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兎は寂しいと死んじゃうんだよぉ♪

第21話です。

 暗転した視界が再び光を取り戻すと、息を呑むような光景が広がっていました。

 燦燦と注ぐ日差しを、白く照らし返すレンガと石材で建てられた町並み。そこかしこから聞こえてくる威勢の良い売り子の声。実に多種多様な姿の大勢の人々が埋め尽くす大きな広場は、あまりにも大量の情報を僕に注ぎ込んできました。

 少し遠くに見えるのは要塞のような外壁。よく見ればフルプレートの傭兵さんと同じ顔のNPCさんたちが至る所で歩哨をしており、この活気がまさに最前線の都市ならではであることを如実に語っていました。


 ここが、最初の都市 ウーノ


 「ん~、ひっさしぶりだわこの空気! どう? シンくん? 初めて来た町の感想は」

 「……ええ、すごいですね。なんだかもう、何から見ていいのかわからなくなります」


 ですが、やること自体はかわりません。視覚で驚きを与えられてもちゃんと手は動くものです。


 【騎士姫の護衛獣】

  騎士姫の試練を共に潜り抜けた護衛獣に与えられる称号。「騎士姫」と同一のPTにおいて全能力向上


 はい。では非表示にしましょう。ぽちっとな。


 「ちょ、ちょっとシンくん! 何いきなり称号切ってるのよお!」

 「いえ、だって僕言いましたよね。トーレに行かなきゃいけないって。だからここでPT解散でしょう」

 「そんなぁ! だってこれからが本番じゃないのよ! せめてトーレに行くくらいまではPT組んでくれたって――」


 ――脅威接近 魔法攻撃 【ブレイクファンタズム】による迎撃を推奨――

 いきなり【末那識Ⅰ】が発動しました。【直感】の時と違って種類と対応方法まで表示してくれるとは非常に親切設計です――って、言ってる場合ではありません。

 僕の左後方から高速で飛んできた炎の玉を、僕の剣と、タイミングを同じくして放たれたシャルロッテさんの槍による【ブレイクファンタズム】で迎撃します。

 ええ、攻撃自体は問題なく迎撃できますが、どこのどいつですか。こんな天下の往来でいきなり攻撃魔法ぶっ放してくる常識知らずは。


 迎撃の衝撃波が、僕の周りにいた人たちまで吹っ飛ばします。ああ、ごめんなさい。あとで皆さんに謝ります。とりあえず攻撃してきた大馬鹿を――


 「たつや、どいて。そいつころせない」


 ――――――――――ええと?


 そこにいたのは、可愛らしいもふもふの兎さんでした。

 真っ白な毛並みに真っ赤な瞳。

 ぴょこんと伸びた耳は実に愛らしく動いています。

 魔法使いの着るようなマントの下には、可愛らしい装飾のされた黒いドレス。

 両手に持つのは――――すぐにでも発動できるように待機させられた攻撃魔法の魔力塊。

 そして何より、可視化できるレベルで放出されているどす黒い魔力の波動。


 うわあ、周りの人たちがどんどん倒れていきます。どんな魔王ですかあれ。

 

 朝の時点でハイライトが消えた目をしていましたから、精神安定的にはイエローゾーンだったのでしょう。

 正直言って、何でトーレにいるはずの姉さんが此処にいるのかとか、兎と聞いていましたがちょっと雰囲気的に兎と呼ぶには魔王じみていませんかとか聞きたいことはありますが、姉さんがブチ切れている原因は間違いなくシャルロッテさんでしょう。

 ああもう、βでの知り合いか何か知りませんが、喧嘩するなら時間と場所くらい選んでください。 

 せめて近くに愛利栖ちゃんでもいれば止めてくれたでしょうが、正直ゲームの中だとここまでやばくなっているとは誰が想像したでしょうか。

 とはいえ、もう起きてしまったものは仕方がありません。せめてこれ以上の被害を拡大させない方策を取りましょう。

 正直、これは賭けなのですが。



 「……姉さんですか? あまり可愛いからびっくりしましたよ。迎えに来てくれたんですか? ありがとうございます。大好きですよ」


 出来得る限りにこやかに、()()()()()()()かのように。

 この姿が現実とあまりにもかけ離れているので、普段のように姉さんに届きやすい言葉を並べても上手くいくかはわかりませんが、愛があればなんとかなると思いたいところです。



