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ココアとチョコレート②

 次の日の朝食後、調理場にはシエナと料理人達の姿があった。


「では、今からチョコレートとココアというお菓子と飲み物を作りたいと思います」

 シエナの宣言に、料理人達はパチパチと拍手をする。

「ただ、先に言っておきます。今回作る物は非常に手間がかかります。手間をかければかける程美味しく仕上がりますが、相当な時間がかかると思っていてください」

 レシピを教えてもらう為に、料理人達はシエナの手伝いを買って出ていた。


「ちなみに、調理で今まで一番時間がかかった単純作業って何かありますか?」

 時間のかかる調理は山ほどあるが、単純作業に絞られると意外と少なくなる。

 そして、単純作業に慣れていれば苦でもないかもしれないので、シエナは質問をしてみた。

「そうだな…。もやしの髭を黙々と取る作業で3~4時間くらいかかったかな」

 簡単に見えてもやしの髭を取る作業は意外と大変である。

「ぁ~…あれ、大変ですよね。ですが、まだもやしの髭を取っていた方がマシだと思えるレベルです」

 シエナの言葉に、料理人達は少し驚きの表情を見せる。

 一体、どんな単純作業が待ち受けているのか、と…。


「では、昨日すでに割って洗っておいたこちらがカカオ豆というものです」

 シエナはアーモンドのような豆が入ったボウルをテーブルの上に置く。

 料理人達は初めて見るカカオ豆をそれぞれ手に取って観察をする。


「これを今から30分くらいかけて焙煎していきます。カカオ豆はまだまだあるので、手分けして焙煎していきましょう」


 そしてシエナ達は手分けしてカカオ豆をフライパンで焙煎し始めた。



 30分程が経過し、調理場にはカカオ豆からチョコのような香ばしい香りが漂う。

「良い感じです。では、次は一旦熱を冷ましてから一粒一粒皮を取っていきましょう」

 そして始まる地道な作業…しかし、これはまだほんの一端にすぎない。


 焙煎をしたカカオ豆の皮むきが終わり、シエナは次の作業に取り掛かる。

 この次の作業が、カカオ豆からチョコレートを作る一番の手間なのであった。

「では、今から一番大変な作業に取り掛かります。このカカオニブをめん棒で磨り潰していきます」

「大体どれくらい磨り潰せば良いのですかな?」

 料理長の質問に、シエナは「う~ん…」と首を捻って考え込む。


「そうですね…大体70時間…」

 その呟きに料理人達は吹き出し、更に咳込む。

「……70時間磨り潰せばかなり滑らかなチョコレートが出来るのですが、はっきり言って現実的ではないので、まぁ…3~6時間くらいですかね」

 それでもかなり時間がかかるのではあるが、70時間という途方もない時間に比べると10分の1以下であるその時間は現実的であった。

 そして、先にかなりの長時間を提示していたせいで、料理人達の思考は少し麻痺してしまっていた。


(フードプロセッサー的な何かとかあれば楽なんだけどなぁ…そんな便利な電化製品なんてないですし…魔力で動くミキサー的な物でも作ってみようかな?)

 ここにきて、シエナは新たに作りたい道具を1つ思い浮かべ、他にも調理がしやすくなる道具は何かないかと考えるのであった。



 それから3時間程の時間が過ぎた。

 調理場内ではゴリゴリとカカオニブをカカオマスへと磨り潰す音だけが響き、皆、額に汗を滲ませていた。

 見た目ではすでにかなり細かく砕かれている。にも関わらずまだまだ続く単純作業。

 一体いつまでこの作業を続ければ良いのやら、と料理人達は手伝いを買って出た事を後悔し始める。


「あ、そろそろ昼食の準備をしないといけないのでは?」

 同じ作業をしていたシエナの言葉に、料理人達は「そうだ!昼食の準備をしなきゃ!」と一斉に作業を中断して昼食の準備に取り掛かる。

 その行動の早さに、料理長も思わず苦笑いをするほどであった。


「じゃあ、私はこの間にココアパウダーとココアバターでも作っておこうかな」

 シエナは別で分けておいたカカオニブでカカオリカーを作り、持ってきていたアルカリ炭酸カリウムで中和させようと考える。

「それはなんですか?」

 料理長がシエナの出した白い粉のような物を見て、一体なんだろうと質問をする。

「これですか?植物の灰で作りましたアルカリ炭酸カリウムという物です。ココアパウダーと言う物を作る前にアルカリゼーションする事で、酸味や渋みが改善されて良いココアができるようになるんですよ」

