【プロローグ】
いらっしゃいませ。『宝衣閣』、本日開店でございます。
手前、まだ新人でございまして、不手際ございましたら、何卒ご容赦を…
では、お楽しみくださいませ。
(張り扇、パパン! と小気味よく鳴り響いて)
東西、東西――。 お立会い、ちょいとお耳をお貸し願いたい。
さてさて、本日語り置きまするは、かつてその凄腕と神速の太刀筋を以て天下江湖に名を轟かせました、かの名高き女侠客・十三妹様のお話……かと思いきや、さにあらず!
そのお孫さんにあたる、あるお転婆なお嬢様のお話でございます。
姓を「何」、名を「蓮」と申します。
そもそも、この「蓮」という名がつきましたのには、世にも不思議な謂われがございまして。
何蓮様がおぎゃあと産声をあげられたその刹那、屋敷の庭池に植えられておりました蓮の花が、時節を違えず一斉にパッと大輪の花を咲き誇らせたのでございます!
これだけでも尋常じゃあございませんが、話はこれだけに留まりません。
お母上がまだ何蓮様を身ごもっておられた頃のこと。
度々その夢枕に「天妃様」「天上聖母」と尊崇集める海の守護神「媽祖様」こと、林默娘様が、瑞鳥たる鳳凰を従えた可憐な少女の姿でスッとお現れになった。
その鳳凰の首筋を優しく撫でながら、手招きをしては、燕京(北京)の屋敷から見て南南東の空を高々と指し示されたという。
なんとも摩訶不思議な瑞兆ではございますが、天の啓示、めでたい吉兆に相違ないということで、名を「蓮」。 また、林默娘様のお手つきの子だということで、神様と養子縁組をする儀式を執り行い、見事、契媽契女の親子関係を結びましてございます。
幼名には默娘様から一文字あやかり「蓮娘」、契女名を「黙蓮」と呼ぶことと相成りました。
さて、この尋常ならざる神々しい誕生の逸話に、誰よりも大興奮いたしましたのが、歴史狂いにして考証好きの曾祖父・安学海先生と、科挙に及第し文官の頂点に上り詰めた祖父の安驥様でございます。
「これぞ天啓なり! 媽祖様が指し示された南南東の地にこそ、何かに導かれた奇縁があるに相違ない!」と鼻息を荒くしておりました。
のちに幼い何蓮様が、燕京より南南東の果て、契母たる媽祖様の聖地「湄洲島」へお参りに赴いた際。
その対岸にある福建は莆田、文甲という港町を訪れて「ここ好き!」と無邪気に叫んだのを、この親バカな祖父たちが「ついに媽祖様の神託の地を見つけたり!」と大騒ぎしてその高台の土地を買い占め、立派な屋敷をドーンと建ててしまったという因果がございまして。
実はこの屋敷こそが、のちに何蓮様が根城とする「宝衣閣」の土台となるのでございます。
(張り扇、パパン!)
