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第二話 教官殿と、龍の授業


 初任務まで、あと二日。


 新兵組の朝は、模擬戦から始まる。



 相手は教官、ライラ。


 第百九期。


 マクスードたちより八つ上の、現役の龍狩りである。



 この人がとにかく、強い。



「――ほら、また突っ込む」



 ひらり、と黒竜が身をかわす。


 直後、すれ違いざまの尾の一撃。


 マクスードとラアドは、まとめて訓練場の砂に叩き落とされた。



 本日、三度目である。



「猪か、お前たちは」



 上空から降ってくる、呆れ果てた声。



「速度は買ってやる。度胸も買ってやる。だがな、考えなしに龍へ突っ込む竜騎兵から死ぬ。これは統計だ」



 砂に半分埋まったまま、マクスードはがばりと顔を上げた。


 その目が、輝いていた。



「今の回避からの尾撃……! 伝記の第三章でサラーフを落とした、教官オルハンの技と同じですか!?」


「なんで嬉しそうなんだ、お前は」



 ライラは心底不可解、という顔で降りてきた。



「落とされたんだぞ、お前は。今ので三回死んでる」


「はい! サラーフも三回落とされてます! 第三章で!」


「……ああ言えばこう言うな」



 隣で聞いていたエミルが、噴き出すのを堪えて肩を震わせていた。


 ちなみにエミルは本日、一度も落とされていない。


 この男、ウザいが飛ばせると上手いのである。





 昼。


 訓練場の日陰で、座学が始まった。



「二日後、お前たちが相手にするのは龍だ」



 ライラは地面に、棒で図を描いた。



「言っておくが、お前たちが乗ってる竜とは別物だぞ。新兵のうちは、ここを舐めてる奴から死ぬ」



 マクスードの手が、天を突く勢いで挙がった。



「竜は、龍になり損ねた種! 龍の血を引きながら龍には決してなれない、我らがもっとも身近な隣人にして翼! サラーフ伝、第一章三行目!」


「……合ってる。合ってるのが余計に腹立つな」



 ライラは咳払いして続けた。



「そういうことだ。竜は龍の出来損ない。だから弱い。だから人にも懐く。……で、本題はここからだ」



 棒の先が、図の上を動く。



「龍には格がある。お前たちが二日後に相手するのは、いちばん下の、ただの龍。これは毎日のように飛んでくる。龍狩りの日常業務だ」


「その上が巨龍」



 棒が、ひとまわり大きな絵を叩いた。



「月に何度か来る。来たら鐘が鳴って、拠点総出だ。……規則の上では、新兵は出さんことになってる」



「上では?」



「人が足りてる年はな」



 さらりと流して、ライラは先を続けた。


「さらにその上が――古龍」



 一瞬、訓練場が静かになった気がした。



「……数年に一度、現れる。現れたら、甚大な被害が出る。それだけ覚えておけ」


「教官は、見たことあるんですか」


「一度だけな。遠目に」



 それ以上は言わなかった。


 エミルが、ごくりと喉を鳴らした。



 マクスードは挙手した。



「原初の龍については」


「授業の範囲外だ」



 即答だった。



「あれは、もう百年以上、誰も見てない。夜に聞こえるあの音がそうだって話だが……まあ、雷の親戚みたいなもんだと思っとけ」



 雷の親戚。


 この国の人間の、平均的な認識であった。



「以上だ。二日後の相手は、いちばん下の龍。だが忘れるな」



 ライラは棒を放り捨て、新兵たちを見渡した。



「いちばん下の龍で、毎年、うちの拠点から死人が出てる。……猪。特にお前だ」


「はい!」


「返事だけは満点なんだよなあ……」





 その夜、マクスードは寝台で伝記を開いた。


 第三章。


 若きサラーフが、教官に三度落とされる場面。



 ――「なぜ突っ込む」と師は問うた。若者は答えた。「あの空に、俺より速い奴がいると思えないので」



 かっこいい。


 明日も落とされよう、とマクスードは思った。


 落とされ方が、伝記に近づいている気がするからだ。



 窓の外で、低い音が鳴いていた。


 雷の親戚が、今夜も遠くで鳴いていた。


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