↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/8

第一話 飛行許可と、眠れない夜

  銅の徽章というものは、思ったより重い。


 手のひらに載るだけの小さな金属。


 だがこれは、竜に乗り、砂漠から飛来する龍を迎え撃つ資格――人類最東端の国で、龍狩りを名乗る資格だ。


 これが空を飛ぶ資格の重さか、とマクスードは思った。



 思ったのは三秒だった。



「うおおおおおお! ラアドーーー!! 許可下りたぞーーー!!」



 交付式の会場を飛び出し、彼は竜舎まで全力で走った。


 式典はまだ続いていた。


 教官の訓示の真っ最中だった。


 知ったことではなかった。



 竜舎の奥、いちばん端の房で、深紅の若竜が首をもたげる。


 ラアド。


 マクスードの相棒にして、第百十七期の問題児(竜側)である。



「見ろ! 徽章だ! 飛べるぞ、俺たち!」



 ラアドは徽章を一瞥した。


 それから、房の柵をべきりと踏み折って外に出た。



「おい待て、まだ房から出ていいとは言ってな……いや、いいぞ! その意気だ!!」



 人間側の問題児が止めるわけもなかった。


 竜舎の管理兵が何か叫んでいたが、二人はもう聞いていない。


 人竜、固い抱擁。


 正確には、体当たりしてきた若竜の下敷きになる新兵、という図である。



「ぐ、ぐるじい……だがこの熱さ……! 伝記の第二章、サラーフと愛竜の邂逅の場面と完全に一致……!」


「一致してねえよ。伝記のは『竜は静かに頭を垂れ、彼の前に膝を折った』だろ」



 声に振り向くと、金髪の青年が竜舎の入り口に立っていた。


 エミル。


 マクスードの教育係にして、この拠点で二番目にウザいと評判の男である。


 ちなみに一番はマクスードだった。



「エミル! 見たか、俺の徽章!」


「見た見た。式典ぶち抜いて走ってくの、全員見てた。教官が青筋立ててたぞ」


「サラーフも規則より心を優先する男だった」


「都合のいいとこだけ引用するな」



 言いながら、エミルはにやにやしていた。


 この男、注意する側のくせに、だいたい楽しそうなのである。



「で? 聞いたか、マクス。俺たちの初任務」


「!!」



 マクスードは、ラアドの下から音速で這い出た。



「決まったのか」


「三日後。東方哨戒線の迎撃任務に、新兵組も出る。……つまり」


「実戦」


「実戦だ」



 二人は無言で見つめ合った。


 それから、無言で拳を突き合わせた。


 背後でラアドが尻尾を地面に叩きつけ、竜舎が揺れた。


 管理兵がまた何か叫んでいた。





 ――初任務。


 伝記で何百回も読んだ、あの世界に、ついに自分が立つ。


 サラーフの初陣は伝記の第一章だ。


 一言一句、覚えている。



 ――その夜、若きサラーフは眠れなかった。明日、自分は空で何を見るのか。武者は震え、しかしその震えの底で、静かな炎が燃えていた。



 かっこいい。


 何度思い出してもかっこいい。



 だからマクスードは、その夜、寝台の上で正座して待った。


 眠れない夜を。



「……」



 待った。



「……来ない」



 眠気しか来ない。


 むしろ今日は走り回ったせいで、いつもより眠い。


 まずい。


 これはまずいぞ。


 サラーフは眠れなかったのに。


 俺だけ眠れてしまったら、初陣の資格がないのでは――



 そこでマクスードは閃いた。



「そうか……この『眠ってしまいそうな自分との戦い』こそが、サラーフの言う『静かな炎』……! つまり俺は今、伝記と同じ夜を過ごしている……!」



 解釈勝利であった。


 彼は満足した。


 満足したので、三十秒で眠った。





 翌朝。



「よく寝たァーー!!」


「初任務前の新兵の顔じゃねえんだよなあ」



 食堂で、エミルは薄めた麦粥をすすりながら言った。


 その目の下には、くっきりと隈があった。



「なんだエミル、寝てないのか」


「……悪いかよ。緊張したんだよ、普通はな」


「奇遇だな! 実は俺も眠れない夜との死闘を」


「三十秒で寝てたって同室の奴が言ってた」


「静かな炎だった」


「どこがだよ」



 窓の外、東の空は今日も乾いた青をしている。


 あの空の向こうから、龍は来る。


 三日後、自分たちはあれを迎え撃ちに行く。



 マクスードは麦粥を三杯かき込んで、竜舎へ走った。


 今日も訓練だ。


 飛べる。


 それだけで、世界は最高だった。



 ――低い音が、遠くで鳴いていた。


 いつも通りの、ただの背景の音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。