第三話 初任務と、怖がる男
初任務の朝は、あっけなく来た。
夜明け前の竜舎前広場に、新兵組が整列する。
東方哨戒線、迎撃任務。
新兵は後衛。先輩たちの戦いを、後ろで支援する位置だ。
マクスードは武者震いしすぎてライラに頭を叩かれていた。
ラアドは地面を掻きすぎて、整列位置に穴を掘っていた。竜なりの武者震いなのだろう。
似た者同士であった。
「……なあ」
隣から、小さな声がした。
見ると、同期の男が立っていた。
癖毛の、ひょろりとした男。
確か、名前は――
「ユセフ。同期の。……なあ、お前ら、なんでそんな平気な顔してんの」
ユセフ。
訓練の成績は中の中。
目立たず、騒がず、教官に怒られる一歩手前で必ず止まる、要領のいい男。
その顔が今、見事に青かった。
「平気っていうか」マクスードは首をかしげた。「楽しみだが」
「楽しみ!?」
ユセフの声が裏返った。
「これから龍と戦うんだぞ!? あの龍と! でかくて! 火ィ吹くやつと!」
「ああ! ついにな!」
「会話が成立しねえ……」
ユセフは頭を抱えた。
それから、絞り出すように言った。
「……俺は死ぬのが怖いよ。普通に、めちゃくちゃ怖い。なあ、お前らはなんで怖くないんだ」
マクスードは、少し考えた。
考えて、素直に答えた。
「考えたことなかった」
「お前はそうだろうよ! そういう顔してるよ!」
ユセフはびしりと指を突きつけ、それから隣のエミルを見た。
「教育係殿はどうなんすか。先輩でしょ」
「俺か? 俺はまあ……怖いよ、そりゃ」
エミルはあっさり認めた。
「けど、それ以上に見たいんだよなあ。サラーフが飛んだ空ってやつを」
「出た。伝記の人だ」
ユセフは、心底うんざりした顔をした。
「あんたら二人、拠点で有名っすよ。伝記コンビって。……いいすか、俺は違いますからね。俺は生きて帰って、いつか安全な後方でのんびり暮らすんだ。そのために点数稼ぎに来ただけなんで」
「ユセフ」
マクスードは、真剣な顔で同期の肩を掴んだ。
「なんだよ」
「後方に行ったら、龍狩りの何が楽しいんだ」
「楽しさで職場選んでんじゃねえよ! 命だよ命!」
言い合っていると、前方で号令がかかった。
「――総員、騎乗!」
広場の空気が、一度に締まった。
ユセフの軽口が、ぴたりと止んだ。
青い顔のまま、それでも彼は、誰よりも手早く騎乗を済ませた。
装備の点検も、ベルトの締め直しも、二重にやっていた。
――ああ、こいつ。
マクスードは、なんとなく思った。
怖がってるだけじゃなくて、怖がるのが上手いんだ。
夜明けの空へ、竜たちが次々と昇っていく。
マクスードとラアドも、翼を打って大地を蹴った。
初めての、訓練ではない空。
東の地平線が、燃えるように明るい。
――サラーフもこの空を飛んだ。
伝記の第四章、初陣の空を。
高度を上げた先で、先頭の隊長が手信号を出した。
東。
距離、遠。
目を凝らす。
朝焼けの中に、黒い点が三つ。
点は、ゆっくりと大きくなってくる。
龍だ。
本物の、龍だった。




