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ココアとチョコレート①

「それで、前に立ち寄った港町で、隣の大陸でかなり高額で取引されている薬となる珍しい実が売られていてね、それなりの量を手に入れる事ができたから調査の途中報告ついでに父上に土産として渡そうと思って、王都から一番近い港町のヴィッツに来たって訳なんだ」

「じゃあ、父上に会ったら俺も元気にしてたって報告しておいてくれよ。それで、どんな実を手に入れたんだ?」

 珍しい実と聞いて、シエナも興味津々に身を乗り出して話しを聞いている。


「じゃあ、一個持ってくるから少し待ってて」

 そう言って、レクスは馬車の方へ向かっていく。

 馬車に着いた際に、乗組員と少しだけ何か話していたが、目的の実を一つ渡されるとレクスはルクスとシエナのところへと戻ってくる。


「お待たせ。皆にもう少しだけ待っててくれって言ってたんだ。それで、薬の実はこれだよ」

「こ、これは…!」

 レクスが差し出してきた実を見て、シエナは驚きの表情を浮かべる。


 差し出してきた実は、ラグビーボールに形が似ていて、ラグビーボールよりもほんの少し小さめの焦げ茶色の実であった。

「これって、()()()の実じゃないですか!?」

「ん?そんな名前だったかな?違ったような気がするけど…」


 シエナは、あくまでも地球の言葉をこの大陸で使われている言語に自分流に翻訳しているだけであり、地球にある物と同じ物であっても、まるっきり同じ名称で呼ばれているわけではない。

 しかし、違う名称で呼ばれている実ではあるが、それはまごうことなくカカオの実だった。


「シエナ、この実の事知ってるのか?」

 カカオの実を見た事のないルクスは、ヘンテコな形してるなぁ、と思いながらシエナに質問をする。

「えぇ!この実があれば、チョコレートとココアという素晴らしいお菓子と飲み物が作る事ができます!」

 シエナは興奮しながら、頭の中でチョコレートとココアの作り方を思い出す。


「このカカオの実、譲ってください!それも1つや2つではなく、全部です!」

 シエナはレクスに掴みかかる勢いでカカオを譲ってくれとお願いをする。

 その表情は獲物を狩る野生の動物のような目付きであり、レクスが断れば「殺してでも奪い取る」を実行しそうなくらいの怖い表情であった。


「だ、だめだよ!これは薬の原料になるって言うから、父上へのお土産としてわざわざ仕入れたんだ!」

 レクスとしても、国王である父への土産を知り合ったばかりの少女に譲るわけにもいかない。

 しかも、カカオの実はいくつか購入はしているが、それなりの値段となっているので実1つ取ってもそう簡単に渡せるような額ではなかった。


「じゃあ、買い取ります!2倍の金額でも3倍の金額でも良いです!」

「いや、簡単にそう言うけど、ただの宿屋の娘が払える金額じゃないよ!」

 その言葉を聞いた瞬間、シエナは肩にかけていたバッグから全財産を取り出す。

「これだけあれば絶対足りるはずです!53万リウスあります!」


 レクスは呆気にとられた。

 ずっしりと重いその巾着袋の中には、ぎっしりと金貨が詰まっていて、何故こんな大金を持ち歩いているのかという事と、よくこんなに小さな子がこれだけ重い物を軽々と持ち運べるものだと疑問に感じていた。


「絶対、薬にするよりも、もっとも~っと、良い物にします!絶対に後悔させません!だからお願いします!譲ってください!もちろん、それで作り上げたチョコとココアは、タダで譲るので!」

 シエナ、必死である。


「レクス。俺からもお願いする。シエナに全部売ってやってくれないか?」

「兄さん!?」

 突然のルクスによるシエナへの助け舟に、レクスは驚く。


「チョコレートとココアってのがどんな物かは想像もつかないが、シエナがここまで必死になるって事は、その実を薬として使うよりもずっと価値のあるものになるって事なんだろう」

