彼女たちのシテン
第23話です。
現実世界でのお話となります。
「あ、ほら愛利栖、この装備とかならラミアでも大丈夫じゃない?」
ファッションモデル風にVRゲームのアバターが写っている雑誌を広げて、美紀が指さしているのはワンピース型のドレス装備。
うーん……悪くはないけど肩や腰がメッシュ地になっているせいで露出が結構多いわね。
VRゲームはその性質上、現実よりも自由度の高いファッションが楽しめるの。なので、今私たちが見ているようなVRゲームのアバター専用のファッション誌なんてものもあるわけよね。
まあ、この雑誌はもともとゲーム情報を売りにしていたみたいなんだけど、需要があれば供給が生まれるというもので、二昔位前のファッション誌とあまり変わらない立ち位置にはなっているわ。
容姿のいいアバターは昔で言う読モの立ち位置に居たりする人もいるのよね。
「それこそ愛利栖なら狙えるんじゃないの? ロングヘア―ものすごく似合ってたじゃない」
「冗談。そこまで身の程知らずじゃないわよ。似合ってたっていうなら、美紀やレベッカだってすごく可愛かったじゃない。何アレ、猫娘と犬娘?」
「「リンクスガール」と「ハウンドガール」よ。……いや、でもまさか美紀まで縮むとは思わなかったわ」
「いやだって、選択肢の中じゃあれが一番かわいかったんだもの。……おかげで変な男にたまに声かけられるけど、あの手のは殴ってもOKよね?」
「ていうか……佐藤君が私たちだって気づかずに来た時、美紀ってば全力で殴るどころかPKしたよね?」
「思い出させないでよ……まあ、あとでリアルに土下座されたからもう済んだことにしたわ」
同じクラスでかつ、同じ部活の美紀とレベッカは、これまた同じくBEOのプレイヤーだったわ。
ていうか、このクラスBEOやってる人口多いのよね? 下手するとやってない方が少ないかも。
まあ、レベッカは前々からよくゲームやってるって聞いてたけど、美紀もってのは意外ね。
「ああ、私ベッキーに引きずり込まれて始めたようなもんだし。でもこのゲーム案外面白いわよね。嵌りそう」
「ふっふっふ、布教大成功ね。というか、私にとっては愛利栖がやってたっていうのが意外よ。どういう風の吹き回し?」
……風の吹き回しも何も、嵐に巻き込まれたとしか言いようがないわ。
「そ、そう。まあ、深くは聞かないでおくわ。でも、今度一緒にクエスト行きましょ?」
「そうね……とりあえず少し落ち着いたらね。しばらくトーレにいると思うから、来たらメッセージ頂戴?」
「トーレって……うう、また遠いところじゃない。前みたいに森で迷うのはやだよぉ」
「大丈夫だって! それにあの時のドラゴン……じゃない、でっかいリザードマンさんも話せばいい人だったし!」
……でっかい、リザードマン?
ひょっとして、後ろの席で船漕いでるこいつのことじゃないわよね?
昨日も何時までお姉ちゃんに付き合わされたのか知らないけど、無防備に寝顔晒してんじゃないわよ腹の立つ。
「あ、そういえばあのリザードマンさんて実は有名な人だったみたいよ。ウーノのキングスライムと正面から戦えてたんだって」
「あー。知ってる。それに……なんだっけ? 殺人兎? の飼い主とか、お姫様のペットとかいろいろ掲示板に書かれてたよね?」
速報、私の姉と幼馴染、風評がやばい。
ていうか殺人兎って何よ……ごめん。否定できませんごめんなさい被害者の皆さん。
「あ、そういえば愛利栖も兎さんと一緒じゃなかった? ひょっとしてあれ珠樹先輩?」
「あはは、まさかぁ。珠樹先輩がゲームやってる姿なんて想像できないわよ。……まさか、新藤君? いや、それもないか……」
うん。あんたらがお姉ちゃんにどういうイメージ持ってるか知らないけど大当たりよ。景品は無いから安心なさい。
うっとおしいことに、お姉ちゃんは現実の外面を整えるのが異常に上手いのよね。
成績優秀スポーツ万能眉目秀麗完全無欠の優等生――あの辰也の前ではタコみたいに甘えて絡みつくダメ姉が、よ?