さて、祖母たる十三妹様は「英雄は数多けれど、女性の慈愛を兼ね備える英雄は十三妹のみ」とその名を江湖に知られ、英雄の気概と女性の慈愛を併せ持つ英雄の中の英雄、侠客の中の侠客と言われた方でございます。
倭刀――すなわち日本刀をひとたび抜けば、立ち向かえる者など天地を探しても一人としてございません! 義を重んじて財を軽んじ、悪を憎みて弱きを助く。聖母のごとく乾ききった大地に情けの雨を降らせる御仁とは、まさに十三妹様のためにある言葉。
この国の女達は男共に嫌な目に遭わせられると「今に十三妹様の天罰が降るからね」と息巻いたものでございます。
そのお孫さんにあたる何蓮様は、そりゃもうご活躍をされ、天下にその名を轟かせ、木蘭や扈三娘、三国時代の孫呉の孫夫人、蜀漢の祝融夫人なんかには負けず劣らずといった武勇を披露するかと思いきや……。 なんと何蓮様、武術そっちのけで、女性がその身を飾る服飾やその流行にばかりご執心でございます。
何蓮様には二人のお祖母様がおりまして、一人が十三妹こと何玉鳳様、もう一人が張金鳳様と申しまして、二人の血は繋がってはおりませんが、お顔が瓜二つ。
金鳳様が娘時代に悪い奴らに捕まっている所を十三妹様に命を助けられてから、十三妹を姉のように慕い、誓いを立て義兄弟ならぬ義姉妹になった間柄でございます。
金鳳様は十三妹様と違い、纏足をしており、清代の女性そのものといった方でして。何蓮様は十三妹様を敬愛し尊敬しておりますが、甘えるのはどちらかというと無条件で甘やかしてくれる金鳳様の方でございました。
その金鳳様の影響なのか、客人や下女まで綺麗に着飾った服飾に興味が湧き、将来はお縫い子さんになりたいといったものでした。
どうやら何蓮様にはそれなりの才はあったようでございまして、二人のお祖母様から着なくなった服や帽子や靴、頂いた綺麗な布の切れ端や宝飾の欠片などをもらっては自分でチクチクと縫い上げ、家人や近所の人達に見せたり差しあげたりしていたのでございます。
刀を握らせたい武門の祖母と、針と糸に心を奪われた孫娘。
祖母の厳しすぎるしごきから逃げるように海を渡り、長崎への留学を経たこの娘が、仲間たちと共にひと回りもふた回りも大きく成長して流れ着きましたのは――。
かつて親バカな祖父たちが神託大狂乱で買い占めていたあの屋敷。 康乾盛世の華やぎが行き渡る福建は莆田、文甲の港町。 眼下に媽祖様の聖地・湄洲島を望み、潮の香りとサトウキビの匂いが入り混じる、南蛮や日本の珍品が行き交う活気あふれる高台でございます。
(張り扇、パパン!)
ここに、遠い日本でわざわざ藍で染め上げた堂々たる「五枚暖簾」を掲げましたのが、表向きはハイカラな仕立て屋兼・質屋『宝衣閣』。
「古くてもお洒落な装いで、この街の人たちをもっと綺麗にするんだから!」 そんな瑞々しい審美眼を胸に、何蓮様は今日も今日とて、個性豊かな最強の仲間たちに囲まれ店を切り盛りしております。
・ 片手に鉄そろばん、片手に青龍偃月刀を持つ「関羽」の末裔・関文静。
・ 酔拳を使いこなし、街の流行を描き出す「張飛」の末裔・張勝。
・ 羽毛扇を片手に「やれやれ」とぼやく唯一の男、「智多星 呉用」の末裔・呉毅。
• そして皆から「お母さん」と慕われている、頼りになる大番頭「趙雲」の末裔・趙賢恵。
表の商いは大繁盛でございますが、ひとたび裏に回れば、抜け荷の差配から街の資金を握る「金主」として、出所怪しい質物や厄介ごとを一身に引き受ける裏の顔役でございます。
当の何蓮様はといえば、普段は「あ〜ん、面倒くさい〜」と番台で駄々をこね、大好物の「冬冬糖」をクチャラクチャラと頬張る、愛らしくも気の抜けた若女主人でございますが……。
悪党どもが理不尽を働き、ひとたびその刃に手をかけた瞬間! 空気が凍りつくような冷徹な暗殺者の顔へと変わり、
「――お祖母様、使うね」
秘蔵の日本刀が、秋水のごとき寒気を纏って一閃するのでございます。
(張り扇、パパパン、パン!)
さぁ、静かに暮らしたいと願いながらも、今日も今日とて厄介ごとが転がり込んでくる福建の港町。
仕立て屋兼・質屋『宝衣閣』の藍染め暖簾が、いまシャラリと音を立ててくぐられたようでございます。
お立会い、聞いてくだそう――。
【用語解説:媽祖様】 作中で何蓮たちが信仰している海の女神様です。高台にある宝衣閣から望める湄洲島がその聖地となっています。