 シエナはコクコクと頷いている。

 他の食べ物であったり、作り出された道具の数々の実績で、ルクスはシエナの作り出す物に絶対の信頼を寄せている。

 そして、薬の原料となる実で、一体どんなお菓子と飲み物を作るのかにも興味があるのであった。


「どうせ薬って言っても、中のカカオ豆を磨り潰して粉状にしただけのものですよね?一応、カカオ豆の成分にカフェインやポリフェノールなども含まれてるので全く効果がないってわけじゃないですが、それだとかなり苦いだけの物ですよ?」

 レクスは、何故他国で生産されていて、自国内には滅多に輸入される事のない実について詳しいのか少しだけ疑問を持つ。

 それと同時に、聞いた事のない単語に首を傾げていた。


「薬であれば、薬草などを煎じた物の方が効果がありますよ。何種類かの漢方薬なら私は調合できます。それも付けますので、どうか、どうか譲ってください…」


 レクスは深いため息を吐く。

「わかりましたよ。そこまで言うなら譲ります。お金は仕入れ値に運搬費と手間賃を上乗せしたくらいを頂きます」

 レクスの言葉に、シエナは「やったー!これでチョコレートとココアが作れます!」と両手を挙げて喜ぶ。


「わかってると思いますが、本来は国王へ献上する予定だった物という事を覚えておいてくださいね?国王様は知らないとはいえ、あなたはそれを横取りした形になっているという事も」

「はい、肝に命じます」

「では、少し待っていてください。残りのお金を先に返します」

 レクスはシエナの渡した巾着袋から数枚の小金貨と銀貨を取ると、残りをシエナに返却する。


 シエナにお金を返した後は、レクスは仲間の下へと向かう。

 仲間の商人達が少し驚いたような表情をしていたのは、カカオの実を全部売り払ってしまったという事実を伝えたからだろう。

 そしてしばらくして、4台あった馬車は1台だけを残して走り始めた。


「お待たせしました。兄さんはどちらに宿泊されてるのですか?やはり、テスタさんの館ですか?」

「あぁ、そうだよ」

「では、そちらに向かいましょうか。乗ってください」

 レクスはルクスとシエナに馬車に乗るように促す。

 荷台には様々な商品が積まれていて、空いているスペースに二人は腰を下ろす。

 御者はいなく、レクスが手綱を握る。


「他の人達はどうしたんだ?」

 ルクスは先に行ってしまったレクスの仲間を心配する。

「5日間の臨時休暇を与えました。ここのところずっと船で移動ばかりだったので丁度良い機会だったかもしれません」

 レクスはルクスと違ってしっかりと仕事をしているので、時間自体は有り余っている。

 本当は王都でしっかりとした長期休暇を取らせる予定であったが、長い船旅を終えたばかりである今の方が休暇を取るには丁度良いタイミングだとレクスは思い直す。

 だからと言って、王都での長期休暇がなくなる訳ではないので、仲間の商人達は喜んでいた。



「この馬車…従来式のですね」

 非常にガタガタと揺れる馬車内で、シエナはげんなりとした表情で呟く。

「シエナの作った馬車だったらここまで揺れないもんな。なんて馬車だっけ?」

「独立懸架式馬車です」

 シエナの答えにルクスは「そうそれ、あの馬車は良い馬車だ」と、頷きながらシエナを褒める。


「兄さん。その独立懸架式馬車って何?」

 御者台で手綱を握りながらルクスとシエナの会話を聞いていたレクスは、しばらくの間は遠方にいた為にシエナの作った馬車の事は知らなかった。

「シエナが作った揺れがかなり軽減された馬車だよ。王都で今量産に取り掛かってるから、レクスも帰ったら新しい馬車をもらうと良いよ。試乗するならテスタの館に俺達が乗ってきたのがあるからそれに乗ってみると良い」