世の中、理不尽だわ。
本当、世の中は理不尽ね。
押し付けられた仕事を手早く済ませて、私はさっさと生徒会室を後にする。
面倒くさい。
本当に面倒くさいわ。どうして他人から推薦されたら生徒会役員なんてやらなきゃいけないのよ。おかげで今日もたっちゃんと愛利栖ちゃんのところに行けなかったじゃない。
ああ、早く帰りたい。帰って、たっちゃんに抱きしめてもらいたい。
「な、仲村さん! ごめん、気分を悪くさせたのなら――」
煩い。
こいつの名前なんて覚える価値もないけど、何よりも私の聴覚を騒音で塞ぐな。
私の聴覚は愛利栖ちゃんとたっちゃんの可愛い声だけ聞こえればいい。
それ以外は全て騒音だ。
「ま、待って――」
怖気が走る。私の肩に何かが触れる。
私に触れていいのは愛利栖ちゃんとたっちゃんだけなのに。
今すぐにこの汚物を廊下から放り捨ててやりたい。そんな願望を、私は必死の思いで押さえつける。
せめて、学校でくらいは優等生の仮面をつけておかなければ。たっちゃんと愛利栖ちゃんが困ってしまう。
肩に触れた手にかかる力の向きを、変えてやる。
たっちゃんほど上手にできないけど、愛利栖ちゃんほど相手を痛めつけられないけど、私にだってこの程度はできる。
くるりと半回転して廊下に尻もちをついたゴミの頭を蹴り飛ばして――ああ、いけない。そこまでやってはダメよ。
ああ、気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
なんで、こんなゴミに触られなければいけないの。
自分が一体どうなったのかさえ分からないように呆けるゴミをその場に捨て置いて、私は出来るだけ速足で廊下を進む。
ああ、いやだ、こんなの嫌だ。
放課後に残らされたせいで、たっちゃんも愛利栖ちゃんもとっくの昔に家に帰ってるだろう。
いやだ、いやだ、いやだ、
わたしを、ひとりでおいていかないで。一緒が良いの。二人と一緒じゃなきゃ、私は耐えられない。
できるだけ早く、一秒でも早く帰らなきゃ――
「待ちなさい。珠樹」
何か、いた。
ああ、あいつが、いた。
よくも、
ぬけぬけと、私の前に、その顔出せたわね?
「……何でしょうか? アンダーソン先生?」
「嫌ねえ、『騎士姫』でいいわよ。そっちの方が呼びやすいでしょ? 『殲滅兎』」
「……何の用? リアルでその名前呼ばないでほしいんだけど?」
ゲームの中じゃ若作りしてるけど、変わらない金色の髪と碧色の眼。
生徒からの人気があるって話は聞くけど、そんなこと私にとってはどうでもいい。
私の達也と、愛利栖に馴れ馴れしく近づくこいつは、私の敵だ。
「生徒会長投げ飛ばして素知らぬ顔して帰ろうとするんじゃないわよ。気に食わないのは分かるけど、ここは現実よ? 叩きのめすのはゲームの中だけにしておきなさい」
「……これは失礼しました。肩を掴まれて驚いてしまいましたので」
「ま、あんなセクハラかますおバカはどうでもいいわ。田辺先生に任せてあるから、そこらへんはしっかり調教してくれるでしょ」
どうでもいい
ほんとうに、どうでもいいのよそんなこと
「……お話は以上ですか? すみません。急いで帰りたいので――」
「そんなに新藤君、いえ、シン君に会いたい?」
目の前が、赤く染まる。
こいつ、なんて言った?
たつやと、シンちゃんが、おなじだって、こいつしってたの?
しってて――
「この……阿婆擦れ……よくも私のたつやに……」
「……最初は知らなかった……って言っても聞く耳持ちそうにないわね。ますますわからないわ。前にも聞いたと思うけど、何で貴女、このゲームやってるのよ?」
気が付いたら、私は自室のベッドで横になっていた。
制服のまま、髪留めも外さずに横になるだなんて、普段の私からすれば有り得ない。
せめて、学校くらいは完ぺきにこなそうと努力してるんだもの。
普段は自分でも抑えが効かないくらい、たっちゃんと愛利栖ちゃんに甘えてしまうダメなお姉ちゃんだから、せめてそれくらいはやろうとしたんだもの。
でも
だけど
「たっちゃん……愛利栖ちゃん……おねえちゃん、もういやだよぅ」
ずっと、三人でいたい。
他の奴らなんてもうどうでもいい。わたしと、たっちゃんと、愛利栖ちゃんの三人だけいればそれでいい。
折角、あのゲームを始めたのに。
あのゲームの中でなら、私たちは現実よりもずっと長く一緒にいられると思っていたのに。
「なんで、あんな奴がいるのよ……どうして私の邪魔するのよ……もう、いやぁ」
いつのまにか切った唇が、やけに痛くて。
「あれ、アンダーソン先生。その唇どうしたんです?」
「ああ、田辺先生。ちょっと転んじゃって」
生徒指導の田辺先生は、こういう所目ざといのよね。流石は元警官ってところかしら?
