王様空回り劇場6~まさかの本懐
私の神殿誓約を見届けた仲間たちは、これで一区切りついたと言って、帰国の話し合いを始めた。
今回アケロニア王国に来てくれたのは、西の小国の守護者である歌聖殿、保護者の大聖女とその恋人。
そして我が最愛の四人であった。
かつて邪悪とともに戦った戦友であり、かけがえのない仲間たちだ。僅かな期間だったがまた会えて嬉しかった。
……私やカズンを救うため来てくれて、本当に嬉しかった。
気づけばもう夜だった。夕餉の後は解散して、それぞれ自室に引っ込もうとしたところで、
――我が最愛に捕まった。
「ユーグレン様」
「む? どうした、何か私に」
声をかけられたのは私室の前だった。
躊躇いながら部屋に迎え入れると、そのまま勢いよく壁に背を押し付けられた。
こ、これは御米田ユウキの日本知識によると『壁ドン』なるもの……?
背は私のほうが高いから、両腕を後ろの壁に突かれてはいない。というか両手でもろに壁に押し付けられている。
「この野郎……カズン様を連れ去ったことだけでも許しがたいのに、あんな……あんな!」
こんなにマジ切れしたこの人を初めて見る。
「なぜ、もっと早く連絡をくれなかったのですか。こんなに時間をかけるなら我らに彼を託してくれればよかった」
「それは」
君に愛されるカズンに嫉妬したからだ。だから君とあいつを引き離したかった。
「『お前がその身を差し出すなら本気で彼を助けてやる』そう仰ればよかったじゃないですか。あんな……あんな神殿誓約なんかして!」
白いはずの頬を真っ赤に染め上げて、……滅茶苦茶に怒っている。
「ま、待ってくれ。身勝手なことをした。それは謝る。だが私はもう」
君に愛を乞う資格を失ったのだ。
だが、どれほどひどい言葉を浴びせられるかと覚悟した私に、最愛は予想もしていなかった行動に出た。
「この身ひとつであなたが動いてくれるのなら、もっと早く差し出せばよかった」
鮮やかな青い軍服の金具を一つ一つ、外していく。
は? ………………え?
下には白いインナー。それも脱ぎ、色白の上半身が現れ……
呆気に取られる私の前で、最愛は生まれたままの姿になった。全裸だ。ぜ、全裸……っ!?
「大切なあの方を救うあなたに、今宵だけはこの身を捧げましょう」
白い指先が私の黒の軍服の上着に触れた。
国王の装束だから勲章や飾りが多い。傷をつけぬよう慎重に、だが確実に外され、前を開かれたところで私の理性は崩壊した。
「君はそれでも、身も心も捧げるとは言ってくれないのだな」
本当に、つれない人だ。
深夜遅くまで寝台で過ごした後の早朝、
――私は賢者に覚醒した。
ちなみに目を覚ましたときには、もう我が最愛は部屋から去っていた。
ぬくもりも消えたシーツの上を撫でながら、深い充実感を反芻する。そこには無視できない苦みも混ざっている。
「まさか、このような形で本懐を遂げようとは」
身体だけ手に入っても、あの人はきっと私のことは決して愛さないのにな。
☆ ☆ ☆
「久し振り。ジオライド君」
「り、リースト伯……じゃなかった、侯爵……でもなくて………………カーナ神国の宰相殿」
一人、執務室で残業していた私、ラーフ侯爵ジオライドは、軽やかな声をかけられ飛び上がりそうなほど驚いた。
え? 今、この人は王の寝室にいると報告を受けていたのだが……?
この方はアケロニア王国の元貴族だが、あのピンクのウパルパ殿に一目惚れされて西の小国に帰化してしまった。
しかも一貴族家の当主から、神人の守護する一国の宰相に任命されて今もそのままだ。
当時は我が国でも批判が吹き荒れた。だが今になってみると、カズン様の追う邪悪を討伐するため、必要な権力や財力確保のためだったのだろうなと思う。
「好きに呼んでください。最近ではずっと鮭の人って呼ばれてます」
「はあ。我々同世代にとってあなたは、竜殺しの英雄ですが」
「ああ、そんなこともありましたねえ」
学園時代、敷地内に侵入してきたドラゴンを、まだ幼さの残る小柄だったこの方が魔法剣で討伐したことは今も語り継がれている。
麗しの人は、この国でずっとまとっていた青の軍服をラフに崩している。というかきっちり金具で留めるはずの前を開けっぱなしだ。
ちらりと覗く白い首筋に赤い斑点が。あれは……い、いや、見なかったことにしよう。
……あれ? でもあれを付けたのって、もしかしなくても我が王……?