 揺れがかなり軽減された、と言われてもあまりピンと来ないレクスは、とりあえず明日辺りにでも試乗させてもらおうと考え、そして何故宿屋の娘が新型の馬車を作ったのかが気になった。

「話しを聞く限りだと、シエナは色んな物を作り上げてるそうですが、何故そんな発想に?」

「この世界はまだまだ不便なところが多いですので」

 レクスにとって少し意味のわからない返答が返ってきたが、前世が日本人であるシエナにとっては、色々な面で不便さを感じているので、少しでも良くなるようにと思い出した物はメモを取って、自分で作れそうな物は作り上げていっているのであった。


「シエナはほんと色々と作ってくれてるよ。その中でも一番はやっぱり料理かな。シエナの作る料理はどれも美味しいからレクスも食べさせてもらうと良いよ」

 ルクスのべた褒めにシエナは頬を押さえ、身を捩りながら照れる。



 そんな会話を繰り広げながら、シエナ達は一旦町を出て、大回りをしてからテスタの館へと帰り着く。


 館の前では、馬車に乗るレクスを見かけた誰かが報告をしたのか、フリート達が待っていた。

「これはレミウス様。ようこそおいでくださいました」

 御者台から降りたレクスにテスタは歓迎の挨拶をする。

「突然の訪問失礼します」

 レクスも丁寧に挨拶を返す。

 シエナとルクスは、レクスが挨拶をしている間に荷台から降りてテスタ達に姿を見せる。


「あら、ルシウス様達も一緒だったのですね。デートは楽しかったですか?」

 テスタは、何故他にも仲間がいるはずのレクスがわざわざ御者をしてやってきたのか疑問に思っていたが、2人の姿を見て大体の事を察する。

「非常に楽しかった。少しトラブルもあったけど、それも含めて、な」

 ルクスの答えに、シエナは少しだけ気恥ずかしそうにする。


「それは良かったです。レミウス様もお疲れでしょう。すぐに部屋を用意致しますのでごゆっくりくつろいでくださいませ」

 とりあえず、詳しい話しは後で聞く事にしたテスタは、先に館の中へと案内をする。


「あ、待ってください、レクスさん。先にカカオをください」

 シエナはマイペースにもカカオを催促する。



 使用人達に手伝ってもらい、シエナは馬車に載っていたカカオを全て調理場へと運びこむ。

 調理場では料理人達が夕食の準備をしているところであり、シエナは邪魔にならないところにカカオの実を置かせてもらう。

「見た事ない実ですな。それはデザートか何かにされるので?」

 気になった料理長がシエナに質問をする。


「いえ、これはそのままでは食べれません。美味しいお菓子に加工するのです」

「ほう、どんなお菓子になるのか見学させていただいても?」

 他の料理人達も会話が気になったのか、手を止めて盗み聞きをしていた。


「もちろんです。ただ、かなり手間がかかってしまうお菓子なので今は実を割って中の豆を取り出すところまでにしておいて、明日の朝に作ろうかと思っています」


 シエナは前世で、カカオからチョコレートを作った時のことを思い出す。


(前世では、もう二度とカカオから手作りでチョコレートを作るもんかって思いましたけど…まさかまたカカオからチョコレートを作る事になるなんて思ってもいませんでした)

 カカオからチョコレートを作るのは、かなりの手間がかかってしまう。

 手間をかければかけるほど滑らかで口どけが良くなる美味しいチョコが作れるのだが、シエナの前世はその手間のせいで「普通に市販品のチョコを買った方が安くて美味しい」と判断をし、二度とチョコを作ろうとはしていなかったのである。


(この世界には多分チョコレートはまだ存在していないと思うので、自分で作らないといけないのはしょうがないですよね。前世なら絶対に多少お金を使ってでも高級チョコを買ってましたよ)

 心の中で前世の自分に対して苦笑をしつつ、シエナはカカオの実を割り始めた。

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