 「え……へ、えへぇ、そうだよぉ。お姉ちゃん待ちきれなくて来ちゃったぁ♪」

 「僕もようやっと会えて嬉しいです。では、一緒に行きましょう」

 「うんっ♪」



 賭けには、勝ちました。

 背中の魔力の波動と両手の魔力塊を霧散させた珠樹姉さんのアバターは、二ヘラと哂うと僕に飛びついてきました。甘やかす作戦は成功したようです。

 ……すみません皆さん。身内の不始末です。本当に申し訳ございません。

 当の元凶というと僕の首筋にしがみついてもふもふのマフラーみたいになっていますが、とりあえずどうしてくれましょうこの惨状。

 

 「……お、オーヴ? あんた……え、じゃ、まさか……」


 攻撃魔法の対象になっていたシャルロッテさんが思いっきり引き攣ったような表情になっています。本当にごめんなさい。

 とりあえずこの状態からの最善は――姉さんの隔離でしょうか。

 でもまあ、とりあえず。


 「皆さま。巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 謝りましょう。特に、偶然僕の周りにいただけで巻き添えになってしまわれた方には。

 顔の横で姉さんが何か叫びそうになりましたが、とりあえずその口に指――というか、サイズ差で爪先を当てて黙っておいてもらうように指示します。

 兎の顔でふくれっ面されても可愛いだけです。思わず撫でたくなるじゃないですか。まあ、やらかしたことについて後で少しお話が必要ですが。


 「シャルロッテさん。では、僕はこれで失礼します。いろいろとありがとうございました」


 三十六計逃げるに如かず、です。正直こんな対応がクソ面倒くさい戦場にいつまでもいられますか。

 脱兎のごとく逃げだしたいところですが、肩の上の姉さんを振り落とさないように歩きましょう。ですが急ぎます。


 「姉さん。愛利栖ちゃんはどこにいますか?」

 「え? あぁ、トーレで待ってるよ」

 「わかりました。では一緒に行きましょう。兎の姉さんも可愛いですね」

 「……うんっ」


 はあ、満面の笑みは本当に可愛いのですが、正直どっと疲れました。師匠相手に突撃していた方がずっと気が楽です。

 ……現実の三割増しくらいで癇癪が悪化してませんかね姉さん。

 ああ、先が思いやられる……。






 



 彼が去った後の広場は、混乱の坩堝だったわ。

 オーヴの魔力波に充てられただけで行動不能にされた者、私を狙った【ブレイズカノン】を迎撃した衝撃波で吹き飛ばされたもの。不幸なことにリスポーンさせられたニュービーもいたでしょうね。

 あら、大騒ぎに乗じてシンくんを追いかけようとする連中もいるのかしら? やめておいた方がいいわよ?

 

 「あ、あの! すいません! ひょっとして「騎士姫」さんですか!?」


 ああ、こっちにも来ちゃった。β以来一切表に出てなかったんだから、私のことくらい忘れておきなさいよ本当に。

 

 適当に群れてくるプレイヤーたちをあしらいつつ、私は広場の喧噪を抜け出して北の平原に出る。

 掲示板で言われていた通り、キングスライムを召喚しては戦闘し続けているみたいね。

 【アシッドレイン】のスリップダメージが、私の【HP自動回復】をわずかながら貫いてダメージを蓄積させてくる。


 けどまあ、この程度なら何の支障もなく突破できるわね。


 【早駆けⅨ】発動。AGIを一定時間90%増加。

 さて、抜け出せまで何秒かかるかしらね?


 落ちる雨粒が、ステータスに比例して高速化された視界の中でひどくゆっくりと落ちていく。最短ルートを通ろうと思うと――あら? キングスライムが丁度いるわね。


 ま、いっか。


 音を置いたまま、駆け出す。

 この状態の騎士姫()は、音さえ超えた速度で機動する。ただ、バルガは普通にその速度以上で対応してくるし、AGIが私よりもずっと低いはずのシンくんは直感と先読みだけで対応してきたからね。

 うん。軽く自信を失ってたけど、やっぱり私、早いじゃない。


 フィールドのほぼ中央近くでポップしていたキングスライムに到達するまで、約5秒。


 「ごめんね。そこ、通るわ」


 【ソニックチャージ】【ディバインランス】

 横殴りになって申し訳ないけど、そんなところでとろとろ戦ってるのが悪いのよ?

