俺、浅草で麗しの人と会う
「あーあ。俺、また彼女でも作ろ」
などとボヤきながら、鈴木と別れて浅草寺の境内を歩いていた。
さっきまで飲んでたイタリアンのファミレスは、つくばエクスプレスの浅草駅前にある。同じ浅草でも、みどり社長の会社の社宅は浅草寺を挟んで東武スカイツリーライン側にあるので、ちょっとした移動距離があった。
ふと、境内にぽつんと一人だけが立っているのが見えた。
ここは観光地だから、夜でも人通りが多いのに、その人しかいない。
白い柔らかな生地のブラウスを着て、グレーのゆったりめのやや幅広のズボン……いや部屋着なのかな、足元は素足に茶の革のサンダルで、ちょっと散歩に出てきましたみたいなラフな格好だ。
背は高めだが、頭が小さくてめちゃくちゃ脚が長い。
欧米からの観光客だろうか、透き通るような白い肌と、――青みがかった銀髪。染めた色味じゃない。天然の青銀色。地球人には絶対ありえない色。
全体的に薄味の色味のせいか、境内の街灯の下で全身が薄っすら光って見えた。
いや、実際光っているのか? 群青色の鮮やかな光が重なってるようにも見える。
その人は、浅草寺の本堂を興味深げに眺めたあと、右側にあるスカイツリーを見上げて驚いている。
「すごいな。魔塔より高い」
なんだ魔塔って。またファンタジーな単語だべな?
だがそんなことより、俺はショックで両脚が震えてヤバかった。
軽やかでよく通る声をしていた。聞き覚えがあるなんてもんじゃない。
まさか。まさか、この人は……
振り向くな、そのままスカイツリーを見上げててくれ、と祈りながら、そーっと脇を通り過ぎようとしたところを、見つかってしまった。
目が合って、にっこり笑いかけられた。
ティールの薄い青緑色の瞳。虹彩の中に銀の花が咲いたような模様がある。アースアイと呼ばれる模様だ。カラーのコンタクトレンズでも人気の模様だが、こちらさんのは天然物……!
「あ……あ、……そんな、……嘘だ。なぜ、君が……?」
「お迎えに上がりました、ユーグレン陛下。いつまで寝てるんです? いい加減起きてくださいよ」
めっちゃぞんざいな口調だ。そうだ、この人は勇者以外にはだいたいこんな、丁寧だけど慇懃無礼な感じ。
「り、竜殺しの……い、いや、」
その麗しい人の名前を呼ぼうとして、声にならなかった。
だが相手の方から白い指先を俺に伸ばしてくる。すごい。爪が桜貝みたいな綺麗な色をしている。清潔に短めに整えられてて、何かこう、ぐっときた。
「珍しい格好されてますね。スーツ、案外お似合いですよ。真紅のネクタイもね」
酒を飲んで暑くて、緩めていたネクタイをその指が軽く摘まんで、離れた。
……遠ざかる指を掴んで引き止めたい衝動に駆られる。
「そろそろ帰りませんか。側近たちもいい加減、痺れを切らしているようですよ?」
「……帰る?」
どこへだ? アケロニア王国?
でも、それだと百年後の王様の時代だ。俺が帰りたかった時代じゃない。
「駄目だ。その前に俺はばあちゃんやユキりんやピナレラちゃんのとこに戻らないと」
「お祖母様と、えーと、ユキりん? ……ああ、〝ユキリーン〟ですか。ユキレラの先祖っていう」
「知ってるのか!? ユキレラ君のことも?」
「そりゃあ、知ってるも何も。同じ一族ですもの」
「あ。そ、そうか、リースト一族……」
そうだ。この青みがかった透き通るような銀髪はユキレラ君と同じ色だ。麗しい容貌もほとんど同じ。
顔立ちだけならユキりんともそっくりだった。
……この人は王様が一目惚れして、学生の頃からずっと陰から見つめていた、竜殺しのべっぴんじゃないか。
「まだ戻られない?」
そう聞かれて、俺は頷いた。
「まだ俺は、結論に辿り着いていないんだ」
「なるほど。理由があるなら待ちましょう。では」
一度手放されたネクタイを再び掴まれて、ぐっと俺を引き寄せたべっぴんは、――俺にキスをした。
最初は柔らかな唇が触れるだけ。俺が慌てて口を開けると、めちゃくちゃディープなやつを仕掛けられた。
し、舌! 絡まってくるのだがーっ!?!?!?
身体がカッと熱くなった。いや下半身も反応するほど官能的なキスだったが、そうじゃなくて。
唐突なキスは、すぐに終わった。お、惜しい。ここが自分の部屋とかだったら絶対押し倒してた!
