない、凛々しい蜥蜴の顔。
それに何より、姉さんを抱きしめてあげられる大きな腕。
……アバターを作り直せばいい、とも思いましたが、それはきっと、何かが違います。
我儘ですが、もしあのゲームを遊ぶのであれば。僕はあの蜥蜴の巨人の姿で遊びたいのです。
ですので、彼が使えないのであれば。あのゲームそのものをやめてしまいましょう。
そう思っていたところに、届いたのは愛利栖ちゃんと姉さん自身の声でした。
「と、いうわけで、私と辰也が参加しても問題ないでしょ? お姉ちゃん」
「そうね。校則に違反しないのなら、問題ないんじゃないかしら? 程ほどにね」
「お、保護者の許可出たじゃん。じゃ、新藤君も参加ってことで!」
「わ~、リザードマンさんにまた会えるよ~」
「狩場どこ行くよ? 新藤君いるし、ひょっとしたらトーレの先とか行けるんじゃね?」
「いや、それより黒狼の森をだな……」
正直、そのあたりの会話はあまり覚えていません。
僕の思考回路は、姉さんが泣きながらそう言っていたという事実しか思考の対象になっていませんでした。
そして、今
姉さんは、あの時愛利栖ちゃんと会話していた時と同じ、綺麗な微笑みを浮かべたまま涙も流さず泣いています。
ふむ。
とりあえず、姉さんにこんな表情させた奴はあとで粛清するとして。
状況を整理してみましょう。
まず、事の発端はそもそもこのゲームを始めたことです。
最初はなぜあんなに執拗にこのゲームを勧めていたのか疑問でしたが、姉さんの行動からある程度の推定は出来ます。
まず、単純により長い時間一緒にいたかった。
これは僕の自惚れも少々入りますが、僕は姉さんや愛利栖ちゃんと一緒にいる時間こそ最も重要なものです。そして、おそらく姉さんにとっても同様でしょう。
現実の8倍もの速度で体感できる世界ならば、学校が終わった後の数時間を、何倍も有効に活用できるというものです。
次に、VRMMORPGをわざわざ選んだ理由――これは最近までさっぱりわかりませんでしたが、今姉さんがこんな表情で話していることから考慮するに、三人だけの世界で閉じこもるのではなく、より多くの人々と交流を深めていきたいと願ったのではないでしょうか。
ただ、それは姉さんが元より持っていた強い独占欲と、僕が予想外のポカをやらかすことで上手く機能していなかったようですが。
姉さんは決して頭が悪いわけではありません。ただ、人よりも感情の起伏が激しいのです。情が深いとも言いますかね。
普段は鉄面皮のような綺麗な表情をしていますが、僕と愛利栖ちゃんの前ではドロドロに溶けたように甘えるのは、その反動でしょう。
ただ――それで飽き足らず甘えられる相手に対して独占欲むき出しにしてしまうのが姉さんの最大の欠点でした。
……よく考えてみますと、そもそもなんでこんなに独占欲むき出しにするのか、考えたことがありませんでしたね? いつもいつも対応に追われる方が忙しかったという言い訳はありますが、冷静に考えると根本原因をどうにかした方がよさそうです。
そもそも、独占欲が刺激されるとはどういう状況なのでしょうね?
ふと、考えてみます。
僕が、この世界で一番手放したくないもの――ああ、間違いなく姉さんですね。
もしも、それを手放さなければならなくなった時――いけません。想像できませんね?
いえ、むしろここは個別の理由ではなく、別れること自体――あ、駄目です。そもそも離れたくなんてありません。
ああ、つまりこういう事ですか。
では、わかったところで次の段階です。この別離の要件が何かの行動によって抑止できるとすれば、それは全力を以て抑止に努めるでしょう。
それが想定外の物でもない限り――
あ、つまり姉さんは、僕と愛利栖ちゃんが「想定でき、かつそれを抑止できる」理由で別れることを恐れて、その独占欲を刺激されている。でしょうか?
