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話し合い


一五六四年 永禄七年 十二月下旬 若狭国小浜



「それで、孫犬丸はまだ来ないのか?」

「はい、そのようです若様。何を警戒しているのか、一向に穴蔵である難波江から出てこようとはしません」

「きっとその穴蔵で寝てらっしゃるのでしょうな。ガハハハ」

「二人共、下品だぞ」


上座に座る龍水丸―――改め武田義頼がムスッとした表情をしているため口をつぐむ家臣二人。一人は馬杉権守重宗うますぎごんのかみしげむね黒田十内左衛門重国くろだじゅうないざえもんしげくに。共に義頼が若狭に来た時から傅役を務めていた側近であり、元々は近江の武士だった。


義頼に付き従う形で故郷を離れた二人だが、義頼が厚遇されていることで自ずと二人も地位を上げていき、それなりの発言力を持つまでになった。


「それにしても若様呼びはどうかと思うぞ、馬杉殿」

「ほう、それはどうしてだ?」

「もう若様は二十になられて、来年にはお子までお生まれになる。何よりも次期当主様ですぞ」

「それはそうですな、御館様とでもお呼びしたほうがよろしいかな」

「二人共、まだ父上は亡くなってはおらぬ」


二人の会話を義頼は止めるが、それでも止まらない。


「御館様、誰も聞いていないのだから安心してください」

「たとえ聞いていたとしても咎められる者なんていないのですぞ」

「・・・だが、実際俺が継げるのかわからない」


その言葉に二人はニヤニヤと笑みを浮かべて答えた。


「心配なさらなくて大丈夫です。あの『あくび様』ですぞ。ずーっと難波江に籠もっていて当主様からも見放された嫡男が継げません。一方の御館様は、常に最前線で活躍して今や官位も当主様と変わらないほど。後ろ盾も六角家であり、多くの期待と羨望を一身に受けられたのです」

「その通りです。ごく僅かに抵抗する者が現れるかもしれませんが、そんな奴らは我らが一掃してみせます。心配する必要はありません!」

「あんな、のほほんと生きている奴と関わらなくて心底良かったと思います。御館様は自分の思う道を進めば良いのです」

「・・・・・・そうだな」


義頼は覚悟を決めたように大きく頷いた。


「まあ、ですが一応念には念を入れましょう。我々がしっかりと重臣の方々を引き入れてみせます」

「できるか?」

「もちろん、すでに武藤や松宮、本郷などを引き入れています。どっちが当主にふさわしいのか、ここ数年を見れば明らかなのですから」


自信満々に二人は言う。それに義頼は笑顔を返す。


「なるべく今回の争いは早く終わらせたいものだな。今後のために」

「戦になったとしても安心してください。迅速に敵を潰しますので」

「頼もしいな。だが、なるべく戦は避けたい。後一応は血を分けているのだから孫犬丸の命ぐらいは助けてやりたい」

「!そのような心持ちでは駄目ですぞ!後々問題になるのですから必ず殺さなければなりません。絶対に血を残してはいけません!」

「だが、他国に―――」

「他国は気にしませんよ。むしろ、生きている方が攻める口実を与えることになります。一色家を我々が攻めたように。暗殺でも何でもしてでも、奴は殺すべきです」


義頼の言葉を遮ってでも強く念を押す。何としても義頼を当主につかせたい二人の思いは本気であり、そのためには手段を選ぼうとはしない。


「・・・二人の覚悟は分かった。俺も腹を括らなければな」

「それは嬉しい限りです!」

「我々の思いが伝わってよかったです!」


義頼は強く拳を握って決意を固めた。





 同日 若狭国後瀬山城



「熊谷様、お久しぶりです」

「そうだな、和丸とは久しぶりだな」

「ハハハ、熊谷様まで自分のことを幼名で呼ぶのですか?」

「たとえ大人になっても、某にとったらあの弱々しかった和丸のままだ。ガハハハ」


大きな声で笑う熊谷伝左衛門直之。三方郡中部を治める熊谷家の当主であり、初期の頃から孫犬丸と関係の深かった理解者の一人。和丸の出身もこの三方郡であり、彼の父は今は直之に仕えている。


「彦六殿もお久しぶりでございます」

「そうだな、数年ぶりか。あんな小さくて弱々しかった子供も、大分成長したもんだ」


直之から少し距離を取った所に座っているひょろっとした筋肉質の男は笑顔で返答する。熊谷彦六と和丸が初めて会ったのは一五五六年の若狭内乱の時であり、それから数回会った程度であった。

ただ、和丸にとっては初めての戦で世話になった人であり、慕っている人の一人でもあるからニコニコと会話をする。


「あの時は本当にお世話になりました」

「いいってことよ。そもそも俺が何かをやった訳ではないから」

「いえいえ、まだ戦に慣れていない自分に色々な気付きをさせてくれたのですから」


和丸が頭を下げると、彦六は困ったような表情をする。


ここ数年で光秀と共に重政の右腕として活躍し続けている和丸は、二十三歳にして既にそれなりの地位を武田家内で築いていた。武士と言うよりも、主に文官として多くの人から信頼を寄せられており、彦六とは地位が全く異なる。そんな相手に頭を下げられたのだから、戸惑ってしまうのも無理はない。


「それで、話があると聞いたが・・・」

「ええ、少し折り行った話が」

「まあ、内容は何となく分かる。だが、御館様の状態は良くないとはいえ、家督についての話し合いは―――」

「いえ、そのことについてではありません」

「???」


想定していた話とは違ったため、直之は首を傾げる。


「違うのか?てっきりどっちに付くかという話し合いだと思ったんだが・・・・ああ、もちろん某たちは孫犬丸様の味方ですが」

「ありがとうございますが・・・それと少し近いですが別の話を」


一拍置いて続ける。


「孫犬丸様を御館様に会わせたい、という話です」

「・・・なるほど、確かに近しい話だな」


現在、孫犬丸のいる難波江と小浜を結ぶ道を義頼派達によって封鎖されているため、簡単には行けなくなっている。


「もしかしての場合があります。流石に父親に会えないというのは・・・」

「確かにそうだな。流石に封鎖し続けるのはやり過ぎだと思う」


直之も大きく頷いた。


「おそらく武藤なら何とか説得はできるかもしれない。あの家とは古くから付き合いがあり、それなりに話す仲でもある。ただ、それ以外の本郷だったりとはあまり親しくない」

「何よりも、大飯郡にいる豪族はあの内乱の時に多くが御館様ではなくご隠居様側に付かれました。丹後侵攻の時も怪しい動きをしていたので、正直孫犬丸様を素直に通すとは思いません」

「御館様の嫡男を拒み、血の繋がらない方を選ぶというわけか」


二人は難しい顔で唸る。

特に発言をしていなかった彦六だが、何かを思いついたかのように膝を叩く。


「では、奥方様を使ってみるのはどうでしょうか?」


奥方様とは、もちろん当主の武田義統の正室で、孫犬丸と義頼の実の母に当たる女性のことだ。彦六はいい案を出したと思ったが、ほか二人は違った。


「「奥方様か〜〜」」

「???」


彦六は二人が唸った理由が分からず首を傾げた。




満を持して、孫犬丸のお母さん登場です!

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