 ちなみに、このアルカリ炭酸カリウムは、他にも液体石鹸やラーメンの麺のかんすい代わりにも使用されている。


 シエナの説明に、料理長の頭の上には「?」が浮かんでいたが、シエナは気にも留めてなかった。

「さて、今度はまたこれを磨り潰さないとなぁ…」

 シエナはげんなりとしながら、めん棒を手にする。


 若干、腕が疲れてきていたので、身体強化の魔法を使い、更にめん棒にも魔力コーティングでもしようかなと考えたところで、シエナは妙案を思いつく。

「そうだ、魔法で磨り潰してみよう」

 イメージ力さえあれば、かなり自由度の高い魔法が使える世界である。

 カカオニブを粉々にする超振動を与えるイメージを魔力に乗せれば、きっとできない事はないとシエナは判断する。

(あとは、粉が飛び散らないように工夫をしないと…)

 超振動+風魔法で、小さな竜巻のような物を作り出し、尚且つそこから粉が飛び散らないように更に魔力で見えない壁を構築する。

 少し慣れないイメージではあるが、シエナの頭の中では「こうすればきっとできる」と言う具体的なイメージが沸いているので、カカオニブの入ったボウルを持って、隣の部屋へと移動する。


 隣の部屋へ移動したのは、万が一失敗した時の被害を抑える為であった。

 シエナは少しドキドキしながら、先ほど思いついた魔法をイメージし、魔力と共に放出をする。


「良かった。成功した」

 シエナは、目の前で起こる小さな竜巻の中で、細かく砕かれていくカカオニブを見て笑顔を漏らす。

 細かく砕かれたカカオマスが、風により巻きあがり、見えない魔力の壁に当たって上空に停滞する。


 全てのカカオマスが巻き上げられると、一旦竜巻を解除して、再びボウルの中へとカカオマスを戻し、再度竜巻を起こして更に細かくしていく。

「ミキサーの魔法が作れて良かったです。名前を付けるならば、竜巻ミキサーですね」

 シエナは魔法に名称を付けた後で「ハリケーンの方が良かったかな?」と、二重の意味で危ない技の名称を考えるが、「ま、どっちでもいっか」と、とにかくカカオマスを細かく砕くイメージを崩さないようにして魔法を使用していく。