……ふむ。
…………そうですか。
………………ああ、なら、手っ取り早くいきましょう。
後で愛利栖ちゃんが面倒なことになると思われますが、姉さんを泣かせた片棒担いだのだから、それくらいは甘受させます。
と、いうわけでですね。僕は小芝居ができるほど器用ではありませんので。
姉さんに近づいて、その両頬を軽く引っ張りました。
「ふぇ?」
「姉さん。僕は事あるごとに言ってると思っていたんですが、どうもよくわかっておいでないようですのでもう一度言っておきましょう」
普段からこの本心は吐露するに恥じることは無いと思っていますが、流石に面と向かうと少々緊張です。
「好きです。大好きです。愛してます。新藤辰也は仲村珠樹が大好きです。愛してます。例え姉さんに嫌われようが、僕は僕の意志を以て貴女を愛します。外的要因ごときで僕が姉さんから離れることなどありえません。ご理解いただけましたか?」
え、ああ、はい。
実は、怒っています。
本当、僕しょっちゅう姉さんに好きだとか愛してるとか言っていたつもりなのに、言葉ってここまで無力なんでしょうか?
「無理につきあうとは何ですか。たしかに、姉さんの行動に巻き込まれることはありますが、最終的に巻き込まれることを決めたのは僕の意志です。愛利栖ちゃんも同じです。姉さんが起こした行動だから、僕は望んでそれに関わりました。その後悔も反省も全て僕の物です。何を勝手に姉さんが決めてくれるんですか? 申し訳ありませんが、その願いだけは断固として拒絶します」
うん。この際です。僕の方も少し白状しましょう。
「僕も愛利栖ちゃんも姉さんが大好きだからいつも一緒にいるんです。姉さんがたかだか甘えた程度で、我儘を言ったごときでその意思が揺らぐとでも思いましたか? 舐めるのも大概にしてください。こちとら生まれた時から16年間ずっと貴女が好きなんです。愛してるんです。僕から逃げられると思わないでください。もし姉さんが他の男性を好きになったなら、必ず僕は奪い取りに行きます。今はこんな形ですが、もっと背も高くなってちゃんと男らしい顔つきにもなってみせます。どういう障害があろうが関係はありません。重いでしょうがこれが貴女を好きになった僕という人間です。ご理解いただけましたか?」
さて、それでは最後に。
つまんでいた頬っぺたを離して、そっと姉さんの頬に手を添えてみます。
僕のほうが背が高ければ、もっと絵になったんでしょうけどね。いつか姉さんの身長追い抜いたらもう一度やりましょう。
「僕と生涯一緒にいてください」
おや、姉さんが真っ赤になっていますね。
「こおおおおおのおバカああああああああ!!!寄りにもよって何いきなりプロポーズかましてんのよおおおおおおおっ!!!」
覗き見はいい趣味じゃありませんよ愛利栖ちゃん。
……壁殴ろうとしたら、予想してた展開を吹き飛ばしてきやがったでござる。
いや……まって、なんでいきなりプロポーズなの?
何あの子。何でいろんな段階すっ飛ばして直接本丸に核攻撃かましてるの? 馬鹿なの? 恋愛の機微とかそういうモノ全て一気に粉砕するの? 恋の手段までバーサーカーなの?
元々あの子は自分の異常な性癖を理解していたから、それを少しでも矯正するために、不特定多数のプレイヤーとの交流を行いやすいMMORPGを選んで、新藤君たちをゲームに誘ったのよね。
ただ、新藤君が最初から離れ離れになったりしたアクシデントやらが重なって、自分の独占欲が押さえきれなくなってきたところに、私がやらかしてしまったせいでああなったのよねぇ……いやまあ、元々殲滅兎とか呼ばれるようなプレイしてる時点で大概だったんだけどねあの子。
結局、当初の目的と手段が入れ替わっちゃったものだから、状況のリセットを図るべく、無理やりでも珠樹の目的を原点に戻してやる必要があったわけよ。
つまり、「珠樹の独占癖を改善するために、まずはゲームの中から新藤君と妹ちゃんが珠樹以外と交流するのを認めさせよう」というところに持っていくことが目的だったわけね。
で、妹ちゃんがクラスで元々ゲームをやってたプレイヤーやら新規で始めた子やらを現実の方で束ねて、あの子が逃げられない状況を作ってから私がはったおして無理やりリセットさせる。と、ここまでは計画通りだったんだけど――
