悲報。私のストレステストが終わらない
第22話です。
「こ、の、おバカ姉えっ!! 一体何回人様に迷惑かけるなって説教させれば気が済むのよおっ!!」
「たっちゃ~~ん……アリスちゃんがおねえちゃんをいじめるぅ~~」
「はいはい。僕が姉さんの盾になりますから大丈夫ですよ」
「ならなくていいわよおバカトカゲッ!! どこでそんな台詞覚えてきたのよこのスカタン!!」
むう、折角覚えたセリフでしたので使ってみたのですが、使いどころを間違えましたか。解せません。
ともあれ、教会のど真ん中で巨大なリザードマンが正座させられて、ラミアのシスターに説教されている姿というのは……いくらファンタジーでもあまり聞かないんじゃないでしょうか?
あ、なんだかNPCの神父さんたちがこっち見てひそひそ話をされていますね。晒し物はそろそろしんどくなってきましたので場所を移して――ハイ、ゴメンナサイ。
魔眼もかくやと言わんばかりの眼力で僕を黙らせたアリスちゃんは、その迫力さえもどこ吹く風な姉さん相手に苛烈な説教を繰り広げます。
が、姉さんは先ほどから背景に花でも咲きそうな勢いでぽわぽわしているので、幾ら怒っても糠に釘といった状態になっていました。
とりあえず、何かあったら僕の影に隠れたり首筋に抱き着いたりマフラーになってみたりと……ダメですねこれ。今は何を言っても効きやしません。
「ああもう! あんたもお姉ちゃんに何吹き込んだのよ! 何時にも増して甘えっぷりが半端なくなってるじゃない!!」
何と言われましても……いや、あの時はブチ切れてる姉さんを何とか宥めないといけませんでしたので――
「たっちゃんねぇ、お姉ちゃんのこと可愛いって。大好きって。うふふふふふふ」
「オーケーわかったわ。あと8時間くらいその姿勢維持しときなさい」
解せません。好きな人に好きと言って何が悪いのですか。――と、反論したら多分アリスちゃんに酷い目に会わされそうです。自重しましょう。
……これ、立ち上がったら麻痺の状態異常とかつきませんよね?
結局、本当にゲーム内時間で8時間ほど正座させられ続け、見事に麻痺の状態異常が付与されました。【麻痺耐性】さえも突破するとは正座恐るべしです。
「……まあ、すったもんだはありましたがやっと合流できて嬉しいですよ。姉さん。アリスちゃん」
「うふふふふ、お姉ちゃんも嬉しい♪ これでやっと三人で遊べるね」
「……はあ……本当にようやくね。長かったわ。それにしても、辰也――じゃない。シンは現実との見た目のギャップが酷いわね」
そもそもリザードマンですからね僕。それに、このアバターは現実の2倍近い背丈を誇る巨躯です。直立して1mもない姉さんや、現実とあまり変わらないくらいの位置に頭のあるアリスちゃんから見れば、少々首が疲れるくらいの身長差でしょう。
……ふむ。目線を合わせるのに見上げなければいけない現実と違って、これは少々気分がいいですね。ここまでというつもりはありませんが、現実でももっと背が高くなりませんかね僕。
もっとも、姉さんは僕の肩の上を定位置にしているせいで目線の高さはほぼ僕と同じなのですが。
「アリスちゃんの方は……それ脚が蛇になっているんですか? よく動けますね」
「まあね。必死で練習しないとそこのアーパー兎がどこで何しでかすことやら」
「……アリスちゃん、今日はお姉ちゃんに対して当たりがきつすぎない? お姉ちゃん泣いちゃうわよ?」
「胸に手を当てて考えなさいよ原因を! ……あー。もうだめ。ツッコミ疲れたわ」
アリスちゃんは器用にとぐろを巻いて、その上に修道服を着た上半身を横たえます。……上半身は現実とあまり変わりませんね。髪型がロングになっていますが。
「ああ、これ? まあ、ゲームの中くらい伸ばしてみても面白そうだったしね。現実でやると運動の邪魔になるから絶対にやらないけど」
「良く似合っていると思いますよ。同じような長さでも姉さんとはだいぶ印象が変わりますね」
「んー。私天パーかかってないしね。どうよこのストレートロング」
「いいなぁアリスちゃん。お姉ちゃんストパー当ててもすぐ元に戻っちゃうんだもん」
僕は姉さんの髪好きですけどね。やはりああいうサラサラストレートロングというのは憧れるものなのでしょうか?