 

 キングスライムの大きな体に風穴があく。私のセントールの身体が丁度一体通過できるくらいに開けられた穴は、私が通り過ぎた後にはすでに再生を始めていた。

 流石に、これで倒せるほど弱くもないわね?

 削ることのできたHPは大体二割弱といったところかしら。数回も食らわせればあのキングスライムは倒せるでしょうけど――


 「ふぅん。これが【自己増殖】ね。いいわよ? 私の前を塞ぐ子は――」


 全部まとめて貫いてあげる。






 「ふぅ、倒せるには倒せるけど、面倒ねあれ。私じゃ殺しきれないわ」

 

 キングスライムを十数匹ほど倒したものの、きりがないからさっさと離脱した私は、ドゥーエに向かう街道をゆっくり歩きながら先ほどの戦闘を思い返す。


 「倒した傍から新しいキングスライムが出てくるのは、本当に面倒よね。フィールド上にいるプレイヤーと同じ数だけ増えるっていうけど、プレイヤーが減ってもキングスライムの数まで減るわけじゃない……全部まとめて一気に倒さなきゃ倒せないっていうのかしら?」


 頭にあの兎の姿が湧いて出る。

 そして同時に、あの殲滅兎の現実(仲村珠樹)の方の姿も。 

 

 「はあ……シンくんって、寄りにもよって()()()だったのね」


 あの子(珠樹)があんな反応をするのは、この世に二人しかいないわ。

 片方は、彼女の妹ちゃん(仲村愛利栖)。そしてもう一人は、彼女の幼馴染(新藤辰也)

 ……うん、現実の彼の顔とあのリザードマンの姿を並べてみたけど――無理。

 どこをどうすればあの二人が重なるっていうのよ。()()()()()()()にも程があるわ。

 まあ、思い返せば声だけは現実と同じだったわね……外見と声があまりにも合ってないインパクトもあって、全く気付けなかったけど。


 「……それにしても……私の方は仕方ないとしてもよ。なんで新藤君、()()()()の顔もわからないのよ」


 そりゃ、ね? そのままってわけじゃないわよ? 年齢は()()()()()()若くしてあるし、少し見栄張って肌とか整えてはみたけど。基本的に現実の顔と同じよ私?

 クラスにもβからプレイしてる生徒はいるけど、彼等は皆わかってくれたのに! なんでわからないのよあの子は!

 

「……ま、そんなことより問題は、どうして新藤君がMMORPGなんてやってるのかよね。……ていうか、あの様子だと妹ちゃんもやってるのかしら?」


 よくもまあ、あの独占欲の権化のような彼女がそれを許したものだわ。

 不特定多数との交流を前提としたゲームにあの二人を関わらせるなんて、一体何の目的があって――。

 ……まさかとは思うけど、現実の8倍長く体感できる世界で、一緒にいたかったとか言わないわよね?


 ……いや、流石にそれは無いわ。時間加速効果()()でいいなら、むしろMMORPGなんて選ばないし。


 現在、ほとんどのVRゲームに標準的に使われている技術――時間加速効果は、どちらかと言えばオフラインゲームで使われる物の方が効果が高い。

 MMORPGのように不特定多数の人間が、任意のタイミングで参加することが前提のゲームには向いていない技術なのよね。

 だって、現実で1時間参加時間がずれたら、ゲームの中じゃ8時間待ちぼうけよ? よっぽどの廃人でもなければ飽きるわ。

 新藤君や妹ちゃんがそんなヘビーゲーマーだなんて話は聞いたことないし、ますます理由が――。


 「はあ……駄目ね。情報が少なすぎて結論が出ないわ。……このまま放って置ければ私も楽なんだけど」


 流石にあの殲滅兎(優等生)が非行に走るとかはあり得ないと思うけど、干渉するにせよ放置するにせよ、最低限の情報は集める必要がありそうね。

 うう、なんでゲームの中で迄本業のこと考えなきゃいけないのよぉ……。





ご覧いただきありがとうございます。



7/4 一部改訂 後半部分追加

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