まさか、妹ちゃんが張り巡らせた計画も計算も、何もかもぶっ壊してプロポーズ宣言するとか誰が想像するのよ。
いやまあ、けしかけたの私だけどね。てへぺろ。
あ、指導主任も笑い転げてる。田辺先生まで肩振るわせて笑ってるわね。
……今更だけど、生徒の告白を出歯亀する教師ってのも大概よね。
「い、いやぁねえ……ふふふ……今まで生徒同士の恋の告白を偶然耳にする機会は何度もあったけど……ふふふ……こ、ここまで情熱的なのはそうそうなかったわねえ……くふふふふふ」
「……あー、うん。まあ、不純異性交遊は校則上認められてませんからね……いや、しかし……なんというか……ちょっと新藤を赤ちょうちんに連れていきたくなりましたよ。とりあえず何か一杯奢ってやりたいですね」
気持ちはわかりますけど、そこは赤ちょうちんじゃなくてス〇バとかにしてあげてください。幾らなんでも教師が生徒を居酒屋に連れ込むのは駄目ですよ。
珠樹の方も、ここまでド直球にこられて、まさかこれでも足りないとか抜かすことはないでしょう。妹ちゃんの方はさておき、新藤君の方は結果オーライってとこかしらね。
いやでも、ねえ。
「なんというか、未婚の身としては見ててちょっと壁を殴りたくなってきますねこれは……」
「あら。じゃあおばさん良い相手知ってるわよ? もう、早くいってくれたら幾らでもお見合いセッティングするのに♪」
余計なお世話です。というか仲人おばさんは少し自重してください。
「あら、今の貴女も言ってみれば出歯亀おばさんよ? それとも、「指導教諭は見た」の方にしておく?」
私おばさんじゃ無いデース! 永遠の17歳だもん! 少なくとも騎士姫の時はそうだもん!!
……結局。辰也がお姉ちゃんにプロポーズしたもんだからもう色々準備していたもの全部吹っ飛ばされたわ。
狭い学校で誰が広めやがったのか知らないけど、翌日には完全にお祝いムードでクラスに横断幕はかかるわお姉ちゃんのところに祝電が殺到するわ、なんで準備してやがったのよ。先生までノリノリでお祝いしないでよ全く。
ああ、うちの両親と辰也の両親に関しては今更かって顔されて終わったわ。一番大人しかったのが当事者の両親って当たりもうどうなってんのよこれ。
お姉ちゃんはと言うと、学校じゃ完璧な優等生なのは変わらないけど、時々照れたり辰也相手に嬉しそうな表情隠したりしなくなったせいで、ものすごく可愛い先輩だなんて評価が追加されてたわ。
プライベートの方でも、憑き物が落ちたみたいに辰也にべたべた引っ付くこともなくなったし、なんていうか、余裕みたいなオーラ出してるのよね。クッソむかつく。誰のおかげだと思ってんのよ。辰也からせしめた指輪嬉しそうに撫でてんじゃないわよ。校則違反じゃないのそれ?
で、辰也の方はと言うと――
「何で、僕がお守りの中身書かなきゃいけないんです?」
「いやだって、新藤大明神だろ? ご利益ありそうじゃん?」
「いやあ、マジパねえっすわ。マジリスペクト、的な?」
「諦めろ。お前はもはや崇められる対象だ」
恋愛成就の信仰対象になってたわ。どうなってるの? バカなの?
うん。私には理解できないけど、というかしたくもないけど。
辰也自身は特にあれから変わった様子もないわね。まあ、しいて言えばクラスメイトの連中がやっと見分けつきだしたって感じかしら。
ああ、あとはお姉ちゃんに渡した婚約指輪に足りなかった金額の補填のために、バイト始めたくらいね。
「ところでさあ、愛利栖の方はどうなのよ?」
「は? どうって何がよ」
「いやだって、新藤君が告白するまでみんなあんたと新藤君が付き合ってるんだって思ってたからさ」
は?
「いや、いやいやいや、それだけは無いわ。あいつだけは絶対にないわ」
「えー? だって幼馴染の同い年の二人でしょー?」
「だから嫌なのよ。あいつの外見考えてから言いなさいよ。どこからどう見ても学ラン着た小柄な美少女じゃない。何で好き好んで自分より可愛い顔した男と付き合わなきゃいけないのよ」
直接言ったらあいつ100%ブチ切れるから言わないけど、クラスの男子の中の何人かは、最初あいつの事女の子だって思ってたわよ。マジで。
はぁ……私も彼氏が欲しい。まともなのが。
ご覧いただきありがとうございます。
次回、最終話です。
7/4 一部改訂