 何度も繰り返しカカオマスを魔法で砕くと、やがて細かく砕かれ過ぎてどろどろの半液状となったカカオリカーが出来上がる。

 シエナはカカオリカーにアルカリ剤を添加して、別の魔法を使用して脂肪分を分離させる。

「魔法が使えて良かった。かなり手間が省けました」

 本当はカカオリカーを圧搾機で圧搾しようとしていたが、魔法のおかげで綺麗に分離させる事ができた。


 結果、シエナの前には圧搾しなかった為かあまり固形にはなってないココアケーキと、ホワイトチョコレートのような色をしたココアバターが完成していた。

 そこからさらにココアケーキを竜巻ミキサーで細かく砕くと、ココアパウダーの完成である。


「あとは、砂糖と粉乳でも入れて味を調整しようかな」

 このままでは苦いココアになるだけなので、少し甘めに調整しようと考える。

 シエナは小分けしたココアパウダーにお湯を注ぎ、ココアを作る。

 そのココアに、少量ずつ砂糖と粉乳を混ぜ、味を調節していく。


 何度かそれを繰り返し、ほどよい甘さになったところで、ココアパウダーに対しての分量を計算し、砂糖と粉乳を混ぜる。

「よし、これでココアの完成ですっと」

 甘さが足りない場合には砂糖を追加すれば良いし、ミルクが欲しいとなれば、それもミルクを入れれば良いだけである。


 シエナは早速、料理長にココアの試飲を申し出る。

「これ、今作りましたココアと言う飲み物です。ちなみにこっちが何もせずにお湯で溶かしただけのココアです」

 シエナは二種類のココアを料理長に差し出す。

 片方は何も味を調整していない為、かなり苦い飲み物である。


「ほう、これが今さっきの豆から作った飲み物ですか。では、まずは何も味を調整をしていないほうから…」

 料理長が早速試飲をする。


 他の料理人達も調理をしながら様子を覗っている。

 後で自分達も飲んでみたいが、その前に料理長の反応が気になったからだ。

「む…これはかなり苦いですな…」

 一口飲んだ瞬間に、かなりのしかめっ面である。


 料理長は水を飲み、うがいをしてから味が調整してある方のココアへと手を伸ばす。

「お、これはおいしいですな。さっきまでのただ苦いだけのと違って、飲みやすい」

 料理長の言葉にシエナもにっこりと笑顔になる。

「これも、色々と淹れ方があって、今回はお湯で溶かしただけですけど、これに冷たい牛乳を入れたり、ホットミルクで溶かしたりしても美味しいんですよ。今は夏なので、アイスココアが一番ですけどね」

 ちなみに、今料理長が飲んでいるのはアツアツのホットココアであった。


「さて、さっき編み出した魔法で、カカオマスをもっと細かくしようっと」

 ココアもばっちりだったので、シエナは先ほどまで全員で磨り潰していたカカオマスをもっと細かくしようと行動を移す。

 料理人達は、そのシエナの魔法を見て、驚きと共に「さっきまでの俺達の苦労は一体…」とがっくりと項垂れるのであった。




 一方その頃…。


「すごい!これは快適だ!」

 レクスは、ルクス達と共にシエナの作った新型馬車の試乗をしていた。

 揺れを感じず、ちょっとした段差もスムーズに進めるその馬車にレクスは感動を覚える。


 ある程度試乗をしたところで、レクスは馬車を降りてどのような仕組みになっているのかを覗き込んで確認する。

 それぞれの車輪が独立していて、衝撃をサスペンションで吸収するその仕組みに、レクスは思わず「なんでこういう発想が自分達には出てこなかったのか!」と悔しがる。


 機工を確認した後に、今度は車輪を調べ始め、レクスは車輪に巻かれている黒く弾力のある物質が何なのかを疑問に持つ。

「兄さん。これは一体何なのですか?」

「それはスライムらしいよ。スライムを火で炙ると、こんな感じになるらしい」

 ルクスとレクスは生きている状態のスライムを見た事がないので、タイヤの代わりに使われている物体がスライムと言われてもピンとは来ていなかった。


「俺は一度だけスライム討伐に行った事があったけど、その時に火魔法を使える奴が焼いた時に確かにこんな感じで黒くなってたな。でも、それを車輪に使おうなんて発想は全然なかったな」

 過去に実物のスライムを見た事のあるティレルだけが、当時を思い出しながらタイヤを触る。


「シエナが言うには、これはゴムって物質の代用らしい。別になくても問題はないけれど、あった方が更に衝撃を吸収できるし、車輪の耐久が上がるそうだ」

 受け売りではあるが、ルクスはシエナから聞いた事を説明する。

「ゴムって言う物質は、特別な木から取れるそうで、その木はおそらくこの国にはないってシエナは言ってたわよね」

 同じように説明を聞いていたケイトも、補足説明を行う。


「なんでシエナはそんな事を知ってるんだい?」

 誰もが思っている事をレクスは質問をする。

 その質問に答えられるのは、シエナ本人とルクスだけであり、他の者は「なんでだろう?いつも『生まれ持っての知識です』としか言ってくれないから」としか言いようがないのだった。


 それからもう少しの間だけ試乗走行をし、テスタの館に帰ったルクス達。

 館に入ったところで、通りかかった使用人がルクスの姿を見るなり笑顔で近寄る。

「ルシウス様、丁度良かったです。国王様よりお手紙が届いております」

 使用人は先ほど届いたと思われる手紙を取り出し、ルクスに手渡す。


 ルクスは、なんで父上から手紙が?と、首を傾げるが、ティレルが「テミンを出る時に手紙を出していたから、それの返事じゃないかな?」と言うとポンと手の平を打ち、手紙を出していた事を思い出す。