「よし」
べっぴんが満足げに頷いて身体を離した。
思わず伸ばした俺の腕が、薄っすらと真紅のもやに包まれている。
――俺の魔力の色だ。
ぺろ、と唾液で濡れた口元をべっぴんの舌先が拭う。その動きが扇状的すぎてマジで下半身に来た。
ちょっとやめてけろ、俺どんだけ久し振りだと思ってます!?
「渡せる限り、魔力を譲渡させていただきました。ついでにアンカリングも。これでもう迷子になりません。……早く、戻ってきてくださいね」
べっぴんはそう言って、少しだけ背伸びして俺の頬にチュッと軽く口づけて、浅草寺から仲見世通りへと去っていった。
「ちょ、……待っ!」
もういない。きっと、王様の時代に戻ったんだろう。
いやあっさり帰りすぎじゃね!? このまま俺の部屋にお持ち帰りされてくれてもいいんですよ!? なんなら駅前のホテルだってすぐ取るし!
なんだ。何なんだこれ。腹の奥底から湧き起こる強い熱に暴れ出したくなる。
「ああああ……好きだ……本当に君を愛しているんだ、――――――!」
べっぴんの名前を呼んで絶叫した、と思ったら意識が遠のいていった。
やべえ。ファミレスで調子乗ってボトル何本も開けちまったから酔いが回ってる。
この気持ちは俺のものか? それとも王様?
俺は誰も本気で好きになれない男だと思ってた。
とんでもない。ただ、あの麗しの人を忘れてただけだったんだ。
「……でもあの二人、恋人っていうかセフレに落ち着いた……のか?」
めちゃくちゃ微妙じゃん。
王様の恋愛運が底辺なのに変わりはなさそうだべ。
ところで、王様、竜殺しのべっぴん、勇者の三人は学生時代に、実は三人で交際していた時期があるようだ。
ただ〝付き合ってる〟とだけ決めて、三人で仲良く一緒にいるぐらいのもんだったようだけど。
以前の夢でその辺、ちらっと見ていたが……
ベクトルは王様→べっぴん→勇者で、全然三角形に閉じてない一方通行。
王様とべっぴんだけだと埒があかないので、強引に二人が勇者を巻き込んだわけだな。
王様は、勇者を間に挟めばべっぴんと恋人ごっこができる。
べっぴんは、王様を利用すればまあ何とか勇者の恋人として公式に収まれたわけで……
いやいや、めちゃくちゃ勇者を巻き込んで利用してたのがこの二人かよ。
そんなだから、カズアキの来世だけあって温厚だったはずの勇者も途中で怒って、「恋愛したければ二人だけでやってろ!」と叫んで一抜けたして、三人交際は一度終わっている。
ところがだ。
直後、まだ学生時代に勇者の父親が殺されて、仇討ちのため勇者が出奔して数年経過する。
そしてあのウパルパ様の西の小国で三人が再会すると、何と。
――勇者、この二人と別れたことをすっかりぽんと忘れてたんだべ!
具体的には、まだ三人で付き合ったままと思ってたらしい。だから親の仇を追って世界中旅してるあいだも、誰ともそういう意味で付き合ってなかった。義理堅かっぺ。
その光景を俺は今、夢で見ている。
王様とべっぴんが、勘違いしてる勇者を前に素早く目線を交わし合って、
『よし。なら関係は続行で!』
そんな感じで頷き合ってた。
うわあ……それあんたら二人の関係はどうなるんだべ?
ていうか、あんたら年齢的にも立場的にも、早く結婚して後継ぎ作らないとヤバいのでは???
夢見の時間軸を何度も移動して、俺はこの三人の笑っちゃう右往左往を眺めていた。
あるときなど、王様が二人に訴えていた。
「早く邪悪など打ち倒して、私たちの関係を深めたい!」
「おま、おまっ、……おまえ! それが本音か! 馬鹿野郎!」
さすがにこの本音ただ漏れには勇者も呆れて怒り、言い返すこともなく去っていってしまった。
が、逆に爆笑したのが竜殺しのべっぴんだ。
「あっはははは! すご! すごいです、ユーグレン様! カズン様が怒ったところ初めて見ましたよ!」
「す、すまない、つい」
「父君を亡くしたあの方のことを思えば、もう少し言いようはあったかもしれませんが……」
「………………恥じ入るばかりだ」
ほんとだよ。あんたはマジで少し落ち着け。俺と同じ顔の男がめちゃくちゃテンパってて見てるこっちも辛い。
「いえ。そういうの、悪くないです。ご自分に素直なところ、むしろ好ましいです」
「……は?」
は? 俺も思わず口をポカンと開けてしまった。
「だって、同じこと思ってましたもの。早く敵を倒して滅して、イチャイチャしたかったんです」
「き、君も?」
「そうですよ?」
がし、と二人は固い握手を交わした。
勇者逃げて。マジで逃げて……!