こうして普段できない姿を楽しめるというのも、VRゲームならではといったところでしょう。
それにしても、本当に髪型と下半身以外は現実の愛利栖ちゃんと何一つ変わりませんね。
「ああ、これね。基礎データ弄るときに髪型しか弄らなかったのよ私。おかげでいつもはこのウィンプルがないと顔モロバレなのよね……ていうか、もうすでに何人かにバレたわ」
「は? バレた、ですか?」
「そ。同じ水泳部の美紀とレベッカ。まさかこのゲームやってるとは思わなくて……油断したわ」
何と、同じ学校の生徒がやっていたのですか。世間は狭いものです。
……ふむ。僕は普段と姿がかけ離れていますからそうそうバレることはないでしょうが、クラスメートに会ったりしたら少々気まずいかもしれません。
「たっちゃんは大丈夫よぉ。それに、お姉ちゃんといつも一緒なら何も問題ないもんね♪」
「とりあえずお姉ちゃんはその『たっちゃん』をやめなさい。今のこいつは『シン』っていう名前なんだから」
おお、そうでした。ついいつもの調子で喋っていましたが、このリザードマンの身体にはシンという名前があります。
「あ、そうよね……ええと、じゃあ、シンちゃん?」
「は、はい。……うん。たぶん大丈夫です」
「ん、まあそのうち不自然さも取れるでしょ。それじゃ、行くわよシン」
他人からなら特に問題なく対応できましたが、身内から呼ばれるとなると……うん、少し気を付けましょう。
って、どこに行くんです?
「どこって、総合ギルドに決まってるでしょ。まだ行ってないのよね?」
このBeast Eden Onlineで最重要となる施設の一つに、「総合ギルド」というものがあります。
この総合ギルドは現在確認されている全ての町に必ず一つ以上存在し、また全ての町で同様にその機能を活用することが出来るそうです。
「総合ギルドの機能は主に3つよ。クエスト、転職、それとギルドね」
「クエストと転職はわかりますが……ギルド、ですか?」
ふむ……ワンニャンさんたちの「解析組」のような組織の事なのでしょうけど、わざわざ総合ギルドと別になっているのは何故なのでしょう?
「そ。他のゲームだとクランとか同盟とか呼ばれることもあるけど、要はプレイヤーたちが所属しあう相互扶助組織みたいなものよ。各種ステータスに補助がついたり、専用の居住設備が与えられたりするけど、最大の利点はある特定の目的のために独立したクエストを発注できることね」
「クエストの発注? プレイヤーが発注するんですか?」
「そうよ。そして、そのクエストは総合ギルドで取りまとめられて、他のプレイヤーが受注できるようになってるの。文字通り、無数にあるプレイヤーギルドを総合的に取りまとめるという意味で、総合ギルドってとこね」
はー。なるほど。
「プレイヤーは基本的にクエストを受けてその報酬を貰ってゲームをしていくって流れになるけど、このゲームはほぼ全てのクエストが総合ギルドで受けられるようになってるから、とりあえずここに来ないと始まらないのよ」
「その通り。ちなみに、それぞれのギルドに新しく加入したいと思った時も、この総合ギルドで加入申請を出してもらえるよ。初心者情報セットに詳しい事を書いてあるから、また読んでおいてくれると嬉しいね」
聞き覚えのある声に思わず振り返ると、そこには蛙がいました。
すいません、ファリエルさんですね。こうして直接お会いするのは久しぶりな気がします。
「こんにちはファリエルさん。クワトロではお世話になりました」
「ああ。こちらこそありがとうシンくん。貴重な情報を提供してくれて助かったよ」
シャルロッテさんがサイラスさんと死闘を繰り広げていた間、僕はクワトロで入手できた情報を逐次ファリエルさんに送っていました。