「しかし、グラハムの所に届ければ良いのに、わざわざテスタの方に届けるとはな」

 そう言いながら、ルクスは手紙を開き、書いてある事を読み始める。


 手紙の内容は、前半は調査に関する事への返事ではあったが、後半からはシエナに関する質問ばかりであった。

「まあ、そりゃあれだけシエナの事を書けば気になるよな」

 手紙を読みながら、ルクスは父である王がシエナの事に興味を持った事に内心ほくそ笑む。

 いきなり「結婚相手の候補です」と目の前に連れていくよりも、こうして「シエナがどれだけ素晴らしい人物か」というのを手紙で書き記しておけば、門前払いも受ける事はないだろうと考えての行動であったが、思い通りに事が進んでいる事に、ルクスは悪い笑顔で笑う。


「ん?リクエストがあるな。『自動的に音楽を奏でる楽器』?これはいくらシエナでも無理じゃないかな…」

 テミンを出る際に追記した「こういうのあったら便利だな。って思うのない?」という内容に対する返信で、王様がリクエストしたのは音楽に関する事であった。



 現在の王様がまだ王になる前の、丁度ルクスと同じ年の頃、彼には妹がいた。

 彼の妹である王女は音楽が大好きであり、楽器を集めては自分で演奏をしていたくらいであった。

 そんな音楽が大好きであった王女は、12歳という若さでこの世を去ってしまった。


 寒い冬の時期に急に体調を崩し、高熱にうなされながら病死した王女。

 使用人の一部も、王女と同じように体調を崩して亡くなった者もいた。

 この世界の人々にとっては原因不明の病死であるが、地球の病院で診断すればすぐに病名は把握できる病気である。

 ちなみに、その病気とはインフルエンザである。


 対処法もわからず、特効薬もないこの世界では、重いインフルエンザに罹ればほぼ命はない。

 病名すら判明していないのだから。


 大切な妹を亡くしたその頃の王様は、王女の事を忘れない為に、それまであまり触れる事のなかった王女が大好きだった音楽に触れ始めた。

 それは今でも続いており、特に王女の命日には音楽家を呼び鎮魂曲(レクイエム)を必ず演奏してもらっているほどである。


 そうやって音楽に触れ続けた人間が新たな音楽に興味を持たないわけがない。

 もしも、誰も演奏をしていないのに自動的に音楽を奏でる楽器があるのであれば、是非とも欲しいと王は前々から思っていたのであった。




「まあ、聞いてみるだけ損はないだろ。もしかすると、シエナならそういうの本当に作りだせるかもしれないし、それが作れたら陛下も喜ぶのではないかな?」

 ティレルの言葉にルクスは「それもそうか」と、手紙をたたみ始める。


 丁度昼食が運ばれ始めた時であり、タイミングはバッチリであった。

「あ、シエナ。おはよう」

「おはようございます」

 すでに昼ではあるが、シエナは早くに朝食を食べ、それからずっと調理場で料理人達とチョコレート作りをしていたので、この日、シエナがルクス達と顔を合わせるのはこれが初めてである。


「シエナさん、おはようございます。先ほど馬車を試乗したのですが、とても素晴らしい物でし…た…?」

 レクスもシエナに挨拶をして、シエナの顔を見て馬車の感想を述べる。

 その時、言葉の最後が疑問形になったのには理由があった。


「どうしました?」

 シエナが首を傾げてレクスに質問をする。

「い、いえ…。なんでもありません」

 レクスは慌ててなんでもないと言うが、その表情は何か腑に落ちない表情をしていた。


「あ、わかった。シエナが昨日と違って美少女じゃないから違和感を感じたんだろ?」

 一応は血の繋がっているルクスは、レクスが抱いた疑問にピーンと来て、代わりに答える。

「に、兄さん…っ!」

 図星ではあるが、レクスはその疑問を飲み込んでなんでもないフリをしたのに台無しである。


 昨日のシエナは、ナチュラルメイクでかなりの美少女であった。

 そして、今は何も化粧をしていない状況である。

 今でも素朴な可愛さはあるが、レクスのシエナとの初対面はナチュラルメイクをして美少女化していたシエナである。

 当然、シエナの顔を見た瞬間に違和感しか感じられなかった。


 なので黙っていたのに、兄のルクスがデリカシーなく図星をついた事に、レクスは盛大なため息を吐く。

 そして、頬を膨らませ、怒ったシエナにルクスが平謝りをする光景を見て「だめだこの兄、早くなんとかしないと…」と感じるのであった。

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