「このような深夜に何用ですか」
「君はユーグレン様の夢見の協力者と聞いた。詳細を確認しておきたくて」
「具体的に何をお知りになりたいのか?」
「……資料。まとめたの、ありますよね?」
にっこりと麗しく微笑まれて、背筋がゾッと冷えた。
白い手を差し出される。これは「貸して」ではなく「寄越せ」の意思表示だろう。
私は無言で鍵の付いた書棚へ向かい、中から部外秘の資料の束を取り出し、求められるまま手渡した。
「予備ですから返却は結構。ただし、カーナ神国でも厳重に保管して、関係者以外に決して見せないでください」
「それは問題ないです。環に入れておきますから」
竜殺しの君の足元に、群青に光り輝く光の円環が現れる。
そこにぶ厚い資料を落とすと、すーっと円環の中に消えていった。
環――アイテムボックス機能を持つ唯一の魔法だ。
「さて、それで」
ビクッと私の身体が震えた。
何だ。次は何を要求される!?
白い手が、指が私の肩を掴んだ。
ティールの目は美しかったが、わ、私には愛する妻も子もいる! な、流されはしない!
「夢見のコツ、教えていただけますよね?」
☆ ☆ ☆
朝食の場で、仲間たちが西の小国に帰ると聞かされた。
この後すぐに出立する予定だが、その前に少し時間が欲しいと言われた。
応接間に全員を通すと、あのピンクのウパルパがやはり我が最愛の胸元から飛び出て、ソファ前の低いテーブルの上に着地……しようとして失敗していた。
よく磨かれた大理石のテーブルなので、短い脚では踏ん張りきれなかったのだ。つるっと滑って、ずべっと頭から転んでいた。ふふ……
「ふええ……っ」
「まあピアディちゃん。痛いの痛いのとんでいけー」
半泣きなのを、聖女殿に優しくあやされている。
こんな光景も西の小国にいた頃は日常茶飯事だったものだ。
……というかこの両生類は当時からまったく成長していない。いつになったら成体になるものやら。
「気をとりなおして! 聖剣の聖者様からの預かりものを渡すのだぷぅ!」
ぷぅっとウパルパが一鳴きすると、虹色を帯びたネオンイエローの魔力がテーブルの上に拡散し、次々と魔石や宝石が山となって積み上げられていった。
「叔父様から預かって参りました。アダマンタイト中心に、ピアディ様が海で見つけてこられた、海王の涙と呼ばれる真珠の魔石もありますよ」
聖剣の聖者ルシウス様は、我が最愛の叔父であり、ピアディ殿の筆頭保護者でもある。
相変わらず西の小国では皆、仲良くやっているようだ。
「これだけあれば、百年でも千年でも夢見ができるのだぷぅ!」
「魔力源として活かしてください。聖剣の聖者様からの下賜ですわ」
いや……こ、これは……我が国の国家予算でいったい何年、いや何百年分になる!?
アダマンタイトはダイヤモンドの上位鉱物だ。青白く発光し、強い浄化作用を持つ。それだけに米粒一つの大きさでも大量の魔力を抽出可能だ。
海王の涙も、海の魔物貝が生み出す貴重な魔石だ。これを宝冠に飾る王家は案外多い。
それが、テーブルの上にどっさり。
「ありがたく……頂戴する」
「余ったら慈善事業にでも使えだそうです。ま、お好きにどうぞ」
そうして彼らは西の小国へ帰っていった。
というか、環を使った空間転移でだ。
聖女殿や我が最愛ほど才能と魔力に恵まれていたら、そういう最上級魔法も使えるわけだ。
……だから彼らは私がカズンを連れ帰ると言っても、最終的に送り出してくれたのだよな。
きっと、今までも密かにカズンに会いに来ていたに違いないのだ。
厳重な警備を敷いてるはずのカズンの眠る部屋、枕元に見慣れぬ花や草が置かれていたり、固形ポーションでもある飴玉があったりしたことが幾度もあった。
………………小さな両生類の足跡とかもだ。
「結局、私ひとりが空回り、か」
仲間たちの消えた空間を、私はいつまでも見つめて立ち尽くすのだった――