城から出ることが出来ませんでしたので城下町の情報は伝えられませんでしたが、バルガ師匠との訓練クエストや新しく入手できたスキル情報、お城の中で販売されていたアイテムなどなど、できるだけ細かく伝えてきたつもりです。
にこやかにほほ笑むファリエルさんでしたが、そんな空気を一変させるような冷たい声が肩の上から響きました。
「何しにきやがったのよ。クソ蛙」
「おや、オーヴ。久しぶりだねえ。いや、君と喧嘩する気は毛頭ないから安心してくれ。ワンニャンも来ていないしね」
「そんなことはどうでもいいのよ。何私のシンちゃんになれなれしく話しかけてるのよ。PKするわよ」
背中から漆黒の魔力波さえ出しながら、姉さんは僕の肩の上でファリエルさんを威嚇しています。
とりあえず。
「姉さん。ステイ」
「はい落ち着きなさいお姉ちゃん」
肩から姉さんを下ろしてファリエルさんから視線を外させます。どうどう。
胸元で抱っこすると、姉さんは途端にふにゃりと表情を変えました。
うん、この大きな体だと姉さんを甘やかすには非常に便利ですね。というか、これ僕の方が癖になりそうです。
「……いや、驚いた。あのオーヴが……うん。悪い夢じゃないねこれは」
おお……ファリエルさんが思いっきり真顔になっています。頬っぺた引っ張ってもたぶん一緒だと思いますよ?
しかし、「あのオーヴ」ですか……
……すみません。うちの幼馴染がたぶん何かやらかしたんですね。ごめんなさい。
「まあ、オーヴの事は置いておいて。シンくん。君が送ってくれたクワトロの情報について、少し詳しい事を確認したいんだけどいいかな? 勿論、報酬は弾ませてもらうよ」
「はい。構いません。……ええと、個別メッセージの方がいいでしょうか」
「そうだね……いや、証人としてオーヴとそこのラミアさんにも聞いてもらうとしよう。それでいいだろう? オーヴ」
ふにゃりと僕の胸元に頬を摺り寄せていた姉さんは、その蕩けたような表情のまま声色だけ凍り付かせます。
「……いいわ。少しでも妙な取引しようとしたら、その場でPKするから」
「シン君のような優良な顧客にそんな真似はしないさ。こちとら信用商売だからね」
……すみません。ファリエルさんの背中にも何やら黒い靄のようなものが見えるんですが気のせいでしょうか?
いや、正直普通に信用していたんですが、何でしょうこの空気。ひょっとしてこの人割とやばいタイプの方だったんでしょうか?
「ねえ、シン。βテスターって碌なのいないのかしらね?」
とりあえず、人を巻き込んで不穏なオーラをぶつけ合うのはご勘弁いただきたいものです。僕の精神衛生的な意味で。
『ワンニャン。例のプランの進捗はどうだい?』
『ああ、特に問題はない。金さえ積めばモノは用意できるからな。あとはどうやって追い出すかだ。お前の方はどうだ? オーヴに邪魔されなかったか?』
『ああ、相も変わらず勘がいい。つい商人の癖が出てきそうになったが、そのたびに目の前で詠唱を始めるものだからね。くくっ、生きた心地がしなかったよ』
『……詠唱? オーヴがか? あいつは気に入らないことがあれば無詠唱でぶっ放してくるのがいつもの手段だったと思うが』
『ああ、それについてだが……いや、これは帰ってから話そう。少々面白い光景だったからね』
全く、実に面白い光景だった。私の語彙力で伝えきれるかどうかわからないが、ワンニャンならアレを見られなかったことをさぞかし悔しがるだろう。
プレイヤーもモンスターも一切の区別なく、桁違いの殲滅魔法で丸ごと消し飛ばす。悪名高きβテスター最悪のPK。
彼女の機嫌を損ねてPKされた回数は片手で効くような数字ではないが、あのような姿は初めて見た。
正直、VRシステムがバグでも起こしたのかと思ったよ。
「まさか、女神さえ殺す殲滅兎が幼児のように必死になっているだなんてねえ。いやはや、本当にシンくんは面白い。これからも、彼とは良い付き合いを続けたいものだよ」
ご覧いただきありがとうございます。