職員室には、まだまだたくさんの教師たちが残って残業を続けていたわ。
頭の寂しい教頭が若いころに比べれば、事務的内容やクラブ活動の監督をアウトソーシングできる分ずっと効率的に業務出来るようになったとは言うけど、逆にその分より細かい生徒たちのケアにマネジメントは必須だし、それに加えて授業カリキュラムのPDCAも回さなきゃいけない。
結局、やらなきゃいけないことが際限なく増えていくせいで業務量が膨大だという事は一緒なのよね。
今も昔も、教師という生き物はワーカホリックなのかもしれないわ。
「大蔵には少しきつく言っておきました。まあ、暴走するのは若者の特権でしょうが、それにしても紳士的な振る舞いというものは考えなければね」
「昔に比べれば、今の子供たちは随分紳士的になっていると思いますよ」
「……ま、表面上は確かに、ね。……しかし、仲村姉が、ね。気を付けてあげてください。大分、崩れかかってるみたいですから」
ええ、全くです。
普段の珠樹なら、そもそも生徒会長に追いつかれるように動かない。
完璧な優等生の仮面が、ここ最近明らかに剥がれ始めてるのよね。
……うん。まあ、さっきの私のアプローチの方法がまずかったってのは反省するけど、幾らなんでも教師に問答無用で殴りかかってくるとか、普段の彼女なら絶対にありえないわ。
ゲームの中で起こったことだから、ゲームの中の関係性に近い形で話をしてみようと――した時点で最悪だわ。私、カウンセリングの講習でも受けようかしら?
そもそも、あの子私の事が死ぬほど嫌いなんじゃないのよ。
「ま、収穫はあったからいいか……『誘わなかったらよかった』か……」
必死の形相で私に殴りかかってきた珠樹が、最後に泣きそうな表情で呟いた言葉だった。
「……つまり、新藤君たちを誘ったのはあの子ってことよね。……そういうことか。やっとわかったわ」
学校成績の評価項目だけで見れば、成程彼女は完璧だ。
およそ、彼女以上に理想的な生徒など存在しないと思えるようなレベルで、優等生としての彼女は作られている。
ただし、彼女の唯一にして最大の欠点――妹と幼馴染に対する病的なまでの独占癖と依存癖に触れることがなければ、の話だが。
そんな彼女が、いくら少し特殊な文化のあるゲームの中だからとはいえ、どうして「最悪のPK」なんて呼ばれる行動をしていたのか。
そもそも、ゲームとほぼ無縁のイメージしかないあの子が、なんでVRMMORPGのβテスターなんてやっていたのか。
いくら考えてもつじつまが合わなかったのが、その一点でようやく結実する。
「……めんどくさい真似するわね全く……そもそもあの子、ゲームなんて目的じゃなかったんじゃない。」
一応、あの子はあの子なりに自分の欠点を矯正しようと努力はしたんでしょうね。
ただし、全然うまく行ってないけど。
というか、プランがガバガバすぎてツッコミどころしかないわ。なんであの子普段は完璧なのに感情が絡むと急激にポンコツ化するのよ。
これ、マイナスのスパイラルに入る分岐点にまで突っ込んじゃってるじゃない。
「どうするかなぁ……このままじゃいつか新藤君や妹ちゃんまで共倒れになりかねないわ」
「そうねえ、なら、ちょっと荒療治でもしてみる?」
うわびっくりしたああ!!
「し、指導主任! いきなり背中に立たないでくださいよ!」
「あら? 心外ねえ。おばさんそんなこっそりしてたつもりないわよ?」
柔和そうな表情に、ニコニコと微笑みを絶やさない彼女は、正直本性が全く読めない。
「仲村さんの事でしょう? あの子、最近特に不安定になってきてるのよね……シャルちゃんはあの子と同じゲームで遊んでるのよね?」
「うっ、ま、まあそうですけど……さすがにそこはプライベートで……」
「ふふ、貴女の方をとやかく言うつもりはないわ。少し荒療治というのはね――」
――――――は?
「え? いいんですか? いやだって……ええと、ここ学校ですよ?」
「何を当たり前のこと言ってるの。教師が生徒に教育指導をする場所なら、どこであろうと学校のようなものよ。それが別に仮想現実の世界だって、何の不都合があるのかしらね?」
「えー……いや、それは流石に……」
「それにね。自分の足で目的をもって踏み出した子どもが運悪く迷子になっているのに、手を引いて連れ戻してあげない大人がいますか。最終的に彼女がどの道を選ぶのかは彼女の自由だけど、最初の目的から流されて離れるのであれば、せめて自分の立ち位置がわかるところまで連れ戻しなさい。教師の職務よ」
……何たる屁理屈。
何時の時代の教師論よそれ。金〇先生じゃないんだから……。
はあ、教師ってほんとワーカホリックだわ……。
ご覧いただきありがとうございます。
次回、最後の掲示板回です。
7/4 一部改訂




